日本では世間が師走だ、年末商戦だ、クリスマスだ、紅白だと騒ぎ始める頃、ここモロッコではいつもと変わらぬ毎日が流れていました。それもそのはず、モロッコにはお歳暮などという風習はなくて、イスラム教の国だからクリスマスもなくて、家族みんなで観る大晦日の歌番組もないからです。我がスフロ市役所もご多分に漏れず年末もいつもと変わらぬ毎日。なにせ年末年始の休日は元旦の1日のみ。31日まで働いて2日からは何事もなかったように普通に仕事が始まるのです。とはいえ日本人である以上は、年末年始はのんびりと。さらに日本から学生時代の友人たちが、何を血迷ったかこのモロッコで年を越しにやってくるので、旅に出かけてきました。
今回来た人たち(左:ヨシタケ 右:トンちゃん)
1.感動の再会
2人に会うのはほぼ2年振りである。2人とは大学の同期、トンちゃんとヨシタケである。最初にモロッコ入りしていたトンちゃんとはラバト(注1)のバスターミナルで再会。無精ひげを生やし汚れたバックパックを背負う姿は、まぎれもないあのトンちゃんである。そんな久しぶりの再会で、彼が発した第一声。
「おぅ、モリグチ。なんやこの国は」
最初に到着したタンジェ(注2)で、自称ガイドの客引きに絡まれたのであろう。それにしても変わっていない(笑)何か話すときに、最初に「おぅ」とつけるところなんかは特に(笑)うれしくなった。
翌日カサブランカ(注3)に移動して僕の友人宅でヨシタケの到着を待つ。お邪魔したのは友だちの石田君の家。彼の家は日本の各種ビデオライブラリーが充実しており、とてもモロッコとは思えない。最初はモロッコでなぜ日本のバラエティを見ないといけないのかと言っていたトンちゃんだが、一番笑っていたのは彼である。夜11時着の飛行機でモロッコ入りするヨシタケを迎えに、汽車で空港へ行く。トンちゃんはビデオに夢中になっており、しょうがないので僕が一人で行くことに。空港の到着ロビーから出てくるヨシタケを待つこと30分。こちらも2年前とまったく変わらぬ姿で登場。そんな久しぶりの再会で、彼が発した第一声。
「痩せたね」
これを待っていたのである。どうもこちらに来て痩せたという話が、日本では信憑性にかける噂としてしか伝わっていないことを危惧していたが、これを機会にあの噂は事実だったということが広まるだろう。そんなことを考えてニヤニヤしながら、バスの車内でヨシタケと久しぶりの談笑
(注1)モロッコの首都。それなりに都会。マクドナルドやピザハットなどもあり、たまに上京するとうれしくなる。でも観光客はあまり来ない。
(注2)ジブラルタル海峡を挟んで、スペインの対岸に位置する町。船でモロッコに入る人は、まずここを訪れることになる。昔スペイン領だったこともあり、フランス語はあまり通じない。むかつく自称ガイドや客引きが多く、以前訪れたときに、しつこかったのでデコピンをして怒らせた経験アリ。カフェの2階の奥はハシシの社交場。
(注3)モロッコで一番大きな都市。経済の中心。でも観光するようなところはあまりない。モロッコに来た当初、日本の新宿のようなところをイメージして遊びに行ったが、あまりのショボサにがっかりした記憶が。ちなみにモロッコで唯一のケンタッキーフライドチキンがあり、若者の憧れの場所となっている。
2.遅れる列車といびきと右手
国営の列車に乗りカサブランカからメクネス(注4)へ。この列車、ONCF(注5)というのだが、今まで数え切れないほど利用しているが、時間通りに到着したことはない。ご多分にもれずこの日も徐々に遅れだす。オリーブ畑の真ん中で停車する。1時間後に動き出すといった感じ。道中トンちゃんのいびきも絶好調で、先行き不安な旅の滑り出しである。
メクネスに到着したのち、ホテルにチェックインし昼食を食べに出かける。この日は鳥の丸焼きをいただくことに。これは店の前の巨大なオーブンで鳥がくるくると回りながら焼かれているという代物で、お腹の中にはモロッコテイストの詰め物がたっぷり。モロッコ人は当然右手で器用に食べる。ちなみに僕も右手で器用に食べる。でも2人は日本人なのでナイフとフォークで食べていた。あまりのペースの遅さに気を利かせて、肉をむしって2人の前に取り分けてあげるという作業を黙々とこなしていると、感心したように
「おまえ、ゴッドハンドやな」
慣れは恐ろしいものである。
ゴッドハンド
(注4)昔の首都。ワインの産地としても有名。町は中途半端に大きくて、バーも多数存在するためか、バカが多い。ちなみにバカというのは、アジア人を見るとジャッキー・チェンとかシノワ〜とか叫ぶ人々。こういう人たちは、無視しないで、きちんとわからせてあげることがとても大事。
(注5)国営というポジションにあぐらをかき、行き届かないサービスと守られない運行時刻で有名なモロッコの鉄道会社。こちらに来たときに既に始まっていた複線化工事が未だに終わる兆しを見せないので、いつも遅れている。ただ、モロッコの公共交通手段の中では比較的まともなほう。
3.同僚アブサマッドの家
せっかくモロッコまで来ていただいたので、家庭料理でも味わってもらおうと、職場の同僚アブサマッドの家へ遊びに行く。クスクス(注6)はやはり普通の家庭で食べるのが一番美味い。観光地などで出されるクスクスは、蒸し上がってから時間が経っているものが多く、これはあまりいただけない。しかもツーリスト価格(注7)なるものが存在し、驚くべき値段の高さに辟易することもしばしば。というわけで、観光地では、モロッコ人しかいない小汚い店で食事をすることをお勧めする。
さて、同僚のアブサマッドの家でいただいたメニューは、オーソドックスなクスクス、牛肉とプルーンのタジンである。普通はどちらかだけでお腹イッパイなのだが、はるばる日本からの来客ということで、両方用意してくれたらしい(笑)最初にクスクスを食べて、もう入らんと言っていた2人も、いざタジンが出てくると、それなりに食べていた様子。モロッコ人は基本的にホスピタリティの塊のような人が多い。イスラム教の教えに、旅人はもてなせ、というのがあるらしく、それを差し引いても、家に招待するのが好きだ。食事の前にはまずアッチャイ(注8)。食事を十分に食べてさらにアッチャイ。毎日こんなことが続くと大変だが、あいつの家には行ったのに、どうして俺の家には来ないんだ、とお叱りを受けることもしばしばであるから、なかなか招待されるのも大変なのである。
中央がアブサマッド君
(注6)北アフリカの伝統的な料理。小麦を小さな粒にしたものを蒸して、野菜と肉を煮たスープをかけていただく。具は季節により様々。おしゃれな店やハイソな家庭ではスプーンでいただくが、普通は手で食べる。クスクスと野菜や肉を混ぜて、ボールのようにして食べるのだが、習得するには結構な時間を要する。これが出来るようになるとあなたもモロッコ人。 |
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(注7)基本的に値札のないモロッコでは、買い物も交渉次第であるが、大体ツーリストには通常の2倍から3倍の値段をふっかけてくる。日本人はカモが多いようで、観光地のおみやげ物屋の前を歩くと、「貧乏プライス」、「友だち価格」などと、聞いていて恥ずかしくなる呼び声で営業しているのは涙ぐましい限りだが、冷やかし半分に値段を聞いてみると、とても友情など感じられない値段を言ってくることがほとんどである。レストランも悪い店はツーリスト用のメニューが置いてあったりするのでご用心。大体そのような店は味もダメである。交渉も楽しめるうちはいいが、長くこちらに住んでいるとわずらわしいだけなので、最近は暇なときに冷やかしに行くのをストレス解消にしている。
(注8)お茶のことをアッチャイと言うのだが、一般的に有名なのはミントティー。グラスやポットにミントを入れて、たっぷりの砂糖で甘ったるいお茶を注ぐと、モロッコテイストのミントティーの出来上がり。ハーブはいろいろ選べて、ルイザ(カモミールの葉)とかシバ(ローズマリー)など日本でもおなじみのハーブティーが格安お値段で楽しめる。くどいようだが、とてつもなく甘い。そしてモロッコは成人の糖尿病率も、とてつもなく高い。
4.恐怖のグランタクシー、フェズメディナの迷い方
スフロの我が家での滞在を終えて、フェズ(注9)のメディナ(注10)観光へ繰り出す。フェズまでは車で30分。今日は2人に、世界の数ある公共交通機関の中で、死亡率ベスト3に入る、モロッコのグランタクシー(注11)を体験してもらうことにした。フェズへ行くにはバスもあるのだが、グランタクシーの方が圧倒的に早いし、人が集まればすぐにでるので便利である。ただ危険ということを除いては。
この日の運転手はなんだかご機嫌斜め。それほど急がなくてもいいのに、むやみに飛ばして前の車を追い抜こうとする。スフロからフェズまでは2車線なので、追い抜く際には当然対向車線を走ることになる。しかも走行中に運転席のドアが突然開いたりして、僕は慣れているので問題ないが、到着後の2人の感想は。
「もう二度と乗らない」とのこと(笑)
フェズのメディナは何も考えずに歩くと確実に迷ってしまう。初めて行く人はガイドを頼んだほうがよいかと思われる。英語のガイドもいるので、その辺は観光案内所で頼むと手配してくれる。とりあえずメディナを一望できる丘の上の高級ホテルのカフェで、高級カフェオレを飲みながら今日のプランを練ることに。
俺 「とりあえず押さえといたほうがよさそうなところを通ってみようと思うんだけど」
2人「まかせるよ」
俺 「なめし革の工房とか見たいでしょ」
2人「まかせるよ」
俺 「何かお土産で買いたいものとかある」
2人「まかせるよ」
俺 「じゃあ3人それぞれ別の入り口から入って、中央あたりで待ち合わせっていうのはどうよ」
2人「勘弁してくれよ」
そんなやり取りを終えてフェズのメディナを歩くことに。
左:フェズのメディナを望む 右:メディナの中のマドラサ
フェズのメディナを歩くときには、いくつかのポイントがあり、そこを押さえながら歩くのがいいと思う。最初はルサイフ広場という、車で入れる最深部までタクシーで行ってもらい、そこを出発してタンネリ(注12)やカラウィーン・モスク(注13)を見て、バブ・ブージュルード(注14)という門へ辿り着くコースを取るのが、一番わかりやすくていいと思う。僕は正直言ってフェズのメディナは好きではない。観光客慣れしてるというのもあるが、やたらとしつこい客引きにはうんざりさせられてばかりである。見方によっては人懐っこいと取れなくもないが、もうそんな風には見ることが出来なくなってしまった。なめし革の工房を出たところの店(こういった観光客相手の匂いがプンプンする店は悪いやつが多い)で、いかに値段を高く言ってくるかを2人に教えてあげようと思い、店の兄ちゃんにバブーシュ(注15)の値段を聞いてみる。
俺 「ねえ、これっていくらくらいすんの?」
兄ちゃん「お前アラビア語しゃべれるのか?だったら友情価格で100ディルハムだ。他のやつだったら150だぞ」
俺 (うわぁ、それでも十分高いじゃんかよ)「あのさぁ、俺ツーリストじゃないんだけど。ここに住んでんだよね」
兄ちゃん「へ?ここに住んでるってどこに住んでんだ?」
俺 「スフロなんだけど」
兄ちゃん「おぉ、スフロ!俺スフロの出身だぜ。スチムスーダなんだけど」
俺 「あぁ近くじゃん。俺住んでんのハッブーナだもん」
兄ちゃん「なんだ兄弟!(ここで友だちから兄弟に呼び方が変わる)なら60でいいぞ」
と、このように、一気に60ディルハムにまで安くなったというわけ。結局この店では買うつもりはなかったが、結構お買い得な値段になったのでトンちゃんがバブーシュを3足ほど購入。ただし、こういった値段ていうのは、あくまでこの値段だったら買ってもいいかなっていうのが、人それぞれあると思うので、人がいくらで買ってたとかいう情報を事前に持ってると、交渉して買い物するというアラブ商法の醍醐味を楽しめなくなるので、自分がどうしても欲しいものなら、ある程度の値段まで下げたら買っていいと思う。そうこうしていると日も傾き始め、メディナ散策も終盤に。バブ・ブージュルードに射す夕日をながめながら、カフェでアッチャイを飲んだ。明日はいよいよマラケシュ。(後編に続く)
(注9)昔の首都。メディナが世界遺産に登録されており、観光客で年中賑わう。新市街には映画館やスーパーマーケットなどがあり、田舎に住む僕にとってはありがたい存在。観光客慣れしたモロッコ人も多く、メディナの観光なら俺に任せろとなどと言ってくるやつも多いが、任せると大変なことになるので注意が必要。大体日本語で話しかけてくるモロッコ人ほど怪しいものはない。
(注10)旧市街のこと。モロッコを訪れる観光客は、その大半が各都市のメディナ観光を主要なプランにしている。複雑に入り組んだ街路は、時代ごとに計画されたレイヤーが重ねられた結果生み出されたものであり、特にフェズのメディナは迷路と呼ぶにふさわしい複雑な構造をしている。細い街路には車が入れないため、未だに運搬手段はロバと馬である。メディナを歩く際は、これらの動物に轢かれないように注意が必要である |
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(注11)モロッコが世界に誇る公共交通。速い、安い、危険と三拍子そろっているのでよく利用している。恐らくヨーロッパからの払い下げであろうと思われる4ドアセダンのベンツに、運転手を含めて7人が詰め込まれて目的地へとひたすら飛ばす。車は驚くべきボロさであり、走行中にドアが開くこともしばしば。前を走るトラックからこぼれた小石が、フロントガラスを割ることもしばしば。対向車線にはみ出して追い抜きをしている最中に、運転手のオヤジがカセットテープを入れ替えるのもしばしば。モロッコへお越しの際は、ぜひ利用してみてください。
(注12)なめし革の染色工房のこと。言葉がわからなくても、メディナへ入れば、親切なガキが「なめし革、なめし革」と日本語で案内してくれるので心配要りません。染色している場所を見下ろせるようにテラス付きの雑貨屋があり、通常はそこのうちのどこかの店のテラスから見ることが出来ます。こういった店の商品はどれもそれなりにお高いので、購入したいものがあればがんばって交渉することが必要。粘り腰です。ちなみにかわいい女の子だと、お値段もすぐに下がります。 |
タンネリを上からなめし革屋のテラスから眺める |
(注13)イスラム教の寺院のことをモスクという。詳しい解説は地球の歩き方とかを見てください。ちなみにイスラム教徒以外はモスク内部に入ることは出来ません。気をつけましょう。
(注14)アラビア語で門扉のことを「バブ」という。ということで、メディナの入り口というか門にはすべて「バブ・〜」という名前がついている。これ以上の解説はガイドブックで。
(注15)モロッコの伝統的な革製スリッパ。形や色も様々で、おみやげに非常にいい。ちなみに一番安いやつで35ディルハムくらいで購入可能。これを日本で買うと数千円するらしいので恐ろしい。女性にはミュールタイプのおしゃれななつもお勧め。フェズはどちらかというと伝統的なデザインのものが多く、マラケシュのほうがモダンなデザインが多い。 |