おかしなふたり 連載241〜250

第241回(2003.5.14.)
 
恭子がなにやらこちらをちらちらと見ている。心なしかちょっと頬を赤らめているみたいに、聡(さとり)には見えた。

 うーん、きょーこちゃん相変わらず可愛いなあ。
 いつもの様に聡(さとり)はにこにこである。
 どうも、今の立場をイマイチ実感していない様子だった。今のこの妹は、男の子になって男子の制服に身を包んでいるのである。
 つまり、兄の姿になっているのだ。
 椅子に座っている自分のお尻をちらちらと見る。
 うーん、学校の椅子にズボンで座るのって初めてだけどこれは座りごこちがいいなー。
 女の子は椅子に座る時には、もう無意識のうちにスカートのお尻の部分を上からするりと下の方に向かって撫で付けてスカートを整えながら座る。特に聡(さとり)たちが通っている高校の様に短いスカートでは尚更である。
 もしも男がこれをやってしまうとそれだけで覿面に女々しい仕草になってしまう所なのだが、そこは恐いものなしの聡(さとり)である。“郷に入りては郷に従え”とばかりに、そのままどすん、と腰を下ろしていた。


第242回(2003.5.15.)
 
よく「女の子はズボンを履いてもおかしくないけど男がスカートを履いたらおかしい。これは不公平(?)だ」と言った言い方があるが、別に女子にとってもスカートがズボンのそのまま代わりになる訳では無い。女にとってもスカートはスカートなのである。当たり前だ。
 聡(さとり)はその性格通り、細かいことに頓着する方では無い。決してファッションにまるきり無関心では無いのだが、その日の私服は別にスカートでもパンツルックでもどっちでもいーかー、と思っていた。
 しかしこうして“学校で長ズボン”という初体験・・・まあ、しょっちゅうジャージで体験してるけど・・・をして見るとこれも悪くないなーと思った。
 男性がどれくらい気が付いているか分からないが、スカート・・・それも現在の女子高生が履いている様なミニスカートというのは無意識に自らの行動に制限を掛ける。
 一応「下着が見えてはいけない」と思うのでそれほど無茶は出来ない。制服姿で“体育座り”をするだけで“丸見え”になってしまうのである。
 あまり本を読まない聡(さとり)には知る由も無かったが、主人公がある日突然性転換してしまい、以降女性として過ごすことになる不思議な小説、ヴァージニア・ウルフの『オーランドー』には「スカートは長く身につけていると自然と女性的な仕草が身に付いて来る」といった記述がある。
 その点、ズボンならどんなデタラメな姿勢を取った所で“絶対に”下着が丸見えになることは無い。うーん、こりゃ楽だー。お兄ちゃんたちったら不公平だなあ!ぷんぷん!
 よーし、じゃあ今夜もマイクロミニのスカート姿にしてあげよう!
 ・・・などと邪悪な思惑を巡らせる聡(さとり)であった。


第243回(2003.5.16.)

 
うーん、どんな姿がいいかなー。都内の有名女子高やら可愛い学校の制服はあらかた着せちゃったしなー。高校のみならず一部のミッション系の中学の制服まで着せたし・・・お兄ちゃんごめんね。
 でも女の子になったお兄ちゃん可愛いからなー。この間のウェディングドレス姿のお化粧した姿も綺麗だったし・・・もう死角無しだね!
 ・・・まあ、何の死角なんだか分からないが。


第244回(2003.5.17.)

 という訳で根っからの“可愛いもの好き”の聡(さとり)はこの能力に気付いてから「今度はお兄ちゃんをどんな可愛い格好にしてあげようかな〜」と常に考えている。
 だから幸せそうなその笑顔が尚更恵比須顔になっているのだった。
 その爽やかな笑顔が先輩後輩、男女の別無く人気の秘密の一端なのだが・・・、その思惑は天使というよりは悪魔に近いものだった。
 勿論、本人には悪意は無いが。


第245回(2003.5.18.)

「歩(あゆみ)ちゃん、何かいいことあったの?」
 恭子が声を掛けてきた。
 これまでは照れているのかドギマギしていた歩(あゆみ)が何だか人が変わった様にニコニコなのである。恭子ならずとも気になるところである。
 少し間があった。
「・・・ん?」
 きょとん、としている歩(あゆみ)。
「あ、!あーあー!うん。そうね。うん」
 何だか挙動不審みたいである。
 びっくりした。
 当然のことだが、聡(さとり)は兄の名前で呼ばれることに慣れていなかったのだ。


第246回(2003.5.19.)

 でも、そのきょろきょろした瞳がいつもよりもくりくりに見えて、男の子に対する感想としては少し不自然だけども、実に可愛らしかった。
「・・・そう・・・なんだ」
 少し戸惑ったものの、恭子は話を続ける。
「何があったの?」
「そりゃーきょーこちゃんとまた会えた事だよ!決まってるじゃん!」
 思いっきり周囲に聞こえる様な声で言い放ってしまった!
「・・・?」
 にこにこ笑っている聡(さとり)・・・と言ったって今はモロに歩(あゆみ)の姿なんだが・・・とは対照的に、告白と殆ど代わらないこの大胆発言に教室の注目が集まったのだった。


第247回(2003.5.20.)

「ちょ、ちょっと!」
 と小さな声でたしなめる恭子。真っ赤になって照れている。
 周囲は「ひゅーひゅー!」などとは言わないものの、何となく盛り上がる。女の子など、なんとも嬉しそうにこちらを見物している。
 女子高生くらいの小娘はやっぱり他人の色恋沙汰が好きなのである。時にはやっかみもあるが、好感度の高い歩(あゆみ)と、そして転校してきたばかりとは言え人当たりのいい恭子である。何となく応援したくなるいいカップルだった。
 ・・・勿論、その歩(あゆみ)の中身が妹と入れ替わっていることなどみんな知る由も無いのだが。
「ん?何で?」
 相変わらず罪の無い笑顔の聡(見かけは歩)。
 「何で?」って言われても・・・。恭子は余りに大胆不敵な幼馴染に戸惑っていた。
「いやー、きょうこちゃん照れちゃって可愛いなあ!」
 ・・・これがクラスのみんなにもお馴染みの「可愛い妹」の発言だったなら笑って済ませてもらえたのだろうが、もう“駄目押し”みたいなものだった!


第248回(2003.5.21.)

 
かなり長いこと逡巡していた。
 しかし、入るしか無かったのである。
 清水の舞台から飛び降りる、何て言うけどもこれはまだ実感がある段階であると思う。
 要するに物理的に「高い」ということが分かっているのだから、飛び降りた結果も予想が出来ようというものだ。
 だがこれが「ブラックホールに飛び込む積り」と言われても誰もイメージ出来ないだろう。一流の物理学者なら理解出来るのかもしれないが。
 歩(あゆみ)にとってはまさにそういう感じだった。
 何がって?
 言うまでも無い。
 身体を女子高生にされ、いつも妹やクラスメートが着ている女子の制服を着せられ、しかも服の中でだらしなくもホックの外れたブラジャーを抱いたまま、女子トイレの個室に飛び込んで、上半身の制服を脱いでブラジャーを付け直すという体験である!
 ・・・ヤケクソになるしかなかった。


第249回(2003.5.22.)

 えーと、あれって小学生の頃だったっけな・・・。
 あの頃は妹の聡(さとり)も・・・今とあんまり変わらんな・・・ってそんなことじゃなくて!
 他愛ない遊びだけども、男子の間で「忍者クラブ」なんてものが結成された事があった。クラスの中でもイタズラ好きの悪がきどもが率先して作っていた集団だ。
 馬鹿馬鹿しいんだけど、まだまだ小さな子供であった歩(あゆみ)はその集団に加入した。
 ところがいきなりやらされたのが「女子トイレに入ってすぐに出る」という「忍者修行」だった。
 ・・・まあ、そういうレベルの遊びだった訳だ。いかにもマセた小学生である。いや、それ以前かも知れない。
 アホらしさと恥ずかしさですぐに脱退させてもらったけど・・・まさかあの時にやった「女子トイレに飛び込む」ということをこんな年になってやらされることになるとは思わなかった。
 しかも本物の女になって・・・。
 相変わらずスカートが寂しい。7月の陽気でかいた汗がひんやりし、そしてムシムシする。
 でももう行くしか無かった。
 もうお昼休みが終わってしまう。
 歩(あゆみ)は思い切ってドアを開けた!


第250回(2003.5.23.)

 男というのはどうにも女子トイレの中という空間に関して過剰な期待を抱きがちだ。いや、“期待”というのともちょっと違うのだろうが、ともあれまあまず入れない空間だと思うが故に歪んだ偏見がある。
 歩(あゆみ)も、一体目の前に何が広がっているやらおっかなびっくりだった。
「・・・」
 水を流す音がした。
 目の前で女子が手を洗っている。
 びくっとした。
 これから出るところだった女子がすたすたとこちらに歩いてくる。
「・・・っ!」
 しかし、特に歩(あゆみ)の方を注目することも無くすれ違って今開けたばかりのドアを通って出て行ってしまう。
 ・・・考えてみれば当たり前だ。
 
今の歩(あゆみ)もまたどこから見ても立派な女子高生なのだから注目も何もされるはずがない。
 結構人が多いんだな・・・。
 休み時間なんだから当たり前なんだけど、歩(あゆみ)はそんな事を考えていた。