「金春屋ゴメス」 西條奈加 ★★★☆
---新潮社・05年、ファンタジーノベル大賞---

20xx年、先端技術に逆行した鎖国地域「江戸」が日本に存在していた。驚異的な倍率を抜けて
辰次郎は江戸へ入国が決まり、長崎奉行出張所で勤めることになる。江戸で流行る「鬼赤痢」という病の
解明を命じられる。辰次郎は江戸で生まれ、日本へ逃れ唯一「鬼赤痢」から生き延びた人間だった。

設定が面白いですね。一度出たら基本的に再入国できないから本当に鎖国状態。そこにやってくる
日本に住む辰次郎や、時代劇マニアの松吉、ゴメスと恐れられる親分など登場人物はインパクトが
強くて愉快。相手が病原体である点も設定の上手さ。過去の話を交えたり各人の思惑が行き交ったり
というミステリーの基本をおさえる工夫をしてる点は○なんだろうけど、辰二郎が記憶を取り戻さない限り
話が進まないのは窮屈だし、結局のところ都合よくポンポン思い出す強引さで乗り切っちゃってたね(笑)
あとそこまで現代と江戸とのギャップが描かれずに「一風変わった時代小説」どまりなのが残念でした。
設定がすごいので、もっと現代と江戸を絡めてファンタジーノベル大賞に相応しいなと思える跳躍を
してほしかった(←偉そうな物言いで悪いけど)。設定・キャラは面白いのに全体振り返ると地味かなぁ。
「銀輪の覇者」 斎藤純 ★★★★☆
---早川書房・04年、このミス5位---

昭和の初め、自転車で本州縦断する大日本サイクルレースが行われた。海外チーム、失業者、
出稼ぎ、様々な想いを持った選手達が失踪する。個人参加をしていた響木は、使えそうなメンバーを
集めてチーム参加への移行を申し出る。響木の指揮もあり即席チームは台風の目となる。

我が愛読漫画に「ジョジョの奇妙な冒険」というのがある。その第七部が「スティールボールラン」といい
これは19世紀末のアメリカを馬一頭のみで横断するというレースが舞台なのであるが、本書はそれの
自転車版in Japanだと思っていただきたい。大会開催や運営にあたっては政府や軍が関わっていたり
選手は選手で身元を隠している者もいるし、因縁を持つ者同士もいる。レースのかたわら各人の背景で
賑わせてくれるが、やはりおもしろいのは自転車レースの駆け引きや苦楽という部分なのである。
そもそも現代のようなタイヤの細い自転車ですらなく、新聞配達に使うような荷台がくっついた実用車で
服装もワイシャツやらニッカボッカという無骨な連中なのだが、それがチームを組んで走れば見事な
レースになるのだ。噺家っぽい越前屋や恐ろしくスタミナのある巨体の望月など個性的だから
余計におもしろい。あえて風除けになる選手がいたり、飛ばしてペースを乱したり、技術を吸収して
どんどんと一つになっていくさまが楽しい。謎だった選手の素性も因縁も軍やスポンサーも妨害行為も
最後の峠で必死こいて登る選手の前では消えてなくなってしまうのだ。何もなくとも喜びのために
走るのだ。熱い熱い自転車馬鹿だっ。近藤史恵「サクリファイス」と合わせてオススメ。
「死亡推定時刻」 朔立木 ★★★★
---光文社・04年---

会社社長宅の一人娘が誘拐され身代金の要求があった。しかし警察が犯人の指示に背き、一人娘は
遺体となって発見された。犯人が殺害したのは受け渡し失敗前か後か、警察を信用しない父親に対し
警察も死亡推定時刻改竄を考える。正義・打算・恐怖、多くの思考が真実とは違う結果を招いていく。

実際に起こった冤罪事件を順繰りに追っているような筆致である。フィクションとして楽しめない恐ろしさが
この本にはあった。実際もそうだろうが、大悪党がでてきて権力を振りかざし一人の人間を冤罪に陥れる
わけではないのである。窃盗犯が気弱であるためつい脅されて返事をしてしまう取調べも問題であるが
まったく離れたところで作られるのだ。被害者の母は罪悪感で、父は怒りで、ある警察官は保身のためで
ある刑事は正義感のため、一本一本は細い糸でも結果として運悪く誰かの人生を終わらせる太い縄になる。
また恐ろしいのは弁護士や裁判官次第で裁判が全く違うこと。抗えないまま堕ちていく青年が哀れで
ならなかった。第二部に入り青年の裁判や証拠に不審を覚えた人情弁護士が活躍するので痛快であるが、
現実にはこんな人間ばかりではないのである。第一部で描かれた捜査や裁判ほどひどくはないだろうが
ある日突然運次第でありうる落し穴を深部まで見せられたような感覚を覚えた。作者もあとがきで
触れているがこの冤罪青年も何も知らない第三者が見れば怪しいのである、証拠もあるし。
裁くことや真実を決定するとことはかくも難しきことだと伝える優れた小説だと思った。
「命の終わりを決めるとき」 朔立木 ★★★
---光文社・05年---

折井綾乃は十五年来受け持った喘息患者、江木から最期を迎える時を決めてくれと頼まれた。
今までの闘病で、苦しい時は意思表示ができぬと悟った江木からの頼み。励ましていた綾乃だが
その時はやってきた。家族を呼び命の終わらせた。しかし三年後に殺人の罪で検察へ呼ばれる。

検察での調べと事件当時の回想がメインとなる。喘息とはいえ、症状が重くなると死に繋がるし
想像を絶する苦しみが幾度も訪れる。それを読まされると綾乃医師でなくとも同情を覚えるだろう。
駆け引きを考える検察も小癪な感じだし、つい綾乃に肩入れしたくもなるが、本書では同時に
江木の息子が納得してないことや延命措置を解除した時の綾乃の行動のまずさなど脇の甘さも
描いている。客観的に見れば確かに納得しにくいかもしれない。患者や患者の家族との「信頼」は
目に見えないだけに難しいとも思った。「よっくんは今」も同時収録。自分の感性のままに恋人を
殺した女性が警察で取調べを受ける話。心情描写が中心だがこちらは自暴自棄で勝手な理屈
なので理解はできない。でも取り調べの警察も嫌な感じでセクハラしてくるのはちょっと同情。
ただ二編とも薄い。淡白なんだろうな。↑の「死亡推定時刻」は群像劇として恐ろしく思えたが
心情をメインとして語るにしては、何かもっと人間とは考えてるんじゃないかなぁと物足りなく思う。
「少女には向かない職業」 桜庭一樹 ★★★
---東京創元社・05年、このミス20位---

荒れる義父に悩む大西葵は、ゴスロリ系の変わり者・宮之下静香と出会い「絶対見つからない
人の殺し方、教えてあげようか」と言われ殺人者の道へと進んでしまう。一つの事件が起こった後、
静香は「あたしにも殺したい人がいるの。今度は葵があたしを手伝う番だからね」と言った。

少女の語りを柱として進む物語なので、軽妙に進む。子供もいろいろと大変で、だけど親達には
子供扱いされて、でも実際親から見ればまだ子供で…そんな思春期の感じはうまいと思う。たぶん。
男子と仲良くしてて誤解からグループ内で微妙な関係になったり、誰かに打ち明けようと思いつつ
できなかったり…そんな心情が読みどころなんだと思った。微妙な年齢の子供による犯罪なので
心情や背景などを鑑みても重くなりがちな内容だけれども、中学生の日常を中心に描いているのと
キャラの濃さで軽く読めるが、逆に言うと人を殺してるわりに軽すぎて感ずるところが希薄に思えた。
展開の意外性も小説の起伏として少々程度。読みやすいけど心に残らない。葵のゲーム好きや
ゲーム友達の田中、静香の服の趣味もあんまり意味無かったような…。あと内容とは関係ないけど
「暴力の衝動」って書いてバトルモードなんてルビはやめてほしいな。読んでて恥ずかしいわ。
「赤朽葉家の伝説」 桜庭一樹 ★★★★
---東京創元社・06年、このミス2位、文春4位、推理作家協会賞---

未来が見える“千里眼”能力のあった万葉は、ひょんなことから製鉄業を営む赤朽葉家に嫁ぎ
威光を放った。その娘毛毬は暴走族としてのし上がった後に、少女漫画家として大成する。
そして特に特徴のない現在の私。時代の流れや血筋に翻弄された女三代の物語。

ユニークで懐の深い人物造形がとても魅力の作品だった。子供に鞄とか孤独とか名付ける
まるまる太った大奥様が廊下を走り、寝取ることのみ執着する妾腹の子・百夜がふすまの陰から
顔を出す。赤朽葉家の情景が思い浮かぶようだった。第三部まで続く“下の黒”こと黒菱造船の
ミドリとの腐れ縁も素敵だ。さらに身近な人の最期までわかる千里眼が物語を膨らませているし、
万葉の子・毛毬が妾腹の子・百夜が見えないという設定もまた面白い。昭和が終わりに近づくにつれ
職人である豊寿が力を無くしていったりオイルショックがあったり赤朽葉家周辺が時代とともに
変わる様子も良い。この一族がどうなるのか、という興味だけで引っ張られる牽引力は大したもの。
実を言うともっと長く細かく書いて欲しかったくらい。現在の第三部に入り万葉が何か事件に
関わっていたのでは?という内容になっていき急にただのミステリーみたくなったので
あの素敵な伝説はどこへ?とガッカリしたのが残念。「個」より「家」の強さを感じる万葉の
時代が一番好みだった。自分にとってはもはや昔と呼べるほど時代が違うからかも。
「私の男」 桜庭一樹 ★★★★+
---文藝春秋・07年、直木賞、本屋大賞9位---

災害で家族を失い養父に育てられてきた花は結婚することになった。十六しか年の違わない
養父・淳悟との誰にも言えない深い絆。そこには過去の因縁があった。それぞれの家族と
生まれ育った北の町。心の欠損。殺人と死体。誰にもわからない二人の世界を描く長編作。

花が結婚した点から物語は逆行していく。二人の関係の原点にあるものが何なのかが
少しずつわかってくる構成だ。ぼんやりして自分を出さない花と、結婚式だろうと常にだらけた
感じで立っているちょっと怖い風情の淳悟、二人の独特の雰囲気が読み手に感じられるので
巻き込まれそう。花がデートして帰ってきても淳悟がずっと外で待ってたり親子とは思えない
奇妙な関係は理解できないのだけど、相手以外は興味ないような世捨て人みたいなところの
描き方に凄みがあって良かった。物語自体は静かに進むんですけどね。次第に明らかになる
事実に狂気じみた気配を見てしまうのだけど、それらが互いに向き合ってカチッと丸く収まってる。
だから、理解はしないけど、悪くない、と少し思えた。でもこうやって収まってしまうと、離れた時に
どうなるのか。物語の先が気になってしまった。過去に縛られた人間と北の町の情景、そして
「おとうさぁん」とか「決めたんだヨオ…」とか残るセリフの表現に気を使っててグー。シブ知(8・8)
「うたう警官」 佐々木譲 ★★★★
---角川春樹事務所・04年、このミス10位---

マンションの一室で女性の死体が見つかった。場所は警察関連のマンション、被害者は婦警であった。
そして被害者と付き合いのあった男こそ、警察の腐敗を証言する可能性を持った津久井であった。
射殺もやむなしという抹殺とも取れる指令が出る中、無実を信じる警官達が独自のチームを結成する。

非常にスピード感のある警察小説だった。津久井に証言させるため翌日まで匿う必要があるタイム
リミットや、警察でありながら警察から隠れて捜査を行う点、そしてチーム内部にも情報を流す人間が
いそうな展開など読者を緊迫感から解き放ってくれない。何より組織より自分の信じることをやろうとする
ハードボイルドな男気が熱いですね。不正や保身に躍起になる警察官僚と、そんなの関係ねえ!って
自分の道を行く一刑事の闘いって流行というか、定番なのかもしれないですね。とにかくサスペンスフルに
疾走する一日の闘いはよくできたドラマであった。そしてスパイを罠にはめる展開が会心だ。携帯電話で
仲間各人に連絡を取り合う陽動作戦は手に汗握る。司令塔の佐伯の携帯使用率はナンバー1だ。
実際に考えれば設定が強引、証言されるからって警官の射殺はないだろう。嫌疑をかけられるのも
ドラマ的だが、読者心を掴むツボを押さえててうまい。警察小説やサスペンスが好きならオススメです。
ただ一つ、個性として書いてるんだろうけど一人の刑事のダジャレ好きはやめてほしい。つまんないし。
「制服捜査」 佐々木譲 ★★★☆
---新潮社・06年、このミス2位---

道警の事情により刑事畑から小さな町の駐在へと配置換えになった川久保。
有力者達が幅を利かせる町で、まだ勝手のわからない川久保だが情報を収集しながら
揉め事を抑えていく。本当に必要なのは町を知ることなのだと理解していく。

殺人や行方知れずや放火といろいろあるんだけども、駐在さんは捜査をするわけではないので
駐在としていろいろと知っておく必要があるので独自に情報を収集するだけ。情報を集めてても
川久保がまだヨソモノ扱いで万全の信頼を得ていないのがわかる。町民が口を噤むこともあり
有力者が口を挟むことあり。それでも冷静に判断を下す川久保、それが読者としては物足りない。
臭いものにフタ気質にもっと憤慨したりしてほしいというか…。この中では最後の「仮装祭」は
良かった。夏祭り中に起こった女児失踪事件から十三年、復活した夏祭りでまた同じことが起こる。
当時の駐在さんと川久保と失踪した女児の母親らを巻き込んだ緊迫感が良い。犯人の正体や
行動を予測するにあたり、町や住民からどれだけ信頼を出せるかというもう一つの構造がミソか。
ただね…全体通して地味だねぇ。華がない。よく言えばシブイのかな。横山秀夫の警察小説
っぽいんだけども人間や刑事としてのプライドをかけたドラマって感じがないので何か地味だ。
警察小説好きがこうだし嫌いな人ならなお地味にうつるかもしんない。
「警官の血」 佐々木譲 ★★★★+
---新潮社・07年、このミス1位、文春3位---

戦後の大量採用で警察官となるが、不審な事件を気にかけていたうち鉄道に転落死してしまう安城清二。
その息子民雄も警察官となり、公安として過激派に潜入する命を遂行するも心を病んでしまう。父の跡を受け
駐在警官となり父の死を調べていたが事件に巻き込まれ命を落とす。そして三代目…和也も警察官になった。
疑惑の捜査官をマークする命もこなした和也は、後に父と祖父の死の真相を知ることになる。

警察小説好きにはたまらんですね。戦後直後や全共闘時代、現代を通して民衆の雰囲気や感情、
組織に生きる警官の変容が伝わってきておもしろい。人の良さを利用する泣きバイという詐欺があったり
男娼がいたり…でも駐在さんと呼ばれて地域に根付いた警察官って今の時代にないカッコ良さがあるなと思う。
二代目以降は血筋のせいで潜入捜査に近いことをさせられて大変、過激派に潜入してバレないように
神経使ったり、現代では暴力団に通じて情報を得る代わりに大金を扱うことを黙認されるような捜査官に
ついたりと時代が変われば警察の仕事も変わる。血筋で評価される反面、就きたい立場を目指す上では
組織の中で立ち回らなくてはいけないし、キツいですね。多大な緊張とストレスで手に汗握る下巻からは
ぶっ通しで読めました。世代別にまったく異なる世界で異なる警官の任務を感じられてよかった。
三人とも一生かけて警察の一部しか知れないし翻弄されていく。正義の所在に迷うような人間の
巨大組織・警察の奥深さが存分に味わえた。難点は祖父の死。引っ張ってミステリっぽい見せ方を
してるけど効果的じゃないし、潜入捜査などには関係がないし無理に話を作ってる感じがした。
個人的に言えば濃密に警察三代を描くだけで満足だったんだけどな。でも警察物好きにはオススメ!
「警官の紋章」 佐々木譲 ★★★
---角川春樹事務所・08年---

洞爺湖サミットを控えて北海道警察は警備に余念が無い。小島百合はテロ予告を受けている
女性大臣のSPを任されることに。そんな時に一人の警官が勤務中に失踪。彼は警察内部の裁判の
証言前日に死を遂げた警官の息子だった。津久井は行方を追うが足取りはつかめず目的も不明…。

「うたう警官」シリーズ。あの作品で活躍した津久井と小島と佐伯の三者の視点で物語が進む。
といっても最後のほうしか絡まないけど。佐伯は過去に自分で扱った事件に道警の不正を感じて
調査、小島は警備の準備、津久井は失踪警官の狙いと追跡を開始。それが終盤の大舞台での
要人への襲撃という形で一同に会して「うたう」の時のような派手な展開であった。しかしそれまでは
調査ばかりで盛り上がりにかけた。過去の事件の上司は何という役職の誰それで現在はどこ署の
何という役職で…ってのを追うのが面倒で進まない。失踪警官の襲撃も動機も、出世を考える幼稚な
官僚像も何だかすべてが一時間ドラマ向けのテケトーなやっつけ感満載なのであった。地味な
展開ならシブい人情ドラマが欲しいし、荒唐無稽なら息をもつかせぬ展開が欲しい…。ちょっと
イマイチだった。本書のみでも楽しめる作りになっているけれども「うたう警官」の筋もどんどん
振り返るので先に読むべきかな。どう考えてもあっちのほうが面白いし。バカサス(5・4)
「越境捜査」 笹本稜平 ★★★★
---双葉社・07年---

詐欺事件の被疑者が殺され12億円が消えた14年前の事件を捜査することになった鷺沼だが
行方を知っているらしい上からの妨害あり、12億を横からかっさらおうとする刑事ありの
探りあいになる。裏金として消えたらしい12億の行方は?最後に手にするのは一体誰か。

ヤクザやら正義感の刑事やら悪徳刑事やら警察の上のほうの派閥争いやらで、いろんな
思惑が乱れる派手な内容。腐敗した警察を舞台にした活劇なので、リアルというよりは荒唐無稽な
娯楽に近いかな。暗殺未遂や襲撃などで強烈キャラが跋扈しておりました。どの情報を
信じて良いのか腹に一物持つ者達の話なので整理しながら読むので少々重たいかもしんない。
でも前編緊張感あって面白い。男臭いハードボイルドの様相だけどコミカルな登場人物に
引っ張られた感じ。律儀なヤクザやその手下やまだ若い後輩刑事ら脇役の活躍が楽しい。
誰が味方になるのか、誰が殺したのか、金を持っているのか、いろんな箇所に見所があった。
「アンダーリポート」 佐藤正午 ★★★
---集英社・07年---

十五年前まで隣人だった村里家の娘ちあきが訪問してきた。ちあきのある疑問から紐解くことになった
十五年前の事件の記憶。詳細に書かれた自分の日記から少しずつ当時の事件の姿を想像していく。
DVを受けていたと思しき村里家の妻と女性の影、あの殺人事件には何が隠されているのだろうか。

事件のすぐ傍にいた主人公がその事件を回顧することで、そこに関わっていた人や自分が何を
考えていたかを構築していく過程に魅力がある。もし事件を疑っている彼女が起こしたのだとしたら
あの時はどう思っていたのだろう、そして今はどう思い生活しているのだろう。誰もが事件については
言葉を濁すので読者としては想像するしかない。一つの事件にも複雑な人間関係があって出会いが
あってそれぞれに葛藤や決意があった、その心理がメインかな。たぶん。第一章でラストが描かれるように
過去と現在が入り混じる妙な構成なこともあって、ミステリっぽい何かが起こりそうな期待をしてしまうけど
普通に終了するので妙なサプライズは期待しないほうがいい。普通すぎて「だから?」という感じが
しないでもない。なんとな〜く読ませちゃう腕はあるけどね。シブサスペンスか(6・6)かな。
「見張り塔から ずっと」 重松清 ★★★
---角川書店・95年---

三編による短編集。「カラス」を紹介→バブル時に買ったニュータウンのマンション、将来の発展を
目論み購入したものの地価は下がり発展の望みも消えていく。そんな団地に一千万円安く購入し
やってきた榎田一家。住民の嫉妬と焦燥が集まり、榎田一家に対する攻撃となっていった。

悪意や狂気は小説に彩りを添える場合があるけれども、本書で描かれる悪意は程度が低すぎる。
迫りくる狂気というより、不満・ストレスのはけ口や嫉妬やエゴといった現実にありそうな悪意なのだ。
そしてそれを理解していて続けたり放置したりするのはリアルに感じられる恐ろしい心理だ。これも作者の
上手さの側面だろうか。「カラス」はホラーのようにぞっとするラストだし、マザコン夫と姑に嫌味を言われる
若い妻の話は読んでてムカッ腹が立つほどであった。しかしそんな細かい場面や心理がリアルに感じられる
からこそ同じくらい不快でもある。物語として読まされたくないタイプ。せめてもう少し悪意からの脱却や反省
…もしくは悪意の終着点があればいいのだけど、最後まで暗いまま悪意もウヤムヤになったように思えて
読後の気分も陰鬱になってしまった。この作者には多少強引でも前を向ける小説を期待したいな。

「幼な子われらに生まれ」 重松清 ★★★☆
---角川書店・96年---

妻と娘二人を持つ主人公。しかし再婚のため娘たちとは血が繋がっていない。小学五年生の
上の娘は難しい年齢となり、妻が妊娠したことで不和が生まれる。前妻との娘のほうにも愛情を
感じることも否定できない。自分は父としてどうあるべきなのだろうか。家族になるためには…。

作者に多いけど家族のことで悩むオヤジである。私は人嫌いで子供も好きではないのだけど
仮に子供がいたら、やっぱり幸せになって仲良い家族でありたいなぁと思うであろうけれども
娘に反抗的な態度を取られたりするとイラッとくるし悲しくなってしまうであろうな。猫でもそうだもん。
平等にかまって遊びに誘ったり毛づくろいをしてもプイッと人になつかない猫もいて「なんでやねん」
って悲嘆にくれることもあったのだが理解が及ばずどうにもならんことというのが近い存在がゆえにある。
本書の主人公は娘の口撃にイラッと来ちゃうダメな親父だけども、仲良くありたいなぁと思う気持ちは
見えるし、やっぱり共感して悲しくてモジモジしてしまうのである。自分と血が繋がってる前妻との
娘がえらくいい娘なもんだから自分なら逆切れしてスネてしまいそうである。複雑な家庭って
多いんだろうなぁ。その数だけ悩みもあるんだろうなぁ。でもつらくて大変で当たり前なんだ。
相変わらず痛いけど家族の重要さも教えてくれる重松節だ。シブ知(7・5)だね。
「カカシの夏休み」 重松清 ★★★☆
---文藝春秋・00年---

三編収録。表題作→生徒の中に暴れてしまう問題児がいる。毎日に疲れ「帰りたい」と思った折に
中学の同級生が事故死したと知った。二十年ぶりの同級生との再会、皆それぞれが苦労を背負い
人生を歩んでいた。郷愁と憂鬱の狭間にいる三十代半ばの心理を丹念に綴った一編。

作者曰く「帰りたい場所」「年を取ること」「死」が現れた三編ということだが、作者らしく教育のテーマが
色濃く出ている。しかし本書は疲れてる時に読むと疲れが倍増するなぁ。置かれた現状と心理描写は
毎回「あ痛たた」となる上手さだけども本書はいつもより暗い。辛いことばかりだけど明日から頑張るかなぁ
という作者の前向きさはあるが、疲れの方が印象に残った。作者の短編は似かよった部分も多いしなぁ。
この中では「ライオン先生」が好きだ。あだ名の由来となった長髪がハゲて以来、長髪のカツラを被っている
教師の話だが、カツラの中が妙に痒くなりトイレで掻き毟ったり、整形しようかなという娘と言い合ってたら
「ありのままが大事ならハゲをカツラでごまかさないで」と言われたり滑稽さもあってラストも前向きだ。
「熱球」 重松清 ★★★☆
---徳間書店・02年---

東京で失業した洋司は小学生の娘を連れて故郷に帰ってきた。甲子園まで後一歩で夢破れて
以来捨てた故郷だった。妻はアメリカ留学中、父親は妻に先立たれている身…「これからどうするかな」
そんな人生の岐路に立たされた洋司が、故郷で野球仲間と過ごすうちに決めた行く先とは…。

重松清っぽいですね。人生の分岐点で東京に戻るか故郷で過ごすかで悩む主人公。父親を故郷で
一人にしていいものか、娘は学校でやっていけるのか、昔起こった事件で捨てた故郷への複雑な思い
…ちょっとしたことで悩める人間関係や心理がうまいな〜。毎回するりと入ってくる題材だ。主人公の
情けなさも等身大って感じがする。しかし一つ一つの悩みはリアルだが、本書の場合ストーリー自体は
リアルではないところが好きじゃない。なぜなら主人公は悩みながらも周りの愛情や理解があるからだ。
父親も理解があるし野球部の仲間との友情は普遍だし、娘も心配させまいとしている…とにかくお互いを
思いあっているのだ。そこが幻想と言えるほど甘すぎて「お話」の世界なんだなって感じられてしまうけど
逆に「お話」だから得られる清々しさが魅力とも言える。弱小野球部を死ぬまで応援したザワ爺の姿や
野球部仲間の息子とキャッチボールする姿は「お話」っぽいけど温かくて心地よい気分にさせてくれる。

「その日のまえに」 重松清 ★★★★☆
---文藝春秋・05年、本屋大賞5位---

七編の短編集(やや連作)。「ひこうき雲」→クラスで特に好かれていない女子が病気になり入院。
重そうな病状にクラスで寄せ書きを書くことになったのだが、どう書いたらいいのか戸惑うばかり。
病気や死を肌で感じられなかった子供の頃…そしてそれを思い出す現在の自分の心情を優しく描く。

どの短編も誰かの死が、当人と周りの人間に与える感覚を丹念に描いていた。私も母を中学時代に
亡くしているが、ふと終点が見えた時から時の流れと世界の感覚がそれまでと違ってしまった気がした。
それは「その日」が終わってからも保たれていたように思う。今思えば大人になったキッカケなのかも
しれない。本書では誰かの死に近づいた時の感覚が上手く表現されていた。悲しみがある、後悔がある、
でも日常は過ぎていって「その日」は「あの日」になって…その時の流れと移りゆく感情が絶妙だった。
ドラマチックじゃない普通の人達におけるドラマチックな時間を細やかに描いた本書、思わず涙ぐんでしまうが
ただ泣けるだけの本ではないと思う。「その日」が今の自分にもたらしてくれた物を思い出させてくれた。
七つの短編の中でも時間経過を経て、別の短編の人物が出たりする細工も施されていて上手いですね。
素直に言えない小学生、「その日」を前に昔の街を懐かしむ大人…等身大の感覚が相変わらずの重松節に
すごく胸打たれたのであるが「朝日のあたる家」だけは毛色が違った気がして残念。何だろうこれは。
「きみの友だち」 重松清 ★★★★☆
---新潮社・05年---

事故で足が不自由になった恵美は今まで仲良くしていたクラスメイトから距離を置き、体が弱く
友人もいない由香と仲良くなった。本当に大事なのは忘れてしまう「みんな」じゃなくて大切な一人の
友だちだ。グループ、幼馴染、ライバル、人との距離は難しい。友情のあり方を子供達は傷ついたり
乗り越えたりして学んでいく。八人の君たちと、そして僕の、大事な人の物語だ。十編の短編集。

一編ごとに主人公を変え「きみ」の物語だとして進む。足に障害を負った恵美と由香、社交的でなく
教室で二人だけの世界を保ち、かつ寂しそうではない彼女らを中心とした物語。元々徒党を組みたがり
仲間外れを作ったりややこしい思春期の友情に翻弄されながら、恵美のクラスメイトや恵美の弟ブン達が
苦労する様子が描かれる。疎外感への恐怖、うまくやれば八方美人と言われ、頑固だと目をつけられる
恋や部活のうまくいかないイライラ、など人間関係の僅かな機微が上手すぎて子供時代を思い出して
ドキドキする。この作品は人間が大きく成長する物語ではない。ここで描かれるのは言えなかった言葉を
照れるけど言うとか、ぎこちなく仲直りをするとか、仲間外れを作るクラスの勢力図に疲れながらも
やっぱりそこでやっていくとか、違う価値観に触れたり弱者を思ったりという大人になるための小さな
小さな一歩だ。誰もが感じたことのあるとても踏み出すのに勇気がいる一歩だ。この繊細な一歩を
描けるのは作者ならではだね。暖かいなぁ。一晩で読んでしまったじゃないか。そして恵美と由香の
こんなにも強い友情って美しくて羨ましいなぁ。現実にはありえないんじゃないかというほどに強い。
「友達」とか「みんな」って何だろう。若い子に読ませてみたいかもね。最終的に「きみ」って呼びかける
語り手「僕」も登場します。こんなラストって涙もろい自分にはもうダメ押しです。素敵すぎてさ。
もこもこ雲の上にいるような暖かさです。長編は流星ワゴン。短編は本書だな。シブ青春(10・9)
「卒業」 重松清 ★★★★+
---新潮社・04年---

「まゆみのマーチ」⇒危篤の母の元へ駆けつけた僕。どんな時でも歌ってしまい、クラスで問題になり
不登校となった当時の妹と母の姿を思い出す。奇しくも今、息子が不登校になっていた…。
「あおげば尊し」⇒親子で教師の僕と父。父は病で死の淵にいた。父は現役の頃厳しく教え子が
訪ねてくることもない。一方クラスで人の死に興味を持つ生徒がいた。僕はその生徒に父の姿を
見せようと思ったのだが…。など全部で四編が収録されている。中でも「追伸」が良い。自分を大事に
していた産みの母を慕い、父の再婚相手とうまく行かないまま年を取った男が主人公。新しい母との
衝突はリアルであり理解できる面もあるけどちょっと酷すぎて暗い気分になるけど、時間が経って
故郷に帰りコタツを共にするラストシーンがもう反則技である。親子のわずかな歩み寄り。こんなものを
読まされて感動しないやつは人間じゃねえ!重松清の家族小説はもはやベタな感動であるとかそういう
レベルじゃない。ズルい。と思いながら涙ぐんじゃう。家族の死や血縁などどうにもならないものが
人間にはあって雁字搦めで生きている。いずれ折り合いをつけなきゃいけない時が来る。それを前向きに
捉えたのが本書。出てくるのは作者らしい背の丸まったオジサン達で、ちょっと気の弱いところは
あるけれど優しい真っ当な人なのだ。その背中が人生の寂しい瞬間を考えるのにマッチしている。
 「叫びと祈り」 梓崎優 ★★★★☆
---東京創元社・10年、このミス3位、文春2位---

五編からなる短編集。おもしろかった二つをご紹介。まずは表題作「砂漠を走る船の道」→取材のために塩の交易を行う
キャラバンに同行し、砂漠を行く斉木。しかし長が砂漠の風で亡くなったのをきっかけに次々とキャラバンメンバーが殺される
事態に。こんな危険な砂漠の真ん中で誰が何のために…。「叫び」→南米の奥地の村でエボラ出血熱のような感染症が起こり
村人はほぼ全滅となっていた。街へ助けを求めに行くも橋が壊れ村に戻る斉木だったが、村人達が首を切られて死んでいる。
返り血により自分が感染するかもしれないのに、死を前にした人間をなぜ殺害する必要があったのか。

おもしろ〜い。ありそうでなかったですね。フーダニットよりもホワイダニットがメイン。極限状態ならではの考え方や理由が
謎を呼ぶような内容だ。取材で訪れている斉木と同じように、読み手も意味がわからないんですよね。誰が何のために?
だから怖さもあるし、明かされた時のまったく違う価値観に驚く。もう村が全滅しそうで死を待つ状態の人間が殺される「叫び」の
動機がイカれすぎ(怖)。頭の中で映像化しても犯人の高笑いが怖すぎ。上で紹介した二つは短編ながら、数人しかいない状況で
誰か殺されてて、しかも逃げられない状況というクライマックスがすぐ訪れるので、濃密なサスペンスミステリで楽しめました。
凄惨ながら文章の雰囲気はオサレなんですよねー。なので大衆的で読みやすい。読者を楽しませるようなトリックや伏線もうまく
仕掛けられててヤラレタ感は強かった。バカパク(9・7)を進呈。それにしても表題作に登場する子供のメチャボ、かわいいわぁ(笑)

「栄光一途」 雫井脩介 ★★★
---新潮社・00年、新潮ミステリー倶楽部賞---

オリンピック前に強化合宿をしている柔道の代表候補達、そこに「有力男子選手がドーピングをしている」
という告発書が送られてきた。合宿でコーチをしている望月篠子は上司からドーピング疑惑の選手を
調べるよう言われた。全柔連の体面のためにも早めに明らかにしたいところだという。

「火の粉」や「犯人に告ぐ」が面白くて好きな作家ですがデビュー作の本書は意外と普通であった。
柔道やドーピングが登場するのは変わってていいのだが、ドーピングに関する価値観という点は追求せず
普通のミステリーの道具という感じで使われてて残念。調査して真相が明らかになって二転三転する
結末という王道タイプなのだが、王道すぎてイマイチだった。意外な結末に関しても強引すぎるというか
ミステリーとしてもズルすぎるので理解に苦しむ。「火の粉」で見られたようなねちっこくて先が気になる
読ませる文章もデビュー時点では無いようだ。ただ変わりに会話がユーモラスで明るさがあった。
特に主人公の友人の深紅は抜群に魅力的。剣道が強くて鬼平を愛する彼女はマイペースで面白いけど
頼れる存在…う〜ん刑事貴族の水谷豊の女版ってイメージ(古っ)。またの登場を期待したいな。
「クローズド・ノート」 雫井脩介 ★★★☆
---角川書店・06年---

大学生の香恵は部屋の押入れにノートを見つける。どうやら前の部屋の主は小学校教師をしていた
真野伊吹という女性らしい。万年筆売り場のバイトや気になる男性との恋愛やマンドリン部など
大学生活のかたわら少しずつノートを読み進み、香恵は伊吹の言葉に多くを教えられていく。

天然系の香恵と、香恵が気になってる石飛さん。その間に現れる邪魔をしてくるような
ちょっと軽い男と、仕事上近しい女性。わかりやすい構図だしちょっとクサいくらいの恋愛小説と
言えようこの小説。しかし作者と文章の相性が良くて過去に二つも五つ星を出しているくらいなので
今回もサクサク読まされた。作中で重要なわけではないのに、万年筆を売る時の接客シーンだけで
結構なページ数を引っ張られてついには万年筆が欲しくなってしまうほどである(笑)。ノートで読む
伊吹先生と生徒らの活発な様子もすごく心地良い。「伊吹賞」をもらって喜ぶ生徒、「太陽の子通信」、
分け隔てなく接する態度など微笑ましい限りだ。香恵が成長していく様子と、伊吹学級の行方と
伊吹先生の恋の行方をノートで追っていくと、すごくわかりやすいシンプルな大団円が待っている。
ミステリ系作家だが読者を騙す気もなく暖かくなる話を書いている。それはそれで乙ですな。
「ビター・ブラッド」 雫井脩介 ★★★☆
---幻冬舎・07年---

刑事になりたての佐原夏輝は、警察の情報屋が殺された事件をきっかけに捜査本部に加わる。
そこで離婚した父と組むことに…。カッコつけの変な親父で、夏輝は好きになれないのだった。
事件は続けて捜査一課の人間が殺され、内部犯の可能性が浮上し捜査一課に不穏な空気が。

扱う事件は暴力団絡みや裏切り者、過去の事件などシリアス路線であるにもかかわらず
何という軽いノリ。捜査一課のメンバーが体臭の強いスカンク富樫とか、ハゲてるオクトパス南とか
くだらない名前がついている。ジェントルこと夏輝の父・明村は身分証を見せる時など意味のない
ところでジャケットプレイ連発。ジャケットをバッバッと動かし「警、察、です」ってやるし、肝心なときに
盛大に足をつる…。そしてなぜか夏輝と明村は相撲を取り始める。まったく馬鹿な面々である。
何でギャグ路線とシリアス路線を共存させようとしたのやら。後半はなかなか派手なドンパチだし
刑事ドラマみたいなベタな展開なのだけども、やはり明るく楽しい刑事ものというイメージは最後まで
拭えませんよね。それなりに笑えて面白かったですな。かなりバカなのでバカパク(9・2)
「白い部屋で月の歌を」 朱川湊人 ★★★
---角川ホラー文庫・03年---

表題作を含む中編二編収録。「白い部屋で月の歌を」→霊能力者の先生のもとで働くジュンの仕事は
霊を自分の体内にある白い部屋に引き入れること。部屋に入れれば先生がその霊を捕まえてくれるのだ。
しかしある時出会った霊にジュンが魅かれたことをきっかけに意外な結末へと移行する…。
『感想』→ジュンの一人称による語りが不思議な感覚を呼びますね。ある事実によるオチも効いていて
切ないラストで締めくくっているのも印象深い。「鉄柱」→都会から越してきた雅彦と晶子夫婦。
とても親切にしてくれる町の人々に好感を抱いていたが、この町には死に関する奇妙な常識が
存在していた。『感想』→町の人達のにこやかな表情の裏に隠された常識には、怖いというより
薄ら寒くなった。幸せかもしれないけど何か違う…そんな主人公に同調してしまう。こちらも印象的な
ラストになっている。二編ともに変わった設定を生かして、怖さよりも異世界の不気味さを感じさせる
ホラーと言えそう。面白いのだが、霊魂や独自の常識がある小さな町という題材はどこかで見たような
題材なので地味な印象かな。文章も淡白であまり引き込まれなかったし。そこそこ満足程度。

「花まんま」 朱川湊人 ★★★☆
---文藝春秋・05年、直木賞---

六編の短編集。幽霊、露店で購入した謎の生物、生まれ変わり、人の死を操る呪文など
不思議でちょっとホラーな物語。大人になった語り手が子供時代のことを語っている形式なので
時代が昭和である。舞台は大阪で朝鮮人の差別問題などもさりげなく書かれてます。残念ながら
私には「懐かしい」という感慨は無い時代なのだけど、怪しげな不思議話たちにはこういう時代背景が
似合うのは確か。「レトロホラー」とでも名付けたい作風ですね。怖さより寂しさが多いのが特徴的だ。
迫害されていた子が死んだ後に夜な夜な近所に現れる「トカビの夜」は心温まる面さえ持っていた。
ただクラゲのような妖精生物だけは怖すぎ。老人の顔が「はははははっ」笑う場面なんて最悪…。
全体通してそつがなくて安定感のある印象の本書だけど、無難に上手いので直木賞にしては
インパクトがない気がしたなぁ。個人的には「都市伝説セピア」のほうが好きかな。
「空を見上げる古い歌を口ずさむ」 小路幸也 ★★★
---講談社・03年、メフィスト賞---

「誰かがのっぺらぼうを見るようになったら呼べ」そう言い残して家を出た兄と二十年ぶりに再会した。
兄は昔のことを語りだした。紙を製造する町で暮らした昔、人の顔がのっぺらぼうにしか見えなくなったこと
それを皮切りに不審な出来事が起こり始めた。友達の失踪・警官の死…そして顔が見える人もいた。

大半が兄の回想で、紙を作る街で暮らす子供達の描写になります。年代が合えば懐かしいと感じる人も
いるかも。信頼してる大人にはあだ名をつけてたり警察のお兄さんがヒーローだったり、子供の心理が
すごくうまくて作品の雰囲気は絶妙だった。紙造りの機械に腕を挟まれた労働者がいたら、呪われた
赤いノートが出来上がるという都市伝説めいた噂が流れるのもすごくリアルに感じられるところだ。
それに人の顔がのっぺらぼうになったり不審人物もいたりなどなど飽きさせない展開でワクワクして読んだ。
…なのに終盤の展開が嫌いで急激にガッカリしてしまった。強引なまとめなんだよねぇ。特殊な世界観を
いきなり持ってきて説明してオシマイって…唖然としてしまった。読み終わってみれば本書は特殊世界の
プロローグに過ぎないんじゃないかという中途半端な感じ。そんなのあり〜?
「不自由な心」 白石一文 ★★
---角川書店・01年---

あ〜あ〜つまんね。五編の短編集で、主人公が大抵の場合妻子を放っぽって不倫に走ってる話。
読者の半分以上が「なんだこいつ」と思うこと請け合いだ。とにかく主人公達の行動が気に食わなくて
最悪な気分だ。男は家庭の他に不倫遊びするのが普通で、妻はついてきて当然で自分は不倫相手が
大好きなのだ。なんだこいつ。また他の主人公は病気により死期が迫り、家を飛び出して過ごし
以前つきあってた女性(別の男性と結婚)のことが忘れられずメッセージを郵便ポストに入れたり
するのだ。なんだこいつ。その相手のダンナにしてみれば嫌がらせ以外の何物でもないだろう。
要するに人生を考えて自分に正直になってるのだと納得しつつ、やってることは単なるワガママなのだ。
自分だけの都合のいい理屈が多いように思う。他人を否定すれば自分が正しくなるとでも言いそうな
タイプの考え方には不愉快になってしまった。愛とか死とか考える前に気づくことあるだろこいつら。
正直こんな男にはなりたくないわ〜と思いながら読んだ。反面教師小説だな。オススメせず。

「僕のなかの壊れていない部分」 白石一文 ★★★☆
---光文社・02年---

出版社勤務の高給取り「僕」は三人の女性と関係を持っている。しかし生きていることへの責任や
死に対する思念から、普通の人よりも現実に対する熱意のようなものに欠けていた。

主人公は生きている意味について悩み、ではなぜ死なないのかと自問する冷めたやつである。
生きていくことや生きることには責任が付きまとうことをちゃんと思考し自覚している…が、その反面
対人関係において深入りしたり責任を持つことに二の足を踏んでいる。生死について理解すべきだと
考えているふしがあって、ろくろく考えもせず発言したり行動したりする知人をとかく冷めた目で見る。
常人ならばある程度割り切って生きていくが、ここで妥協したくない思考に関する潔癖症とも言える
状態である。ゆえに思考や哲学めいた部分が前面に出た作品だ。思考を続けることは人間において
素敵な事柄であると思うから個人的には好きな作風。しかし本書は読者にあまり快い感覚を齎さない
内容だと思う。主人公は自分がそうであるからといって、そうした事柄に折り合いをつけて生きてい
他人を甘受しようとせず、馬鹿にしてるのだ。そういう設定にして壊れてない部分を浮き立たせようと
しているのだろうが、反感を持たれそうなタイプだった。読者に思考を促す点は素晴らしいけれど
性的な関係を持つ一人の女性が全然効果的で無くて残念。何のために出てきたのやら。
「鬼子」 新堂冬樹 ★★★★
---幻冬舎・01年---

歯の浮くような恋愛小説を書き全然売れない作家・袴田は、突如豹変した息子の家庭内暴力に
苦しんでいた。妻も愛想がなくなり娘は息子の友人に犯されてしまう。隣家のペットまでが悲惨な
目にあい地獄はエスカレート。そんなおり編集者から「実生活を小説に」という悪魔の誘いがある。

ひどい!ひどいけどページを捲る手が止まんない!なぜだぁうわははは!…と取り乱してしまう
内容であった。いきなりドス黒すぎて嫌悪感を覚えるかというとそうでもなくて、袴田のキャラが
おもしろすぎてついつい読んじゃう。フランスに一度しか行ったことがないのに通ぶっちゃって
「ギャルソン」のことを「ギャハァッソン」だし「モンタナの草原に吹く風のような笑顔の、エーゲ海の
黒真珠みたいな瞳の…」なんてかゆい小説を高尚な文学と信じて疑わない。巷で売れている
ノワール系の小説には眩暈がする思いなのである。が、気が弱いのでエロビデオを買いに
行かされてアダルトコーナー突入の機会を窺ってる。少しユーモアを含みながらも内容は
酷くなる一方で、ドツボにはまっていく袴田に笑うに笑えなくなってきて、だんだん面白キャラも
まだまともに思えてくる。息子・浩の豹変の理由にいたっては最悪である。救いが無さすぎる。
でもなぁ、なぜか次々読んじゃう。怖いもの見たさってやつかな。お隣さんが一番可哀想だった。
「ホワイトアウト」 真保裕一 ★★★
---新潮社・95年、吉川英治文学新人賞、このミス1位、文春2位---

雪山に囲まれた巨大なダムが乗っ取られた。職員を人質に警察に要求を突きつける犯人…
しかし一人だけ人質にならずにいた職員がいた。亡くした友人の婚約者が人質にいることを知り
男は立ち上がった。敵は複数のテロ犯と、そして吹雪・寒さなど大自然の脅威であった。

ダムを占拠する男達に立ち向かう、過去に重いものを背負った男…映画化の主役・織田裕二を
想像して読んでみた。警察も介入できない厳しい雪に囲まれたダムで孤軍奮闘するさまは実に格好良くて
いかにもヒーローな主人公でした。あまりに強靭すぎなのはどうかとも思うけども(笑)。しかしながら
どうも文章が苦手でイマイチ。描写につぐ描写なもんでだれてしまった。叙情の部分が少ないというか…
亡くした友のためにも頑張らねば…という感じの単純正義感一辺倒なので全然感情移入ができなかった。
私は冒険小説を読まないので描写中心の小説に慣れてないんでしょうか。主人公の奮闘以外にも
犯人内部の亀裂や人質の脱出劇など緊迫感のある内容だし、二転三転させる展開など飽きさせない
見せ方をしているのだけど、そのわりに長く感じられて疲れた。著者の話題作「奪取」も似たような感じで
イマイチだったので長編の文章との相性が悪いのかもしれん。評判はいいので冒険小説好きならオススメ。

「誘拐の果実」 真保裕一 ★★★
---集英社・02年、文春2位---

病院副院長の娘が誘拐された。どこも悪くないが病院の立場上入院措置をしているだけの
患者の命を絶つことが要求だった。そして数日して今度は大学生が誘拐。要求は病院スポンサーの
株券であった。共通する何かが感じられる二つの誘拐は何をもたらすのか。実行犯とは。

第一の事件は楽しく読めた。要求に対する警察側の対応や考え方など濃く描かれていて
誘拐もののスピーディーさは欠けていたがリアルで良かった。しかし第二の事件からもずっと
そんな感じ。展開も増えないし冗長な印象ばかり感じてしまう。細かすぎるんだろうね。
誘拐の新手法は目新しいし姿も目的も判然としない相手を探りながらの捜査も良いけれど
犯人が見当ついちゃうことと後半から誘拐ものというより、無理にヒューマンタッチの展開に
変わっている気がして乗れない。なぜ誘拐をしたのかに対する解答にサプライズが薄いし。
副院長や捜査官の実直さは好印象だったが、若い二人には共感できませんぜ。
「卵の緒」 瀬尾まいこ ★★★★
---マガジンハウス・02年、坊っちゃん文学賞---

短編二編。表題作→自分は捨て子かも?と疑う僕、へその緒を見せてと頼むと母は卵の殻を見せて
「これで産んだ」なんてごまかす。母は会社にいる「朝ちゃん」に惚れ込んで平気で家に招待したりする
サッパリした性格なのだけど僕に対する愛情だけは伝わってくる。やがて僕のルーツもわかるのだけど…。

手放しで褒め称えはせんけれども文句は出ないような作品ですね。だって登場人物の心に邪気がないもの。
読んでてそりゃ気分が良いし読後も良い。そんなに人間しっかりできてないものだという気もするけれど…。
優しさや愛することをど真ん中で表現した「卵の緒」もいいけど、「7's blood」のほうが素晴らしいと思った。
事情から異母兄弟が二人で生活することになって徐々に絆が芽生える話。これまた弟の性格がいいので
女読者が「萌え〜」となりそうだが、気づくと最後のほうには感傷的にさせられてる。たぶん日常のエピソードが
格段にうまいせい。ご飯作ったり髪切ったり腐ったケーキ食べたり…心に残る一場面になっている。
毒のない話、優しい気持ちになりたい人にオススメ。人間の毒を見たい人には素敵すぎて不向きかも?
「優しい音楽」 瀬尾まいこ ★★★
---双葉社・05年---

三編の短編集。さして男前でもない僕を駅で見つめる女の子。二人は次第に仲良くなり、やがて
付き合うことになるが彼女は毎回家まで送ることをさりげなく拒否するのだ。半年が経ち家族に
挨拶に行った僕は、ついに出会いのキッカケでもあった彼女の家族の秘密を知るのだが…。

表題作他、不倫相手の子供を預かった女性が困惑しながらも温かい時を過ごす「タイムラグ」、
ガラクタを集める趣味のある彼女が今度はオジサンを拾ってきて、そのオジサン佐々木さんを
加えた三人で生活をする「がらくた効果」がある。佐々木さんを媒介にして新しい感覚を互いに吸収し
いい効果をもたらしていく柔らかな内容だった。三編ともスラスラ読める文章ですぐ終わってしまった。
悪く言えば平板で味気なかった。どの話も不自然な関係性の交流で、普通は気まずかったり
する関係だけども、不思議と自然体でゆるゆると進み前向きな気持ちになれるような内容であって
確かに心地いいのだが、しかし心に何の事柄も残らなかった。凪のようにおとなしい小説だと思った。