深町正が中学時代から書き溜めた詩と小説を載せてます
第五章 成功そして
俺は目立たないように、通路に突き出ている商品棚の下を歩いていた。勿論、
人間からは俺の姿は見えない。
さほど驚きもしなかったが、殆どが、蟹股でスカ−トをはき、その中にももひき
(ぱっち、時にはステテコ、を含む)をはいているのだ。
そう言えば足下が冷えてきている。サカナに近付きつつあるようだ。
顔だけ出して様子を伺う。
俺の上の棚から、冷えた空気が流れ出していた。
よく見ると色々な肉がならんでいた。
不味そうな肉ばかりだ。
元気良く何の意味もなく駆け回る子供がいたりする。異様な雰囲気だった。
そんな中、俺はブッチャ−を捜し、尚も奥に向かった。
俺は目立たないように、通路に突き出ている商品棚の下を歩いていた。勿
論、人間からは俺の姿は見えない。俺も人間の足しか見えない。
さほど驚きもしなかったが、殆どが、蟹股でスカ−とをはき、その中にももひき
(ぱっち、時にはステテコ、を含む)をはいているのだ。
そう言えば足下が冷えてきている。サカナに近付きつつあるようだ。顔だけ出
して様子を伺う。
俺の上の棚から、冷えた空気が白い煙になって、流れ出していた。
よく見ると色々な肉がならんでいた。
不味そうな肉ばかりだ。俺達がヤモおやじにいただくサ−ロインとは比べもの
にならない。
その肉の有るところも例外ではない。目を吊り上げたメス達の、壮絶な闘い
の場と化していた。よほど人間は不味い肉が好きらしい。 そうこうしているうち
に、通路の突き当たりまで来ていた。それを曲がろうとしたときだった。
「おいっ、こっちずら」と小声で呼び止められた。ブッチャ−だった。
俺がそばへ寄ると、ブッチャーは目でサカナが有る棚を指した。
「あれずら」
俺もその視線をたどった。通路を隔てたところにその棚は、白い煙を出してい
た。寒そうだった。
「選ぶ間はねえずら。最初にくわえたもんは離すなずら」
「分かってる」
ブッチャーはのっそり素早く通路を横断し始めた。俺もその後に着いていく。
通路を渡り終えようとしていた時、俺の目の前に人間のメスの桁外れに太い
足が下りてきた。
俺はもう少しでそれに顔からぶつかるところだった。鼻先すれすれで難を逃
れた。ギクッとはしたものの、俺達の存在は気付かれていないようだった。ホッ
として、気長にそのメスが行き過ぎるのを待つことにした。下手に動くと気付か
れるからだ。
そのメスも例に漏れず、蟹股で股引を着用していた。
割と長い時間そのメスはそこに立ち止まっていて、俺の横断を妨げていた。
何故だかその足の向こう側からブッチャーの小さくうなる声が聞こえてきた。
見ると、その太い足の踵の下からブチャーの尻尾の先がのぞいていたのだ。
と言ってふとい足に噛みつくわけにもいかない。俺はひたすら待った。
買いあさるのが終わったのか、ようやく足が動いた。ブッチャーと俺は一気
に、サカナの有る棚の下へ潜り込んだ。
猫にとって髭と尻尾は一番大切なところであり、一番敏感なところでもある。
それをあんな重そうな足で踏まれたのだからたまらない。しかも長時間である。
ブチャーの尻尾は見るも無惨に、毛がなぎ倒されて完全にプレスされてい
た。
「いたたたたたた。痛いずら、あのくそばばあ、ようこえやがってずら。おぼえて
いろずら」
ブッチャーは涙を浮かべて、無惨な姿になった尻尾を嘗めている。
「大丈夫か?」
「大丈夫なことねえずら!見たら分かるずら!ほんまにてめえといたらろくなこ
とねえずら!はよサカナ盗って帰るずら」
そう言うとブッチャーは素早く棚の上に登った。
俺も恐る恐る登っていった。
そこには想像以上に、目移りするぐらいパック詰めのサカナが所狭しと並ん
でいた。それになんと言っても寒い。
猫族はめっぽう寒さに弱い。だから、早くサカナをくわえて退散しようと思うの
だが、目の前にサカナが有りすぎて、どれを取れば良いのか分からない。ブッ
チャーも決めかねてるようで、山と積まれたパックの中に頭を突っ込んでいる。
俺達がこういう大胆な行動を取っているにもかかわらず、幸い未だ人間達に
は気付かれる様子も全くない。無視されてるような気がして腹が立った。
やっと俺が{ブリ、切り身、2ケ入り、478円}と書いたパックをくわえようとした
時、誰かが尻尾を掴んだ。
ギクッとしながらも思い切り良く振り向いた俺の前に、中年のメスが一人い
た。
そのメスも俺を見ていた。が、まだ俺が何であるのかが、把握できないよう
だ。
「・・・・・・!!」
「・・・・・・・!?」
目が合い、しばらく沈黙が続いた。
そのメスは目をパチパチさせながら、片手で俺の尻尾を掴んだまま、かばん
から取り出した老眼鏡を掛け、再び俺を見た。
それでもまだ俺がなんなのか分からないようだ。ブッチャーはかたずを飲んで
その様子を見ていたが、待ちきれず俺の側に来て、
「先、行くずら」
小声で言い、いきなり大きなパックをくわえて棚から飛び下りた。俺はいい加
減、辛抱し切れなくなっていた。
そのメスの様子がおかしいのに気が付いたのか、他の人間も段々寄ってき
た。丁度その時、警報機がけたたましく鳴り響いた。それと同時に俺はその人
間のメスに向かって怒鳴ってやった。
「おばはんもたいがい鈍感やな!分からんか?俺はサカナと違うんや!猫
や!ね・こ、!!はよ放さんかい!」
俺の言葉が分かったのか、尻尾を掴んでいた手が外れた。
しめたっ!と思い、慌ててさっきの{ブリ、切り身、2ケ入り、478円}のパック
をくわえた。
やけに後ろが静かなのでパックをくわえたまま振り向いてみると、そのメスは
唖然とし、薄ら笑いを浮かべている。目が合った瞬間、表情が急に恐怖に満ち
た形相に変わり、
「ぎーゃーっ!ねっねこ〜っ!」
と言うものすごい音波を発した。
鼓膜が破れるかと言う心配をしている余裕は俺にはなかった。俺はそのもの
すごい音波にあおられながら、急いでの場を後にした。 全速力で今来た通路
を走った。
後方で騒ぎが大きくなり、二、三人が追いかけてきた。来るときは隠れながら
来たけれど、こうなったら開き直って通路の真中を走るしかない。ブッチャーに
追いつくのに数秒とかからなかった。
「階段は遠いずら。エスカレーターで上がるずら」
と言うとブッチャーは急にわきのつうろへまがった。いきなりスピードを出してい
たから、つめで床を削りながらどうにかこうにか曲がりきれた。
以外とこういう時は人間は親切である。俺達が走っていくと全員よけくれて、
呆然と見守ってくれるのだ。良く考えてみるとそれも納得できる。デパーとの店
内、それも食料売り場を野良猫二匹が駆けずり回すなんて、前代未聞な事だ。
素も前代未聞な事を自分がしていると思うと、走りながら少々異環感を感じ
た。
人間は大分混乱しているようで、わりとすんなりエスカレーターまでたどりつ
けた。休む間もなくエスカレーターを駆け上がり一階に出た。無論、地下から一
階へ向かっているエスカレーターを駆け上がったのだ。
俺とブッチャーが一階に着いた時、横の二階に通じるエスカレーターからぼろ
ぼろに切り裂かれた服を着た人間が三、四人下りてきた。逃場が無かったから
俺達は慌てて身構えた。だが、その必要はなかった。彼らは俺達を見るなり気
絶してしまったからだ。言うまでもなくダンゴの仕業だ。
「かわいそうずら。こいつら一生猫嫌いになるずら」
「悲劇悲劇」
俺達は今気絶した人間達を踏み越えて出口へと向かった。
入り口を出ると、すぐ俺とブッチャーはスケボーを隠した車へと向かった。
車の下からスケボーを出していると頭上がやけに騒がしくなってきた。
「何だずら?」
「さーぁ?」
俺達はポカーンと上を見た。猫らしい声も聞こえてくる。目を凝らしてよくよく
見ると、十五階もあるデパートの最上階からダンゴが勢い良く非常階段を駆け
降りてくるところだった。その後から一人の人間が追いかけてきていた。
「ダンゴ・・・・・!?」
「彼はやっぱりまだ生きとったずらか。ひつこいずらなぁ」
感心したようにブッチャーが小声で言う。俺も同感だった。
「お〜い! ダンゴーっ!」
「おめぇ、生きとったずらか!」
俺とブッチャーは声を張上げた。それが聞こえたのか、ダンゴも俺達に気付
いたようだ。「おお、お前ら、サカナはぱくってきたやろなっ!」
「このとうりやっ!」
ブッチャーがサカナのパックをくわえて見せた。
「よしっ、スケボーの用意してまっとけ!このポリ、すぐかたっずけたる!!」
ダンゴは追ってきた人間の顔面に飛びつき、凄じい勢いでかきむしっていく。
殆ど何も身に付けてなかったから分からなかったが、良く見ると棒と拳銃を持
っている。確かに警官だ。さっきダンゴがデパートに乱入した時、割り込んでい
った警官の一人に間違いない。
数秒でダンゴはかきむしるのを止め、
「できた!芸術や!傑作、傑作!!」
と言い警官の肩から、デパートの十三階の壁に飛びついた。そしてその垂直な
壁を駆け降りてくるのである。
「こんな事、あっていいずらか?」
「アブノーマルやなぁ」
「お前等あほか!ノンフィクションやないとできるか!こんな事!」
などと言っているうちに、俺とブッチャーはスケボーに乗る。ダンゴは地上近く
まで下りてきていた。
スピードは増し、とても止まりそうもない。俺とブッチャーはダンゴが地面にぶ
つかる事を期待していたのだが、それは見事に裏切られた。
ダンゴは地上一メートル位の所で、壁を蹴り空中で弧を描き、俺の乗るスケ
ボーに着地しようとした。が、次の瞬間『ゴツン』という激しい音とともに、スケボ
ーの手前のアスファルトに顔面をめりこませていた。
「やっぱり、現実ずら」
「そうみたい」
俺とブチャーが溜め息混じりに言うと、ダンゴは顔を上げて怒鳴り散らした。
「じゃかぁーしゃい!うだうだぬかしとらんと、さっさといかんかい!」
ダンゴは俺のスケボーに飛び乗ると、急に走らせ始めた。
ものすごいスピードだ。
俺は振り落とされそうになり、スケボーにしがみついた。勿論サカナのパック
もしっかりくわえている。ブッチャーのスケボーも横にぴったり付いてきていた。
狂気的なスピードがしばらくつづいた。
裏道に出たとたん、スピードは遅くなった。ここまで来ればまさか追ってくる人
間はいないだろうと、ダンゴもブッチャーも勿論俺も考えたからだった。
しかも作者がこれを書き始めてすでに六〜七年経過している。飽きも疲れも
来ているはずだ。もうそろそろ『完』だろう。それに早くサカナにもありつきたい。
(ここだけの話、このまま続けられると俺達の命に関わる)という安易な考えも
俺の頭にあった。
だが、それが甘い考えだったと気付くのには時間は掛からなかった。
後方からパトカーが一台追ってきたのだ。フロントガラスの向こうには、ダンゴ
の爪痕が生々しくも悲惨なさっきの警官の目を血走らせた顔があった。ポリバ
ケツや植木鉢、三輪車などを容赦なく跳ね飛ばしながら、狭い裏通を猛スピー
ドで突っ込んでくる。
「ひつこい奴や!」
「完璧に自分の仕事忘れてるずら」
「逃げな殺される!!」
再び俺達を乗せたスケボーは加速を付けていく。
しばらく逃げ回っていると、警官は片足でハンドルを持ち、窓から身を乗り出
してピストルを向けてきた。乱射音が響き、アスファルトに弾が幾つも弾けた。
「ハードボイルドになってきたやんけ」
興奮するダンゴ。
弾はよけなくても当たらなかった。
「こんなに当たらんもんずらか!?」とブッチャーが感心するぐらいだ。
だが、本人はいたって本気だ。
「俺の美貌を返せ〜っ!殺したる〜っ!」 わめきながらもなお撃ち続ける。
けれど弾が無くなるまで、一発も当たらなかった。
そうこうしているうちに町のメインストリートに出てしまった。後方からはなおも
ひつこくパトカーが追って来ている。
「ぶっちぎるしかない!」
ダンゴの目も血走ってきている。
「それしかねぇみたいずら」
ひっきりなしに走っている車の中へ俺達は突っ込んでいった。それも対向車
ばかり来る側のど真中にだ。対向車の合間を縫っていくのはなかなか迫力が
あるものだ。パトカーも未だ諦めないで、ほとんどの対向車とぶつかりながら追
ってくる。ふと見ると、前からも二台のパトカーが追ってきていた。
「応援を呼ばれたずら」
ブッチャーは舌打ちする。
「ネコハチ、しっかり掴まっとけ! あの間を突っ切るからな!」
ダンゴはさらにスケボーに加速をつける。二台のパトカーの間はスケボーの
幅よりわずかに広いだけだ。俺達は一気にすりぬけた。 二台のパトカーは俺
達を追おうとして、ハンドルをきり損ね横転し道をふさいだ。数台の車がそこに
突っ込んで、完壁に道は寸断された。
いくらあの警官がひつこくても、もう追ってはこないだろう、という俺達の安心
もつかのまだった。
横転した二台の上を、あの警官の乗ったパトカーは飛び越えてきたのだ。
三匹とも息を飲んだ。さすがにこれにはダンゴも慌てたらしい。
「何じゃ、奴ら!?」
「執念ずら」
「逃げ切れるか!?」
そう言って前に向き直った俺は、驚き「ギャイ〜ッ」と悲鳴を上げた。
俺達が後のパトカーに気をとられているあいだに、前方から道を塞ぐような
大型トラックが迫っていたのだ。ダンゴとブッチャーも勿論驚いた。
だが、余りに迫りすぎていて、避けることもできない。
「伏せろ!」と言うダンゴの叫び声で、俺はスケボーを抱えるように必死で身を
伏せた。轟音が耳に響く。
数秒後、後ろで衝突音が聞こえ、俺はゆっくり顔を上げてみた。どこも痛みは
ない。足も尻尾も美しい顔も無事だった。
ブッチャーもダンゴも残念ながら、無事生きていた。
俺達の後ろでは、さっきの大型トラックが立ち往生していた。今までけたたま
しくなっていたパトカーのサイレンも止まっている。たぶん、あのひつこい警官
を乗せたパトカーは無惨な姿になっているのだろう。
もう俺達を追ってくる人間は誰もいない。 空にはもうおてんとう様はいなかっ
た。
その夜、俺はいつものように、俺達猫の留り場になっている屋根の上に行っ
た。サカナのパックをくわえて・・・・・。
他に行くあてが無かったからだ。
盗ってきたサカナをけた後、ブッチャーはさっさと自分の分け前をくわえて、二
九八に帰っていった。
きっと今頃は、サカナをあてに、また、メチルアルコールでも飲んでいるのだ
ろう。
ダンゴもホクシーのところだ。
町の至る所からいろんな猫がそこに集まっていた。今夜は昼間の俺達の話
でもちきりだった。すみのほうに長老もいた。
「昼間の事、聞いたぞ。ようやったなぁ」
「ポリをいてもうたんやって?」
「どうやってあそこに入ってん?」
「それがサカナいうやつか?ちょっと見せてくれ」
「キャトフードよりおいしいかなぁ?」「いや、ポリバケツディナーよりうまいんや
ろ?」
仲間に俺が質問攻めにあっていると、そこへいきなり目をつりあげたダンゴ
が割り込んできた。
奴は長老の姿を見るなり怒り狂い、どなった。
「くそじじい!俺をなめとんか! おのれがうまい言うからサカナ、必死でへちっ
てきたんや! あんな臭いもん食えるか! おかげで俺はホクシーにふられて
んぞっ! おのれに分かるかっ! 俺の気持ちが!! 俺のホクシー。ああ、
俺の青春も終わりや」 最後には泣き出すダンゴ。
俺はくわえていたパックから切り身を出して、一口かぶった。
確かになんともいえない臭い匂いが口の中に漂った。
今の猫の口には合わないと思う。
けれど俺には何となく、サカナの味が分かったような気がした。
「猫のたわごと」 完
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