手をつなぐ
月が、綺麗な夜だった。
何もかも覆い隠してしまうような、そんな。
二人は、いつものように甘味所へと繰り出し、その帰路へとついていた。
木枯らしが、吹きすさぶ。
月の光さえも、セイの手先を冷やしていた。
ふう、とその手に息をふきかける。
そして、セイは月を見上げて言った。
「寒いですね…」
「だからもう一枚着なさいと言ったのに、神谷さんたら大丈夫だって」
「へ、平気ですよ」
そんな強がりを言ってみせる少女に総司はため息をつくと、片手をさしだした。
「ほら」
セイは顔を赤らめたが、総司は気づかなかった。
「片手だけでも寒くないだけましでしょう」
総司は有無を言わせず少女の凍えた手を、暖かく包むようにして言った。
二人はそのまま無言で歩いた。
セイの顔はほんのりと紅く染まり。
うれしそうに、恥ずかしそうに、その繋がれた手を見つめて歩いていた。
一方、総司も、自分の鼓動の速さに気づいていた。
歩むその足取りよりも早く打ち続ける心臓の音。
そしてまた、自分の手の内で温まっていく小さな温度差を感じ、安堵していた。
だから、気づかなかったのだ。
隠れた、その黒い影に。
少女のその小さな手に捕らわれて。
「あっ?!」
突如、セイは叫んだ。
黒い影が、セイを包み込む。
「————?!」
とっさに、総司はつないだ手を引き留めるように強くにぎった。
しかし、もう、遅かった。
セイの片手以外は黒い羽織を着た男に捕らわれていた。
総司は、なおもその手を離さなかった。
離すつもりも毛頭ない。
私としたことが、と心の中で舌打ちをする。
男は初めて喋った。
「その手を離せ」
総司は不愉快そうに眉を寄せた。
「そちらこそ離しなさい」
セイと、総司の手はいまだ握られて。
セイが痛いと感じるほど、総司は手を握りしめていた。
「離さねばこいつを斬るぞ」
いつの間にか、周りには幾人もの黒い男達が取り囲んでいた。
数が、多すぎる。
総司はそう悟った。
離さねば、少女を守れない。
総司は、離した。
ゆっくりと、殺気を内に込め隠し、その手を離していった。
その時。思いも寄らぬところから人が襲いかかった。
いや、降り落ちてきたのである。
一人、いや三人。
二人が限度。瞬時に総司は感じた。
そして、それを感じたのは、総司だけでは無かった。
新撰組隊士である、この少女も。
その目の色の光を見て、判断した。
「沖田先生!」
少女の何処にそのような力があったのか。
男の手をふりほどき、剣を仰いだ。
一人。少女はなぎ倒した。
降ってきたその男を。
血吹雪があたりを包み込む。
その血吹雪が、男達だけのものではないことを知ったのは、数秒後だった。
倒れ込んだのは、四名。
降ってきた男三人と———そして。
少女だった。
少女の後ろには、紅い血を垂らした剣をぎりりと握りしめた先ほどの男。
最初に少女を襲った、あの男であった。
そのまま男は勢い叫んだ。
醜く笑って、紅い剣を振り仰いで。
「死ね!!沖………—?!」
月が、光る。
剣の、見えない速さの、その中で。
男の首は、飛んでいた。
飛びながら、小さく「た」とつぶやいて。
総司は、動かなかった。
しゃべらない。
ただ、じっと立っていた。
それが、なんだか恐ろしかった。不気味でもあった。
表情が、見えない。
月の光が、前髪でそれを隠してしまっていた。
一瞬の出来事に、取り囲む男達も動けずにいた。
男の、存在に、何かを感じて。
その後ろに、何かがいるようで。
総司がゆらりと動いた。
同時に男達も痙攣した。
総司が最初に手を掛けたのは、少女の傷口だった。
どくん、どくんと暖かいものが溢れ出る。
そして、自分の羽織を脱ぐとそれで少女の背を包み込むように縛り上げた。
小さく、びくんと少女は体を痙攣させて、その後、小さく目を開けた。
その目は、総司を捕らえると、少し笑った。
「急所ははずしましたから」
小さくそういう少女に、総司は笑った。
仏が笑うような、穏やかな笑顔で。
しかし、少女はその笑顔に驚いた。
それは、何故だかわからないが、恐ろしくて。
仏のような、総司の笑顔が、とても恐ろしくて。
少女は、鬼が舞うのを見た。
鬼が、紅い花を散らせて、舞っていた。
無表情のまま、鬼は、風のように。
剣は、月の光を切り刻み。
紅い花は、少女の目に、ぼやけて見えた。
沖田先生が。
沖田先生が、染まっていく。
紅く、黒く、あかく。
総司は、無心だった。
ただ、気づいた時には、終わっていた。
紅い花が散り、それは、無惨な姿で自分を囲っていた。
わからなかった。
ただ闇雲に剣を振るったのは初めてだった。
ただ、あの紅い血を見て。
少女の、紅い紅い血を見て。
何も見えなくなって。
少女の手のぬくもりだけが思い出されて。
その後のことは、闇へと消えた。
少女は自分に近づくその鬼を、ただ見つめていた。
背中の土の冷たい感触が消える。
抱かれたその腕の中で、少女は初めて気づいた。
総司が、肩で息をしていることに。
総司が剣をにぎった後、息を荒くしているのを見たのは初めてだった。
いつも、何食わぬ顔で息ひとつ乱さず、飄々としていた総司が。
今、肩で、荒く息を吐いていた。
月の光が怪しく光る。
「今夜は、私と手をつないでいてくれませんか」
月夜に響く、鬼の声。
少女は、鬼が何故そんな事を言うのかわからなかった。
そして、総司もまた、何故そんなことを言ったのか。
わからなかった。
月が、光る。
怪しく、そして、美しく。
暗くてすいません…!!
木花翠心様からのりくでしたー。
なんか、あんまり暗いのってだめですね。
あんまりうまく書けないらしい…(じゃあかくな)