深町正が中学時代から書き溜めた詩と小説を載せてます
2.イカロス計画
地球上と宇宙との間の人や物の行き来はシャトルが担っていた。
宇宙開拓初期の頃は、地球上と、月面・火星の地表・金星地表・木星の衛星タイタンを直行便で結んでいたが、人や物
の行き来、特に物流が増加するにつれ、地球上からのシャトルの打ち上げに掛かる、莫大なコストとエネルギー資源を
問題視するようになった。
地球の周回軌道上の宇宙ステーションに、地上とのシャトルと月面・火星の地表・金星地表・木星の衛星タイタンとのシ
ャトルが相互に乗り入れ連絡する、シャトルベイ計画がにわかに浮上してきた。当初、新たな設備投資を必要とせず現
存する宇宙ステーションを転用できることから、シャトルベイ計画を支持し、実行する国や地域は少なくは無かった。し
かし、多発するドッキングの際の事故と、シャトルの打ち上げに掛かる莫大なコストとエネルギー資源を削減するに至ら
ず、もっと有効な対策が求められた。
そんなころ、大手航空機メーカーのゼキーライ社で実現不可能とされ消去されようとしていた企画書のデータが、偶
然、上層部の一人グレン・アルドレスの目にとまった。グレン・アルドレスは奇麗な白髪をオールバックにし温和そうな
顔立ちだが、眼光は鋭くエメラルド色に輝き、わりと大柄な体型である。彼は国連の宇宙輸送諮問委員であった。『これ
だ!』そううなずくと、彼は、机上の電話に手をやる。せわしげに数箇所と連絡を取り打ち合わせをした後、内線である
部署の責任者に話をした。
「君のところの設計技師のスルーニー・カリムに国連宇宙輸送諮問委員会から、数日後に開かれる国連宇宙輸送諮問
委員会緊急特別拡大委員会への出頭命令が来ている。かならす出頭させてくれまえ。・・・・理由?・・・私は知らん・・・・
とにかく出頭命令だ。いいな!日時はおって本人に連絡があるだろう」
一方的に電話を置き、足早に会社の彼の部屋を後にした。彼が見ていたモニターには図面と、その図面に基づいて3
DCGで描かれた、巨大な飛行物体が映っていた。それがビックウイング(後のイカロス)プロジェクトの始まりである。
数日後、国連本部の議場らしき一室の前方の壇上に、分けもわからず出頭命令に応じた若い女性が、落ち着かない
様子で椅子に手を掛け立っていた。
彼女はゼキーライ社の設計技師スルーニー・カリム。
彼女の目の前には擂鉢状に席が約2500程が並べてあり、その全てが壇上にいる彼女の方に向いていた。前方の2
列を除く全ての席の机には、各国のネームプレートとミニチュアの国旗があった。人はこのような場にいると、自分が糾
弾や断罪の対象なのではないかという脅迫概念を抱くらしい。彼女も例外ではありえなかった。
彼女は軽いめまいを覚えながらも、記憶の中に糾弾や断罪の種を探すが、身に覚えが無い。
彼女が呆然とその場に立ち尽くしていると、突然その議場の6つある入り口の扉が一斉に開き整然と人が入ってきて、
250程の席は5分と掛からないうちにうまった。
彼女はたじろぎ、よろけるように2.3歩後ろへさがり、とっさに椅子の背もたれを掴んで踏みとどまった。その手は大き
く震えていた。「私がなにか・・・」荒げるつもりは無かったが この不条理な状況に、自然に彼女の口調は強くなってい
た。何故糾弾や断罪をされなければならないのか?そのことで頭が一杯で、そのときの彼女の想像力は停止してい
た。彼女の言葉をさえきるようにおだやかな聞き覚えのある男の声が聞こえた。
「まあまあ、落ち着いて」。
その声をたどる彼女の視線の先に、見覚えのある顔があった。
「ミスター、グレン・アルドレス!? これは、いったい!?」
彼女は目を見開き、驚きと疑念とを入り混じらせた声をあげた。
彼女の所属する大手航空機メーカーのゼキーライ社の上層部の一人、グレン・アルドレスがそこにいた。最前列の中
央の席に、彼は腰を下ろしていた。
グレン・アルドレスはスルーニー・カリムに温和な微笑を投げかけた。
「まあ、掛けたまえ」
そういうグレンに促されてスルーニー・カリムは、壇上の席に腰を下ろした。
「私は、今日はゼキーライ社の肩書ではない」
グレンの言葉を理解出来ず各席を見ていたスルーニー・カリムは、ここに各国の元首と航空のエキスパートが集結し
ていることに気付き動揺した。
『これはいったい・・・・?』詮索する間も無く、グレン・アルドレスの声が議場内に響く。
「これより国連宇宙輸送諮問委員会緊急特別拡大委員会を開催いたします。各国元首におかれましては急な召集に
もかかわらずおいでいただき委員を代表してこころよりお礼申し上げます。国連宇宙輸送諮問委員会の委員長である
私、グレン・アルドレスが議事進行を務めさせていただきます。急遽お集まりいただいたのは、シャトルベイ計画の失敗
以降、我々が直面している深刻な問題を打開する画期的な案を提示し、ご検討いただくためです。我々の前に座って
おられる方は今日のスーパーパイザーであります、スルーニー・カリム氏です。」
突然グレンが紹介したので、スルーニーは慌てて立ち上がりわけもわからず、ぎこちなく一礼した。額ににじんだ汗
が、彼女の前の机に一滴落ちる。彼女の緊張は極限にまで達しており、気が遠くなりそうになりながら何とか立ってい
た。
「かけたまえ」
グレンは彼女の緊張をしって、そう促し、だが、彼女か席に着くのを見ないまま、言葉をつづけた。
「まず、これをご覧ください」
彼かそういうと、各席の机上と、スルーニーがいる壇上の大きな空間に、バーチャルモニター(空間投影画面)が現れ
た。
議場内にどよめきが起こった。
『こ・れ・は・・・・!?』
そのバーチャルモニター(空間投影画面)に映し出されている内容に、スルーニーは驚き、目を見開いたまま上司である
グレンのほうを見た。
グレンは静かな微笑をスルーニーに向けた後、表情を硬くして言葉を続ける。
「これは私の所属しているゼキーライ社の技術者が設計し企画書として提出したものです。残念ながら我社では実現
不可能とされ廃棄される寸前でしたが・・・。私はこれに地球の未来を托せるのではと考えます。エアリアル・ターミナ
ル、仮称ビックウイングプロジェクト計画とし、皆様に提示致します。早急な課題なので活発な議論をお願いしま
す・・・・」
ここにきてスルーニーはようやく、なぜ自分がここにいるのかが解ってきた。
彼女の表情は今までのそれとは異なり、技術者としての顔になり、なにかを考え込むようにゆっくりと深く椅子に腰を
下ろした。
すさまじい勢いで彼女は、頭の中で言葉を組み立てていた。説明する内容・問題点・課題、全てをフレセンテーションす
るにはあまりにも時間が無さ過ぎる。
考え込む彼女を横目に見ながら、グレンは話を進めていく。
「議論していただく前に、スーパーパイザーであり、これの設計者でもあるスルーニー・カリム氏に説明していただくとし
ます。スルーニー君、説明を・・・」
必死に考え込んでいる彼女の思考には、グレンの呼びかけに反応できる余裕は無い。
「スルーニー君。・・・・スルーニー君!」
「はい・・・?・・・・・はっ・はいっ!」
ようやく気付いたスルーニーは、肩まである黒髪を中に躍らせながら、あわてて立ち上がる。
「説明を・・・」と再びグレンに促がされ、一つ深く息をした後、壇上の大きな空間のバーチャルモニター(空間投影画面)
に映し出されたものを見ながら、静かに説明し始めた。
「全長3500m,幅14000m,高さ300m,総重量約200兆tのブーメランのような形状です。おそらく史上最大の建
造物になるとでしょうし、間違いなく最も大きな飛行物になります。最大収容人数100万人。5万人が定住可能。これは
もはや飛行都市です。飛行高度は30000mから50000m。最大収容機数、大型旅客機約150機、シャトルシップ5
0機、航空機発着ポート20、シャトルシップ射出レーン15、シャトルシップ着艦ポート12。ほか、ヘリ・小型機発着ポー
ト50ヘリ・小型機発着ポート、非常用翼上滑走路6。酸素・水・食物・加工食物プラントや、汚水・廃棄物リサイクルプラ
ントは、ベース並みに装備し完全に自給自足が図れるようにします。・・・・・構造的にも航空力学という視点からも問題
はありません。・・・」
国益や国策等を最優先させなければならない各国元首達のどよめきで、スルーニー・カリムは説明の中断を余儀なく
させた。
しかしそれの中断は十数秒で終わった。
スルーニー・カリムは技術者として中途半端な説明のまま終わることはできなかった。
彼女は大きく息を吸い、広い議場内に声を響かせた。
「ご静粛に願います!」
一瞬にして議場内は静まり、視線が彼女に集中する。そんな中でもたじろがず壇上に立ち技術者としての責務を果た
そうとしている彼女を、グレン・アルドレスは頼もしげに見ながら隣の初老の男やその隣の若者と二、三言会話を交わ
している。
スルーニー・カリムは確固とした信念を持ち、話を続けた、
「各国の皆様の御懸念されておられるところは承知しております。建造場所・建造方法・莫大な費用・エネルギー・エン
ジン・この巨大な都市をどうやって舞い上がらせるか・所有権の問題等、課題は山積していますが、この計画には地
球、いいえ人類の存亡がかかっているのです!」
机上の水差からグラスに水を注ぎ、彼女は乾いた口に一口含みながら、頭上のバーチャルモニター(空間投影画面)を
見上げた。
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