何所かで見たような花
神谷さん。
貴方は知らないでしょう。
貴方の笑顔を見るたびに、私が怖くなるのを。
「沖田せんせ〜!」
白い粉雪を足で蹴ってはこちらへ駆け寄ってくる少女。
「ああ、転びますよ、神谷さん」
私は袖に両手を通したままで忠告したのにもかかわらず、案の定彼女は足を滑らせて。
ばすん、という雪の中に体を埋めたような小気味よい音をたてて姿を消した。
そのまま姿を見せない事に、少しため息をついて彼女の所へ歩いた。
そこには、大の字で寝転がる貴方を見つけて、私はもうひとつため息をついた。
「風邪をひきますよ」
そんな叱咤にも動じずに、彼女は気持ちよさそうに目を瞑ったままでいた。
「雪ってやわらかくって気持ちいいんですね〜…」
私の前で、目を瞑って寝転がる少女。
まったく、襲われても知りませんよ。
警戒心のかけらもないその表情に、少し貴方をからかいたくなって。
その隣に座り込んで少し微笑みながら額に手をのせた。
その額は、思ったよりも冷たかった。
少女は目を開いて楽しそうに笑った。
「沖田先生も昔やったくちでしょう?」
「別に昔も今も変わりませんよ、私は」
私は少女の額に手をあてがったまま微笑んだ。
「じゃあ先生も転んでみたらいいじゃないですか」
くすくすと笑って冗談を言う可愛らしい少女。
それを私は目を細めて見つめた。
「…じゃあ」
私は少女の髪にかかった白い雪をやさしくはらいながら言った。
「はい?」
少女は無邪気になんでしょう、という顔をして。
「少し目を閉じてもらえますか」
私の中のいたずら心が、ころころと動き出す。
「は?!」
少女はみるみる頬を染める。
慌てたように、何を言うかという顔をして。
「少しでいいですから、ほら」
少女は顔を真っ赤にして、目を瞑った。
もの凄く緊張した顔つきで、ぎゅうと目を閉じている。
さっきまで自分で目を閉じていたくせに。
私は少し笑いたくなったが、それを軽く飲み込んだ。
しかし、そうやってすぐに目を瞑ってしまうのも問題ですけどね…
いったい何を期待しているんですか、神谷さん。
本当におとこってものがわかってないんだから。
私は、その長い睫毛にそっと触れた。
びくりとその閉じた目を更に固くする少女。
まったく、可愛いものですね。
だからからかいたくなっちゃうんじゃないですか。
私はそんな想いをぐっとまた飲み込んで、破顔して言った。
「ほら、睫毛に虫♪」
その途端神谷さんの顔はなんとも言えない表情を表した。
雪に背を預けながら、眉をしかめて「むし?」と呟く彼女。
ぷっ、神谷さんたら、凄い顔。
私はおかしくて仕方ないという顔をしているのがばれないように、すたっと立ち上がった。
指に、何かをはさむ真似をして。
睫毛に虫なんて、普通自分で気づきますって。
あり得ないですよ、神谷さんたら、また騙されて。
私は虫をつまんでいるかのように、その指をぷらぷらとしてみせながら歩き出した。
「はやく屯所に戻らないとお汁粉食べ損ねちゃいますよ〜」
今頃神谷さんは「この野暮天ヒラメ〜」なんて呟いているんでしょうけど。
言っておきますけど、野暮天はどう考えても貴方のほうですけどね。
一度たががはずれたら怖いんですよ、神谷さん、わかってるんですか?
口づけをしたくない訳無いでしょう、私だっておとこなんですから。
でも、それだけで止められる自信が私にあれば、の話なんですけどね…?
私は歩きながら空を見上げた。
冬の空は、白すぎてまぶしい。目が、少し痛む。
後ろからはざくんざくんといった荒々しい足音。
神谷さんが凄い顔をしたままで後ろからついてくるのが目に浮かぶ。
私は微笑みながら立ち止まって、少し振り向いた。
そこには、やっぱり凄い顔をしている神谷さんがいて。
私はまた笑いそうになりましたが、それを堪える替わりに片手を差し出した。
「何を怒ってるんですか?」
そう言って。
「べ、べつに怒ってなんかナイですけどっ」
ふくれっ面だった神谷さんは私の差し出した片手に、また顔を赤くした。
神谷さんは、ころころと沢山の表情を見せる。
それが愛しくて、私はその小さな手のひらを強引にとって握った。
「!」
神谷さんが息を止めたような気配を感じる。
私は、それに気づかない振りをして、また歩き出した。
「辺り一面まっしろですね〜」
そう言いながら繋いだその手をくるむようにした。
その冷たくなった手を暖めてあげたくて。
「ね?」
私は同意を求めて顔だけを少し後ろに傾けた。
そこには、恥じらったように、少しうつむきかげんに歩く神谷さんがいて。
「…そうですね」
そう言って、やっと顔をあげたようだった。
それを見届けて、私は少し目をふせた。
幸せとは、こういう事をいうのかしらと、ふと思って。
気づかれないように、目だけで少女の表情を覗くと、少女も幸せそうに頬を染めていた。
さっきまでのふくれっつらは何処へいったのやら。
「ちょっと遠回りして帰りましょうか」
握ったその手を固くして、言った。
「えっ」
神谷さんの、驚いたような声。
「帰りたいですか?」
私は笑いながら言う。
「い、いえ!そんなこと!で、でもお汁粉は…?」
神谷さんは慌てて言う。
本当に、可愛いんだから…
私は耳を少し掻きながら少し困ったような心持ちで笑った。
「大丈夫ですよ、ちょっとくらい」
そう言って歩調を緩めて神谷さんの隣に並んで歩く。
少女のそのころころと変わる表情を見ていたくて。
少女は、少しとまどったようにして、笑った。
何処かで見た花のように。
蕾が開くように、その笑顔を咲かせた。
綺麗な、笑顔。
神谷さん。
貴方は知らないでしょう。
貴方の笑顔を見るたびに、私が泣きたくなるのを。
神谷さん。
私は、とうに命を近藤さんに預けて参りました。
私は、私の命など惜しくは無かったのです。
近藤さんの為に死ねるのなら。
本望だと。
そう願って。
神谷さん。
……貴方に、出逢うまでは。
貴方は知らないでしょう。
貴方の笑顔を見るたびに、私が怖くなるのを。
私が、貴方の笑顔を見続けるために、生きたいと、そう、願うことを。
紫月ユイ様、お待たせいたしました4848りくです!!
送りつけさせていただきました(汗)
そしたらなんだか黒ーな総ちゃんになってました!!あらまあ!
いつのまにか・・(爆)
駄文、お許しくださいませ☆
しかし・・・うはー!
修行し治します・・涙(←読み直したらしい)