「魔法少女ナナシちゃん!」
連載第81回〜第90回

連載第81回(2002.12.10.)
「しかしですよ、相手が小さな女の子だったとしたら・・・どうです?」
「は・・・?」
「戦闘意欲が湧きます?」
「あっ・・・!」
「恐らく湧かないと思います。敵だという認識すら無いでしょう。思ったとしても2メートルの大男と同じ意識で臨めるとは到底思えません」
「なるほど・・・」
「あと、これは今話していて思い浮かんだんですけど、多くの犯罪被害者を心理的にフォローしている“ナナシちゃん”ですけど、その姿が相手の警戒感を解き、緊張をほぐす役割も担っていたでしょうね。・・・極論すれば最も合理的に考え抜かれた形態ということが言えるかも知れません」
 話術が巧みなのか、その膨大な知識量で圧倒されてしまっているのか、聞いている内に本当にそう思えてくるのだから不思議なものである。
「最初に“現代の”と言ったでしょ」
 考え込んでいる進藤の意識を安宅(あたか)の声が呼び戻した。
「実に現代的なヒーロー・・・というかヒロインだと思います」
「じゃあ、あくまで安宅(あたか)さんは“ナナシちゃん”は現実に存在すると・・・」
「・・・まあ、そういうことです。新藤さんはそう思ってなかったんですか?」
「まあその・・・」
 あまりに状況が突飛だったから・・・正直半信半疑だったのだ。
「時に進藤さん、サンタクロースは信じてますか?」
 ・・・禅問答でもしている気になってきた。


連載第82回(2002.12.11.)
「“信じているか”って・・・存在をってことですか?」
「そういうことです」
 一体何を言い出すのだろうこの男は。今日日小学生に聞いたってサンタクロースの実在など答えは分かりきっている。
「まあ、みんなが信じている様なプレゼントを配って歩く老人という存在の“サンタクロース”はいないでしょう。物理的にも一晩で日本全国を網羅するのが不可能なのは自明です」
「はあ・・・」
「ですが、どうして“サンタクロース”という存在が想起されるに至ったかについては考察の対象になります」
「どんな原因があるんですか?」
「僕は言ってみればサンタクロースは“UMA”(ユーマ)だと思っているんです」
「え?何ですって?」
「UMA(ユーマ)です。U(ユー)、M(エム)、A(エイ)です。アン・イデンティファイド・ミステリアス・アニマルの頭文字を取ったものです。UFO(ユーフォー)(*)の動物版だと思って下さい。同名の映画もありましたね。実は日本人の造語らしいんですけど、今では世界に広まっています」
(*「UFO」(アン・イデンティファイド・フライング・オブジェクト)。日本語訳「未確認飛行物体」。元はアメリカの空軍用語)
「あの・・・ひょっとしてアレですか?」
「そうです。ネッシーとか雪男とか、ああいうのです」
「サンタがですか?」
「はい。要するにスウェーデンの山奥でトナカイにソリを引かせる謎の真っ赤な老人が度々目撃さた・・・でも正体が分からないからそれなら『あれは“サンタクロース”という子供にプレゼントを配っている好々爺だ』ということにしたんじゃないかと」


連載第83回(2002.12.12.)
 ・・・一体どういう発想をするのか。
「これは僕が勝手に言っているだけですが、柳田國男だったと思いますがこう言っています「信じられない」のと「信じない」のは違うってね。どんなに非現実的なことであれ、それが実在するからには合理的に考察すべきです」
 その言葉はマスコミの進藤には厳しく響いた。
「・・・参考になりました?」
「ええ。とっても」
「まあ、全然喋り足りないんですけど、これ位にしましょう」
 冗談じゃない。本当にもう勘弁して欲しい。
「私は“ナナシちゃん”は都市伝説の類では無いと思います。この事実を報道することが果たして社会に益をもたらすかは私には判断が付きませんけど、進藤さんのお役に立てればと思いまして」
「有難うございます」
 こんなのを知恵袋に持っていたんじゃあ黒田の躍進もむべなるかな、である。あいつの知識のどれ位がオリジナルなのか怪しくなってきた。
「いつでも電話して下さい。答えられる範囲で答えますよ」
「はい」
 口ぶりからは自分から進藤に掛ける積りは無い様だった。その点節度をわきまえているのだろう。進藤の方も、通知で携帯や自宅の番号を悟られるほど愚かではないので、局の固定電話を使っているのだが。
 挨拶をして切ろうとした時、何やら魔が差したのか、進藤は珍しく逆に質問していた。
「安宅(あたか)さん。質問していいですか?」


連載第84回(2002.12.13.)
「どうぞ」
 こともなげに言う。
「1つだけです」
「はい」
「先ほど“ナナシちゃん”は、合理的な理由の元、“魔法少女”という形態を選択した行動ユニットだとおっしゃいましたね」
「個人的な考えですけどね」
「はい。それで・・・それでは逆に、合理的な理由は無いけれども“敢えて”魔法少女を装う為に偽装する要素って何があると思います?」
 しばらく沈黙があった。
「・・・そうですね・・・。まずはその派手な衣装があるでしょうね」
「はい」
「フィクションの世界の方の魔法少女は男の子のそれと同じ様に“変身願望”を満たすという要件がありますから、どうしても“女の子が着てみたい”服を着る傾向があります。キューティーハニーも変身後の姿はコスチュームを網羅してますしね」
「はあ・・・」
「あ、そうか・・・」
「何です?」
「進藤さん、ネガとポジって知ってます?」
「・・・写真の?・・・ですか」
「あ、やっぱりご存知無い」
「何のことです?」



連載第85回(2002.12.14.)
「“マスコット”ですかね」
「はあ・・・」
「“魔法少女”は多くの場合、人間の言葉を話す小さな動物を随伴します。中には動物には見えないのもいますが」
 それだ!そういう話を聞きたかったんだ。
「セーラームーンにもアルテミスという猫が出てきます。けど・・・」
「何です?」
「アルテミスってのはギリシア神話に出てくる女神の名前ですよ!オスの猫に付ける名前じゃないですね。名前で言えばテレビシリーズの「ウルトラマンガイア」もなってませんね。「ガイア」ってのは大地母神、つまり“女神”なんだから男の変身ヒーローに付けるような名前じゃないし。そもそもですね・・・」
「あ、もういいです。そ、それじゃあ!」
 無理矢理に電話を切る進藤。
 ・・・。
 しばし沈黙。
 がっくりと肩を落とす。
 ふう・・・一昼夜話し続けたみたいな疲労感がどっと襲って来た。
 つ、疲れた・・・。
 ・・・。
 “ナナシちゃん”か・・・。
 これだけ聞いても進藤には半信半疑だった。だが、もしも“ナナシちゃん”が安宅(あたか)が推理した様な行動原理で動いているのだとすればそれこそまさに“ナナシちゃん”の術中に嵌っていることになる。
 天井を仰いだ。
 ・・・帰るか・・・。
 そして財布に入っていたレンタルビデオ店の会員証を取り出していた。


連載第86回(2002.12.15.)
 勉強は手につかなかった。
 どうやって明日を乗り切るかが思考の全てを占めてしまうという経験を、一体どれほどの人がしているのだろうか。
 浩太は常に観察を忘れなかった。
 “普通の人”がどういう行動原理で行動し、どういう口調で喋るものなのかをである。
 浩太にはどうすればいいのか分からなかった。
 小学生の頃まではいじめはそれほど酷くなかった。
 だが、中学校に入ってからすぐにそれは開始された。
 一体何が原因なのか分からない。
 とにかくマトモに扱って貰えないのである。
 会話をすれば無視され、すぐに物が無くなる。
 最初は小さな違和感だったのだが、それはすぐに明らかに自分に向けられている悪意であると分かった。
 元々引っ込み思案な性格である。
 「どうして自分をいじめるのか?」なんて聞きはしない。そんなことができる性格なら逆にいじめる側に回っていたことだろう。
 幼稚園に入る前の頃に一度引越しをしたことがあるらしい。
 そのせいだろうか、浩太は若干言葉のイントネーションが標準語とは違う・・・らしい。
 自分では意識した事は無いけども。


連載第87回(2002.12.16.)
 普通に会話していて突然「どうしてそういう喋り方をするんだ?頼むからマトモに喋ってくれ」と言われる意味など、この一介の中学生には理解できなかったのだ。
 母親にも父親にもこのいじめの事は言っていない。
 まだ暴力沙汰になっている訳でも無いし、金品を脅し取られている訳でもないからだ。
 テレビなどを観る限り、自分なんかよりも遥かにヒドイ人は沢山いるみたいだ。
 それに・・・。
 親に話しても解決になるとは全く思わなかった。
 母親は、自分と同じく精神的にそれほど強い人じゃない。息子がいじめられていると知ったら落ち込んでしまうだろう。
 子供の務めとしてそんな“知らなくていい”事実を告げるなんて残酷なことは出来なかった。
 実際には頻繁にものが無くなり、担任すら黙認しているというのは、金銭的な被害が無いとは言え、末期症状に近いほど酷い惨状である。
 だが、この小さな生命体はそれを周囲にアピールする術を知らなかった。
 父親のほうは・・・こっちも相談するには二の足を踏む存在だった。
 決して“やられたのならやりかえせ!”などとけしかけたりはしない。むしろかなり熱心に話は聞いてくれるだとうと思う。
 ・・・あくまでこれまでの印象でだけれども。


連載第88回(2002.12.17.)
 だが、残念な事にいじめ問題では、必ずしも熱心であれば問題解決に結びつくとは限らない。
 むしろ親が妙にしゃしゃり出る事によって事態が悪化する方が多いと言えた。
 残念ながら浩太は自分の父親をそういう存在に見ていた。
 まさかとは思うが、いじめている相手に向かって「いじめないでやっておくれ」なんて言ったりはしないだろう。
 だが、相手の親を巻き込んでの“話し合い”に持っていったりしてしまう可能性は充分あった。
 親としては精一杯の“努力”なのだろうが、それは最悪の処方である。
 “チクラれた”側の報復が待っているだけの話である。
 それに・・・どうもこの父親は肝腎な所でどこか頼りないのである。ひょっとして多くの現代の“父親”がそうなのかも知れないが、口では「お前たち家族が一番大切だ。何でも言え。相談に乗るぞ」などと言うのだが、それじゃあいざ相談事を持ち込もうとするとテレビを見ているばかりで耳を貸してくれない、なんてのは日常茶飯事だ。
 本人に悪気は無いのかも知れない。
 だが、こういう些細な「裏切り」は致命的なのである。

 長い夜だった。
 いじめは次第に激しさを増してきていた。
 遂に浩太はトイレに閉じ込められた。
 テレビなどで典型的に見られるいじめの方策だった。


連載第89回(2002.12.18.)
 たまたまトイレの外で積み上げられた椅子が崩れ落ち、浩太は脱出することが出来た。
 授業の合間の休み時間では無く、放課後にそれは行われた。
 クラスの連中は明日の朝までトイレに閉じ込めておく積りだったのだろう。
 ・・・だが、浩太は出てきてしまったのだ。
 これまで学校に行きたくなかった事は数限りなくある。
 いや、入学以来意識せずに学校に行く事が出来た日を数える方が簡単だ。
 だが、これほど憂鬱な夜は無かった。
 一体どうすればいいのだろう?
 どんなに考えても答えは出なかった。
 自分が勝手にトイレから出たことが分かれば、連中はきっと烈火のごとく怒るに違いない。
 とは言え、こちらにも生活がある。出られるものなら出るしか無いではないか。
 ・・・ひょっとして今ごろ“監視”の為に校舎に戻って無人のトイレに気が付いているんじゃないだろうか?
 それを考えるだけで胸が張り裂けそうだった。
 どうしよう・・・どうしよう・・・。
 もっとも懸命な・・・少なくとも今の浩太にはそう思えた・・・方策は、早朝の内に校舎に入り込んで再びトイレに入ることだ。
 愚か過ぎると笑わないで上げて欲しい。
 いじめられっ子の思考と言うのはこれほどまでになってしまうのである。
 だが、どうしてあの地獄に進んで舞い戻らなくてはならないのか。
 しかし、このまま登校しても何も現実は変わらない。何も。


連載第90回(2002.12.19.)
 これまでは、どれほど気分が悪くても、親を心配させまいとなるべく夕食は一緒に取ってきた。
 だが、この日ばかりはそんな気分になれなかった。
 浩太は、自室のベッドの上で膝を抱え、ひたすら解決策を模索し続けていた。
 浩太は“いじられっ子”の中では非常に精神的にはタフな部類に入ると思われる。
 これらの仕打ちに負けてなるものかと常に考えていた。
 普通の生徒だったらとっくに不登校になっている状態だった。
 しかも担任が最悪だった。
 自称“デモシカ教師”である。
 所謂「教師に“でも”なるか」「教師に“しか”なれない」という人種で、人を教え導く使命感などは皆無。下手をすると「自分が先生絶対君主」となることが出来る環境で暴君の様に振る舞う為に教師をやっている様な“怪物”であった。
 世の中に職業は沢山あるが、丸っきりの“新人”でありながら、周囲に自分よりも目上の存在がいない職場を任されるのは教師くらいであろう。
 ましてや「内申書」という絶対的な“武器”を握っているのである。まさしく思うがままであった。
 こんな人間がいじめ問題などに真っ向から向き合う筈も無い。
 むしろ、「いじめられっ子」などが存在する為に発覚した時に自分の評価が下がることうれいているのが正直な所だった。
 これは世間的な誤解なのだが、“学校の先生”というのは、世間では“立派な存在”という認識がまかり通っている。