赤い楓












紅いかえでが一枚、屋根の上へと落ちた。


そのかえでは、屋根の傾きに沿って滑り落ち、また舞い始める。


ひらひら、ひらひらと。


そしてそれは、あるおなごの膝に少し触れ、秋の枯葉達と混ざるように落ちた。


おなごはその紅いかえでを拾いうれしそうに微笑んだ。







それはとても綺麗なおなごであった。名をセイと言う。季節に合わせた紺の着物もよく似合う。


縁側に座り空を見上げるセイは、ついこの間まで新撰組隊士として剣を脇にさしていたとは


思えない、しとやかな女らしさも身につけているようだった。


そこにとすとすと音をたてて背後から男が現れた。


沖田総司、あの新撰組きっての英雄であった。


セイはゆっくりと総司に振り向く。


「神谷さん、お茶持ってきましたよ。飲むでしょう?」


「…沖田先生、もうその呼び方は無いでしょう。」


そう言ってセイはお茶を受け取る。


総司は、その横に座りながらも答えた。


「だってもうそれで慣れてしまったんですよ。それに、それを言うなら貴方だって」


「え?」


また、紅いかえでがひらひらと降り注ぐ。


「『沖田先生』」


総司は、ずず、とお茶をすすった。


「あ…」


セイは罰悪そうに顔を赤らめて、視線を手の内のかえでへと変えた。


そして、何を思ったかそのかえでを、その総司の飲んでいるお茶へとさっと入れ込んだ。


「ああっ?!」


総司はびっくりして声をあげる。


「風流デショウ」


セイはつんとしてちょっと楽しそうに笑った。


「ちょ、ちょっと神谷さん、これ落ちていたやつでしょう〜」


総司はもう〜と抗議する。


「落ちていた泥団子まで食べた先生ならお手のものでしょう」


「あっ、まだそんな事覚えてたんですか?!」


ひらひら、ひらひら、かえでは幸せそうな二人を囲むように舞っていた。







そんな中、門の方から懐かしい声が聞こえてきた。


「おお〜い!遊びに来てやったそ〜!」


「元気か〜!」


浅葱色の隊服をはおり大小の剣をさし、荒い足音をたててその者達は現れた。


「原田さんと永倉さんじゃあないですか」


総司は茶を横に置くと嬉しそうに微笑んだ。


「あ、後ろのは井上先生ですね…あっ、藤堂先生まで!」


セイもそう言って笑いながら指を指した。


「なんだなんだ二人して茶ぁなんか飲んでよ!もっと他にスルことあんだろうがよ」


原田はにやにやと笑いながらそう言った。


「それが神谷さん、今日は気がのらないなんて言うんです」


その言葉に総司は口をとがらして言う。


「ほっといてくださいっ」


セイは心なしか顔を赤らめた。


「原田さんたらまた…まあ良かったよ元気そうで」


藤堂はやさしく笑いながらも二人を制す。


「なんか後で副長も顔出しにくるらしいな、またからかわれんぞ総司」


永倉もその光景に目を細めて総司の肩に手を掛けた。


「しかし儂は二人が夫婦だなんていまだ信じられんなあ」


そうして、なんやかんやと懐かしい談笑が縁側で始まった。







そうして一刻もたたぬ内に現れたのはしかめっ面も似合うあの男であった。


「お、副長のおでましだ」


永倉はそう言って振り向く。


そう。あの泣く子も黙る土方歳三の登場であった。


「おう、総司、だんご買ってきてやったぞ」


「あ、なんすか副長、けっこう来ているような口振りっすね」


原田はそう土方に問う。


「ああ、総司がうるせえんだ」


「へ?なんで?」


藤堂は不思議そうにする。


「副長っ!!!」


何故かセイは声を荒げ。


「土方さんにはいつも相談に乗ってもらってるんです」


総司は団子をはやくも取り出しながら言った。


「沖田先生〜」


セイは総司の顔を気まずそうに睨む。


なんだなんだと皆は耳を寄せ合う。


「今日は、気の乗らない神谷さんをどう押し切るかを教えて欲しいんですけどね…イタたッ」


セイはその台詞と同時に総司の脇を強くつまんでいた。


一気に笑い声が庭中に響く。


「ま、後でゆっくり教えてやる」


そう言って土方も口の片端を挙げた。







そして。


いきなり、家の中から可愛い声がした。


「父上〜母上〜総三郎はお腹がすきました〜」


そう、目をこすりながらあらわれたのは、なんと沖田総司のミニチュア版(笑)。


「うおおっ?!また総司に似てきたんじゃあねえのか?!」


原田は目を丸くしておかしそうに言った。


「そうですかね?ほら総三郎、お団子がありますよ」


総司はそう言って小さな子供を膝の上へとのせた。


「もう、沖田先生!ごはんを食べてからっていつも言ってるでしょう!」


セイはもう、と総司を叱った。


そんな声も、可愛い顔では迫力も無い。総司は子供の頬をむにむにとつまむ。


「ちょっとくらいいいじゃ無いですかあ」


そして総三郎も口を開ける。


「でもははうえぇ」


そしてその団子を美味しそうにほおばりながら、総三郎はその可愛らしい大きな瞳をセイへと向けて、こう言った。


「父上はこの前ごはんより母上のほうがおいしいと言っていました」


男の集団と母親はぴきりという音をたててかたまった。


「母上って、おいしいんですか?


皆は、石のようにかたまっている。


「父上、母上を食べちゃうなんて、ひどいです」


長い、沈黙。


ね、と皆の顔を見る総三郎。


どこからか火山の噴火の余震が聞こえてくる。


皆の顔には、滝のように汗がつたう。


もちろん、その中で一番顔を青ざめているのは、一番隊組長、沖田総司。


かえでがひらりと落ちる。


火山が、噴火した。


「何てことを子供に吹き込んでるんですか〜!!!!!」


「か、神谷さん、落ち着いてくださいっ」


一目散に逃げる新撰組隊士達。


総三郎は安全の為、藤堂先生と避難。


あっというまに、庭はからっぽになった。









それから。









「もう、もう!沖田先生の馬鹿!」








セイは縁側に落ち着いてもなおぼやく。


「すみませんってば、神谷さん、どうしたら許してくれるんですか〜」


慌てて新しいお茶をくんだ総司は困ったように言った。


「…もう変なことを総三郎に吹き込まないって誓ってくれたら許してあげますっ」


ぷいとセイはそっぽを向いて言った。


総司はその背中を見つめて頭を掻いた。


その背中は、総司を少し淋しくさせた。


秋は、人を淋しくさせる。


かえでの、紅い色も、その姿も。









かえでが舞う。ひらひら、ひらひらと。


セイは、総司に押し倒されていた。


縁側に落ちたかえでを背に。


「………沖田先生?」


「はい?」


「………なんですかコレは」


「誓うならいいと言ったのは神谷さんですよ」


「…はい?」


「だいじょうぶです、総三郎なら今頃藤堂先生との遊びに夢中ですよ」


「………沖田先生」


「ちゃんと誓いますからね(にっこり)」


「まっっったく反省の色が見えないんですけど〜〜〜!!??」


セイの声はむなしく庭へと吸い込まれていった。









そして。門の向こうには、斉藤一が土産を片手に立っていた。


「昼間からなにをやってんだあのひとは(怒)」


そんな不憫な声を聞いてくれるものは、もちろん、いない。

















雅様からのリク、夫婦モノ!

ちょっと書いてて楽しかったです。

夫婦って初めて書いたんですよ〜。コレ★