深町正が中学時代から書き溜めた詩と小説を載せてます

第一章・屋根の上で

 
 おれは、生物の中の脊椎動物の中でも、高等(人間という例外もいる)なネコ
科で、最も気品高い「ドラネコ族」に属している。
 名前も由緒正しくて、「テヌキノコウジ・ネコマロ・ネコハチ」という。
 ネコ家業も大変なものである。特におれのように、貴族出身者で、ネコ本来
の気楽な放浪生活をしているものにとっては、不景気なご時世になってきてい
る。ディナーをとるのにも、ひと苦労する。
 これは、近くに住む長老「ネコハラ・ニャンジロウザエモン」に聞いた話だが、
昔のネコは、今とは比べものにならないぐらい栄養がいきわたっていた、という
ことらしい。
 早春の暖かいひざしがふりそそぐ、二階建てのあばら屋の屋根の上で、ニャ
ンジロウザエモン長老は、よれよれのご自慢のヒゲを、めいっぱいたてて、し
わくちゃの口をモグモグさせながら、誇らしげに話はじめた。
「むかしはなぁ、今のように、ごみ箱から食いもんをさがさなくても、食いっぱぐ
れのない時代じゃった。つまり、〃三食昼寝つき〃というわけじゃ」   
「おれのような宿なしネコでもか?」
と、おれが聞くと、
「もちろんじゃとも。むしろ、宿なしネコのほうが、食生活は豊かじゃった。なぜか
というとだなぁ」
 長老は、身をのりだして話を続けた。
「むかしゃあ、人間がやっている、〃サカナヤ〃というのがあって、魚がいつで
もあったんじゃ」
 おれは目をギラギラかがやかせて、
「とすると、そのサカナを食ったというわけか?」と聞いた。
 長老は、
「近ごろの若者は、せっかちだから困る。そうあわてなさんな。まぁだ、おてんと
うさまは、てめえのからっぽのオツムの上じゃあねェか」と言って、歯がまったく
ない口の中をみせながら、あくびをした。
「そうかんたんに食い物が食えたら、苦労せんわい。第一、人間が、そうやすや
すとサカナを手ばなすはずないじゃろう」
 おれは、もっともだと思った。
「魚を食うのにも、それなりの技術が必要じゃった。〃サカナヤ〃には、必ず、
人間のメスには愛想はいいが、ネコには愛想の悪い〃サカナヤのタイショウ〃
と呼ばれる人間のオスがいて、魚を見張っているんじゃ。
 まず、その〃サカナヤのタイショウ〃に気づかれぬように、屋根づたいに〃
サカナヤ〃へ近づくのが、第一段階じゃ。〃サカナヤ〃の屋根の上についた
ら、まず、下をのぞきこんで、たくさんある魚の中から、一匹だけ選ぶんじゃ。欲
を出して、二・三匹とろうとしたやつは、人間につかまり、えらい目にあうのじ
ゃ。魚の選び方も、ちいーとばかしこつがいってのう」
 そこへ、急にどこからともなく、
「ヨオッ!ネコハチ。そんなところで、そんなじじいと何を話しとんねん」と言う声
が聞こえた。
 長老は、気分を害したようすもなく話をやめて、
「きよった。きよった」と言って、ニンマリした。
 見ると、三軒先の赤い屋根の上に、おれの悪友が、たぶんどこかの犬から掠
め取ったジャーキーをかみながら、顔だけこっちへ向けて、ねそべっていた。
 彼は『ダンゴロー』という名で、黒ネコ族に属している。通称『黒ネコのダンゴ』
という。最近よく見られる若者のように、デコチンから後頭部にかけての二本の
そりこみ、六本のヒゲのパーマ、鉄棒のごとくカチカチにリーゼントしたしっぽ、
といういでだちであった。
 おれは、
「オウ!黒ネコのダンゴか。今、長老の話を聞いてたんだ。おまえは何をしてい
たんだぁ?」と聞いた。
 黒ネコのダンゴは、近づいてきて、
「暴走にもカツアゲにもあきたからヨオ、もっとデッケェことをやったろう思って、
屋根の瓦の数をかぞえとったんじゃ。悪いんか!」と、すごんでみせた。
「悪くはないよ。しかし、きみが、そんなしみったれたことするとはなぁ」
「テメェこそ、なにしとんねん。棺桶に足三本つっこんでるような、いもじじいと昼
の日中から、くっさい話しやがって。それでもニャングか!」
「まあ、話を聞け」
「オゥ!聞いたるわい。はよ言えや!はよ言わな、しゃっかすぞ!」
「むかしのネコは、〃サカナヤ〃というところから、魚をとって食べていたんだっ
てさ」
「あんなもんよう食っとったなあ。おれ、一度食うたことあるけれど、メチャかたく
って、口の中にやたらつきささって、血だらけになった。あんなもん食えるもんち
ゃうぞ」
「おまえなあ、何か大きな思い違いをしてるんとちがうか?おまえの言ってるの
は、〃魚の骨〃とちがうか?」
「そうや。サカナ=ホネとだいたい相場が決まっとるやんけぇ」
「その考え方が、そもそもまちがっている。魚は、身を食べるものだ」
〃黒ネコのダンゴ〃は、信じていないようすで、
「魚に身?おまえ、おれを無知(アホ)なふつうのツッパリのネコと思って、ばか
にしとんのか!なめとったら、ヒゲ全部ぬくぞ!」とつっぱって、言った。
「なめているものか。おまえをなめても一銭の得にもならないだろう」と、おれ
は、ヒゲをおさえながら言った。
「それもそうや。しかし、魚に身があるとは・・・・・」
〃黒ネコのダンゴ〃は、
「うむ、おもろそうや。じじい。おれが聞いたるから、話をつづけろ!」と大きな態
度に出た。
 長老は、
「まあ、待て」と言って、背伸びを一度した。「どこまで話したかのう」
「おい、じし゜ぃ。おれは、忙しいねん。さっさとはけ!」
〃黒ネコのダンゴ〃は、そう言っていきがった。
 長老は、おれに、
「たしか、魚の見分けかたのところからじゃったなあ」と、のんきに聞いてきた。
「はい。そこのところからです」
「おほん!魚の選び方もこつがあるんじゃ。まず、目がにごっているヤツはい
かん。それから、ウロコの光沢がないのもいかん。というのは、〃サカナヤ〃と
いうところは、たんまに、三カ月ぐらいほったらかしの魚がおいてあることがあ
るからじゃ。そいつを食ったもんなら、即、腹痛をおこし、七転八倒の苦しみを
味わうことになるんじゃ。〃フグ〃という魚も、いただけない。うまいが、食うと、
永久にオネンネしてしまうんじゃ。わしの昔友達に、むてっぽうで、アホの上に
〃ド〃がつくようなやつがおって、年寄りの言うことをきかんと、面白半分で、
目のにごったウロコのはげ落ちた魚を食うたやつがいた。やつは、それ以来、
慢性の下痢で悩んでいるのじゃ。それからのう、こういうやつもおったぞ。やつ
も、ききしに勝るバカネコで、『毒にあたるも八卦、あたらぬも八卦』と言い、とっ
てきたフグを屋根の上で食うていて、毒にあたって、屋根から落ちたんじゃ。ま
た、その落ちたところが運悪く、三味線屋の玄関先じゃったんじゃ。数日後、わ
しがその前を通ったら、やつのもようのついた三味線がおいてあったんじゃ。喜
劇的な最後じゃった」
「アホや。ネコの風上にもおかれへんやつや」
 ダンゴは、かわいた声でそう言った。
 おれは、なぜ、人間は、そんな猛毒の魚を食うのか、理解に苦しんだ。
 長老に聞くと、
「命と引き換えにしても惜しくないくらい、うまいのじゃろう。わしは、命のほうが
惜しかったから食わんかったが・・・・・」という答えがかえってきた。
「ふうん。度胸あらへんなぉ、じじい」
 ダンゴは、不敵な笑いをうかべた。
 長老は、かまわず話し続けた。
「そういうふうにして、たくさん並んでいる魚の中から、一匹だけ選ぶんじゃ。し
かも、なるべく、くわえやすいのをな。選んだら、その魚をじいーと見るんじゃ。
そして、息をととのえてから、〃サカナヤ〃の屋根の上からめざす魚まで、一
気に急降下するんじゃ。そして、着地と同時に、すばやく、しかも完璧に、ねらっ
た魚をくわえ、全速力で走るんじゃ。ここから、体力が必要となってくる。うしろ
から〃サカナヤのタイショウ〃が、片手にさしみ包丁を持って、何かわめきな
がら追いかけてくるのだから、こっちも命がけじゃよ。しばらく逃げ回すと、たい
ていのネコが、屋根にのぼるんじゃ。屋根にさえのぼればこっちのもので〃サ
カナヤのタイショウ〃は、下で、ただ、行ったり来たりしながら、わめいているだ
けじゃった。そして、やっと魚にありつけるのじゃ」
「ヘエー」
 おれは、えさをそうまで苦労してとらないといけないことが、不思議だったが、
感心した。
「そうすると、昔のネコは、魚ばっかぁ食ってたと言うわけ?口の中、よ、生臭そ
うならへんかったなあ」と、ダンゴは、ひやかす。
「もっと、うめェものがあったこたああったけんど、たぶん、おまえらは知らない
だろうなあ」
 ダンゴは、身をのりだして、
「ゴキブリか?セキセイインコ?か」
と、長老に聞いた。
 長老は、
「昔は、そんなまずいもの食わなかった」
と言った。 
「じゃあ、うまいものって何ですか?」
 おれは、はやる心をおさえて、そうきいた。
「ネズミじゃよ」
「ネズミ・・・?」
 おれとダンゴは、顔を見合わせて、キョトンとした。おれもダンゴも〃ネズミ〃
というものを見たことも聞いたこともまったくなかったと、思っていたからである。
「ペットショップにおるじゃろ。白くて、チョロチョロ動き回る、あれじゃよ」
「ああ、あいつか。おれは、あいつには、だいじな男前のこの顔の鼻をかじられ
て、腹立っとんねん」
とダンゴが、鼻息もあらく言う。
「ネズミというやつは、とにもかくにも、すばしっこいんじゃ。魚を食うとき以上に
体力を要するのじゃ。ネズミ一匹で一日かかることも、めずらしくはなかった。
追いかけ回して、追いつめても、油断はできん。あわてて食おうとすると、あの
鋭い歯で鼻っ柱をかじられるんじゃ。だから、ネズミは、ケツから食うのが安全
じゃと、されているんじゃ。わしら、俗にノラネコと呼ばれるのが、食うのに、ネズ
ミは〃ドブネズミ〃とか、〃野ネズミ〃とか呼ばれる種類で、味は、まあまあだ
が、身が、すじ肉ばかりじゃ。それにくらべて、昔の飼いネコは得じゃった。
 なにしろ、〃家ネズミ〃という、シモフリで、一番うめェネズミの住処が、人間
の家の天上裏にあるのじゃから。今の飼いネコどもは、ネズミがいなくなってか
ら、変わりに、〃キャットフード〃という、妙ちきりんなものを食わされている。そ
の上、運動不足ときて、ブクブク太る一方じゃねェか」
「そうや、たしかにブタかネコかわからんような飼いネコ、チョクチョク見かける
なあ」
とダンゴは、口をはさんだ。
「そういえば、最近、若い飼いネコに、脳溢血や心筋梗塞で倒れるものが、多く
なってきています」
おれも、口をはさんだ。
「そうなんじゃ、わしらノラネコも気ィつけにゃあなるまい。人間の食いのこしを
食べとるんじゃから・・・・・。昔と変わったのは、食いもんばかりじゃねェ。ノラネ
コのほこりちゅうもんが、なくなってきよる。昔のネコは、人間が近づいても、た
じろぎもしないで、しっぽを立てて、道の真中を堂々と歩いたものだ。しかし、今
の若いノラネコは、人間のかげを見るか見ないかで、隠れてしまう。これじゃ
あ、ノラネコがバカにされるのも当然じゃ」
 長老は、腰をのばし、空を見て、あくびをしながら、
「もう、こんな時間か。時のたつのは早いのう。ちいとばかり、しゃべりすぎたよ
うだ。わしゃあ疲れた。わしゃあ、寝るぞ」
と、言ったか言わなかったかで、もう寝てしまった。
 おれは、感心した。
「じじいはすぐ寝よるから、きらいやねん」
と言ったのは、ダンゴだった。
「ネコハチ、そろそろ行くでぇ」
「どこへ・・・?」
「きまっとんやん!じじいの話を実行するんや。なんか文句あるんか?」
 おれも、おもしろそうだから、ついて行くことにした。

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