暗闇
月が、光る。
沖田は、走っていた。
その足音は暗闇に吸い込まれるように、蹴られて消えた。
—————————こんな、紙切れに。
『神谷を預かる 小枝橋 三時』
総司の手には、そうしたためられた一枚の紙がにぎられている。
と、同時に、剣の柄をも包むように、そこに添えられていた。
剣は、血に飢え、目は、暗闇に、何もかもがきれてしまいそうに。
総司の背中の向こうへ、その紙が風にもまれて、消えた。
セイは、瞼をうっすらと開けた。
暗闇の中を、すっと見通すようにまわされると、もう一度まばたきをした。
「沖田総司はまだか」
その一言で、十分だった。
カラン、と乾いた音が静寂をきる。
セイの尻の下には、短刀と、血にうっすらと濡れた縄が、ちぎられて落ちていた。
さるぐつわが、ぼとりとその上に落とされると、セイの影はすっと伸びた。
先生は、来るだろう。
おとりとなった、自分をいましめるろうに、ぎゅうと目を閉じる。
足手まといは、ごめんだ。
セイは、窓の外へ飛んだ。
二階だった。
橋には、複数の男達がいまかと待ち構えるように剣をにぎり、棒立ちになっていた。
川には、赤い魚が見える。
魚は、とぷんと息をすると、するりと石影に消えた。
そこに、一人の男が、走ってくるのがわかった。
ものすごい足取りで、尋常でない殺気が、隠すことなくその男に宿っていた。
橋の上の男たちは、ぐっと腰を落とす。
血が舞うのは、一瞬だった。
総司の頬に、血がべっとりとついて、それをぬぐう。
月が、どんよりと雲に覆われて、暗闇はいっそう深くなる。
そして、生き残された男の首には、剣先。
「案内なさい」
総司の声は、出すか出さないかという狭間で、ひっそりと発せられた。
門の前で、尻を掻いている男が、剣をぶらりとぶらさげて寄りかかっていた。
そして、あくびを大きくする
と、同時に、そのあくびにあてがわれた手のひらがぱっと握られた。
目の前には、血を首から上に飾り立てた男が、立ちはだかっていた。
「…ひぃ」
と、喉の上の方から音を出して、男は剣をかまえる。
そのまま、あとじさって、門を退いた。
総司は、無言で門を開けると、躊躇せずに中へ押し入った。
そして、奥へと突き進み、やっとかがんだ。
拾ったものは、小刀と、縄。
そこにこびりついて乾いた血を大事そうに撫でると、総司は、やっと、曲げた背を治した。
それから、窓から見えるその月を、ぐ、と仰いだ。
セイは草むらに背を預けてぐったりとしていた。
どうやら緊迫と、疲れでいつのまにか寝こけてしまったようだった。
体を起こそうと、体を傾けると、そこには、黒い影があった。
影では無い。
総司だった。
総司は、膝を軽く抱えて座っていた。
「こんなところで寝ちゃ危ないでしょう?」
そうたしなめるように、セイに笑いかける。
セイは、やっと身を起こして、そこに座るその人を見つめた。
「……すみません」
やっとそう言うと、セイは総司の隣に座り直す。
「つい眠くなっちゃいまして…それで」
総司の耳にこびりついた血を、親指でぬぐう。
それを少し舐めとると、月へと目をむけた。
総司もまた、月に目を細める。
そして、その視線を動かさぬまま、セイの血に濡れた手首を掴んで、ため息をついた。
その息は、月にかかるように、しなやかで。
暗闇が、二人を包んでいった。
暗いーーー!!
何故ーーーーーーーー!!
そういう気分だったんだと思われます(誰)
木花翠心様、有り難うございましたー★