「魔法少女ナナシちゃん!」
連載第151回〜第160回

連載第151回(2003年2月18日)
 今すぐどうこうできるとは思えなかった。
 だが、少しでも「ナナシちゃん」に肉薄したかった。
 そこで見つけたのがこの新聞記事なのである。
 黒田はすぐにメモを走らせた。
 確たる証拠は無いが、こうした記事を積み重ねればナナシちゃんの正体に迫る事が出来る可能性がある。出現時期の特定も出来るかもしれない。
 安宅に聞いたところでは、ナナシちゃんの行為の違法性を問うことは出来ないという。
 それなら・・・。
 黒田はまた別の記事に目を走らせた。


連載第152回(2003年2月19日)
 浩太は知恵熱が出るほど考え込んだ。

 近所の中学校で起こった暴行事件は当然ながらかなりの反響を巻き起こしていた。
 犠牲者こそ出なかったものの、その痛めつけられ方が尋常で無かったことから、異常者が周囲を徘徊しているのでは無いかという意見が出され、有志の保護者が見回りを強化したりといった対策が取られたという。
 浩太はそのニュースを聞いて噴き出さざるを得なかった。
 そもそも数人の荒くれ中学生を全員ぶちのめす様なのが本当にいるとしたら保護者がそれに立ち向かって適うとでも思っているのだろうか?おめでたいことである。


連載第153回(2003年2月20日)
 
浩太は何時の間にか手から消えていた携帯電話のことを考えていた。
 あれは一体何なのだろう?
 ここは自宅の布団の中である。
 結局あの日は逃げるようにして学校を出た。
 そしてまた長い夜がやってきていた。
 毎晩の様に明日が来ない様に祈りつづける。こうして考え続ければ時間が経つのもゆっくりになるだろう。
 なるわけが無い。
 しかし・・・、今夜の思索は少し違っていた。
 どんな形であれ、いじめられていた人を助けることが出来たのである。
 追いかけられていた女の人を助けた時も、いじめっ子を殴りつづけた時も、その時は無我夢中だった。
 殴った感覚は確かに手に残っている。
 ・・・理由は分からないし、いつ呼び出されるかも分からない。でも、1つだけ確実に言えることは、あの女の子に変身している時は今の数倍の強さが出るってことだ。


連載第154回(2003年2月21日)
 
助けた彼の話は聞いていない。
 しかし、いじめられっ子独特の嗅覚で、彼の身の安全はなんとなく実感することが出来た。
 彼は無事であると。
 “ムラ”の外からやってきた要因が強引に解決してしまったのである。ムラ社会はこれに弱い。
 これがもしも暴力的な体育教師などだったりすると話はややこしくなる。“チクりやがったな”という訳だ。
 これは・・・いけるかも知れない。
 浩太は確信していた。
 どうして自分が変身してしまうのかは分からない。だが、それによっていじめられっ子たちを救う事が出来るのなら・・・。
 これまでは常に“受身”であった。
 変身した後は、謎の携帯電話に導かれるままに行っていたが、これからは自分からやってやる!
 心に強く誓った。
 僕が助けているのは自分だ。
 色んな所に困っている人はいる。
 本人に殆ど責任の無い門でどうしてもいじめられる側に立たされることもある。

 何でもかんでも救うことは出来ない。こちらだって身体は1つしか無いんだ。でも・・・あの変身現象が起こってしまう時には自分は強くなれる。
 ・・・どうして小さな女の子になっちゃうのかはよく分からないが、とにかく強いんだから問題無いだろう。


連載第155回(2003年2月22日)
 しかし・・・当然ながら1つ疑問が湧く。

 あの力を自分自身の危機に使えないものだろうか?
 別に相手を投げ飛ばさなくてもいい。いや、この身体でそんなことをやってしまえば大変なことになる。
 結局そこまで考えたあたりで意識がなくなっていた。

 頭をぶるるるっ!と何かが揺さぶっている。
 がばり!と身体を跳ね上げた。
「あ・・・」
 足元が涼しかった。
 もう確認するまでも無かった。
 変身していたのである。


連載第156回(2003年2月23日)
 
よどみなく携帯電話を操作してメール欄を見る。
 「神田」
 とある。
 ・・・神田?
 神田って・・あの神田?
 ぶるるるっ!と震える携帯。これは“急げ”という意味である。
 それにしても「神田」って・・・。
 浩太が済んでいるのは千葉県である。比較的東京寄りだとは言え、決して近い距離では無い。


連載第157回(2003年3月1日)
 
時刻は・・・。
 時計は夜の11時を指していた。
 11時って・・・駅まで行ってそこで到着を待って・・・なんてことを考えたら神田にたどり着く頃には終電が終わっちゃってるだろう。
 少し考えた。
 考えたんだけど結論は出ない。
 浩太はがらりとベランダ側の窓を開けた。
 冷たい風が吹き込んでくる。
 うう、寒い・・・。
 この格好はもう少し何とかならないかな・・・。浩太は当然ながら「魔法少女」の伝統なんか知らなかった。知っていたとしても納得なんか出来ないけども。
 ぶるるっと手に持った携帯電話が振るえる。
 すぐに見てみる浩太。
 バックライトなので、暗い中でも窓がはっきり見える。

「いいか?飛ぶぞ」
 簡潔だった。
 先日の、ここから飛び降りた経験が蘇ってくる。
 思い出す度に怖気が走る。普通の人間は地上5階から飛び降りたら死ぬ。
 浩太だってその常識に意識が縛られているから、とてもじゃないけども慣れないし、慣れきってしまうことも怖い。
 多分、今の状態だからこそ色んな能力は使えるのだ。もしも慣れきってしまって、普通の男子中学生の時に高いところから飛び降りたりして死んじゃったら・・・。
 考えるだに恐ろしいことだった。
 そこまで考えるのと同時だった。
 足が勝手に地面を蹴っていた。
 気が付くと顔面に空気の塊がぶつかってきた。


連載第158回(2003年3月8日)
 
その衝撃は一瞬だけだった。

 すぐに風が巻く。
 耳元でひゅうひゅうと言う音がする。
 足の裏に接地感が無い。
 分厚いブーツは空中でぶらぶらしてしまっている。
 思い切って目を開いた。
 信じられなかった。
 眼下に街の灯が輝いている。
 浩太は空を飛んでいた。
 目をぱちくりさせる。
 間違い無かった。
 浩太は直立した姿勢で空を飛んでいた。
 大きな帽子を振り乱して背後を振り返る。
 今出てきたばかりのはずのマンションはもう見えなかった。
 それはもう風景の中に解けてしまっていた。
 どうして現実感が無いんだろう。
 浩太は考えた。
 分かった。
 風が顔に当たらないからだ。いや、全身に風が当たっていない。
 周囲を風が回りこんでよけていっているみたいだ。
 それも当然だった。
 このスピードで上空を飛べば、身体周辺の空気が吹き飛ばされ、気化熱が猛烈な勢いで失われる。つまり一瞬にして体温を奪われて理論上は凍りついてしまうのだ。
 何かはわからないが、何らかの“不思議な力”が作用してそれを防いでくれたとしか考えられなかった。
 勿論、空気抵抗があるのならば、身体を横倒しにして飛んだ方が空気抵抗が最小になる。所謂「スーパーマン」のポーズである。
 次第にひときわ明るい地域が見えてきた。
 浩太は頭の中に「神田」の文字が浮かんだ。


連載第159回(2003年3月15日)
「もしもし」

 深夜だった。
 その窓口には人気が無かった。
「おーい!」
 奥に向かってその男は声を掛けた。
 反応が無い。
 ここは役所の夜間窓口である。
 そこには漆黒のコートに身を包んだ男と、それに寄り添うように伏目がちに立っている細身の女性がいた。
 更にしばらく時間が経ってから、誰かがやってきた。
「遅いぞ!市民を待たせてんじゃねー!」
 男はイライラする感情をそのままぶつけていた。
「・・・ああ?」
 出てきた職員は、表情を歪め、因縁をつけるチンピラの様な態度をとるでは無いか。
「何なんだよあんた・・・」
 いかにも面倒くさそうな態度が見え見えである。
「ケッ!・・・木っ端役人が・・・」
 男の方が小さくつぶやく。
 そのそでをくいくい引っ張っている連れの女性。
「いいから!この書類を受理してくれ」
 薄い紙をそこに置いた。
 受付の台座がひんやりする。
 それは婚姻届だった。
「あぁあ?」
 何だかその職員は様子がおかしかった。ろれつが回っていない。
「・・・てめえ・・・飲んでるだろ」
 近くまで寄ってくるとそれはもう明白だった。酒臭いにおいをプンプンにさせているのだ。
「うるせえなあ!飲んじゃいけねえのかよ!」
「仕事中だろうが!ふざけるな!」
 男の声が響き渡る。これは男の側に分があった。いくら深夜で暇だからといって、こんな職業論理でやっていけるとは役所とは随分楽なものである。
「あんだと貴様ぁ!」
 市民に対する態度とも思えない。泥酔を指摘されて“逆切れ”を起こしたのだった。


連載第160回(2003年3月22日)
 男のイライラは頂点に達しつつあった。
「おい!市民に向かってそういう態度があるかよ!」
「・・・何を喧嘩売りよっとかゴルァ!」
 売り言葉に買い言葉で職員の方も言葉が荒くなる。
 男の方は呆れてモノも言えなかった。何なのかこの態度は?
 連れの若い女の方がくいくいと男の手を引く。
 とにかく、揉めていても仕方が無いということなのだろう。