「魔法少女ナナシちゃん!」 連載第51回〜第60回 |
連載第51回(2002.11.10.) 一瞬戦闘意欲が混乱した。 それはそうである。こんな小さな子が一瞬にして屈強・・・とまではいかなくても元気の有り余っている不良をのしてしまうというのが信じられなかったし、いかなはみ出しものであれ、年端もいかない子供に暴力を振るうことへの逡巡があった。 「お・・・おじさん・・・」 その女の子は被害者の方を見て呆然としている。 そこには高森が鮮血の中に沈んでいた。この若者に集団で暴行されたのは明らかだった。 なぎ倒された若者の1人が何とか立ち上がる。 「テメエっ!」 一瞬の出来事だった。 その蹴りをかいくぐり、少女が一歩踏み込むと、ドシン!と言う振動音と共に手のひらが二人目の腹部に直撃した。 殆ど空中を飛ぶかの様に後ろに吹っ飛ばされる若者。 首領格の若者の目にはまるでスローモーションの様に見えた。 連載第52回(2002.11.11.) 「あの・・・」 進藤は敢えて話題を変えてみようと思った。 「黒田に聞いたんですけど・・・」 「何でしょう?」 流暢に答える安宅(あたか)。自他共に認める引きこもり、だそうだがこうして話している分にはごく普通の常識人と変わりが無い。認識を改めなければならないな、と進藤は思った。それこそ最近の、単語でしか会話の出来ない様な“大学生”などよりよほど知性的ではないか。 「あなたはその・・・“ナナシちゃん”を“魔法少女”だと」 「ああ、その話ですか」 「そうなんですか?」 ふ、と苦笑がもれるのが分かった。 「まあその・・・モノの例えですけどね」 「聞かせてください」 「それは取材ですか?」 この質問の意味は何だろう? 「いえ別に・・・」 「申し訳ないんですけど」 連載第53回(2002.11.12.) 駄目ということだろうか? 「興味本位ならお答えしかねます」 「いえ別に・・・」 進藤は少しいらついていた。 興味本位で無くてなんだと言うのだろう。 確かに安宅(あたか)の知識はちょっとしたものだ。だがそれを天下に開陳できる大胆な仮説だとでも思っているのだろうか。 「まあ、ものの例えですよ。進藤さんは「月光仮面」はご存知ですか?」 いちいち話の飛躍が凄い。 「名前だけは」 「テレビドラマの方じゃありませんよ。何か社会問題が出てくると看板掲げて出てくるあの人です」 「ああ・・・」 それなら進藤にも思い当たるところがあった。よくニュースなどで登場する月光仮面の扮装をしてその時々の社会問題を看板でマスコミに訴える「一般人」である。 ニュースとしては面白いので出現しさえすればまあ取り上げられる。扱っている問題が宗教などの微妙な問題では無く、タイムリーなこともあってマスコミとしても都合がいい。 「結局あれと似たようなものなんです」 連載第54回(2002.11.13.) 「人間って意外にオリジナリティが無いもんでね。何かを起こす時に見たことのあるフィクションを参考にするというのは全く珍しくないんですよ」 「はあ」 「もしあの「月光仮面」が単なる覆面の一般人だったら宣伝効果も半減でしょうね。「月光仮面」だからいい訳です」 「なるほど」 「時に進藤さんは世界初の原子力潜水艦の名前は知っていますか?」 馬鹿にしてもらっては困る。それくらいは知っている。 「ノーチラス号です」 「ジュール・ベルヌの『海底二万里』ですね」 あっ!。 「そう・・・なんですか?」 「全会一致だったそうですよ」 意外に技術者と言ってもミーハーだな。 「他にもスペースシャトルは「エンタープライズ号」でしょ?NASAも「スタートレック」は好きみたいですね」 「はあ」 「別に何でもいいんです。世の中には「怪人21面相」を名乗って企業を脅したのもいるでしょ?」 「つまり“ナナシちゃん”がそうだと?」 「はっきり言えばそうです」 連載第55回(2002.11.14.) こうして実例を出して貰いながらだと分かりやすい。黒田の様にいきなり結論を言ったのでは馬鹿馬鹿しくて相手にしたくなくなってしまう。 「“正義の味方”は沢山いる訳ですが・・・その中から“魔法少女”を選んだんでしょうね」 「しかし、どうして・・・」 当然その疑問に行き着くことになる。別にそんなヘンテコな格好をする必要があるのだろうか? 「それは本人に聞いてみないと分かりませんが・・・まあその為にも“魔法少女”の歴史を振り返っておくのは決して無駄では無いでしょうね」 流れる様である。見事だ。 「分かりました」 「わが国が国産のアニメを作り始めたのは実に大正時代に遡ります」 「え?『鉄腕アトム』じゃ無いんですか?」 「それは“毎週放送される30分番組”という意味ですね。映像表現の歴史は映画の方が古いんですよ。ディズニーの『ダンボ』は戦争中に作られています」 そっちの方が驚きだ。 連載第56回(2002.11.15.) 「“総合アニメ史”をやろうというのでは無いのでテレビ放送開始当時の話は一気にはしょりまして、恐らく「魔法少女」の“はしり”と呼んでいいであろう作品は1966年12月放送開始の『魔法使いサリー』でしょうね」 古い。実に30年以上前の話だ。 「翌年の1967年4月に『リボンの騎士』が始まっています。ちょっと時代が下りまして1969年1月に『ひみつのアッコちゃん』、あちなみに『サザエさん』は1970年です。ちょっと違いますが『いたずら天使 チッポちゃん』が同年、年末にはまたタイトルに『魔法』を頂く『魔法のマコちゃん』が始まります」 聞いたことも無い様なタイトルばかりである。一体どういう知識量なのか。 「はあ・・・」 「直接『魔法少女』を名乗る作品はまだまだ先です。翌1971年には『ふしぎなメルモ』」 「あ、聞いたことがあります」 「そうですね。1972年に『魔法使いチャッピー』放送開始。あ、ちなみに『マジンガーZ』はこの年にスタートです。怪しいのは翌1973年の『けろっこデメタン』、そして10月の『キューティーハニー』ですかね」 「あ、あの・・・」 「近頃リメイクされましたね。・・・まあ余り思い出したくないけども・・・ちなみに同時期に『ミラクル少女リミットちゃん』が始まっています」 本当なのかそれは? 余りにもインチキくさいタイトルだが。もしも安宅(あたか)が言っていることが殆ど嘘でもこちらとしては確認のし様が無いのだが。 連載第57回(2002.11.16.) 「同時期に『エースをねらえ』も始まっています。ちなみに翌1974年お正月から『アルプスの少女ハイジ』が始まっています。『宇宙戦艦ヤマト』もこの年。ちなみにオイルショックの年で、私が生まれた年でもあります」 へえ、そうなんだ。 「そして・・・」 「そして?」 「お待たせしました。日本アニメ史上初の『魔女ッ子』アニメ登場です」 そういう言われ方をするとさも物凄い様な気がしてしまう。 「1974年4月1日・・・って嫌な日付ですね・・・放送開始の『魔女ッ子メグちゃん』です」 これも聞いたことがある。 「どうしてもオタクは男が多いですからね。やれロボットものアニメの歴史とか特撮の歴史なんかは研究書も多いんですが『少女もの』というだけで途端に心もとなくなります」 まあ・・・そうなのかも知れない。 「聞いているだけでは退屈でしょうから1つ問題を出しますね」 「分からないと思いますけど・・・」 「いや、現代的なものです。少なくとも進藤さんの職域に掛かります」 ほう、言うじゃないの。 「今の所最も新しい『魔法少女もの』と言えば恐らくOAVの『ナースウィッチ小麦ちゃんマジカルて』だと思いますけども」 だから聞いたこと無いっちゅーに。 「『魔女っ子』という呼称は絶滅しているんですよ。これは何故だと思います?」 「さあ・・・」 てんで興味が無い。 「差別用語だからですよ」 連載第58回(2002.11.17.) 空気が凍った。 「・・・何ですって?」 「現在の日本では『魔女っ子』は『差別用語』なんです」 「そんな・・・」 「正確に言うと『魔女』がひっかかる訳ですね。現役アナウンサーである進藤さんが知らないとは思われませんが・・・?」 そういえば・・・。進藤が実際に放送に乗せるマイクで喋らせて貰うまでにとにかくしつこく叩き込まれたのが所謂「放送禁止用語」であった。その中に入っていたかどうか・・・? 「この手の問題でつとに有名なのが『ウルトラセブン』第12話ですが、実際にはこの他にも沢山あります。聞いたことくらいはあるでしょ?」 「はい・・・」 「『マジンガーZ』の「ドレイジュウ」が出てくる回はライブラリーから削除されていますし、笑ってしまう例では『美人局アナの誰それさん』と紹介して大問題になったことがあるそうです」 「・・・??へ?それは・・・」 「美人局(つつもたせ)が放送禁止用語だからですよ」 ・・・しばらく考えるのに時間がかかった。が思わず吹き出してしまう。 「流石当の“美人局アナ”の進藤さんですね。これで笑って貰えるとは・・・。ともかく現在のマスコミの自主規制は病的なほどです。気の毒な例では「父兄会」と読んで左遷されたアナウンサーさんもいらっしゃるという都市伝説がありますから」 「ごめんなさいそれは・・・」 「某女性団体の抗議らしいんですけどね。正しくは「父母会」なんだそうです。ポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)って奴なんでしょう」 背筋が寒くなった。そんなことで人の人生をズタズタにする輩が実在するのだ。 連載第59回(2002.11.18.) 「・・・ちょっと待ってください。確か『魔女の宅急便』って映画がありましたよね」 「ああ。そりゃ政治的な力ですよ。監督があの人で無ければ間違いなくタイトル変更の憂き目にあっていました」 「はあ・・・」 どうにも胡散臭い話である。全部作り話じゃないのか? 「信じていらっしゃらないみたいなので実例を挙げましょう。現在「〜のくせに」というのはこれまた『差別表現』なんです。これは現在放送されているアニメではたった一つしか確認できません」 どう考えていいのか分からない。 「とにかく現在地上波に乗るアニメには“魔女っ子”をタイトルに冠したものはありません。細かい事を言いますと『魔女っ子大作戦』が1999年に発売されていますが、これはゲームです」 「・・・」 知らなかった。政治的な話とは無縁だと思っていたアニメなんかもそんな話に巻き込まれていたのか。 「話を戻しましょう。1976年に『キャンディ・キャンディ』が始まっていますがこれは魔法少女ものでは無いでしょう。そしてまた『魔女っ子チックル』が1978年に始まっています。これは“魔女っ子”以外の部分でも駄目な感じですが」 うーん、流石にそうかも。 連載第60回(2002.11.19.) 「魔法少女ものではありませんが翌年の1979年には『機動戦士ガンダム』が始まっています。これはアニメ史に残る出来事なので」 流石にこれは進藤も聞いたことがある。というか黒田がうるさい。 「1980年には『魔法少女ララベル』が始まっていますが、このタイトルは自主規制とは関係無いでしょう。あと、女の子が主人公なのに少年漫画が原作の先駆けとなった『ドクタースランプ アラレちゃん』は1981年スタートです。ちなみに原作漫画はあくまでタイトルは『ドクタースランプ』です。当初は則巻センベエ博士が主人公だった、というのは本当なんでしょうね。実際『ドッキリドクター』はそうだし」 「はあ・・・」 「あ、すみません。先を続けます。個人的には同年の『うる星やつら』や『まいっちんぐマチコ先生』も気になりますが先に進めて、・・・ここで画期的な作品が始まります」 いよいよ核心だろうか。 「1982年の『魔法のプリンセス ミンキーモモ』です」 「どの辺が・・・です?」 正直な所全くついていけてないのだが、何とかとっかかりを得ようとしたのだ。 「進藤さんはお子さんの頃何かアニメはご覧になってましたか?」 「そうですねえ・・・多分再放送だと思うんですけど『ベルサイユのばら』とか・・・」 「他には?」 |