秋もせせらぎも












晴れていた。


紅葉がきれいでしょうからと、沖田は誘った。


それで、セイは慌てて明里の所まで走って行ったのだ。


「私は用事を済ませたらすぐに行きますから、あの松の木の下で待ち合わせしましょう!」


そう叫んで。二人の想いが通じ合ってからの、初めての約束だったのだから。







「明里さあ〜ん、お願い助けて〜っ!」


セイはそう叫びながら屋敷へと駆け込む。屋敷の奥からは綺麗な着物をつけた女性が小走りも上品に現れた。


「おセイちゃん?!なにがあったん?」


「きょ、今日沖田先生と約束が、で、でもこんな格好じゃ…」


少女は自分の薄茶色のはおりをにぎりしめ、目にも涙を溜めながらそう言う。


勘のいい明里はすぐに、ま、そら急がなあかんねと言うと、セイを座敷の奥へと押して歩いた。


ばたばたと慌てた足音が座敷に響いた。






「もう、神谷さんたら、そんなに急ぎの用事だったんですかね」


一方、総司は少し膨れ気味である。松の下にいちはやく座っていながらそうぼやいていた。


なにしろ初めての逢い引きに誘うのにはとても勇気がいったのだから。


ふう、と総司はため息をついて松を見上げ切なそうにした。


—空は青い。


そう思った。


そこへ、からころからころと可愛らしい音をたてて走ってくる音がした。


それに、鈴の音。しかし総司には、ちりちりと鳴るその音も意味が無かった。


愛しいあの人が鈴を鳴らして来るわけが無いのだから。


だから総司は、声を掛けられるまで気づかなかったのだ。


「お、お待たせ致しました、沖田先生」


総司にはいきなり響いたりんとした愛しい人の声。


いつのまに来たのだと、驚いて顔をあげたその瞬間、総司の動きは石のように固まった。


ちりん、と小さく鈴が鳴る。


そこに立っていたのは、鈴をつけた淡い着物がよく似合う可愛らしい女子であった。


桃色の中に白い花を散りばめた着物に、淡い色をした黄色のかんざし。かんざしには、何処かで見たような白い花も添えられていた。


少し頬を上気させているその顔には、薄く化粧をしているようで、唇はほんのり朱い。


総司は、声も出ないまま、口をぽかんと開けてその姿を唖然と見つめていた。


そんな総司に、少女は首をかしげた。また鈴がちりりと鳴る。


「あの…、神谷ですけど」


総司の顔を、少女は不審そうにのぞき込んだ。


その少女からは、甘いお香の薫りがした。


その薫りをかすかに浴びた総司は何かに気づいたかのように我に返ると、みるみる顔を頬から耳まで真っ赤に染め上げて、さっと立ち上がった。


「し、し、知ってますよ!」


その突然の行動にセイは驚いて目を丸くする。


「お、沖田先生?」


そう言ってたじろぐ少女を、総司はあらためて見下ろした。


「似合ってないですか…、やっぱり」


と、少女は不安げに総司を見上げている。


その仕草がまた、とても可愛らしかった。


総司は、口を一文字にして答えなかった。何も言えなかった。


そしてそのまま片足を軸にして、くるり、と90度体を回転させた。


そして、右手と右足を同時に動かしながらぎくしゃくと数歩あるいてから、やっと振り向いた。



「イキマスヨ、神谷サン」


そう棒読みで言う総司の顔は、たこのように赤く、少女を笑わせてしまった。


「沖田先生、眉が寄ってます、それじゃ副長ですよ」


そう言ってころころと笑う少女の可愛らしさには、総司が目眩を覚える程であった。






二人は、しばらくどこへ行くともなく賑やかな町並を歩いていた。


「沖田先生、後でおだんご買って帰りましょうよ」


セイはうれしそうに店を回りながらそう言う。


「そうですね。またあとで」


平然とした態度を装う総司。


しかし総司はそれどころでは無かった。


自分でさえ、この可愛らしい少女が隣を歩いていることが信じられないくらいなのに、通りすがる人々は皆少女を振り向き歩くのである。


特に、男の視線には、一段と不快なものを感じていたのだ。


「おねえちゃん、きれいだねえ、安くしとくよ〜」


そんな店先の者の声も飛び交う。


—私でさえ緊張して神谷さんに喋りかけられないのにっ。


総司はそう心の中でつぶやくと、ぷうと頬を膨らまして両腕を組んだ。


どうしてくれようと考えているうち、少し早歩きになってしまっていた自分に、総司は気づかないでいた。


町はにぎやかで、人通りも多い。


何処ならすいてるんでしょうかと総司が考えていると、


ふいに後ろで痛そうな音がした。


「きゃあっ」


振り向くと、後ろではその少女が転んでいた。


白い足がその拍子に少しはだけてしまったのが見えた。


あ、と思うよりも早く、その周りにはわらわらと人が集まり、すぐに少女の姿を隠してしまっていた。






その後の行動はまさに風のごとく。総司は無表情で少女をかつぎあげると、ものすごい勢いで走り出していた。


かつがれた少女の叫びも抵抗も、総司には聞こえていないようだった。






そして。






いつのまにかもうにぎやかな町並みは無く、二人は広い川縁へと辿り着いていた。


少女を下ろすと、総司はそこにへたりと座り込んだ。


河の音が、涼やかだった。


「お、沖田先生?」


今までの総司の行動をあぜんと見守るしか無かったセイは、慌てて走り寄るとそう言った。


もう総司は泣きそうだった。


—この可愛らしい少女を目の前にしてどうしたらいいかもわからないと言うのに。


—二人で仲良くくずきりでも食べようと思っていたのに。


—少女を、今日こそは一人じめにしようと思っていたのに。


—ふたりっきりになっていつもよりずうっと仲良くしようと思っていたのに。


—あわよくば、接吻までは進もうと思っていたのに


「なのにみんなして神谷さんの白い足に寄ってたかるなんてひどいじゃないですか!!」


もんもんと一気に考えすぎたらしい総司の頭はもうまとまらず、川に向かって勢い良くそう叫んでしまっていた。


しかも「白い足」を強調して。


そういきなり叫ばれた少女の立場としては、不審そうに眉をしかめて総司の顔を見つめることしかできない。


わからないので、とりあえず少女は総司の隣へと座って足をのばした。


すると、


「だめです足は隠さなきゃ」


そう言って総司はまだ涙の残る顔で、口をとがらしながらめくれた裾を戻した。


「…見てる人は沖田先生しかいませんけど…」


少女はますますわからない顔をする。


「あ、そういや、そうですね、私しか…」


総司はいまさら気づいたかのように目を丸くさせると、いきなり口をつぐんだ。


そして、一瞬の沈黙の後。


総司は叫んだ。


「私しかいないじゃないですか!」


いまさら何を言うのかと、少女はさらに眉を寄せる。


「だからそう言ってるじゃないですか」


しかし総司はまた叫んだ。


「ふたりっきりじゃないですか!」


はっきり言って、あほである。


『接吻できるじゃないですか』と叫ばなかっただけましであるが。






「…?ええ、まあそうですけど…?」


しかし相手は手強い野暮天クイーンおセイちゃん。


「ふたりっきり」にまったく反応を示さない。


総司は少女に向けていた顔を河の方へとくるりと反転させ、眉を寄せた。


そして少しの沈黙の後、総司はまた口を開いた。


「か、か、かか神谷さんその格好…、すっ、素敵ですね!」


なるほど。総司にしては良い考えである。


甘い雰囲気を作ろうと試みているらしい。


その言葉に少女は頬をぱっと染めるとうれしそうに恥じらった。


「な、なんですか突然」


良い反応である。


総司は、ごくりと生唾を飲み込むと、少女の肩へと手をのばしつつ言う。


河の音がやけに耳についた。


「そ、そう思ったんですよ」


少女の肩へと手があと少しで触れそうになったその時。


「あ!沖田先生とんぼです!」


少女はいきなり叫んだ。その叫びに反応した総司の手はもう少女の肩から逃げていた。


「ふふっ、沖田先生の頭に止まってますよ」


そう総司の頭を楽しそうに指さす少女。


接吻への道は遠そうである。


総司は気を取り直してこほんと咳払いをした。


「それよりも…神谷さん、寒くないですか?」


何故か姿勢を正す総司。


「え?」


少女は可愛く首をかしげる。


そんな少女に、総司は早くなる動悸を感じながらも続けた。


「も、もももし寒いなら、わっ私があたたためため…」


せっかくのところでどもる総司。


そしてそれを遮り裏切るは少女。


「いえ、だいじょうぶです」(きっぱり)


「〜〜〜〜〜」


総司は目を細めてまた河を見つめた。見つめるしか無かった。


河の音がとても切ない。


がしかし。


「でも、」


少女はそう言った。


総司は不思議そうに少女を見て何かと言う顔をする。


すると。


「ちょっと帯が苦しいんです。ゆるめられないんですかね、これ?」


少女は恥ずかしそうにそう言ったのである。


「ゆるめられない」その言葉のみが総司の頭の中で繰り返されていた。


か、かみやさん!総司は心の中でそう叫んでいた。


—ゆゆゆゆるめるだなんて。


—そ、そんな大胆な!!物事には順序というモノが…


 —いやしかしここは神谷さんの誘いなのですから


 —や、やはりおなごに恥をかかせてはいけませんし


そういった思いが総司の頭の中を一気に駆けめぐる。


そして総司は決心した。


「か、神谷さん。」


そう言って向き直る総司。


手に汗をにぎり、顔を赤く染め上げて。


川沿いには、男女が二人きり。


そしてそこには。


帯を直し終わった少女がふう、と満足げに微笑んでいた。


「あ、だいじょうぶでした自分で出来ました。すみません」






接吻への道のりは、ほど遠い。










はああ〜まとまらない駄文ですみませんねえ…

なんで私の書く総司はこんなに情けないのかしら?

しゅ、修行ですね!!

長い目で見守ってやってください(ぺこり)