無垢






















総司はぬくもりに身を暖めながらぼんやりと天井を眺めていた。



そうして思い出すのは昨日のこと。



いまだ信じられない、昨日の事を。











「神谷さんっ?!」



その叫び声は空をきった。



帰りが遅い、と案じた沖田総司は、神谷清三郎を迎えに行こうと屯所を出ていた。



清三郎は、菓子を買いに使いに出されている。



それは総司の一言に始まった。



「桜屋の草餅が美味しいって評判なんですよ!!」



それを聞いた清三郎が、私が買ってきますと笑ってみせた。



いいと言うのも聞かずに屯所を後にする清三郎の背中が思い出される。







田圃一つ向こうに、何かがいる。



それがわかった。



何かが、倒れている。



人。



……………あれは



総司の顔はいっきに血の色を失い、叫んでいた。





そうして総司は布団の中で目を瞑る。

あの時の恐怖がいまだ我が身を震わせるのだ。



…なのに。



娘が無事口を開いて出た第一声はこうである。











「…ヒラメ」



「…は?」



「おじちゃんの顔がそう見えたの」



「おじ?」



「ねえ、兄上は?」



「………………あに?」



「はやく帰らないと、兄上に叱られてしまうもの」



「……………………………あのぅ…神谷さん?」





そして。

 













何故か二人は田圃の脇で正座をして向き合っていた。



「あの…神谷清三郎さんですよね?」



「駄目、清三郎と呼んでいいのは兄上だけだもの」



「でも、神谷さん、お兄さんは…」



「かみやて誰?」



「……………」



「ねえ誰?」



「…あの………失礼ですけど…………お幾つですか?」



五つ、この前なったばかりなの」







信じられぬ出来事に、総司はどうしたらいいかわからずに文をしたためた。



「神谷清三郎 沖田総司 以上二名今日より三日居続けを許されたい」



そう許しをこう文を、震える手で。



その手は今、既に違うモノに対して震えていた。



そう。



総司の胸の上にコアラのようにひっついて寝入る少女の背中の一寸先で。















さて説明しよう。どうしてこんな事(コアラ抱き枕総ちゃん(そして震える手))になっているのだろうか?

少女は昨晩いきなり泣きだした。

一緒に寝てくれなければ淋しいと。

それはそうだ。

五つの子供なのだから。

そうして一緒に寝ましょうとうっかり約束してしまった総司。



後悔先に立たず。

そんな言葉もある。



「ヒラメのおじちゃん!!はやくはやく!!」

ばふばふと布団を足で蹴りながら駄々をこねて笑う少女。

そこには一つの布団に二つ仲良く並べられた枕。

無垢とは怖いものだ。

総司は正座をしてその姿を見守る。

「我慢できなくても責任はとれませんよ神谷さん」

そう言っても相手は五歳の少女。

………器は立派なおなごであるが。

「かみやて誰〜!!」

そう楽しそうに叫んでくる。



「もうほんとにどうしましょう〜言っておきますけどこんな事初めてなんですからね!」

それに泣きそうになりながら必死に抗議(?)する総司。

そして意外にもその言葉に反応した少女がいた。

「ヒラメのおじちゃん初めてなの?」

はじめて?!

…………。

…………そうよね、総ちゃんだってお年頃のオトコノコですものね(涙)。



「そそそりゃそうですよ今までおなごなどに関わってきては来なかったのですから!」

ちょっと邪な方向性へ思考をとばしてしまった総司は自嘲気味に叫んだ。



「ヒラメのおじちゃん、可哀想…」

「かわ…!!ほっといてください!私にはおなごなど必要ないのです!!」



勘違い真っ逆様な総司は真っ赤な顔で五歳の少女に本気で抗議をする。



「じゃあセイが一緒に寝てあげるね!!」

「………。」



総司は頬を真っ赤にしてちろりと二つの枕を睨んだ。

「考えてみれば、神谷さんは武士(オトコ)です。過剰に思うことは無いですかね」

そう、一人でがしがしと頭を掻いた。



そして意を決したように布団へ潜り込んだ。





勝負が始まる。

総司の頑なな理性と意外と脆い本能のどちらが勝つか!!

勝敗はいかに??















そうして、一刻後。

「おじちゃん、どうして向こう向いちゃうの?」

早くも理性に負けを認めそうな総司がそこにいた。(おいおい)



「ねえねえおじちゃんこっち向いてよ」

「いいから貴方ははやく寝なさい!!」

目をぎゅうと瞑って堪え忍ぶ総司。



そんな総司の思いは知ったこっちゃ無いセイはぐいぐいと寝間着を引っ張る。

「ねえおじちゃんお話しようよ」

そう駄々をこねる少女の声は何よりも可愛かった。

総司はその可愛い声音に後毛を引かれるように頭を後ろへ傾けた。

「………おはなしですか?」



「うんっ!!!」

そう頬を緩めて破顔するセイはものすごく可愛かった。



「いいですよ。何をおはなしします?」

その笑顔に逆らえなくなった総司は諦めたようにくるりと体の向きを変えた。

苦笑気味に少女のまなこを除く。



「あのね、ずっとセイは不思議だったの」

「はい。何でしょう」

「どうしてセイにはおじちゃんとおんなじソレが無いの?」

はいぃっ?!



哀れ、総司。そんな話題をふっかけられては溜まったものではない。

「そ、ソレって!!いったい何のことだかおじちゃんにはわかりません。」

総司はそうごまかそうとしたがそこはセイの気質。

騙される訳がない。

「だからそのけむくじゃらのもののことなの。何で?」

「うぐっ…、神谷さん五歳にしてやりますね貴方…」

それは総司が…という突っ込みは止めておこう。



「だって兄上も父上もいつも誤魔化すんだもの。セイは誤魔化されるのが嫌なのに」



「…神谷さんはやっぱり神谷さんなんですね〜」



おもしろそうにまじまじとセイを見つめる総司だが、それに畳み掛けるように言い詰める少女。

「何でなの?」

眉を寄せるその顔も可愛い。

その顔につられたか、総司は喋りだした。

「何でって…まあ、そうですね〜、子を宿すために必要なんですよ」

「こ?」

「そう、赤子です」

総司はやさしく微笑んで頭を撫でてやった。

しかし相手はセイ。これで終わる訳は無い。



どうやって赤子を宿すの

「どうしてこういう状況でそういう話しをしなきゃならないんです!!」



総司はもう嫌というふうに天井へ視線を変えて涙を流した。

「ねえ、どうしてなの、どうして赤子が出来るの」



今この場で実践してみましょうか



そんな言葉はもちろん飲み込んで総司はごくりと唾を飲み込んだ。

「こうのとりが」

「嘘」

総ちゃん!!五歳の少女に負けてます!!

「…キャベツのなかから」

「嘘」



「………」

「………」



二人はしばしじいと睨み合った。

総司の顔にはつう、と脂汗がつたう。



そうして少しの沈黙の後、

セイはぶうと頬を膨らませてやっと言った。



「もういい、セイ寝る」





さすがのセイも、もう眠くてしかたが無かったらしかった。

五歳の子供には、もう遅い時間である。

「…そうしてください」

総司はほっとしたように汗をぬぐうために額へ腕をあげた。

やれやれ、という顔をして、天井へ顔をやったまま目を瞑る。











そうして事件が起きたのだ。

総司は目を見開いた。

そうして叫ぶ。



「かかか神谷さんな、何を!!!」





少女が。



総司の胸の上に体を預けてのしかかってきたのであった。

信じられない出来事にあわあわと手を宙にさまよわせる総司。



「あにうえはよくこうしてくれるの。こうすると良く眠れるの」



「わわわ私はよく眠れませんよ!!!」



「おやすみなさい」



「人の話聞いて下さい!!!」





「…明日、ちゃんとおしえてねヒラメのおじちゃん……」









そうして無邪気な寝息が総司の胸にかかった。

そうして布団にかかるのは総司の涙。















それから一睡もできず。

朝日が上がる頃、拳を握りしめている総司がいた。





その拳はおずおずと開くと少女の背中の一寸先で震えては止まり傍らに戻される。

そしてまた拳をこれでもかと握る。

そしてまた同じ事が繰り返される。









総司の胸の上にコアラのようにひっついて寝入る少女の背中の一寸先で。











はたしてあと二日の夜、無事に過ごせるのか?







そんな事はわからない。







知るは天のみ。









頑張れ、総ちゃん!!!




























日暮れの続編になります★

さつき様、りく有り難うございましたッ!!

このシリーズ書いてて楽しいですねぇ…v(自己満?)