「魔法少女ナナシちゃん!」 連載第141回〜第150回 |
連載第141回(2003年2月8日) ぐっとその場に身をかがめた。 そして拳を突き出しながら前方に飛び出していく。 それが1人の腹部にクリーンヒットする。 威力は段違いだった。 入り口を背にしていたその生徒は後方に吹っ飛ばされた。 したたかに背中を打ち付け、たまらず胃の中のものをぶちまける。 浩太はその可愛らしい風貌に似合わない、爛々とした目の輝きを放っていた。 こいつら・・・これだけのことをやっていて尚自分たちの犯行がばれない様に証拠を隠滅しに来たんだ!来やがったんだ! しかも今の自分みたいに、明らかに自分たちよりも弱いと思えば集団で襲い掛かってくる・・・クズが!人間の腐った奴らが! お前らのせいで今1人の人間が死にかけたんだぞ!というか今この僕が助けなかったら死んでたんだぞ!死んでたんだぞ!死んでたんだぞ! 加速度的に怒りが巻き起こって行く。 まだこの自分たちの身長の半分もなさそうな少女の戦闘力を信じられない残りの生徒が襲い掛かってくる。 その手にはナイフが光っていた。 くわっ!と目を見開く浩太。 だが、そのナイフに対処する前に顔面に猛烈な刺激が叩き付けられた。 「っ!?」 一瞬ひるむ。 普段の数倍に鋭くなっていた感覚がそれを認識することを可能にした。 それは先ほどまでそいつの口に加えられていた火のついたタバコだった。 攻撃を掛けるに際してタバコをプっ!と吐きつけて来たのだ。 ナイフを持つ手を上から押さえ込み、身体を捻る。 「ぐわっ!」 自分でも信じられない咆哮を上げながら、手首を持ったままその腕を内側に渾身の力で蹴り飛ばした。 「ぐぎゃあ!」 鈍い音がして腕があらぬ方向に曲がる。 連載第142回(2003年2月9日) 「おらあああ!」 間髪いれずに手のひらを腹部に押し付ける。 次の瞬間にまたもや後方に吹っ飛ばされる。 もう残りは1人しかいなかった。 お前等みたいなのがいるから・・・お前等みたいなのがいるから・・・。手袋が握りすぎて破れそうだった。 「へ・・・へへへ・・・」 ヘラヘラとこの期に及んでふざけた態度の最後の1人。 そして一目散に脱兎の如く逃げようとする。 待てやあ! お前らはこの子に一体何をした!?何をしたんだ!? お前らみたいなクズに他人の人生を否定する権利なんか無いんだ!人の心を傷つけるのがどんな事だか分かってんのか!? お前等みたいな奴らは死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死んじまえ! 意識があったのはそこまでだった。 飛んだ意識の時間は恐らく数十秒だっただろう。 気が付くと、そこには返り血を浴びて立ち尽くしている浩太・・・今は珍妙な“魔法少女”の扮装だが・・・がいた。 当然、周囲にはボロきれの様になったいじめっ子たちが転がっている。 我に返った浩太が辺りを見回す。 ・・・何だ・・・これ? 自分の手を見る。 そこには相変わらず分厚い手袋があったのだが、血と体液でべっとり汚れていた。 数瞬の後、浩太は大声を上げてその場で泣き崩れていた。 刺すような罪悪感が全身を貫く。 怒りに・・・怒りに任せて暴力を振るってしまった・・・。 自分よりも明らかに弱い相手に・・・少なくとも負ける気がしない相手に向かって・・・それは・・・それはこのいじめっ子たちと一体何が違うっていうんだ! 連載第143回(2003年2月10日) 悲鳴が聞こえたのは憶えている。 あの惨状を誰かが発見したのだろう。 浩太は夢見ごこちでそれを眺めていた。持っていた携帯電話を使ったのを憶えている。 救急車を呼んだのだ。 これも実際は誰の意思なのか分からない。 だが、それを行っている自分のどこかに「これを学校側に隠蔽されてはたまらない」という思いがあった。 耳年増な子供である。 大人社会が複雑な事はこの中学生には常識だった。 常に世の中の暗部を覗かなくてはならないいじめっ子としては、この程度のひねくれた思考は普通だった。 やってきた時と同じ車のトランクに逃げるように飛び込んだ。 心理的な余裕は全く無かった。 ぶちのめしたいじめっ子たちが心配だった。 骨折どころでは無い痛めつけ方だった。死んではいないと思うが、かなりひどい怪我のはずである。 どうして・・・どうしていじめられっ子の側が・・・逆襲しただけのいじめられっ子の側だけがこんなに悩み苦しまなければならないんだ・・・。いじめっ子の方はいじめられっ子をいたぶる事に何の良心の呵責も感じてなんかいないってのに! 浩太は遂に神を恨んだ。 世の中には二種類の人間がいる。人を傷つけても平気な人間と、そうでない人間である。 あの場では「死ね!」と呪詛を吐き散らしたが、あのいじめっ子たちにだって家族もいるし、それぞれの人生があるのだ。どうしてその想像力を他人に対して発揮して上げられないんだ! 「堀井!」 目が覚めた。 「大丈夫かい?」 ゆかりんだった。 「え・・・あ・・・」 がばり、と起き上がった。まずい!逃げなきゃ! だが、起き上がった瞬間にそれは分かった。 「・・・あ・・・」 自分は男子中学生だった。 「大丈夫か?凄いうなされ方だったぞ」 ゆかりんの方を見る。 「あ・・・の・・・」 「ん?」 言える筈が無かった。いじめっ子をぶちのめした夢を見ました、なんてことを。 救急車のサイレンが遠くに聞こえた。 連載第144回(2003年2月11日) 浩太は保健室を出る気になれなかった。 今のは・・・夢では無い。きっと。 最初のお姉さんを助けた時のは半分幻みたいなものだった。 だがさっきのは・・・余りにも生々しい感覚だった。 「大丈夫だね?」 「あ・・・はい・・・」 浩太は元気なく答えた。 「喉乾いてない?」 「え・・あの・・・」 「オレンジジュースでいいか?」 「でも・・・」 「遠慮するなって。・・・けどな・・・」 少しゆかりんの口調が厳しくなった。 「ナイショだぞ」 ぱちりとウィンクする。 程なくしてゆかりんは紙のパックに入ったオレンジジュースを持ってきてくれた。 「あ、ありがとございます・・・」 ゆかりんはそれには直接答えず、ぽんぽんと肩を軽く叩いてまたベッドの仕切りから出て行った。 浩太は感謝していた。 涙が出るほど嬉しかった。 自分にとっては地獄みたいな学校だが、ゆかりんがいることだけは救いである。 浩太のいじめはもう末期的状態にあった。 幸いにして金品の強奪までは至っていないが、後は不登校か転校しか道は残されていないほどだったのだ。 ゆかりもそれは十分分かっている。だが、一度出来てしまったこの序列を崩す事は簡単には出来ない。当のいじめっ子達にすら人望のあるゆかりでも事情はそう変わらない。 ゆかりにせめて出来るのは、何も考えずに逃げ込む事が出来る場所を確保してやることだけだった。 担任に通報は出来ない。 一部の教師はいじめ問題の解決に不熱心であるばかりか、下手をすると助長している節がある。 敏感なゆかりは、長狭木の正体に気が付いていた。PTAあたりでは評判のいいあの男の正体に。 「ゆかりーん!」 浩太にも聞こえる声で生徒が入ってきた。 連載第145回(2003年2月12日) 浩太はびくっ!とした。 浩太にとっては他の生徒の全てが警戒すべき対象だった。 ベッドの中に隠れていれば何とかなる。そう思うしか無かった。 「大変なんだってゆかりん!」 「あんだようるせーなー」 ちなみに後者の台詞の方がゆかりんこと川畑紫(ゆかり)の台詞である。生徒の間では元族だのレディースだの言われているのもむべなるかなである。 生徒の声には聞き憶えが無かった。無限に近いゆかりんファンの1人だろう。勿論カーテン越しに布団に潜り込んで聞いているので顔はわからない。 「隣の中学で大事件だよ!」 「一応保健室なんだから静かにしろって」 “一応”って・・・。 「あんだよ?隕石でも落ちたのか?」 「違うって!ロブ・タップみたいなのが現われたんだって!」 ちなみに「ロブ・タップ」とはこの所大人気の格闘家で、身長2メートル、体重170kgの怪物である。 「生徒8人が半殺しにされたんだよ!」 浩太の背中に戦慄が走った。 聴覚が極限まで研ぎ澄まされる。 「・・・そいつは穏やかじゃないね・・・ケンカか?」 ゆかりんの口調も変わっている。真面目になるほど時代劇みたいになるのは結構ファンだかららしい。 「マジやべえって!もうボロ雑巾みてーにされてるらしい」 その時、また別の何人かが雪崩れ込んできた。 「ゆかりん聞いた!?」 「おいおい!落ち着けよお前ら!」 「内臓破裂に頭蓋骨陥没骨折で、1人は危篤だってよ!」 目の前が真っ暗になった。 連載第146回(2003年2月13日) その後は火がついた様な騒ぎだった。 ゆかりんは物見遊山でやってくる野次馬生徒を追い出して隣の中学校に確認の電話を入れていた。 話し様を聞いているとそこの学校に知り合い・・・後輩かな・・・がいるみたいだった。 浩太にとっては勿論それどころでは無い。 ・・・本当・・・だったんだ・・・。 危篤!?危篤だって!? 混乱した。 気分が悪くなってくる。 背中がつつーと冷たくなって来た。 現実感が無い。 そんな・・・そんな・・・。 我を忘れてぶちのめしたのは確かだけど・・・まさかそんな事になるなんて・・・。 もう殆ど浩太は自分の巻き起こした暴行事件であることを疑わなかった。 顔面を捉える拳の衝撃が蘇ってくる。 怒りにまかせて相手をぶちのめして・・・。 救急車に通報した人間を特定することは出来なかった。交換手の話では小さな女の子みたいな印象だったと言うが、決して名乗る事は無かったという。 ことの重大さから事件の背景の全てが知れ渡った。 最初はその規模から数人以上の暴走族にでも襲われたのかと思われたが地域警察の調査をもってしても犯人はその手がかりすら掴む事は出来なかった。 7人が最低でも数箇所以上の骨折、1人は脳震盪が酷く丸一日意識が戻らなかったが、一応命に別状は無かった。 最初はとんだハプニングに同情論が巻き起こり、犯人探しの機運が盛り上がった。 だが、1人だけ全く違う症例の生徒がいた。言うまでも無く窒息状態で簀巻きにされていたいじめられっ子である。 このことから、体育館でリンチが行われていたこと、日常的にこのグループが相当に悪質ないじめを行っていたことが明るみになってきた。クラスのほぼ全員が関わっていたことも判明し、事件は全く別の様相を呈してきた。 被害者全員が“小さな女の子”にぶちのめされたことを証言するにいたり、同情論は消し飛んだ。 余りにも幼稚な言い逃れをしようとしていると思われたのだ。 連載第147回(2003年2月14日) 「・・・これは・・・」 黒田は過去の新聞記事を眺めていた。 決して暇な身では無いのだが、されをかいくぐっての図書館でのマイクロフィルムの閲覧である。 そこには中学校での謎の暴行事件が綴られていた。 状況と言い、間違いなく“ナナシちゃん”によるものであると思われた。しかも、いじめられっ子を救おうとしての立ち回りである。いかにもではないか。 黒田はニュース番組の特集コーナーをまかされるまでになっていた。これまでも幾つか注目される特集を成功させている。 その黒田が注目しているのは何と言っても「ナナシちゃん」である。 テレビの電波には乗らないながらもその現象はじわじわと広がりつつある。 既に「ナナシちゃん」という固有名詞こそ出ないまでも週刊誌などではちらほら記事になり始めている。 自称引きこもりの友人、安宅(あたか)の協力もあって、黒田はさながら「ナナシちゃんオタク」となっていた。 こんなに面白い現象があるだろうか。 今にも爆発しそうだった。 だが、今の時点ではそれはネッシーを特集するのとそれほど変わらない。何とかもう少し決定的なネタが欲しい。インターネットの書き込みなんてあやふやなものでは無くてもっと確実なものが。 ナナシちゃんの活動方針から見て、恐らくナナシちゃんのものと思われている事件以外にもあるのでは無いか?と思ったのである。 勿論、それ以外にもベタ記事は参考になることは多い。 新聞記者の主観が入り込まない、事実のみの羅列というのは残酷なほど真実を浮かび上がらせる事がある。 連載第148回(2003年2月15日) 例えば犯罪発生率。 数年前から十七歳前後の少年の凶悪犯罪が多発し、少年法の庇護の下ロクに罪も償う事無く跋扈している。 これを見るとさも未成年者の犯罪発生率は上がっているとしか思えない。 だが実際には、未成年者の犯罪は戦後一貫して下がっているのである。内容の凶悪化はあるかもしれない。だが、数の割合で言えば確実に減っている。 こんなことはマスコミの報道を見ているとまるで実感出来ない。 “いいニュースよりも悪いニュースの方が視聴率が上がる”とはよく言われる。お金持ちが慈善事業で施設にお金を寄付しました、なんて噺をやるよりは強盗に押し入られて一家惨殺された、なんて方が視聴者の興味を引くのだ。 これはマスコミの一員として忸怩たるものがあるのだが、“日本の将来は暗いぞ。これからロクなことが無いぞ。お先真っ暗だぞ”とひたすら煽ることで興味を繋ぐのである。 天災を人災と言い募り、政治家だの資本家だのを“悪役”に仕立て上げてニュースを分かりやすく色分けして視聴者の自虐心を煽るのだ。 成人式などで新成人に“この国の将来”などを聞いても誰も彼も悲観的なことばかり口にする。 だが実際にはこの時代であっても夢を抱いて努力している若者はいるのだ。だがそれは電波に乗ることは無い。 テレビ局側としては“将来を担うはずの若者もこんなにこの国の将来に絶望しているぞ”と言いたいのだから、そこで明るい未来なんて語って貰っては困るのである。 かくいう若者の将来の悲観もテレビ局始めとしたマスコミが植え付けたものなのだからまさしくマッチポンプである。 であるから当然「未成年の犯罪率が下がっている」なんて情報はひた隠しにしなくてはならないのだ。何故って?それはマスコミがやろうとしている「今自分たちが住んでいるこの日本という国は将来の展望も何もない、どうしようもない国なんだ」という“営業方針”に反するのだ。 連載第149回(2003年2月16日) 黒田は確信しているのだが、恐らく何かの原因で日本が好況を取り戻し、再びバブル景気に浮かれるようになったとしてもマスコミはしばらくその事を報じないだろう。 報道機関というのは自分の国がなした“いい事”には徹底して背を向けるものなのである。そして国の方針には関係なくひたすら反対する。だから時代によって言う事がコロコロ変わるのである。 それだけ好き放題言っていられるのも何のカンの言っても国がそれなりに頑張っているからである。その上にあぐらをかいて評論化面しているのだからまさに寄生虫である。 黒田はこのままではいかんと思っている。 “恣意的に事実のみを持ってある思想を語る”という方法論は実在する。嘘はついていないという訳だ。 例えば経済指標だが、貿易黒字などは相変わらず好調である。その他にも探していけば楽観的な見通しが導けそうなものは全て無視して下がっているものばかりを並べ立てる。そして「悲観的な将来」をコメントと共に締めくくるのである。 嘘はついていないが、実に姑息である。恐らく日本を滅ぼす気なのだろう。 アナウンス効果というものがある。 必要以上にマスコミが煽り立てるお陰で世論が形成されてしまう現象である。顕著なのは選挙である。 甲候補が優勢であると伝えられると乙候補に同情票が入る。政治姿勢や公約とは関係なくマスコミの伝え方一つで当落が決してしまうのだ。だから選挙の伝え方にはマスコミはそれなりに気を遣う。 だが、社会一般に関してはマスコミはそのアナウンス効果を最大限に使う。それが正義だと思っている節がある。 連載第150回(2003年2月17日) 勿論社会問題は今も山積みだ。楽観ばかりはしていられない。 だが、今の大手マスコミの姿勢は明らかに偏向している。何と言うか全て無くなって革命でも期待している節がある。徹底的に無責任なのである。 それではいかんのだ。 黒田は二十台半ばだが、それなりに胸に期する物はある。これからの時代は情報だ。だからテレビ局に入ったのである。 とにかく今は出世である。何とかして偉くなってマスコミから日本を変えてやる。 実はこんな話が出来る同僚は殆どいない。みんな勤労意欲も問題無いし、仕事も熱心だ。だが、“日本を変える”みたいなことを口走ればアブない奴か、危険分子の様に見られてしまうのだ。 そういう話が出来るのは・・・先輩の進藤だけだった。 黒田は今の日本の犯罪の扱われ方が不満だった。 それは少年法に庇護された身青年犯罪者に厳罰をとか、心神耗弱者の無罪方面は納得いかないとか、そういう表面的な議論では無い。そんなことは誰だって言えるのだ。その場で適当な事を言ってればいい評論家諸氏に言わせておけばいい。 もっと具体的に、もっと徹底的に実践的な解決法は無いものか? ・・・そこに飛び込んできたのが「ナナシちゃん」の情報だったのである。 |