「魔法少女ナナシちゃん!」
連載第121回〜第130回

連載第121回(2003年1月19日)
 目が覚めた。
 ・・・え・・・と・・・。
 何だっけ?
 ヘンな反応だったがもっともだった。
 しょっちゅうではないが、浩太は保健室で眠る事があったので、目覚めた瞬間の気持ちは何度か経験している。
 別に保健室に限らないが、目が覚めた時の気持ちというのは独特である。それまでの日々を思い出し、自分が何をしていたかも思い出す。
 ・・・そうか、僕は保健室に来てそこで寝て・・・。
 何かヘンだった。
 ?
 全身の感触が何か違う様な・・・。
 頭が重い・・・?
 がばり!と跳ね起きた。
「!!!!・・・!!っ!」
 危く大声を出すところだった。
 こ、これはあああっ!
 布団を投げるようにしてどける。
 そこには奇妙な形に広がったスカートがあった。
 なんてことだ・・・。
 足を布団から引き抜く。
 そこには分厚いブーツがあった。
 反射的に頭を触る。
 予想通りだった。
 そこには大きな帽子があったのだ。


連載第122回(2003年1月20日)
 なんてこった・・・。
 頭の中で繰り返した。
 また・・・また女の子になっちゃったんだ!
 昨日の晩と同じだった。
 スカートの縁が丸く広がっているお陰で、パンツ周辺の肌が直接シーツに触れる。
 ベッドの縁から垂らした足が床に着かない。
 それほど小さくなってしまっているのだった。
 昨日の・・・昨日の晩のことはやっぱり夢じゃなかったんだ!
 手袋に覆われた手で自分の身体をペタペタと触ってみる。
 この身体・・・せいぜい小学校低学年くらいの女の子・・・では、あちこちメリハリが出る様な“体形”なんてありえないし、女性独特の下着なんてものも身につけていない。
 でも・・・オ○ン○ンが無いのだけは、直接確認しなくても分かりすぎるほど分かった。
 どうしよう・・・。
 浩太は困った。
 そりゃ困るに決まっている。
 ここは学校である。
 そんな所でこんな姿になっちゃってどうしようというのか。
 またからかわれる、いじめられる・・・。
 まあ、この姿で堀井浩太だと気付かれるかどうか分からないんだけども・・・。
 頭の中で何かが地震を起こした。
 ひっくり返りそうになった。


連載第123回(2003年1月21日)
 慣れた手つきで帽子を取る。

 そして頭を傾けて“それ”を手元に落とす。
 ・・・やっぱりだ。
 そこにはマナーモードで振動する携帯電話があった。
 ゆかりんに見つかったらどうしよう・・・。
 浩太は心配した。
 保健室の番人、養護教諭の川畑紫(かわばた・ゆかり)は保険室に入り浸っている問題生徒にも絶大な信頼を得ていたが、普通の生徒にも抜群の人気があった。裏表の無いその性格が好かれるのだろう。少なくとも長狭木の様な人間の腐ったのに比べれば遥かに信用が置けるのは確かだった。
 いつしかみんな“ゆかりん”と呼んでいた。浩太もそれにならって頭の中では“ゆかりん”と呼んでいたのだ。
 ゆかりんも突然こんなのがベッドから出てきたら驚くだろうなあ・・・。ってそんなこと言ってる場合か!
 携帯電話のボタンを押す。
 もうすっかりなれてしまったかの様である。
「校門の外」
 又だよ・・・。また場所の指定だ・・・。
 これで一体どうしろっての?
 でも・・・これについていくしか無いだろう。何しろいつまでもここにいる訳にもいかないではないか。
 すっかり派手な衣装の小さな女の子に変わってしまった浩太は、ベッドからぴょん、と飛び降りた。
 ブーツがダンッ!と音を立てる。
 首をひっこめた。


連載第124回(2003年1月22日)
 ・・・誰にも気付かれなかったかな?

 保健室には自分1人が寝ている訳では無い。
 本当に気分の悪い生徒は勿論、その日につきのものが回ってきちゃった女の子だって寝ている。
 ひょこん、としゃがみこんでカーテンの下から保健室の中を伺う。
 ゆかりんが鎮座していては脱出もままならない。
 実はゆかりんとて四六時中詰めている訳では無い。結構留守にしているものなのである。実際困ったときに来てみても無人だったりすることも少なくない。
 ・・・タイミングが良かった。
 今は誰もいないらしい。
 手に携帯電話を持ち、帽子を頭に乗せる。
 すっかり“魔法少女”ぶりが板についてきた浩太だった。


 幸いな事に保健室は外に通じる塀のそばにあった。
 力をこめて飛ぶと、2メートルはありそうに見えるその塀の上にふわり、と飛び乗る事が出来る。
 浩太はとりあえず驚く事を止めた。
 キリが無いからである。
 さっきの携帯メールの表示は「校門の外」だったよな・・・。
 思い出していた。
 すぐ下を見ると、そこには学校の敷地の外がある。
 建前の上では、少なくとも授業中は生徒は勝手に学校の外に出てはならない。
 何だかいけないことをしている気分になってきた。


連載第125回(2003年1月23日)
 飛び降りるのも楽だった。
 昨日の晩、たったの一回しか経験が無いけど、この身体はとにかく身軽に出来ているらしい。
 綿を空中に投げたかのようにふわりと地面に着地する。
 校門校門・・・。
 これまでのアクションが他人に見られていないという保証はどこにも無い。
 グラウンドの方で盛んに声がしていたが、多分体育の時間をやっている学年があったのだろう。塀を乗り越える少女の姿は目撃されただろうか?
 半分ヤケクソになっているのだが、昨日の夜の場合とは訳が違う。
 昨日は深夜の出来事だったが、今は太陽が燦燦照っているのだ。
 ・・・これは夢だなんて思い様が無いでは無いか。
 悪運が強いのか悪いのか、降り立った道路には人影は無い。
 浩太は・・・今は“魔法少女”の・・・は校門の方を見た。
 手元がブルンブルンと震える。
 ・・・追加指示か・・・。
 すっかり慣れっこになっている。こんな日常をこちらが送っていることなんてあのいじめっ子連中は知らないだろうなあ・・・と思った。
「止まっている車のトランク」
 ・・・??何だこれ?
 ふとみると確かに車が停まっている。
 とことこと歩いてその車に近付く。


連載第126回(2003年1月24日)
 と、また手の中で電話がブルブルと振るえる。

 またメールが着信している。
 「車のトランク」
 殆ど同じメールだ。
 もしもこのメールが、ごく普通の男子中学生の時に到着していたら気持ち悪くてすぐに捨ててしまっただろう。
 しかし、自分がこんな女の子になっちゃっているのだ。そもそも携帯なんて持っていないのだから。
 大体この発進主は一体誰なのか。こちらを観察しているとはとても思えないのに。
 ・・・っていうかこれって“急げ”ってこと?
 そう思った。だってちゃんと指示通りに車に向かっているんだから。
 浩太は歩を急いだ。
 車が見る見る大きくなる。
 スカートの下の脚が寒い。
 季節はまだまだ冬なのだ。
 こんなチンドン屋みたいな格好で歩いていたら・・・大丈夫か。下手すると幼稚園生じゃないか。
 車にたどり着く。見たところ無人だった。
 その時だった。
 勝手に手が動いた。
 そして後部のトランクに触れる。
 わっ!あっ!何やってるんだ!?
 トランクが開いた。
 ・・・何これ?
 ・・・ひょっとしてここに入れってこと?


連載第127回(2003年1月25日)
 揺られていた。

 何でこんな事になってるんだろう?
 色々考えた。
 暗い。
 折り畳んだ足によって、スカートの中のパンツが直接ブーツに当たって痛い。
 大きな帽子が天井に当たりそうである。

 何故か開いた後部トランクに浩太は乗り込んでいた。
 勿論、突飛な少女の扮装のままである。
 いや、“少女の扮装”ったって、身体は完全に小さな女の子になっちゃってるんだけども。
 ひらりと飛び乗った後、勝手にトランクのドアは閉じた。
 そして程なく車は走り出し、今に至っている。
 ・・・自分は本当に何をやってるんだろう?
 何だか無茶苦茶じゃないか。
 でも・・・ある意味こんなのもいいかな、という気がして来た。
 あのまま学校にいてもいじめられるだけである。帰るにしても自転車は破壊されてしまっている。保健室に逃げ込んだはいいけども、そこで寝続ければ続けるほど教室に復帰するのが難しくなる。
 今が何時間目なのか分からないが、あのいじめっ子連中はまた僕の机に好き放題のイタズラをしていることだろう。
 ・・・それを考えれば、このままどこか知らないところに行ってしまうのも悪くないかも知れない。
 自暴自棄、ではあったのだが、その甘美な破滅の妄想はズタズタに傷ついた少年の心を確かに捉えていた。
 現実世界でこれ以上無いほどに傷ついた自分の心は、自分自身の手で尚傷つけることによって確かに快感に変わっていた。
 携帯電話の画面を見る。
 バックライトなので、この暗闇でも見ることが出来る。
 隙間から日光が差し込んでくる。
 震えるほど寒い。
 メールの記録はまたもや全く残っていなかった。消去した記憶は無い。いつも勝手に消えるのである。
 ・・・ゲームとか入ってないのかな?
 色々操作してみた。
 どこからともなく指示を伝えてくる謎の携帯だったが、それ以外は全く普通の携帯電話みたいだった。


連載第128回(2003年1月26日)
 浩太は
車ってのは意外に停まっている時間が長いんだな、などと変なところに感心していた。
 いや、今は浩太では無くて謎の少女姿になってしまっている。とにかくスカートってのが慣れない。何だか服をちゃんと着ていないみたいで落ち着かないのである。
 どこまで連れて行かれるんだろう。
 暗闇の中で、何故かドキドキしていた。
 何だか、修学旅行で夜更かししているみたいな気分である。昼日中から暗い所に閉じこもっているだけでそんな気分になる。
 ・・・これからどうなるのかな?
 浩太は逆説的にこの状況が永遠に続いて欲しい、とどこかで思い始めていた。
 このまま車のトランクに入ったままでいられたらなあ・・・。
 外に出たところでロクなことは無い。
 行くも地獄、帰るも地獄。
 このままここに閉じ込められたまま餓死しようかな・・・。
 浩太は消極的な死の味に魅了され始めていた。
 もう辛い。
 これ以上生きるのは辛いよ・・・。
 涙がうっすらと浮かんできた。
 車が何十回目なのか停車した。
 もう帰れない。間違いなく。
 ここがどこなのかも分からない。
 携帯電話も電話代も持ってない。
 それでいい。それでいいんだ。
 浩太は自暴自棄になっていた。
 その時だった。
 手の中の携帯電話が振動を始めたのだ。


連載第129回(2003年1月27日)
 浩太はその表示窓を見る。
「裏の体育倉庫」
 とある。
 ・・・何これ?
 バクッとトランクが開く。
 これは・・・出ろってことだよね。
 出る必要なんてあるんだろうか?
 ブルンブルン!と動きを止めていた携帯がまたけたたましくうなる。
 分かったよ!行けばいいんだろ行けば!
 起き上がる浩太。
 帽子がトランクの蓋に当たる。
 ブーツがスカートの中のパンツの部分に直接当たっている。
 背が小さくなっているというのは予想以上にストレスになる。世の中の全てが大きく見えるのだ。
 上半身を起こして、車の後部からその先の世界を見る。
 そこには何の変哲も無い道路が広がっていた。
 ・・・そういえば昨日はあの高さから飛び降りて平気だったんだよね。夢だと思ってたけど。
 また手の中で携帯がブルンブルン!と鳴った。
 うるさいなあ。もお。
 窓を見る。
「裏の体育倉庫。大至急」
 ・・・これは?
 これまでと違った傾向だった。
 これまで場所の指定以外に何か書いてあったことは無い。
 只ならないものを感じた。
 ひょい、と飛び降りた。


連載第130回(2003年1月28日)
 ここは・・・かすかに見覚えのある建物だった。
 あんなに走った様に見えたのに、同じ市内にある中学校だった。
 中学生位だと、学区が違う中学校なんかには滅多に行かない。
 何だっけ?何かで別の中学に行ったことがあるけど・・・その校舎の細かい生活感に溢れたディティールが、他人の家にやってきた時独特の疎外感を味あわせてくれたものだ。
 多分体育館も、その裏の体育倉庫の場所もそれほど苦も無く分かるとは思うんだけど・・・。
 問題はこの格好だった。
 物好きな女の子が入ってきた・・・とは思わないよな。やっぱり。
 止められるかな?
 その時だった。
「わああっ!」
 今日初めて声が出た。
 ロクに声変わりもしていない浩太なので、その点違和感は無い。
 足が勝手に動いていた。
「・・・・っ!?」
 余りの事に声も出なかった。
 壁が目の前に迫ってくる。
 目をつぶった。