焼き餅












「神谷さんって、好きな人がいるんですか?」


突然の質問だった。







お茶のそばに菓子を並べ、二人でたわいもないおしゃべりをするのはいつもの事で。


その話の内容と言えば、いつもその菓子は旨いだとか旨くないだとかそんな色気も何も


無いものだった。


それが、突然そんな事を言われた日には、少女がお茶を吹き出すのも無理無かった。


「わあ!汚いなあ神谷さんたら!」


その人は両手を上げて身を引いた。


「だ、だって!いきなり何なんですかいったい!!」


少女は顔を染めつつ口を布で拭く。


お菓子は総司の手によって避難され、そのまま膝の上で独占されることになった。


「ほら、いつか言ってたでしょう?藤堂さんの想いがわかりますもんて、神谷さんが」


「い、言いましたけど…」


少女はお茶をとってふうと息で冷ますふりをした。


「昨日、何故か藤堂さんが夢に出てきて、それで思い出したんですよ」


ふふふとその人は無邪気に笑う。


その何も考えていなさそうな顔を恨めしそうに見る少女。


膝の上のお菓子をほおばりながら、また言った。


「で、いるんですか?」


少女はごくん、とお茶をのどに流し込んだ。


そして、お茶を見つめるように。視線はそこへと向けられたままで。


「いますよ」


そう言った。


「やっぱり〜!!誰なんですか教えてくださいよ〜!!」


無邪気におかしそうに冷やかすその人。


「近藤先生すきすき同盟の仲じゃないですかあ〜」


少女は無表情で。


その冷やかしを聞いていた。


そして突然こん!と音をたててお茶を置いた。そして唐突に。


「今私の近くにいる人です」


はっきりとそう言った。


少女は、無表情だった。


沈黙に、少女は目をつぶる。


これで嫌われたら…もう此処にはいられないだろう。


そういう覚悟も胸の内に秘めて。









そして。


いつの間にか側に寄ってきていたその人が耳打ちをした。


そこで盗み聞きしている中村さんのことですよね?


そっと、やさしく。


「安心して下さい、誰にも言いませんから」


にっこり笑う総司。


すっくと立ち上がるおセイ。


がらりと少し隙間の空いた戸が勢いよく開けられた。


そこには、冷や汗をかいて縮こまっている五郎。


「ではそういうことで、中村五郎と両想いになれましたので!!」


「あっそっか、中村さんも聞いていたんだ」


すごい形相で叫ぶ少女に、ぽんと手を叩く総司。


五郎は、少女に引きずられていった。









「ほら神谷、泣いてばかりいないで食べな」


五郎に差し出された煮付けを、涙と共に飲み込むセイ。


気の毒そうにそれを見つめる五郎。


五郎はもちろん、セイの想い人を知っている。


「なあ神谷、二人で組んでみないか」


その言葉に、ひっくとしゃっくりをして顔を上げる少女。


「二人でこのままくっついたふりをして、みせつけてやったらどうだ?」


少女は煮物を箸に挟んだまま五郎を見つめる。


「そんなのであの人が変わるぐらいなら苦労してないし」


少女はすっかりふてくされてしまっているようだった。


「そんなのやってみなきゃわかんないだろ」


そう言う五郎に、少女はうええ、と泣きながら言った。


「いいとこあるじゃねえか五郎!」


本当に五郎の前では土方口調化するセイであった。








そんなわけで、計画は次の日から決行された。












この頃神谷さんがかまってくれないなあ、と心の内でため息をついていたのは、


実は自分が原因だとは露とも思わない総司であった。


そして今日。


その姿を見つけた総司はあまりびっくりしたのでお茶をこぼしそうになった。


此処は総司が好きな甘味がある茶屋で。


このごろはまっていたのだ。


それでまた来てみたら、そこにいたのは、綺麗な少女と五郎だった。


綺麗な少女。


瞬間、総司は秘密を知るのは自分だけでは無くなった事を悟った。


なぜなら、少女は綺麗に髪を結い、明るい色の映える着物を着込んでいたのだから。


白い着物に桃色の花が散るその着物もよく似合う。


簪は、白く、その黒髪にすっとさされていた。


それよりも、綺麗なのは。


綺麗なのは、驚くほど整ったその姿で。







二人は、睦まじく、縁側に体を寄せあっていた。









——おしゃれしてるなぁ、神谷さん。





——そりゃあ、二人はもう恋人同士なわけで。





——なんだか内緒話をしているみたい。





——ああっ?!なんかくっつきすぎじゃないですか?!





——なんですかね、何話してるんですかね。







そんな総司の心の内を知るはずも無い少女は五郎に耳打ちしていた。



「沖田先生、不気味…なんで障子の裏に隠れてるんだろう…丸見えなんだけど」



「気になってるってことだって!ほら、やってよかったろ」



「そうかなあ…」



「しかしその女装も結構なもんだなあ。ほんとに女じゃねえのか?」








総司はいまだ二人を見守って障子から離れない。





——神谷さん、そんな格好でいたら襲われかねないですよ





——は!





——もしや

——此処は茶屋ですし





——そんな





——かみやさんが





——中村さんと





——…………………









総司の頭の中は、真っ白になっていた。


足が、勝手に動く。


どかどかと鳴り響く足の音。


綺麗な少女の驚いたような、丸くて大きな目。


その少女の腕をひっつかむと、もう茶屋から連れ出してしまっていた。










何故だかわからない。


ただ、ただ腹立たしくて。


叫んでいた。


「中村さんとは別れなさい!」


心臓には炎のようなものが燃えたぎっているように感じていた。


少女の顔は、怖くて見れない。


ただ叫んでいた。


「さっそく茶屋に連れ込むなんて、ろくな男じゃありませんよ!」


口の中がからからに渇く。


「それに付いていく神谷さんも神谷さんです。少しは警戒したらどうなんです!」


そこまで言い切ると、総司はその細い手をぱっと離した。


少女の、顔が見れない。


それに、自分の顔も見られたくない。


やさしく吹く風に、なんだか泣きそうになっていた。







総司は、少しの沈黙にもどうしたらいいかわからず、頑として背中を向けたままでいた。


その背中に、何かがふわりと触れた。


その子の手のひらだとわかった。


「沖田先生」


少女の可愛らしい声が、沈黙の中浮かんだ。


「こっちを向いてください」


その言葉に従う気はなく、背中を向けたままで。


変なことを言ってしまっていた。


「性別のことも、知るのは私だけではないようですね」


少女の手が背中の着物をつかむのがわかった。


「沖田先生だけです。知っているのは」


凛とした、その声。


「明里さんもですけど」


そう、小さく訂正されたが、気にならなかった。


それがどうしてだかわからなかった。







少女が総司の前へと自らまわってきた。


総司は、何故だか恥ずかしくて、視線をそらせてまた言う。


「だって、今日はそんな格好でいたじゃないですか」


「女装、ということになっていたんです。中村さんは知りません」




沈黙。




「…そうなんですか?」


やっと、目を見ることができた事に、安心した自分が不思議だった。


少女のその可愛らしい姿を、眺める。


綺麗で、綺麗で。


抱きしめたくなったが、止めておいた。




「ええ」


少女はそう言って笑った。


花のように。


まるでその着物の中に散る、その桃色の花のように。









勝手に手が動いた。


少女の背中に手をのばして。


知らぬ内に、その少女を胸のうちにおさめていた。


その少女のやわらかい感触に、目眩がした。


もっと強く、力を込めたかったが、壊れてしまいそうで。


出来なかった。














少女はその腕の中で







ありがとう、中村五郎







そう心の中でつぶやいていた。





















えっと、夏樹様、りくありがとうございました!!

なんだかいつもこんなんですね。

チョコリング上手いですね。

あい。

精進します!!!!