日暮れ
「神谷さんっ?!」
その叫び声は空をきった。
もう、日暮れも早い、夏の終わり。
帰りが遅い、と案じた沖田総司は、神谷清三郎を迎えに行こうと屯所を出た。
清三郎は、菓子を買いに使いに出されている。
それは総司の一言に始まった。
「桜屋の草餅が美味しいって評判なんですよ!!」
それを聞いた清三郎が、私が買ってきますと笑ってみせた。
いいと言うのも聞かずに屯所を後にする清三郎の背中が思い出される。
それから一時、いまだその子は帰らずという訳だった。
少し濃くしなった草を踏みながら土を蹴る。
その足取りは何処か焦り急いでいるようでもあった。
その足の先には、ただただ田圃が広がるばかりで。
とうていこの広い土地の中から人を捜し出すのは不可能かとも思わせた。
総司はため息をついて両腕を袖に通して立ち止まる。
途方にくれたように遠くへ視線をやり、一度帰ってみようかと思った時だった。
田圃一つ向こうに、何かがいる。
それがわかった。
何かが、倒れている。
人。
……………あれは
総司の顔はいっきに血の色を失い、叫んでいた。
夏の終わり。
実りは褪せた色をして、夏を惜しんでいた。
「起きて下さい、神谷さん、神谷さんっ」
切羽詰まった声が広い田圃にむなしく消える。
清三郎が起きる気配は無い。
総司はその子の足と背中に腕を添えて、立ち上がった。
「とにかく医者へ…!」
そう言って、駆け出そうとした時であった。
「んん…」
腕の中の少女が唸った。
「あっ、神谷さんっ?!」
少女の目がぴくりと動いて、少し苦しそうに開かれていった。
「神谷さん、大丈夫ですか。何処か痛いところは?」
総司は何処かほっとしたような顔をしてやさしく問いかける。
「………?」
少女の大きな目が、総司を見つめた。
不思議そうに、何故か、興味深そうに。
「…ヒラメ」
「…は?」
「おじちゃんの顔がそう見えたの」
「おじ?」
「ねえ、兄上は?」
「………………あに?」
「はやく帰らないと、兄上に叱られてしまうもの」
「……………………………あのぅ…神谷さん?」
奇妙な会話が二人の中で行われた後、その子はひょいと総司の腕から逃げ出した。
すたすたと歩いて去ろうとする少女。
いったい何処へ行く気なのか。
そんなことよりも。
「ええっ?!」
総司は叫んでいた。
「神谷さんっ?!ちょちょちょっと待って下さいよ!!!」
そして。
何故か二人は田圃の脇で正座をして向き合っていた。
「あの…神谷清三郎さんですよね?」
「駄目、清三郎と呼んでいいのは兄上だけだもの」
「でも、神谷さん、お兄さんは…」
「かみやて誰?」
「……………」
「ねえ誰?」
「…あの………失礼ですけど…………お幾つですか?」
「五つ、この前なったばかりなの」
カラスが、鳴いた。
正座をして向き合う二人の影が、のびる。
「あけさとさああああん!!!」
ばたーんとすごい音をたてて駆け込む総司。
さすがにあのまま屯所には帰れないと判断したらしかった。
「あれ、沖田はん、どないしたん?」
「あっ!?おおお志津ちゃん、あっあけさとさんは何処ですか?!」
「そんな急いでも姐さんはおらへんで」
「はいっ?!」
「今江戸におんねん」
「—————っ?!」
その日。
沖田総司と神谷清三郎の三日居続けの知らせが屯所に届いた。
それはあらゆる噂を呼んで屯所中の話題となったが、
あいにく沖田総司にはこれ以上いい知恵を出す脳など持ち合わせてはいなかった。
ある茶屋の座敷に、少女はちょこんと座り、
その横には、総司が疲れ切ったように畳につっぷしていた。
「はあああ〜三日で元に戻ればいいんですけど…」
そう言いながら総司はごろんと寝返って仰向けになった。
「ねえ、ヒラメのおじちゃん」
「…ヒラメじゃなくて沖田総司ですってば」
そんな事は聞いちゃいない少女はぐいぐいと総司の袖を引っ張る。
「あにうえは?」
「……兄上は…ええと…その」
「何処?何処?」
「い…今ちょっと機織りをですね…」
「はたおり??」
沈黙が流れる。
カラスが鳴く。
「とっとにかく今は会えないんですよ!」
総司は叫んだ。
「ええ〜、じゃあヒラメのおじちゃんだけなの?」
少女はとても不満そうだ。
それにまたため息をついて言い放つ。
「そうです二人きりです。」
………………………ふたり
言って気づいた。
少なくとも。
今日から三日間。
二人きりじゃないですか!!!
叫びそうになったその口を抑えて総司はとびあがった。
気づけば、二つ並べられた枕。
カラスがからかうように笑っていた。
「ヒラメのおじちゃん、どうしてそんなに離れてるの?」
少女の不思議そうな声。
「えっ?!」
気まずそうな総司の声。少女と出来るだけ離れて壁にぴたりと身を寄せていた。
「お布団、はじっことはじっこにしちゃって、淋しくないの?」
「ささ淋しくないです!全然平気です!!」
仮にも五つの少女に真剣に答える総司。
「………」
「………」
沈黙も気まずく感じる。
そんな総司に少女は言った。
「……あにうえは一緒に寝てくれるの」
「…はい?」
総司は顔をあげた。
そこには、みるみる涙を浮かべていく少女。
ぎくりとした総司の顔。
少女はふるふると震えながら、涙を溜めていく。
「あ、あにうえは…う、うえっ、一緒に寝てくれ…うええっ」
「ええっか、神谷さん?!じゃなくて…わ、わっ」
うろたえまくる総司は慌てて少女に駆け寄った。が、既に。
「うええええんあにうえ〜〜!」
少女はもうぼろぼろと泣きだしてしまっていた。
慌てて総司は頭を撫でてやる。困り果てて。
そして言ってしまったのだ。
女(?)の涙は強し。
「ああもうわかりましたから、今日は一緒に寝ましょうねっ?」
言ってしまってから総司は目をまるくした。
自分の言ったことをはんすうしてみる。
今日は一緒に寝ましょう
気づいてからは既に遅し。
「ほんとうに?」
可愛らしく泣きやんで笑う少女。
「…………ほんとうです………」
総司は顔を背けて涙を流していた。
「おじちゃん脱げない〜〜」
「お願いですから着替えだけはひとりでやってくださいってば〜」
おぼつかない動きで羽織を脱ごうとしている少女と、それに背を向けて顔を真っ赤にした総司がいた。
「おじちゃんここひっぱって」
「わっわっこっち来ないでくださいよ!!」
「ねえほらここ」
慌てて目を瞑って羽織に手をかけてやるが少女はいまだ苦戦していた。
う〜んと袖を引っ張るのに必死な少女。
そして引っ張りすぎたのか、少女はぐらりと揺れた。
倒れ込む。
総司の、胸の上に。
そう、総司の、うえに。
おおいかぶさるようにして、少女は笑ったのだ。
「あっ脱げたよおじちゃん!」
少女の嬉しそうなあどけない声が総司のむねの上から聞こえる。
羽織は総司の手に捕まれたまま頭の向こうに投げられていて。
総司の広い胸にはなにかやわらかいモノがあたっていた。
総司の細く虚しそうに天井に向けられた目からは、涙。
「………それは良カッタですね」
総司の空いたもう一つの手は、少女の背中の上でわきわきと何かを耐えるように踊っていた。
かくして少女の着替えの時間は無事(?)終えたようであった。
「お待たせしてすんまへんなあ」
そう言っておばちゃんが夕餉を運んできてくれていた。
美味しそうなご飯が並べられていく。
ほかほかと、みそ汁からは湯気。
暖かい、ひとときを包むように、湯気はゆらゆらと揺れていた。
それをきらきらと目を輝かせて眺める少女。
そんな仕草も可愛く、総司はまた複雑なため息を重く吐いたのだった。
おばちゃんが部屋を後にしたのを見計らって、総司が箸を両手に挟んで
「頂きます」
と、…言おうとした時だった。
総司は目を丸くした。
少女が思わぬ行動に出たのである。
総司の膝の間に。
小さな腰を落としたのであった。
総司の両手に挟まれた箸がぽろりと落ちる。
総司の股の間にぴたりと体を寄せて甘えるようにいただきまーすと可愛い声。
総司の手は天井に向けて逃げるように上げられて。
総司の胸には、可愛いその子の背中が預けられていて。
カラスが、飛ぶ。
バサリバサリと。
総司は、堪えるように、目を瞑って口をかたく結んだ。
そして両手を上げたまま。
何ですかこの体制は!!!わざとですか!!!
そう、おもわず、突っ込んでいた。
それから少女の無邪気なとどめの一言。
「ヒラメのおじちゃん、なんか固いモノが挟まってるよ、痛いからどかしてね」
「…………………そうですよね☆」
総司は、その固いモノを抑えながら、にっこりと、かろうじて、笑ってみせたのだった。
夜は更ける。
もう、日暮れも早い、夏の終わり。
頑張れ、総ちゃん。
これから、一緒に寝なければならないのだから。
……ねッ=☆(ウィンク)
長い長い夜は、まだ、これから。
さやか様からのりくでしたー!
えっと、3939とりく重なりましたので
内容を変えてということで…
おゆるしくださいませ。
チッコイセイちゃんはかわいいなぁ★