夢うつつ
神谷さん?
神谷さん、そこに居るんですか?
何処へ行くんです。
そんなに泣いて何処へ……
何ですか?
聞こえません、神谷さんもっと大きな声で…
神谷さん何故逃げるんです
神谷さん!
「…………!」
待ちなさい!
「…………せい!」
神谷さん!!!
「沖田先生?!」
白い雪。
それが見えた。
「だいじょうぶですか?うなされてましたよ」
少女の声。
それが何故か私の背筋を凍らせた。
「真っ青ですよ、何か怖い夢でも?」
とっさに笑顔をつくる必要を感じたが、それは適わなかった。
「いえ…なんでもないんです」
顔を上げると、ひんやりとした空気が顔にかかるのを感じた。
雪は自分の体をおもぐるしそうに、いくつもいくつも地上へ落とす。
まるで、いま、空が恋しいかのように、何処か悲しげに落ちる。
「雪が…ふってたんですね」
少女が私の隣に座ったまま、わらった。
「もう、ずっとはやくから降ってたんですよ」
「ああ、休暇だからといって寝過ぎたんですね」
空は白くうすぐらいが、もうずいぶんの時がたったような色をなしていた。
「昨日は大変だったんですから、たまにはいいじゃないですか」
私は布団を膝までかけたまま体を起こす。
そのまま、絶え間なくやってくる白い雪たちに視線を置いた。
綺麗だった。
雪が降るというそのことは、とても綺麗なことだった。
雪が降る。
「ふる」…とは、とふと思う。
「ふる」とは、どういうことなのだろうかと。
布団の表面が冷えていくのがわかるのと同時に、少女は寒そうに体を震わせた。
雪は、人肌こいしくさせるのだろうかと思う。
「神谷さん、布団に入りなさいよ」
「えっ?!い、いいですよ!」
首を振る少女の顔が赤くなる理由もわかっていたが、その細い腕をつかんで
やさしく引っ張ってやった。
自分の布団の中へ少女が倒れ込む。
冷え切った少女の肌を寝間着の上からも感じた。
ひんやりとしたその感触とは裏腹に、自分の中の何かがあたたまるような。
そんな不思議な感触がくすぐったくもあった。
「あったかいでしょう?」
そう笑ってやるが、少女は赤い顔をして
「そ、そりゃ…」
と小さく言う。
私は、ふともう一度雪を眺めた。
少女のからだがあたたまっていくのがわかった。
安心したような心持ちで、その白い綿毛たちを見つめる。
なんだか綺麗だけれど…それがこわい、と思った。
綺麗な綺麗な、けがれなき白いはなびらたち。
そのまま、ただただ、ゆきを見つめ続けた。
となりの小さな肩が震えているのがわかったが、どうしてやったらいいのかわからなかった。
ただ、その不思議に流れてゆく時を、どこかはかなく感じ。
それははかなく散り続けた。
ながいあいだ、ずっと、絶え間なく。
静かに流れ続けていった。
そうして布団のあたたかさが心地よくなってきたころになって、少女がくちを開いた。
「雪が…ふることが…、なんだか、不思議に思います」
ゆっくりと顔を少女に戻した。
雪が降る。
ふる。
はかなく。
やさしく。
こいしそうに。
「ゆきが…ふる…とは」
けがれなきゆきのそら。
「どういうことなのでしょうか」
何かが揺れた。
背筋を凍らせたあの焦燥感が、少女の目の奥からたゆたうように。
逃げていく。
泣きながら逃げていく。
少女が、すり抜けていく。
何処へいくつもりですか———神谷さん
聞こえない、少女の声。
消えていく、少女の影。
「神谷さん」
逃げてはいけない。
逃げてはいけないのです、かみやさん
「どうせなら、一緒に二度寝しちゃいましょうよ」
何故泣くのです、どうして。
どうして届かないのですか
「ええっ?!何を言ってるんですかっ」
ゆきがふる。
空がこいしいかのように、おもぐるしく。
人肌がこいしいかのように、はかなく。
「いいじゃないですか、ほら」
「いっしょに、寝ましょうよ」
神谷さん?
神谷さん、そこに居るんですか
何処へ行くんですか
そんなに泣いて何処へ
神谷さん
何故、何処へ逃げるのです
逃げるのなら
貴方が逃げてしまうくらいなら
神谷さん
貴方が逃げてしまうくらいだったら、いっそのこと
ねえ、神谷さん
貴方は泣きますか
あの闇の中で泣いていたように
白い雪。
それがふる。
空から、離れていくように、ふりかえりふりかえり
神谷さん
泣かないでください
ゆきがふるとは…こういうことなのでしょうから
「ほら、神谷さん、こっちへ来なさいよ」
暗くてすいません!!
木花翠心様の「忍冬」に感化されて作りました
なのにしょぼッ!!
何故!!!