深町正が中学時代から書き溜めた詩と小説を載せてます
第二章 サカナを求めて・・・
おれとダンゴは、いやになるほど街の中を歩き回ったが、〃サカナヤ〃は、
なかなか見つかりそうにもなかった。
太陽は、いっこうに、おっこちるようすもなかった。
歩きすぎたせいか、おれの足は痛さを遙かにこえて、何も感じなくなってきた。
いつも、あまり人間に目立たない裏通り、家と家との間、路地や屋根の上ば
かり通り道にしてきた。
ほとんどの〃ノラネコ〃と呼ばれているネコがそうだ。
だから、こんなに人間達が、うじゃうじゃいる表通りを歩くことは、めったにな
い。
ダンゴは、歩き慣れているのか、人間を見向きもしないで、堂々と道のド真中
を歩いていくが、おれは、そんなふてぶてしいことはできない。
なにしろ、あたり一面、人間の足、また、足、だから、踏まれやしないか、蹴飛
ばされたりしないかと思うと、おれは恐くて、なかなか進めなかった。
ダンゴは、ド真中を歩いているわりには、踏まれることも、蹴り飛ばされること
もなかった。
かえって人間のほうが、よけていたようだった。
ダンゴは、おれをからかうようにこう言った。
「なにをびびっとんねん。ネコハチ、堂々と歩かんかい。そうしたら、やつらのほ
うから道あけよるんや。さっさと歩るかな、ほっとくでぇ」
「行くよ。行くよ。でも、どこへ行くんだい。今まで、〃サカナヤ〃を探してきたけ
れど、それらしい店は見当たらなかった」
「今、思いだしてんけど、〃サカナヤ〃はないけど、魚があるとこは、知っとる
んや」
ダンゴは、自慢げにウインクした。
「ど、どこだい、それは」
おれはつばを飲み込みながら、そう聞いた。
「ついてくればわかる。さぁ、おもしろくなってきたでー」
ダンゴは、突然、つっ走りだした。
まったくなにがおこるか、見当もつかなかったが、おれは、無意識のうちに、
ダンゴの後について駆け出していた。
しばらく走って、ある庭つきの家の前を行き過ぎようとしたとき、
「黒猫のダンゴさん。どこにいらっしゃるの?」
という、雌ネコの声がした。
ダンゴは、その声を聞くと、急に走ることをやめ、庭つきの家をのぞきこんだ。
ダンゴが、急に止まったもんだから、すぐ後を走っていたおれは止まれず、や
つにおもいっきりぶつかってしまった。その反動でダンゴは、2〜3メートル離れ
た電柱まで、ぶっ飛んで「ゴ〜ン」というにぶい音とともに頭をぶつけた。
おれはそのおかげで、止まることができた。
「スマン、スマン、君が急に止まったもんだから・・・」
「いてててて。どアホ。気つけ!どこに目ぇつけとんねん!」
ダンゴは頭をかかえながら起き上がって、おれにどなった。
よほど強くぶつけたらしい。
ダンゴの頭には、鏡餅のような二重こぶができていた。
そこへ、突然、飼猫らしいペルシャネコ族の真っ白な毛でおおわれた美女が
現れた。
彼女はダンゴを見て、
「どうなさったの?ダンゴロウさん」
と、気づかうように声をかけた。
ダンゴは、急に顔をにこやかな顔に変えて、
「やあ、ホクシー」
と、顔に似合わぬ甘い声を出した。
「なんでもないさ」
彼女はダンゴの言葉に安心したらしく、体をダンゴにすり寄せて、
「ゆうべは、どうもありがとう。とっても楽しくて、ロマンチックなおデートだったわ
ー」
と言った。
おれはただ呆然と指をくわえて、見ているしかすべがなかった。
「その時、はっきりとわかったの。あなたが好きだということを」
「お、俺も、君のこと、す、好きだよ」
おれは、そんな二人のやりとりを聞いていると、生きていくのがバカバカしくさ
え思えてきた。
二人をボケ〜ッと見ていたおれのほうを、彼女は、まるで邪魔ものを見つけ
たというような冷たい目で見た。
「あのかた、どなた?」
彼女は迷惑そうに言う。
「ああ、あいつ、まだおったんか。気のきかねいやろうだ。あいつは、テヌキノコ
ウジ・ネコマロ・ネコハチという、おれの友達の中で一番ださい野郎だ」と言いな
がらダンゴは近づいてきた。
それを聞いて、おれはムッとなった。
「おれのどこがださい!?」
「じゃあ、おめいのどこがださくない!?」 おれはそれ以上返す言葉がなかっ
た。
「おめい、なあ。ちょっとは気をきかせろや〜。せっかく、おれとホクシーちゃん
がいいムードでいてるのによう。おめいが、じっと見るから全然もりあがらへん
じゃんか」
「よく言うよ。今おれたちは、魚を探している途中だぞ」
「ああ、そんなことすっかり忘れとった」
「忘れとったじゃないよ。まったく女の前じゃあ、ころっと態度が変わるんだか
ら。二重ニャン格じゃないか?」
おれは、皮肉っぽくそう言った。
ダンゴは、むっとしたようすで
「なにいっ、二重ニャン格だとうっ!」と、落雷のような声を出した。
「まあまあまあまあ、冗談だよ。ところであの美しい女性は誰だい。まさか・・・」
おれは、疑いの目で奴を見た。
「なんやねん。その、そんけんに満ちあふれた態度は」
「な、なんでも」
「あいつは、おれにほれているやろうで、ホクシーちゅうねん。おれが言うのも
何やけど、めちゃくちゃきれいやでー」
ダンゴは、自慢げに言った。
「ねー、黒猫のダンゴさん」
ホクシーが近づいてきた。
ホクシーはおれのほうを見て、にっこり微笑んで、
「私はホクシー、よろしくね」
おれはなぜか汗をかき、喉が渇き、胸が高鳴った。
「お、お、お、おれ。テ、テ、テヌキノコウジ、ネ、ネコマロ、ネコハチ。よ、よろし
く」
おれはおれらしくもなくあがっていた。
彼女はくすっと笑って、
「ユニークな方」と微笑みながら言った。
おれはいちおう、
「はぁ、・・・。ああどうも」と返事はしたものの、頭の中がボーとして、それ以上言
葉が出なかった。
ほほがなぜか熱くなってきた。
「何をぼけーっとしとんねん。あほみたいに口をポカーと開けてたら、しまいに
鳥が巣つくんぞう」
ダンゴがひやかしてきた。
おれはあわてて口を閉めて、
「猫(ヒト)のこと言えるか!おまえこそさっきから、だらしなく鼻の下がのびっぱ
なしだぞう」とダンゴに言ってやった。
あわてて鼻の下を前足で隠すとダンゴは、「あ、あほか。いらんこというな!」
と、照れを下手にかくして言った。
そこへホクシーが、
「ダンゴさんの怒った顔、私、だ〜いすき」 なんて言ったもんだから、ダンゴ
は、はずかしさの限度を超えたというような真赤な顔になって、うつむいてしま
った。
その時、一瞬、ふだんのつっぱっているダンゴを思い浮かべてしまったおれ
は、あまりの面白さに、一秒と耐えられなかった。
「が〜っははははははははっ、わっははははははっ。あーあーあー、くっくるし
い〜。くるし、くるし、くるし〜」
おれは、涙を流し、転げ回りながら、遠慮なく死ぬ一歩手前になるほど笑っ
た。
おれに笑われてダンゴは、
「わっ、笑うなっ!なにがおかしい!」と、むきになった。
おれは、「ごめん、ごめん」と言いながらも笑っていた。
ダンゴも笑いだした。
ホクシーは、訳がわからずきょとんとしていたが、おれとダンゴにつられたらし
く、理由もなく笑い始めた。三人、いやいや、三匹は、しばらく笑っていた。
しかし、突然ダンゴは笑うのを止め、おれに、
「おれら、なんか忘れとるでー」と言ってきた。
おれはびくっとなって、笑いを止めた。
ホクシーも笑いをやめて、おれ達を不思議そうに見た。
おれも魚の調達のことなど、すっかり忘れていた。しかし、ダンゴの言葉で驚
いたひょうしに、偶然にも思い出した。
「ああ、魚屋捜しのことかい」
「おう、それや」
ダンゴはそういうと、おれの頭を景気よく殴りつけた。
むっとしているおれをよそに、ダンゴは空を見て、
「日が傾いてきよった。はよ行かんとやばいでー」と言ってきた。
おれには、何がやばいのか分からなかった。 ホクシーは心配げに、
「ダンゴさん、どちらへいらっしゃるの?」とダンゴに聞いた。
「心配しなくてもええ。ちょっとばかし魚というくいもんを人間からぱくりに、いや
いやわけてもらいに行くだけやから。あっ、そうや。今晩、魚をご馳走したるか
ら、ここで待っとけやぁ」とホクシーに言って、ダンゴはおれについてこいと言う
と、全速力で走っていった。
おれはホクシーに一礼した後、あわててダンゴの後を追った。
なぜダンゴの後を追っているのか、自分でも分からなかったが、とにかく足が
そっちへ行こうとしているんだから行こうと思った。 おれがダンゴに追いついた
のは、百メーターばかし走ったところだった。
「えらい遅いやんけ」
「ごめん、ごめん。ところで、今、行こうとしている所は、いったいどこなんだ?」
ダンゴはめんどくさそうに、
「駅のとなりにある、南部デパート」と教えてくれた。
おれはいささかそれを聞いて驚いた。おれの知っている範囲では、その南部
デパートと言うところは、最も人間が集まる(特に雌が多い)場所なのである。
そのうえ、入口付近には、警備員と言う人間のいかついおっさんがいて、絶え
ず、あたりを監視しているのだ。 もし、ネコが入ろうものなら、たちまちのうちに
捕まえられ、投げ飛ばされ、全治三カ月の重傷を負うことは、目に見えている。
ダンゴもそれは、十分すぎるほど知っているはずである。そんなところへ行こ
うと言うのだから、何か考えがあるのだろう。ダンゴは、自信満々な顔をして走
っていった。しばらく走ったところで、ダンゴは何を考えたのか、南部デパートと
はまったく逆方向の道に曲がっていった。
おれはあわてて立ち止まり、
「お前、いったいどこへ行くんや。そっちは南部デパートと反対やでー」と叫ん
だ。
「じゃっかあしい。こんで(これで)ええんじゃ」
ダンゴはそう言って、さっさと走り出した。おれも知らず知らずその方向へ走り
出していた。走りながら、どこに行くのか改めてダンゴに聞いてみた。
ダンゴはすかさず、
「ブッチャーのところよ」と言った。
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