「魔法少女ナナシちゃん!」
連載第181回〜第190回

連載第181回(2003年4月12日)
 警戒していなかった訳では無い。だが、純粋にダメージとして“応えた”。
 激しく咳き込んでその場に伏してしまう義男。
「おいおいどうしたんだよ?大丈夫か?」
 自分で蹴りを見舞っておいてその言い分は無いと思うのだが、ともかく松は立ったまま声を掛けた。
 噂ではどこかの道場に通って本格的な拳法を習得しているらしい。
 その力をこんなことに使っては仕方が無いが、ともあれ松は一種の“番町格”として君臨していた。
「じゃ、行くか」
 周囲の人間に顎で指示する松。
 その声は確かに義男の耳に届いていた。
 だが、これから起こる出来事を知りすぎるほど知っている義男は現実感を持って聞くことは出来なかった。


連載第182回(2003年4月13日)
 あくまで友好的な雰囲気を漂わせながらその一行はある場所に向かって歩いていた。
 狙った訳では無いのだろうが、これもまた残酷な儀式であった。
 こうして一緒に歩いている。手錠で拘束されている訳でもない。
 だが、決して逃げることは出来ない。
 学校において行われるいじめの残虐性にはこうした精神的なものが大きい。
 決して逃れられない日常がそこにはある。永遠にこの煉獄に閉じ込められたままなのかという絶望感が次第に精神を支配していくのである。


連載第183回(2003年4月14日)
「カバン下ろしな」
 松の冷たい声が響き渡った。
 周囲には何も無い。
 いや、あることはある。
 ここは随分前に打ち捨てられたままになっている工事現場だった。殺風景なたたずまいのなか、所々に瓦礫などが転がっている。寒寒としていて1人では近寄りがたいロケーションだった。

「下ろせ」
 戸惑っている所に豹変して追い討ちを掛ける松。
「ごるぁ!」
 いきなりのパンチが側近から飛ぶ。
 中途半端に避けた義男だが、それはモロに目の下を捉えた。
「ぎゃあっ!」
 激痛とともにその場に倒れ伏す義男。
「顔はやめとけ」
 松は何か、手の中の折り紙状のものをいじりながら言う。
「跡が残るからな」


連載第184回(2003年4月15日)
 すっかり荷物を下ろす義男。
「上着脱げよ」
 まだ季節は冬である。そういういじめっ子連中はみんな厚着だ。
「脱げ」
 有無を言わせぬ迫力だった。


連載第185回(2003年4月16日)
 義男は言われるままに上着を脱いだ。

 カバンの上に簡単にではあるが、畳んで置いた。少しでも地面に接触しない様にというせめてもの抵抗だった。
「じゃあ、こっち来いや」
 常にやる気が無さそうに喋る松。周囲の取り巻きもにやにやとしながら無言でそれを促してくる。
 こいつらは特に腕っ節が強い訳では無い。恐らく拳法の達人という触れ込みにつられて、何となく徒党を組んでいるのであろう。


連載第186回(2003年4月17日)
「寝ろ」

 松はシンプルにそう言い放った。
 そこはどう見ても側溝である。平たく言えばドブである。
 そんなことを言われてもすんなり従うことが出来るはずも無い。
「いいから寝ろや!」
 これほど苦しい選択があるだろうか。
 だが、その選択からは開放された。
 憲法の達人なのであろう松の一撃、二撃を喰らって伸びていたからである。
 ドブの中にうつぶせに寝かされた義男の上を、松たちがのしのしと歩いてく。
「うう・・・ううううっ」
 一歩歩く度にどうしてもうめき声が漏れる。
「ん?何か音がするぞ?ん?」
 とりまきの一人がわざとその上で立ち止まる。
 ドブの中には生乾きの泥と、緑色の苔(こけ)の様な者が付着している。顔の一部が泥に埋まる義男。
 何度目かのこの仕打ちに、天地が逆になりながらも現実感が無い義男だった。


連載第187回(2003年4月18日)
 一体どれくらいの時間それが続いただろうか。
 松をはじめとする取り巻きは合計4人だった。
 そいつらが入れ替わり立ち代りドブの中にうつ伏せに寝かせた義男の上を何度も往復した。
 ドロは勿論の事、青黒いコケまみれになりながらその屈辱に耐える義男。
「ん〜、何だかつまらんなあ」
 ドブの上で相変わらず手元の紙を捻ったりしながら言う。
 最初の内こそ泣いて嫌がったりしていた義男だが、その内意識を分離する様になっていた。
 つまりは、少々の屈辱を与える程度では何の反応も起こさなくなってしまったのである。


連載第188回(2003年4月19日)
 いじめる側としては、相手が嫌がったりみじめな姿をさらすのを見て初めていじめた“甲斐”があるのである。それを・・・ちと表現は微妙だが・・・マグロでは面白くない。
「立て」
 松は言った。


連載第189回(2003年4月20日)
 
べっとりとこびりついたドロをねっとりと滴らせながら、義男は膝を立てて立ち上がろうとした。
「遅せえんだよ!」
 それまで静かだった松が突然大声を上げて、側溝から飛び出した状態になっていた義男の上半身に真横から強烈な蹴りを見舞った。
「ぐあっ!・・・」
「さっさと立てやああああっ!」
 地面が振動しそうな怒声だった。


連載第190回(2003年4月21日)
 
その声にビクっ!と反応する義男。