深町正が中学時代から書き溜めた詩と小説を載せてます
第四章・サカナ強奪大作戦
「おい!もう行くぞ」
と言うと、おれはひょいっと、スケボーに飛び乗った。
「こら、あほ!おれより先に行くな!」
「待つずら!わしも行くずらでよ!」
そんな二匹の声を無視して、おれは表通りへ抜けるため、おもっくそ勢いをつ
け、スケボーで298の裏玄関へ突っ込んでいった。 この作者も主人公に酷な
ことをさせる。
おかげでおれは、298の壁や襖をいくつ突き破ったか。
ようやく店先にでたおれはの目の前に、肉をミンチにする機械が近づきつつ
あった。
そこでおれは、とっさに思いだした。
スケボーの止めかたをまだ聞いてなかったのだ。
(ネコのミンチか・・・・・けっこういけるかも・・・・・!?)
おれは一瞬そう思ったが、本能的に体を傾けた。
スケボーは急カーブをきり、今度は、芋羊羹をほうばっているヤモオヤジめ
がけて突っ込んだ。
ヤモオヤジは座っていた椅子とともに、おれがぶつかると同時に、どこかに
消えてしまった。
気がつくと、おれを乗せたスケボーはまだ走っている。
後ろでゴツンとにぶい音が響くと同時に、何か、黒く、冷やっこい物体が、お
れの視界をさえぎった。
なめてみると甘い。おれはすかさず、長い舌で巻き込み、口へ詰め込んだ。
(この甘味は・・・・・ムムムムムッ!?芋羊羹!?)
おれのその一瞬のすきをついて、スケボーは肉の入った陳列棚に突っ込ん
だ。
そのままおれを乗せたスケボーは、陳列台のガラスを突き破り、表通りに飛
び出した。
後ろを振り向くと、店の中でヤモオヤジは、倒れ込んでいて、頭を強くぶつけ
たらしく、目ん玉が回転運動を起こしている。
にも関わらず、手だけが机の上の芋羊羹がのっかっている皿へと伸びていた。
執念、根性、気力、アホ、と言う言葉が、おれの頭ん中をかすめた。
ブッチャーとダンゴもおれの後を追って、店から飛んで出て来る。
人並みの多い中を三台のスケボーが、もうスピードで突っ走っていく。
不思議なもので、おれ達がすりぬけていくのにもかかわらず、人間達は少し
も気づかないのだ。
「われーっ、なめとんのんか!!」
注目されていないと気に入らないダンゴは、怒り狂い、前足の爪を光らせた
かと思うと、片っ端から人間の足に爪痕を残していく。
「やめるずら!そんな、気色のいいことすなずら!」
ブッチャーの叫び声も、もうダンゴには聞こえない。
すでに、ダンゴには注目されたいという意識はない。
ダンゴは人間の足をひっかいていくにつれ、有る種のエクスタシーを感じてい
るのだ。
目の輝きも変質めいている。
何十人ひっかいただろうか。俺は不思議だった。
これだけ派手にしたら、一人ぐらい気付いてもよさそうなものだ。
が、誰一人、気付く人間はいない、痛みも感じるようすもなく、行き過ぎていくの
だ。
そのことを悟ったダンゴは、ますます過激な行動へと走った。
次々と人間の体に飛び乗って、顔面をかきむしっていくのだ。
それには、さすがに鈍感な人間も気付くしかない。
悲鳴と叫び声で、通りは騒然となった。
よほど娯楽が無いのか、騒ぎに気付いた人間どもは、やじうま根性をむき出
して集まってくる。
ダンゴのことも心配だったが、俺とブッチャーは、それどころではなくなってい
た。
蹴られ、踏まれながら、その群集の中から脱出しようとしていた。
生命の危険を感じたからである。
やっとの思いで難を逃れた俺達は、、少し離れたところでしばらく見物してい
た。
助けようなんてバカバカしい事は思わなかった。
俺もブッチャーも、うんざりするぐらいダンゴの性格はわきまえていたからだ。
「ゲボーッ。これだやからよう、あいつと出歩くん、嫌なんずら。ああなったら、
気がすむまでやらせとくしかねえずら」
あきらめの表情でブッチャーは言葉を吐いた。
「しかし、あれは猫の域を完璧に越えてるな」
「病気ずら。仕方ねぇずら」
「猫の自覚あるんだろうか?」
「奴にそれを要求するほうがむちゃずら」
決めつけるようにブッチャーは言う。
その言葉に納得して、俺は群集をまじまじと見た。
騒ぎは度を増すいっぽうで、おさまるようすもない。
「さきに、いっとくずら」
そう言うとブッチャーは、巨体をスケボーに乗せた。
俺も軽く飛び乗った。
ブッチャーはスケボーを動かし始めながら、振り向き、溜め息混じりに、
「猫の恥ずら」
と言い、スピードを早めた。
俺もそれにあわせてスケボーを走らせた。
後ろのほうで、けたたましくも又賑々しい、サイレンが聞こえてきた。
おてんとさまの顔半分は、家並みに隠れてしまった。
俺とブッチャーは、もうすでに南武デパートのすぐ横まで来ていた。
スケボーを駐車している車の下に隠し、デパートの入口付近の様子をうかが
う。
飴に群がる蟻のように、人間のメスどもが押し寄せている。
凄じい光景である。
「集団心理、言うやつずら」
「そうか」
「見てみろずら。全員目が血走ってるずら。バーゲンいうて書いてある幕が掛
かっていれば、いつもああずら。あん中へ入って、生きて戻ってこれるんはダン
ゴしかいねぅずらで」
「そうだなぁ」
俺達は唖然と、人間のメス達のあさましい姿を見ていた。
「猫の女もああなんのかな?」
「どこの社会でもメスはおんなじずら」
「あーあ、嫌だ嫌だ」
俺とブッチャーは顔を見合わせ、苦笑いした。
と、その時、ほぼ同じに、俺達はハッとして後ろを振り向いた。
「・・・・・!?」
「・・・・・あれは!?」
サイレンが聞こえてきて、それが徐々に近づいてくるのだ。車の下から頭だけ
出して見回していると、ダンゴがもうスピードで走ってきた。
「やっぱり!!」
ブッチャーと再び顔を見合わせた。
「おのれら、なに考えとんねん。大事なダチを見捨てやがって!」
ダンゴはわめきながらもスピードを落とさない。
ブッチャーはそのわめきに応えるように、大声でつぶやく。
「ばぁーか、てめぇだからずら。他のダチやったら見捨てんずら」
「何か言うたか!?」
「なんにもねぇずら!!」
「嘘つけっ!まぁええ!今ポリコウの車に追われとんや!このまんま、あそこへ
突っ込んで、派手にあばれまくりながら上に行く。その間に己等、下からサカナ
をへちくってこい!失敗してみい!ドタマかち割ったるからなっ!」
ダンゴはそう怒鳴りながら、俺達の脇を通り過ぎて、さっき見ていた人間のメ
スの集合体のド真中へ一気に突っ込んでいった。
それに続いてすごい速度でパトカーが行き過ぎていった。もちろんダンゴを追
っているのだ。
デパートの入口のほうから、悲鳴が聞こえ始めた。パトカーを止めて警官二
人も割り込んでいった。
狂気的に暴れ回るダンゴを中心に、騒ぎは大きくなり、たちまちのうちに群集
ができあがった。
そのほとんどの人間の顔に、遠くからでもはっきりわかる生々しい爪の跡が
付いているのが、奴の狂猫さを物語っている。
警察はダンゴを捕まえるどころではない。
人間のメス達の中でもみくちゃにされ、身を守るのに必死である。
ダンゴを中心にした群集が、勢いをつけて店内になだれ込むのを見て、ブッ
チャーはあくびをしながら巨体をわずらわしそうに持ち上げた。
「さぁ、酔いも冷めたことずら。とりあえず行くずら」
スケボーを置いて、俺は車の中から出た。
ブッチャーが出てくるのを待っていた。
が、なかなか出てこない。
車の下から、エンジン音のようなうなり声が聞こえてきた。
「ブッチャー、はやく」
俺は何気なく車の下を覗き込んだ。ムッとしたようなブッチャーの顔があった。
「何してるんだ、はやく出てこいよ」
「見てわからんずらか!てめぇ,よう状況を把握して物言えずら!」
そう言われてはじめて、なぜブッチャーがっ出てこないのかが判った。
俺は思わず吹き出してしまった。
普通の猫なら何の問題もなく,通れるぐらいの幅なのだが、なにせこの巨体
だ。
ブッチャーは車体とアスファルトの間に挟まり、身動きがとれずにもがいてい
る。
それが又、何とも形容しがたいぶかっこうさなのだ。
「笑う暇が有るんなら手伝えずら!」
と、怒鳴るブッチャ−。
笑わないほうがアブノ−マルだ、と思いながら、ブッチャ−の前足を引っ張っ
た。
ズリズリッ、ジョリジョリッ、と言う鈍い音と共に、ブッチャ−の体が出てきた。
「いてててて、いてぇずら」
「文句言うな!」
満身の力をこめて、やっとの思いでひきづり出した。
車を見ると、ナンバ−プレ−トやバンパ−が前方に歪み、黒・白・茶・黄土、
の毛が付着している。
その下のアスファルトにも、似たような毛が散乱していた。
「おやっ!?」
嫌な予感がした。
俺は恐る恐るブッチャ−の方に目をやった。
念のために言っておくが、俺の予感は外れたことがない。
「てめぇは、加減ちゅうもんを知らんずらか?」
ムッとした奴の顔が視界に入った。
それとなく視線をずらし奴の体を見たとたん、またしても俺は吹き出した。
と、同時に、
「ヤッタ−ッ、当たった。ラッキッ−」
という言葉が口から出てしまった。
「てめぇ!!」
ブッチャ−が怒るのは無理もない。
奴の背と腹は不毛地帯になっていて、赤くなった地肌が露出していたのだ。
「他猫(他人)の不幸を笑うなずらっ!」
今にも噛みつきそうな顔で俺をにらんだ後、ブッチャ−は背中を見て情けな
い表情になった。
それがまたなんとも言えずおかしい。
「すまん、すまん。でも恨むんだったらこれ(この物語)を書いている奴を恨め。
俺には責任無いぞぉ」
『この作者、ろくな死に方せんぞ。きっと動物愛護協会を恐れながらも、必死
(?)で書いてるんだろう』
俺は笑いを堪えながら、そう思った。
これ以上言うと、俺というキャラクタ−の存在自体危なくなるからやめとく。
「なにが書いた奴ずら。てめぇといるとろくな事ねぇずら。はよサカナを盗ってこ
んと、体がいくつ有ってもたらねぇずら」
と、ブッチャ−はぶつぶつ言いながら立ち上がり、ゆっくりデパ−トの入口に
向けて歩き出した。
俺もその後をついていく。
「おいおい、大丈夫か?こんな道のど真ん中」
「大丈夫ずら」
なるほど。ダンゴが暴れているせいか、入口付近は人も少なく、そんな俺達
に気付く様子もない。
真正面から堂々と店内へ入っていけた。
店内を見回し、俺達は思わず一瞬立ち止まり、顔を見合わせた。
「派手にやったずらナァ」
「さすが・・・・・」
とにかくパッと見て、派手に暴れたと言うことが分かった。
地震の後、火事の後、豪雨、山崩れの後、天災人災のどれにも勝、凄じい崩壊
の仕方だった。
何人か人間も倒れている。
そんな人間達を俺とブッチャ−は、いつも踏まれているから、ここぞとばかり
に踏み越えて、奥へと進んだ。
少し入ったところに、下へ通じる階段は有った。ブッチャ−はその脇にしゃが
みこむ。
「この一番奥にサカナがあるんずら。サカナは全部パックと言うやつに入って
て、選びにくいずら。でもよう、もたもたしていられねぇずら。冷えて動けなくなる
ずら。だからよう、一気に行って、一気に逃げてくるずら」
「よしっ、分かった」
「そんじゃぁ、行くずら」
ゆっくり立ち上がると、ブッチャ−は急に階段を駈け降りていく。
「まっ、まっ、待ってくれ!」
俺も急いでブッチャ−の後を追って、地下へと下りていった。
俺が地下へついた時には、もうブッチャ−は人間のメス達の中に紛れて見当
たらなかった。
俺はブッチャ−を探しながら、サカナが有ると言う奥の売り場へ向かった。
人間とは何と純粋な生き物だろうか。
街の中でもそうだったように、こんな狭い店内(と言っても我々の額を遙かに上
回るのだが)にもかかわらず、俺達の存在はおろか、上で何が起こったのかも
全然全く気付かづ、人間のメス達はのんきに、九十八円の大根等を買い込ん
でいるのだ。
上のむごったらしく悲惨な光景と今見ているこの光景との間に、あまりに病的
にギャップが有りすぎて、俺にはついていく自信が無い。
あんまり深く考えないでおく。
こうして見るといろんな食い物があるのだ。とにかく見渡す限り食料品が満ち
溢れているのである。
またそれを買いあさる人間も様々だ。
そのほとんどがメスで、ほとんどがブッチャ−以上の肥満体である。
そしてほとんどが良い身なりをしているにも関わらず、目を吊り上げて値段を
にらみつけ、少しでも安い物が有れば手当り次第に持っている籠の中に突っ
込んでいくのだ。
そんな異常な光景が、店内の至る所で、繰り広げられているのだった。
かと思うと、元気よくなんの意味もなく駆け回る子供がいたりする。異様な雰囲
気だった。
そんな中、俺はブッチャ−を探し、尚も奥へ向かった。
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