月酔い












秋。月も丸い、静かな秋の夜であった。


何故それほどにと思わずにはいられぬほど、その月は丸かった。


そう、今日は十五夜。


甘味所は、いつもよりも賑わい、明るい笑え声も耐えなく響いていた。


その中に、まんじゅうやらお餅やらとたくさんの甘味を腕に抱え込んでいる男がいた。


——神谷さんはどれが好きでしたっけ…


そう、屯所で待っているであろう少女の為に必死で甘味を探す姿は、剣を振るうあの姿とは

似ても似つかず、なんだかおかしくもあった。


「すみません、これください」


あまりの量に眉をしかめる店主を無視して帰路についた総司は、丸い月を見上げて微笑んでいた。


気分が、とてもいい。


——月は綺麗だし、これから神谷さんと大好きなお菓子も食べれるし、いい日ですね今日は


そう思っているときであった。


「あああ〜沖田先生じゃあないですか〜?!」


いきなり、後ろからかなりの大声で叫ばれた総司はぎょっと目を丸くした。


いつものあの子の声では無い。


誰が聞いても解るその叫び声のぬしは、ふらふらとした足取りで歩いていた。


振り向くとそこにはもう少女が目の前にいて。


いきなり、抱きつかれた。


「かっ神谷さん?!」


総司が叫ぶのも無理はない。


抱きつかれた拍子に少女の足がもつれ、二人して倒れ込んだ。


「わ、わっ!」


倒れ込んでもまだ少女の手は総司の背中から離れない。


総司は顔を真っ赤にして起きあがろうとした。


しかし何故か手が震えていまっていて、かくん、と肘が力を無くしたように折れた。


それで気づいた。


少女の顔が、自分の胸にうずまっていることに。


総司はその感触に気がおかしくなってしまいそうに感じてますます顔を赤くする。


「ふんんん〜」


少女は甘えたような鼻にかかった声でまた抱きついた手に力を込める。


その声は総司の体に振動して響いた。それがくすぐったくて堪らない。


その少女からは、少しお酒のにおいがした。


総司はため息をついてやっと口を開ける。


「…神谷さん、あなたお酒飲んでますね?」


総司は子供を諭すように頭を撫でながら、自分の心臓の音の速さが気づかれない事を願った。


その声にもそりとうずめた顔を上げて、少女は笑った。


「原田せんせいたちと〜飲んでてたんですえへへ」


「原田さんとって!その原田さんは何処にいるんですか!」


総司は眉をしかめて言う。


「ええと〜綺麗なお姉さん達とお部屋に行っちゃったのです〜」


その意味がわかった総司はまたため息を深くついた。


少女はまた総司の胸に顔をうずめる。


それを困ったように見下ろしてどうしたらいいのやらというように、少女の頭にのせたその手で

やわらかい髪をなでつける総司。


「つまんないので〜沖田先生とお酒を飲むのです〜ふふ〜」


その手に気持ちよさそうに目を細めた少女はもう言葉もおぼつかない。


「もうお酒はだめですよ。もう、どうしましょうかね〜」


総司は困り果てて言った。


しかし突然、少女はぱっとその体を離して走り去った。


「か、神谷さん?!何処へ…」


そう慌てて総司が声を発したその数秒後には、もう少女は一生懸命走り寄ってきていた。


その手には、何か抱えているようだった。


それを総司の目は捕らえ、目を丸くさせた。


少女の抱えているものは、一升瓶だった。


重そうな音がたぷんたぷんと聞こえる。


「はい!沖田先生のです〜ふふふ〜」


そう言って少女はその瓶を総司へと突きつけた。


「…神谷さんたら…そんなものまで持って来ちゃったんですか」


総司があきれたようにその瓶を受け取ろうとした。


がしかしその手には瓶の感触は無く。大きな手のひらは空をつかんだ。


あれ、と思ったときには既に遅く。少女がいつの間にかその瓶に口をつけていた。


「あああっ神谷さん!駄目ですってば!もうお酒は駄目ですっ」


慌てて瓶を取り上げる総司。


少女はあ〜と残念そうに手をのばす。


もう、と総司は瓶を横に置いた。


その瓶が置かれた堅い音と共に聞こえてきたのは少女の甘い声だった。


「じゃあ沖田先生が口移しで飲ましてくださいね〜?」


「はあっ?!」


瓶は揺れて少しお酒が飛び散った。


総司は少女の顔を仰天して見つめていた。


「だって原田せんへいが〜お姉さんと口移ししてました〜あれ、やりたいです〜!」


少女は駄々をこねるように総司の袖をぐいぐいとひっぱった。


「くく口移しって!!!駄目ですよ!」


総司はこれでもかと言うほど顔を赤くして瓶を隠すように背中へとまわした。


その時。


少女の目から雫がこぼれるのを総司は見た。


総司の体はぴきりと固まる。


ぽろりとそれはつたい落ちる。


「してくれないんですかぁ?」


少女はくすんくすんと泣き出した。


総司はもう目を丸くするばかりである。


「か、神谷さん?」


総司はもう少女よりも赤い顔をしておろおろとした。


「神谷さん、泣かないで下さいよ〜」


いまだ少女の瞳からは雫が落ちる。


ぽろぽろ、ぽろぽろと。


それは、とても綺麗で。


総司は無言で瓶に手を伸ばした。


少女は泣きながらそれを見つめる。


酒が瓶の中から総司の口に含まれる。


強そうなお酒だと総司はぼんやりと思った。









月の光が二人を見守る。


少女の口を親指で開かせた。


少女の瞳には涙が光り。


それは、少しずつ、少女の口へと注がれた。


こくん、こくん、と可愛らしい音が聞こえる。


その甘い音に、総司はやさしく、少しずつ、それを含んでやった。


少女はいつのまにか泣きやんでいた。


そしてまたこくん、と喉を小さく鳴らした。


少女がえへへ、と笑うのを総司はぼんやりと、何かに酔ったように見つめていた。


少女はまた総司の胸に顔をうずめる。


また、総司は頭を撫でてやった。


先刻よりも、やさしく、愛しむように。


しばらくすると、寝息が聞こえてきた。


すうすうと、安らかに聞こえる少女の寝息。










総司は、丸い月を見上げて、やっとため息をついた。










「一生分の勇気を使い果たしてしまった気分ですよ、もう」











その言葉は誰が聞くわけでもなく、ただ、月の明かりの中へと消えた。























酔っ払いセイちゃん!

考えただけでかわいいかわいいv

あいこ様、ステキりくを有り難うございましたー!