失ったもの

私は20歳で失いました・・・あなたはまだですか?

あの日、私はいつものように体育館で弱小クラブの練習中でした。
体育館内をランニングしていると、突然下腹部に痛みが・・・。
お昼に食べた学食が悪かったのかしら?
最近バカ食いしてたから、詰まってるのかしら?
痛みを我慢しながら走っていると、だんだん吐き気が・・・。

「先輩、ちょっと気持ち悪いです。」
「ナギちゃん!もうちょっとがんばりぃ!」
「でも、吐きそうで・・・。」
「もう、しゃあないなぁ。ちょっとこの子誰か見てやって。」

しぱらく体育館の隅で休んでいましたが、痛みは治まりません。
キャラ先輩に付き添ってもらって医務室へ・・・。
ベットに寝かされて、先生に痛む箇所を触診してもらうと、
「これ・・・もしかしたら盲腸かも?」
「えっ?先生、そんなにキリキリ痛くないですよ。」
「でもねぇ、場所がね・・・。ローズ病院で見てもらったら?」

ローズ病院は、私の大学の隣に位置する総合病院なのでした。
医務室から電話を入れてもらい、私はローズ病院へ転送されました。
採血や、触診、一通りの内科診察を終えると、
「ああ、これは盲腸やね。」
「そんな・・・痛くてたまらない事ないですけど?」
「慢性に近いからね。血見ればすぐわかるから。白血球がめちゃくちゃ多いわ。」
「切るんですか?」
「切らな、しゃあないやろ。」

その時私の脳裏を過ぎったのは、来週の火曜の試験でした。
大学の前期試験は一通り終わっていたのですが、
火曜の歴史学だけは先生の都合で試験が延びていたのです。
「先生、火曜日試験なんですが、なんとかならないですか?」
「そんな大事な試験やの?」
「はい・・・単位が・・・。」
「じゃあ、炎症を散らす注射打っとくから、試験終わったらすぐ切りに来てな。」

入院当日、つまり試験当日、
私は入院グッズ一式詰めた大きなバッグを机の横にドシッと置き、試験開始を待ちました。
隣の席のスレッガー君が不思議そうな目で、
「ごっついかばんやなぁ。どうしたん?」
「あっ、これね。私試験終わったら入院だから。」
「!!!」
スレッガー君のキョトンとキツネに摘まれたような表情、今でも忘れられません。

盲腸の手術は局部麻酔でした。
臀部あたりの脊髄に太い麻酔注射の針が入ると、
「ぐはっ!」
と、私の体はエビゾリに。
もちろん毛の処理もしたわけですが、
私は自分が女性でよかったと思いました。
看護婦さんが同性なので、不思議と恥ずかしくなかったのです。

局部麻酔は、文字通り部分的に麻酔が効いているので、
目はバッチリ開いているし、
かすかな物音も聞こえるし、
脳内はギンギンに覚醒してました。
ただ、下半身だけが鈍く重い感覚なのです。
手術が進むにつれ、困ったことがおきました。

私の歯がカチカチとすごい勢いで震えだし、
自分の意思では止める事ができなくなったのです。
恐怖で歯が震えるとは、この事なのだと初めて知りました。
その震えがどうしようもなく私をイライラさせ、
叫びたくなる衝動を押さえられないのです。

「すいません・・・歯が震えちゃって・・・。」
手術中に会話ができるのが局部麻酔の醍醐味でしょうか?
いえ、全身麻酔なら震えの苛立ちも起きないのですがね。
「はい!」
立会いの看護婦さんは、いきなり私の口の中にガーゼを投入しました。
「これ噛んでれば大丈夫だから。」
「ウウッ・・・。」
私はまるで猛犬のように唸ってガーゼをひたすら噛み続けました。

盲腸なんて手術の内に入らないと、軽く考えていたのですが、
術後1日は高熱も出るし、点滴もされてるし、トイレも行けません。
部屋でウンウン熱で苦しんでいると、
両親が今頃になって現れました。
「あんたの盲腸ねぇ、さっき見せてもらったけどウンチがパンパンに詰まってたわ!」
これが、乙女に向かって言う言葉かしら・・・。
私はマトモに答える気力もなかったので、
「うん、うん。」
と言っただけで、目を閉じていました。

1週間で退院して、暫くしてから抜糸です。
手術の傷跡を見て、お医者さんは、
「あれ?君ケロイドやったんか!」
ケロイド?なにそれ?カエルみたいな肌?
「ケロイド体質はなぁ、傷がこんな感じにミミズ腫れになるんや。」
「これ、だんだん治るんじゃないんですか?」
「可哀想な事したなぁ。まだお嫁入り前やのに。」
「・・・・・・・。」
「前もってわかっとれば、それなりの縫い方したんやけどなぁ。」

その事実を聞いて私は、 自分がキズ物になってしまった気持ちでいっぱいになり、涙がポロポロ零れました。
こんな体、男の人に見せられない・・・。 スッポンポンになれない・・・。

思えばあの頃は私も純情だったのだなぁと、
今となっては懐かしく思います。




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