スヌーピーの思い出 第5章


2月のある日、小雪がちらつく中を彼女の葬儀が行われた。
どんよりと曇った空の下、彼女の棺は親戚の人たちに担がれて運ばれて行く。私の心は空っぽだった。
お葬式にはクラスメート全員と担任の先生、仲がよかった他のクラスの生徒、彼女に片思いしていた2年生の先輩たち、 中学時代のお友達と、たくさんの人が弔問に来て、人気者だった彼女の生前の姿を思い出させるものだった。 ウッドストックは・・・当然来ていた。病院で会った彼のグループのメンバーに囲まれて、彼は顔を上げずに立っていた。 片思いに終わった先輩の中には、明らかに泣いている事がわかる人もいた。

彼女は悪性の病気だった。
脚を切ると聞いた段階で、私たちも彼女の病気が普通のものじゃないと理解していたけど、手術したら元気になると信じて疑わなかったので、 あまりに突然の訃報にしばらくは何が何だかわからないでいた。
私たちが最後にお見舞いに行ってから、1ヶ月も経たないうちに彼女は逝ってしまった。 彼女の死によって私は始めて骨肉腫という病名を知ったのだけど、半年前まではあんなに元気だった彼女がこうも呆気なく逝ってしまった という事実は簡単には受け入れられないでいた。 彼女が死んでしまった現実に直面して、悲しみ以上に混乱している私だった。周りのお友達は皆咽び泣いていた。 私もたぶん涙を流していたと思う。でも泣いていた事を自覚するしっかりした神経も麻痺しているのじゃないか?と 思うほどに呆然と参列していたと思う。

お葬式が終わって、しばらくしてから仲良しグループ4人で彼女のお墓にお参りに行った。
お墓の前で、彼女と一番仲良しだった子が、 泣きながら学校の事やウッドストックの事を話し始めた。 私は何一つ話せず、ただただその語りを聞いているだけだった。
彼女は私の心に大きな塊になって存在していた。その塊は飲み込もうとしても途中でひっかかって その都度私に彼女を思い出させるもの・・・忘れられない思い出に他ならなかった。 彼女は最後まで安らかな顔で私に微笑んでいたし、私は彼女を愛しいと思いながら妬んでいた自分に 罪悪感を感じながら彼女を見つめているのだった。 漠然と、私は彼女との思い出を一生背負って行くのだと感じていた。

そんな鬱々とした日々を過ごしているある日、突然彼女のお母さんが私の家を訪れた。 私は学校へ行っていたので留守だったのだが、彼女のお母さんは私にと、彼女の遺品の一つを分けに 来たらしかった。
それはスヌーピーのバスタオルだった。
私の母は、そのバスタオルを使って欲しくないというような事を遠まわしに言ってきた。 自分の娘と同じ歳の女の子があのような形で死んでしまったので、母は異常に神経質になっていたのだと 思う。そのバスタオルは縁起が悪いと文句を言った。
涙がポロポロ零れ落ちた。自分でもどうしてしまったのか?と思うほどの剣幕で母親に対して言葉を切った。
「このバスタオルはずっと使うんだから・・・お母さんが文句言っても使うからね。」
ヒステリックな私の心の叫びを感じたのか、母もそれ以上は何も言わなかった。 このバスタオルはこれから私が背負う十字架のような気がした。これから先私はこれを使う事によって 彼女が生き抜けなかった日々を生きていこうと思った。

月日が経ち、私は高校を卒業した。
卒業式の日、彼女の名前は当然呼ばれなかったし、卒業名簿にも載らなかった。 彼女の存在が高校の記録から完全に消えている事実が悲しかった。
大学生、社会人と人生を歩みながら私はバスタオルを使い続けた。何百回も洗われてスヌーピーや ウッドストックの絵は殆ど判別できないほどの古いタオルになっていた。
そしてある日そのタオルに決別する日が来た。
彼女に経験させてあげたかった楽しい事を代わりに私が十分に経験したと判断したある日、 私は自分の気持ちに区切りをつけ、タオルを処分した。
いっぱいがんばったよね・・・
いっぱい楽しかったよね・・・
いっぱい恋もしたよね・・・
もういいよね・・・私たちお別れしてもいいよね・・・
そんな思いで、私は彼女にさよならした。
それが私の新しい旅立ちだったのだが、それでも時々彼女を思い出す。
スヌーピーやキティの商品を何気なく目にしたとき、 空がどんよりとした雪模様のとき、 彼女は静かに私の心に入り込む。

そんなときは、空から降りてきた彼女に、がんばって生きているよと言っている自分がいる。
目には見えない彼女が優しく微笑んでくれているような気がして、思い出も温かいものだなと 感じる瞬間・・・。今では心地よいものになっている彼女の思い出・・・。


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