MY LITTLE GIRL
茶屋の一室。
窓際の壁に背を預けた私の胸に寄りかかるのは、つるりとした月代を持つ一人の少女。
闇に浮かんだ丸い月に照らされる、その白いうなじをぼんやりと眺めていた。
「沖田先生。」
「何ですか?神谷さん。」
ふいに名を呼ばれ、私はさらさらとした前髪をかきあげながら尋ねた。
「ふふ。」
小さな唇から、くすぐったそうな笑みが漏れる。
「ねぇ、何ですか?」
もう一度尋ねると、神谷さんは「やっぱりいいです。」と俯いてしまう。
「駄目ですよ、ちゃんとおっしゃい。」
納得のいかない私はそう言って、細い身体を抱きしめる腕に力を込めた。
「先生、苦しい。」
「言うまで放しませんよ。」
窮屈そうにもがかれてそんな言葉を吐くけれど、どのみち放すつもりなんてあるはずもない。
どうせ神谷さんだって、本当はそんなこと望んでなんかいないのだから。
「もう…。」
ほら、案の定すぐに大人しくなって再び私に寄りかかる。
恥かしがりやなものだから、抵抗する素振りをせずにはいられないのだろう。
けれどそんなものは形だけ。
なにしろこの子は、私のことが好きで好きでしようがないのだ。
「で、何なんです?」
少しだけ戒めを緩め、先を促す。
向けられるのは、うっすらと潤んできらきら輝く黒い瞳。
「神谷さん?」
どくん、と波打つ心臓に内心苦笑しながら、私はその顔を覗き込んだ。
「先生。」
いつになく甘えた声が、柔らかく耳を擽ってゆく。
「はい?」
それにつられ、返事を返した私の声も思っていたよりずっと甘い。
少しだけ見詰め合った後、神谷さんは内緒話をするかのような密やかさで、言葉を発した。
「口付け、して下さい。」
「…え?」
不覚にも、思考が一瞬停止する。
だってこんなことを言われたのは、多分初めて。
「…だめですか…?」
呆ける私を見て、神谷さんは残念そうに俯いた。
伏せた睫がすべらかな頬に影を落とす様を見て、私はようやく我を取り戻す。
その途端、身体の奥からざわりと熱が込み上げてくるのを感じた。
(…一体どこで覚えてきたんでしょうね…。)
こんなにも私を嬉しがらせる、可愛いらしい手管。
恥かしがりやだと、そう思ったばかりだったのに。
「…先生?」
上目遣いで見上げる大きな瞳が映すのは、きっと情けないほどに緩んだ表情。
私は片手を上げ、桜色の頬をそっと包み込んだ。
「神谷さん。」
顔を寄せて名前を呼ぶのは、私が送るいつもの合図。
「先生…。」
期待に見開かれた瞳を、震える瞼がゆっくりと覆ってゆく。
落とされるはずの唇を待つその人に、私は他愛も無い悪戯を仕掛けてみる。
弄ばれた、仕返し。
つんとすました小さな鼻に、かぷりと食らいつく。
「…!」
予想外の出来事に、神谷さんはぱちっと目を開き、慌てて顔を離した。
くすくす笑う私に、抗議の声を上げる。
「何す、…っ。」
けれど、それを途中で封じるのもやっぱり私の大事な役目。
「ふ…ぅ…。」
大好きな甘味より、もっと大好きな甘い唇。甘い舌。
思う存分味わって、きゅ、と眉を寄せる彼女をようやく解放する。
「ん…。」
「ごちそうさま。」
離れ際に、さっき噛みついた鼻の頭を今度はちゅ、と軽く吸う。
主導権を取り戻したような、そんな気分。
けれど濡れた唇から紡ぎ出された言葉は、再び私を驚かせるのに十分だった。
「先生、もっと…。」
「……おやおや。」
しばらくして、口にできたのはやっとそれだけ。
「だめ、ですか…?」
なのに神谷さんときたら、まるで子供のように無邪気な笑みを浮べている。
(本当に、どこで覚えてきたんだか。)
これはもう、降参するしかないのだろうか。
ふう、と溜め息をついてこつりと額を合わせると、窓から入り込んできた風に薄い肩がぶるっと震えた。
「さむ…。」
図らずも、彼女が見せた小さな隙に、私の唇が吊り上がる。
「…暖めてあげましょうか?」
「え?」
「もっと、なんでしょう?」
「あ…。」
意味を解し、ぱぁっと耳まで赤く染め上げて俯こうとするけれど、そんなことは許さない。
「きゃ…っ!」
どさりと畳にその身体を押し倒し、覆い被さる。
驚いて目を瞬く神谷さん。
今度こそ、形勢逆転。
「ねぇ、寒いんでしょう?」
そう言って瞳を覗き込むと、やがて観念したようにこくりと小さな頷きが返ってきた。
「正直なのは、いいことですね。」
「もう、先生ったら…。」
軽やかな微笑みを口ずさむその唇は、これからもっと素敵な音色を奏でてくれることだろう。
「愛してる。」
唐突に、口をついた言葉。
こんなにも可愛いこの子に、伝えずにはいられない。
好きで好きでしようがないのは、私の方。
離れることなんて、きっともうできないんだ。
終
立夏様の10万打フリーを強奪〜v
いや〜あまあまですねーーー!!
満足ですーーーーー!!(何に)
ほんと、10万打だなんて!!
すごいすごい!
おめでとうございますv