「魔法少女ナナシちゃん!」
連載第11回〜第20回

連載第11回(2002.10.1.)
「面白そう・・・ですね」
 しばしの沈黙の後に真里が言った。
「先輩、そんな話を信じてるんですか?」
 黒田がからかう。
「まるっきり嘘って話でも無いみたいだし・・・」
「ふん・・・夜な夜な現われて困ってる女性を助ける魔法少女・・・ねえ。アニメやドラマならともかく・・・」
「黒田さあ」
 先輩アナウンサー、浜谷が黒田に水を向ける。
「実際問題どうなの?」
「何がです?」
「そんな小さな女の子が大男・・・でも無いみたいだけど大人の男を投げ飛ばせるものなのかしら?」
「そうですねえ・・・」
 確かにそうだ。しかし、この点さえクリアなら“ナナシちゃん”を否定する材料は格段に少なくなる。「口裂け女」の類よりも遥かに現実味があるではないか。
「全く不可能じゃ無いと思いますけども・・・」
「黒田って格闘技マニアとかなの?」
 真里が質問を追加した。
「いえ、人並だと思いますけど。まあ柔道経験者なんで」
「そうなんだ」
「いえ、公立高校の男子は柔道必修なんですよ」
 と、頭を掻く。
「“相手の力を利用して投げる”っていう奴ですよね。理論上は勿論可能です」
「でも、証言を信じるなら小さな女の子だよ?」
「いやその・・・術者の条件はあんまり関係ありません。むしろ投げられる方のパワーが必用ですね。何しろ“相手の力を利用する”訳ですからある程度の力がないと」
 そんなことが本当にあるのだろうか?昔の剣豪小説みたいな、小さな身体で大きな相手をそれほどまでに翻弄出来る物なのだろうか?




連載第12回(2002.10.2.)
「例えばですよ」
 黒田が立ち上がった。
「相手がアメフトよろしく前傾姿勢で突っ込んで来たとしますね」
 興味津々で聞き入る新旧女子アナ。
「そこを体捌き(たいさばき)でかわして、足を残したとします」
 何だか足だけを差し出した様な姿勢になる黒田。
「そうすると、当然突っ込んできた奴はこの足に引っかかって転びますね」
 うんうん頷いている女性軍。
イラスト 水原れんさん

「“相手の力を利用する”というのは突き詰めて言えばこういうことです」
 ・・・あっけないほど簡単な説明である。
「でも・・・」
「まあ、相手もそこまで馬鹿じゃないんで、素直に転んではくれないでしょう。ですから引っかかった瞬間に更に押したり引っ張ったりして姿勢を崩す必用がありますけど・・・」
「それは・・・小さな女の子でも可能だと思う?」
「僕は別に格闘の達人とか言うわけじゃないですけど・・・」
 とか言いつつ満更でも無い様子の黒田。
「難しいとは思います。リーチが無いですし、何より体重が足りません」
 “体重”にピクッ!となる真里。
「体重・・・」
「格闘をやるんなら体重は絶対に必用です。取っ組み合いになったらまず体重がある方が有利です。打撃力も強くなるし、攻撃を喰らってもその場でふんばる事が出来ます」
 その後も黒田の格闘レクチャーは続いた。
 聞けば聞くほど“ナナシちゃん”の実在に対しての不安は増大するばかりだった。
 ・・・実際問題、その年齢の女の子が体格の差をものともしない卓越した格闘センスが仮にあったとして、それが無償の人助けを行える動機になりえるのだろうか?
 真里は想像してみた。
 仮に今、20代半ばの年齢であってもちょっと御免こうむりたい話だ。それこそ格闘チャンピオンであったとしても、相手はゴロツキの類である。精神的にまともであるとも限らない。どんな武器と持っているのかも分からない。
 にも関わらず、どうしてそんな危険なことが出来るのだろう?
 真里の興味は尽きなかった。実在するのかも分からない“ナナシちゃん”の正体・・・まだまだ新米であると自負している報道の末席を汚す者として、燃えるものを感じていた。
「先輩」
「ん?」
「興味ありそうですね」
「・・・まあ、ね」
「僕の同輩に面白い奴がいますよ。どれくらい参考になるか分からないですけど、電話ででも話してみませんか?」
「いいわね」
「ちょっと、黒田」
「いいんです先輩」
「どうせ『進藤真里と話させてやる』とかの約束を取り付けられたんでしょ?」
「う・・・」
 図星らしい。これでも人気アナウンサーである。
「いいよ黒田」
「先輩」
「話したいって言っておいて」





連載第13回(2002.10.3.)
 その店の雰囲気は悪くなかった。
 照明も落とされ、壁には洋画の「STING」のポスターなんかがさりげなく飾ってある。
 新田理香は憂鬱だった。
 最初はこんなことになるとは思っていなかったんだけど・・・。
「よお」
 その男はやってきた。
 あまり知性的には見えない風体の男だった。
 浅黒く日焼けし、耳にはピアスが数え切れないほど付けられている。趣味の悪い柄のシャツの前をだらしなくはだけている。それでいてヤクザでもチンピラでも無い。ただのだらしない男だった。
 仕事帰りなのかスーツに身を固めた新田理香と対照的である。
 ドカン!と無造作に椅子に座る男。
「何だよ話って?まあ、オレも話があるんだけどな」
 その店の雰囲気に馴染まない大きな声だった。店内の数人が振り返る。
「うん・・・あのね」
 決心をするかの様に、目の前のグラスから一口飲む理香。
「怒らないでね」
 軽くピクッと頬の一部が吊り上がる男。次には白い歯を剥き出しにして爽やかな笑顔を満面に広げる。
「なーに言ってんだよ。怒るわけ無いじゃん」
 理香の表情に不安が広がる。
「その・・・単刀直入に言うとね・・・」
 わざとらしいほどニコニコしている男。
「働いて・・・欲しいのよ」
 緊張が走った。





連載第14回(2002.10.4.)
 しばらく誰も声を発しなかった。
「・・・は?」
 男は軽く頬を歪めて言った。
 理香の挙動は傍で見ていても分かるほどに緊張の度合いを高めていた。
「聞こえなかったんだけど、もう一回言ってくれる?」
 口調自体は穏やかで、むしろ優しいくらいだがその背後に恫喝の思想が漏れ出していた。
「・・・だから・・・」
 ここで繰り返せるはずが無い。
 突然男は目の前のグラスを持ち上げてドカン!とテーブルに叩き付けた。
「きゃっ!」
 店内中が振り返るほどの音だった。
「なあ・・・もう一回言えって言ってんだよ・・・」
 低い声だった。
 先ほどの爽やかな好青年は消えうせ、病的な眼光を光らせるケダモノがそこにいた。
「おい!」
 更に大声を張り上げる男。
 ここまで来ると誰もが2人の会話に聞き耳を立てるようになっていた。この男に女性が精神的に組みしかれているのは明白だった。
「だって・・・もっとちゃんとしてもらわないと・・・」
 理香は目に涙を溜めている。
 その耳に聞こえるように小さく低い声を吹き込む男。
「なあ・・・人の目があれば殴られないとでも思ってるのかよ・・・」
 黙りこむ理香。
「待ちなさーい!」
 高いところから声がした。





連載第15回(2002.10.5.)
 別の意味でまた人々が振り返った。
「その人から離れなさーい!」
 男は目を疑った。
 大人の為のショットバーに、まるきり場違いそのものの存在がそこにあったのだ。
 どう見ても小学校低学年程度にしか見えない女の子が、ド派手な原色の衣装に身を包んで仁王立ちしていたのだ。
「嫌がってるじゃないの!大声出してみっともない!」
 真横に広がったスカートから、色気0のまっすぐな足が伸びている。
「ん?」
 すぐに笑顔を作る男。このころころ変わる素顔に、2枚目故に気が付かれない悪運の強い男であった。
「おじょうちゃん・・・パンツ見えてるよ」
 あくまで爽やかに言う男。
「きゃっ!・・・もお、えっち!」
 ひらり、とカウンターから飛び降りる少女。ふわりと広がったスカートを巧みに押さえる。
 最初のうちこそ、ぎこちない笑顔を浮かべていた男だったが、相手がただの女の子らしいと気が付いてにやにやし始める。
 床に降り立った少女は、びしり!と男を指差す。
「あなたは仕事もせずにそのお姉ちゃんにお金をもらってぶらぶらしてるでしょ!」
 男の表情が一変した。痛いところを衝かれたのだろう。
「・・・だから何なんだよ」
 低い声だった。
「ほーら都合が悪くなるとそうやってキレるんだから!もうサイテー」
「あんだゴルァ!」
 地響きがする様な大声だった。
 店中が振り返る。
「見てんじゃねえ!」
 有象無象の客に一喝する男。
「で?何だっておじょうさん?」
 口調は変わっていない。ゴロツキの恫喝だった。
「お姉ちゃんに替わって言ってあげるわ。別れて欲しいのよね」
「はぁ?」





連載第16回(2002.10.6.)
「あんだって?もう一度言ってくれや」
「ふーん、プー太郎時代が長いと耳まで遠くなるんだ」
「何だとゴルァ!」
「聞こえてるじゃない」
「・・・!」
 店内でクスクス笑いが漏れる。
「どーしてテメエの言う事聞かなきゃならねーんだ?」
「どーしてもよ」
 くるりと後ろを振り返る男。
「なあ・・・こいつはテメエの差し金か?」
「お姉ちゃん関係無いでしょ?どーしてこんな女の子1人にまっすぐ文句言えないのよ・・・よっぽど肝っ玉が小さいのね」
 遠巻きに見守っていたバーテンが息を呑んだ。
 幾らなんでも挑発しすぎだ。
 男が立ち上がる。
「お嬢ちゃん・・・今なら見逃してあげるよ・・・。消えな」
「それは脅迫かしら?」
「いいから消えろよ」
「いや」
「何だと?」
 タンブラーを手に取る男。
 それでも少女は微動だにしない。
 ぐっ!と投げつける真似をする。
 この手の脅しで、どんな相手でも黙らせてきたのだ。
 ・・・だが、少女は全く動じない。
「ふん・・・」
 男はいきなり手に持ったタンブラーを机に叩き付けた。
 激しい破壊音。
 店内で小さく悲鳴が上がる。
 少女は動じるどころかその挙動にあからさまに見下した様な視線を送る。
 男の手にはガラスの破壊面がギザギザに飛び出した「凶器」が握られている。





連載第17回(2002.10.7.)
 視線をそらしてぽりぽり頭を掻いている少女。
「ねえ・・・どうすんのそれ?弁償してよね」
 その瞬間だった。
 少女の顔めがけてその「凶器」が飛んできたのだ。
「きゃーっ!」
 理香が絶叫した。
 床に当たって粉砕されるタンブラー。
「・・・っと」
 少女は巧みにそれをかわしていた。
「あーびっくりしたー」
 男は一瞬驚いた様だが、すぐに爽やかな笑顔になる。
「あ、ゴメンゴメン!手が滑っちゃったよ」
 バーテンダーを初め、店内にいた人間は戦慄した。
 この様な男が実在するのである。自分の思い通りにならない事に関しては徹底したエゴを剥き出しにし、全く罪の意識が無い。この小さな女の子に対しても尖ったガラスの塊を投げつけることを全く厭わない・・・精神的に腐りきっている。直後に爽やかな笑顔を見せられるその神経はとてもまともではない。
 全てが嘘とごまかしで塗り固めた様な男だった。その爽やかさが却っていかがわしい。
「とりあえずもう弁解の余地なしね」
 起き上がった女の子が言う。
「お姉ちゃんとは別れてもらうわ」
 言い終わった瞬間だった。
 全力でダッシュしてきた男の蹴りが少女にクリーンヒットした。






連載第18回(2002.10.8.)
 吹き飛ばされた少女はタンブラーの破片が散らばった床に叩きつけられ、もんどりうって転がり、店内の椅子をなぎ倒した。
 理香の絹を裂くような悲鳴がこだまする。
 追い討ちを掛けるようにその少女の元に歩み寄った男は、椅子にもたれかかっている少女の腹部に渾身の力を込めた蹴りを放った。
「きゃーっ!」
 加激された少女は、そこにあったガラス製のテーブルを粉砕し、椅子を巻き込んで倒れこんだ。
 店内が色めき立つ。
 男ははあはあと肩を上下させていた。
 理香は顔面蒼白になり、ガタガタト震えていた。
「おい!帰るぞ」
 ズカズカと詰め寄ってきた男が乱暴に理香の手を取る。
「いやぁっ!」
 涙を降り飛ばしながら抗う理香。
「行くぞゴルァ!」
 平手打ちを理香に見舞う男。
 店内の客は既に酒の味もつまみの味もしなかった。
 この男はきっとこうして日常的に暴力をふるっているに違いない。こういう人間がいることは知識としては知っていたが、その挙動を目の当たりにして吐き気が催される。
 店内の一角で何かごそごそと音がする。
 そしてそこには信じられないものがあった。
「ふう・・・結構効いたわ」
 ガラスの破片の海から少女が立ち上がってきたのである。それも傷1つ無い姿で。
 頭を軽く振り、ぱらぱらとガラスの破片を振り落としている。
「てめえ・・・」
 にやり、とする少女。
「気が済んだ?」
 男とて、いかに凶暴性を発揮しても決して罪悪感が無い訳では無い。それ故に反動として余計に暴力を振るってしまうのだ。





連載第19回(2002.10.9.)
「お姉ちゃんを放しなさい。やられたからには反撃するから」
 信じられなかった。
 あれだけやられれば全身血まみれで、打撲の後遺症で全く動けないほどのダメージを受けている筈である。
「・・・ふ・・・お、おおもしれえ」
 その声は震えていた。もう後戻りできないところに自分がいることが分かったからである。
 基本的に自分よりも弱い者にしか暴力を振るえない人間は得てして気が小さい。その場の勢いでしか暴力衝動が持続しないし、それだけの凶暴性を理論的に自分に納得させる事も出来ない。
 それから目を逸らしつづけるしかないのである。
「あんだよテメエは?・・・どうすりゃ満足なんだ?」
「お姉ちゃんをあんたから救うことよ」
「はっ!笑わせるな!」
「じゃあ掛かってくれば?」
 そう言った瞬間だった、また手元にあるタンブラーを投げつける。
 理香が息を飲んだ瞬間には男は少女に向かって突進していた。
 この男は少なくとも喧嘩慣れはしている。卑怯極まりないが乱戦の極意を身体で会得しているのである。
 次の瞬間、誰しも予想し得ない光景がそこにあった。
 ドシン!という鈍い音と共に男のほうが床に転がっていた。
「・・・!?!?!」
 ひょい、と男から離れて理香の方に走ってくる少女。
「たいしたこと無いね。もう帰れば?」
 どうやら床に転がっている男は、この少女がやったことらしい。少し遅れてギャラリーがそのことを理解した。
「テ、テメエっ!」
 再び突進してくる男。
 懇親の力を込めた蹴りだったが、気が付いたら少女はその足を掴み、持ち上げていた。
 右足を持ち上げられた男は、当然バランスを崩すのだが、不安定なその左足を少女が払い、前方に倒す。
「・・・っ!?」
 気が付いたら男はまた背中をしたたかに床に打ち付けていた。






連載第20回(2002.10.10.)
 訳が分からなかった。
 理解出来たのは、あのド派手な衣装を着た少女に2度までも投げ飛ばされたことだった。
 また、ひょいと理香の方に逃げてくる少女。
「ふう・・・この技は初めてだったけど・・・上手く決まったわ」
 ゆっくりと起き上がる男。
「この野郎・・・」
「“野郎”じゃないもん!」
 男の目はぎらぎらと殺意に燃えていた。
 少女は怯える理香をかばうように立ちはだかっている。
 ・・・何だ?ボディガードの積りか?
 怒りが湧き上がってきた。
 爆発しそうだった。
 カウンターに手をついて起き上がる男。
「もうそろそろ足に来てるはずよ。観念しなさい!」
 またポーズを決めながら言う少女。どうにも芝居がかっている。
「・・・?」
 そこに何か小さな荷物があるのを発見した。
「ああっ!あたしの荷物!」
 少女が慌てて叫ぶ。
「へへへ・・・こりゃいいもん見つけたぜ・・・」
 中身をあさる男。
「ちょ、ちょっと!やめてよね!」
 構わず物色を続ける男。
「・・・いいもん持ってるじゃねえか」
 そう言って男はそれを取り出した。
 店内の雰囲気が息を呑むのが分かった。
 それはオートマチック・ピストルだった。