夏の病












やはり、私はまだまだ未熟です。


そう、思った。


目の前で、床に伏せているあなたを見ながら。


あなたの体調にも気づけないなんて。


あなたが私の腕の中へ倒れ込んできたのはつい先刻。


その体の軽さに驚き、…そしてそのやわらかさにも驚き。


そう、今日はとても暑かったんです。


目眩がするほど。


蝉の声も耳うるさく感じてしまうほど。


熱射病。


そうお医者様は言っていました。


よりによってこんな日に外稽古を実施した私の不注意でもあったんです。


「沖田先生…申し訳ありません」


そんな思惑でいたので、また、私は神谷さんの様子にも気づけずにいました。


涙ぐんで申し訳なさそうにしている神谷さん。


私は慌てて向き直って言いました。


「あ、神谷さん!違うんです、考え事をしていただけですから」


「沖田先生が考え事?」


少女は薄く閉じていた目を少しだけ開けて言いました。


「ええ…まあ。さ、貴方は早く寝てしまいなさい。今日はずっとついていますから」


私は、そう言いました。やさしく、少し微笑みながら。


そして、部屋の明かりの火を一つだけ残して消してしまうと、私は壁に寄りかかりました。







それから一刻。


私は困っていました。


何でしょう。何故か眠れないんですよね。


なんだか、神谷さんのやわらかい体の感触がまだ手に残っていて。


そう思って少し頭を掻くと、そっと、神谷さんの所へと寄りました。


額の手ぬぐいを替えなければいけませんから。


額の手ぬぐいに手をかけた時、私ははっとしました。


おもわず、その手も額から離して。







夏の虫の声が外で響いていました。


そして、神谷さんの首筋には、汗がつたい。


頬は少し火照り髪もみだれて湿気を含み。


唇は少し開かれてそして…


部屋の明かりは薄暗く、そっと神谷さんを照らし。


それが、なんだか、なまめかしく…







そこまで思考が辿り着くと私は思わず叫んでいました。


「かっ。神谷さん!!!」


ほとんど助けを呼ぶように、思わず。


その声に神谷さんはすばやく身を起こしました。


「…っ、曲者ですか?!」


その小さな手を脇の大刀にのばして、少女も叫びます。


そして神谷さんはあれ、というように拍子抜けた顔をしました。


ええ、曲者はいないのですから。


そんなこと、どうでもいいんです。


そしてそれは少女が私の顔を見上げると同時でした。私は正座をしながら口走っていました。



「その首筋の汗をぬぐってください」


「は?」


少女は怪訝そうな顔をする。


しかし、そんなのにかまっている余裕はありません。


「できればそのほてった顔その表情もやめてください」


「…沖田先生?」


隊長命令なんですっっ!!」


私はもう泣きそうになりながらそう叫んでいました。


何がなんだかわからないんですけれど、それが私に必要に思えたのです。


少女はしぶしぶ手ぬぐいに手をのばし、怪訝そうな顔をしていました。


しかし。また事件は起きたのです。


手ぬぐいは、神谷さんの手をするりとぬけて床へと舞い降りました。


神谷さんは、病人だったのです。わ、忘れていました。


「手に、力が入りません」


神谷さんは、困ったような顔をしてだるそうに手を降ろしました。


嫌な予感がします。


まだ怪訝そうにする神谷さんは、私を見上げると小さくつぶやきました。


可愛く、その目は私を捕らえて。


「…お願い出来ないでしょうか」


神谷さん!!


私は心の中で思わず叫んでいました。


なんですかその顔は。なんですかその瞳は。


もう私は目の前がぐるぐるして、たまりませんでした。


はやくその場から逃げ出したくて、手ぬぐいを無造作に取り上げると神谷さんの首すじへとあてがいました。


その時。


神谷さんは、ゆっくりと目を閉じたのです。心なしか気持ちよさそうに。


なんでそこで目を閉じるんですか!!!


私は思わず心の中で神谷さんに突っ込んでいました。


目の前にあるのは、ほんのりと火照った神谷さんの顔。


そして、小さな桜のような唇。


それはいまだ、うっすらと開けていて…


私は、ごくり、と喉を鳴らしました。


もう、何も考えられなくて。


私は、吸い込まれるように神谷さんの唇に近づいていました。







しかし。


あとほんの少しという時、ぼすんという布団の音が聞こえたのです。


目を開けると、そこにはもう神谷さんの顔は無く、その神谷さんは布団に体を横たえていました。



私の背中には、嫌な汗がつたいました。


「もう、いいですか」


そう、だるそうに神谷さんは言います。


心なしか、神谷さんの息は上がっていました。


私は無表情ですばやく布団を神谷さんへ掛けてあげました。


危ないところでした。


今日の私は、どうかしています。


私は小さく深呼吸をすると、また神谷さんの顔へと視線を降ろしました。


…先ほどの行動は、気づかれなかったようです。


私はそう安心して姿勢をくずしてため息をつきました。


その時。


神谷さんはこう言ったのです。


「沖田先生、風邪が移ってしまったのでは無いでしょうか?様子が…何かおかしいですし。


沖田先生も、お布団に入りますか?







神谷さん。


私は神谷さんの野暮天度をみくびっていたようです。


何ですかその表情は。私を試しているのですか。


そんないろっぽい顔したってだめなんです。


ええ、だめったらだめなんです。


私は神谷さんが少しまくり上げた布団の裾と対峙し、無言のままじっと口を結んで戦いました。



これはおとことおとこの勝負です。


私はさっと立ち上がって言いました。


「いえ、私は別部屋で休みますので!」


私は勢い良くそう言ってその布団の裾に背を向けました。


私は布団の裾に勝ったのです。


言っておきますが、これは並のおとこでは出来ません。


そして、後ろからは神谷さんの心配そうな声が追いかけてきました。


「沖田先生?歩きづらそうですが…、どうかされたのですか」












私は、ぱしん、と音を立てて戸を閉めました。


そして、その歩きづらい原因(又は下半身とも言う)を見て、ため息をつきました。











神谷さん。


もう二度と風邪は引かないで下さい。

















邪総ちゃん…。

はい。

あさの書く総ちゃんはこんなんばっかです。

駄目人間です。

望様、有り難うございましたー★