深町正が中学時代から書き溜めた詩と小説を載せてます

第三章 三匹の悪友

ブッチャーは、おれ達といつもうろうろしている猫で、″二九八″という肉屋に
一応飼われているのだが、ほとんど野良猫生活をしていた。
 飼い主は、『サケ・ノムゾウ』と言うのだが、酒は一滴も飲めない。だから、何
か気に入らないことがあれば、酒と名のつくものを買いあさり、自分では飲まな
いで、ブッチャーに飲ませ、それで酔った気分にひたるのだ。 ブッチャーに酒
を飲ませている横で、酔った気分に浸りながら、山のように積んだまんじゅうを
やけ食いすると言うのだから、変わった人間だ。初めは嫌々飲んでいたブッチ
ャーも今では、テキーラ、濁酒からメチルアルコールとなんでもこいになってい
る。
 この街の猫は、ブッチャーの飼い主を『おやじ』や『やもおやじ(やもめおや
じ)』と呼んでいる。事実、四十代後半だと言うのに、結婚未経験者である。お
やじは人間には無愛想で『かたぶつ』とか『へんじん』などと呼ばれていて、評
判が悪い。
 だから、客足もまばらで、二日に一人、最も安い鶏がらを飼いに来る客がい
たらまだいいほうだろう。かといって、少しもあわてる様子もない。 
 しかし、このおやじ、猫にはあいそよく、気前もいい。
 特に、おれとダンゴとブッチャーには、くず肉だと言って、霜降りのサーロイン
ステーキ用の神戸肉を時々ではあるが、ごちそうしてくれる。ちょくちょく、酒も
ごちそうになる。
 客がめったに来ないのに、食いつないでいるのが不思議だ。
 おれとダンゴが肉屋の前についたとき、おやじはいつものように店先で、地震
のようなたかいびきをして眠っていた。
 ダンゴは足音をひそませて、椅子の上でそっくりかえって寝ているおやじに近
づいていった。
 おれも後から店の中へ入っていった。いつものように、客の来た様子は少しも
ない。
「すげい、いびき」
 ダンゴは耳をふさぎながらまず、おやじの前の机にひょいと飛び乗った。そこ
には、おやじの食べ残しだろう、まんじゅうが二〜三こ、皿の上に無造作に置
かれていた。
 ダンゴは、その一つを口にほおばって、
「また、安もんやんけ。もうちょいましなまんじゅうくらい、食うたらええのに」
と独言をブツブツ言いながら、おやじのでっぱった腹に飛び移った。
 ダンゴはまんじゅうを一気にごくりと飲み込んで、大きなため息をついた後、
おやじの耳元で、
「やい、おやじ、起きろ。起きやがれ」と、わめいた。
 おやじは、寝ぼけて、
「まんじゅうはもうくえねえ」
と言いながら、また、いびきを出し始めた。
 ダンゴは腹を立てて、猫の最後の手段で、おやじの顔をひとかきした。
おやじの顔に、くっきりと爪の走った後が残った。
「イテテテテテ、いてぃなあ。だれだ、こんなことするのは」
「おれや」
「なんだ、おまえ達か。ちょっと痛いあいさつだったなあ」
「悪いか」
「何か用か?」
「何か用かも、くそもあるけ。用がなかったら誰がこんなとこ、好き好んで来る
か。そんなことどうでもええんじゃ。さっさとブッチャーの居場所を教えろ」
「ブッチャーなら二階で寝とる。裏へ回りな」
 聞いていると、おやじとダンゴは会話しているように聞こえるが、たぶん、お
やじの耳には、おれ達の話し声は『ミャーオ、ミャーオ』という単調な鳴き声にし
か聞こえていないだるう。
 それが、なぜ通じるのか、不思議だ。
 ダンゴはそれを聞くと、おやじの腹から飛び降り、さっさと店の外へ出ていって
しまった。
 おれも急いで後を追って、店を飛び出した。 ダンゴは、もう、裏へ回ったのだ
ろう。
そこには、すでに姿はなかった。
 おれは、二九八とその隣の古宇津(ふるうつ)生果店の間の狭く暗いところを
通って、裏道に出た。
そこは、両側を高いへいにはさまれた道である。
 ダンゴは二九八の風化しつつあるブロックべいの上で、ブッチャーとすでに話
し始めていた。
 おれはすぐに、
「おやじ、相変わらずだなぁ」
と声をかけた。
 ブッチャーはふりむくと、
「げぷーっ。ああ、ネコハチずらか・・・。げばーっ」
 ブロックべいの上で、ブッチャーはだらしなく寝そべっていた。
「その様子だとゆうべ、また、おやじにだいぶ飲まされたんだろう?」
 おれの言葉に、ブッチャーは酒飲みのプライドを傷つけられたらしく、
「飲まされた・・・・・?飲んでやったんずら。それによ、たかがビール大びん一ダ
ースと、ウイスキー、ボトル三本、と、メチルぐらいで、わしが二日酔いになると
思うずらか?」
と反論してきた。
 考えてみると、やつは、飲んでいようと飲まないでいようと、さほど変わりはな
かった。ただ、今日は、いささか、この時は、メチルアルコールとらっきょのほの
かな臭気がしていた。
 ブッチャーは、三毛猫である。
 ネコの世界で一般に、三毛猫族は気弱で、いつもぶるぶるふるえながらあた
りを気にしている軟弱なネコだ、と言って、ばかにしている。
 その言葉からみても、ブッチャーは例外中の例外だ。
 ダンゴが上にあがってこいと、簡単に言った。
 だが、、へいは、おれの頭の高さの五倍もある。あたりを見回しても、踏台も
登りやすそうなところもない。
ダンゴにどうして登ったのか聞いてみた。
「おれはてめぃみてぃなどんくさいネコと違って、軽くとんだだけや」
「そうずら」
 ブッチャーがあいずちをうつ。
「じゃあ、おまえもか?」
とブッチャーに聞いてみた。
「このビスラットゴールドもハイマンナンもまったく効き目がなかった腹ずら。こ
んなたけいとこんへ、飛び上がれるわけないずら。げぼーっ。ちょっくら行ったと
こんで、へいが低くなってるずらで、そこんとこんから登ったずら。 
 てめいも恥じかきたくなかったら、登ってきたほうがいいずら」
 どうもブッチャーは、おれを自分と同じどんくさいネコだと思い込んでいるらし
い。
おれはむっとしたが、よく考えてみると、俺もどんくさいほうだったから納得し
て、ブッチャーの言ったところへ向かった。
 おれがへいの上をぎこちなく戻ってきたときには、ダンゴがブッチャーに今ま
でのことのなりゆきを説明し終えるところだった。
「・・・・・と、いうことや」 
ダンゴが話し終わるか終わらないかで、
「この話、のったずら。今晩の酒はうまくなるずら」
とブッチャーはよだれをたらして、もう、食べる気になっている。
「決まった」
 ダンゴの目がぎらっと光った。
「ところで、おめえ、今すぐ、スケボー三台、都合つくか?」
とダンゴはブッチャーに尋ねた。
 ブッチャーは、
「できるずら。げぼっ」
と言いながら腰を上げ、足元をふらつかせながらも、す早くへいから下り、二九
八の裏口へ消えていった。
 ブッチャーが見えなくなってからダンゴは、
「おめえ、スケボーできっか?」と聞いてきた。
 おれは、スケボーという名前は聞いたことある。だが、お目にかかったことは
ない。だから、もちろん、乗ったこともない。
 おれは、
「何だ・・・?そのスケベーとかいうやつは」
と聞いた。
「何をぬかしとんねん。スケベーちゃう、スケボーや」
 おれはそう言われても、ぴんとこない。
 ダンゴは徐々にいらいらしてきたらしく、へいを行ったり来たりして、スケボー
の説明をし始めた。
 二九八の裏口から、板にこまが四つついた大きな物をひきずって、ブッチャー
が戻ってきた。
「げぼーっ。持ってきたずら」
 体にかかったほこりを払いながらブッチャーは言った。
 すかさず、
「おれのもあるか」
と聞いたのは、ダンゴだった。
「おとついの夜中、走り回ったばっかりずら。なくなるわけないずら。特によう、
てめぃのは目立つのによう」
と不機嫌そうに言いながら、ひきずってきた三つのうち一つを立てた。 
見ると、黒字に桃色(ピンク)のインクで『ホクシー命 ダンゴロウより愛をこめ
て』と派手に書いてあった。
 おれは、思わずふきだしてしまった。
 ダンゴは、
「わらうな!何書こうとおれの自由やろ。文句あるんか」
と、むきになって怒鳴った。
 おれは、笑いを押さえるのに精一杯だった
「派手だなぁ、顔に似合わず」
「ほっとけっ!」
 照れくささに耐えられずダンゴは、へいをひょいっと飛び降りた。
「ネコハチ。さっさとおりてこんかい」
 おれたちの額ほどの二九八の庭におりたダンゴが、おれにどなる。
 ダンゴのあまりにもばかでかい声に驚いて、おれはつまづき、体がへいの上
から飛び出した。一瞬、宙に浮いたのだが、ザブトン、もとい、ニュートンとかい
う人間(ネコにとってはただのおっさんにすぎない)の発見した万有引力の法則
には、さからえなかった。

 真下にはダンゴが、あ然とおれを見上げていた。

「ダンゴ!よけてくれ〜!」

「そっちこそ、よけておちてこんかい!!」

 時すでに遅く、瞬間的に星をいくつか見た後、気がつくとおれはぺしゃんこの
ダンゴの上にのっかっていた。

 ダンゴがきつい目つきで、おれを下からにらみつけてきた。

「悪い、悪い。助かったよ。へへへへへ」

 冷や汗をかきながら、おれはごまかし笑いをした。

「そんなことをぬかす暇があるんやったら、さっさとおれの背中からどけ〜っ!」
 ダンゴは目をひんむいてどなり声をあげた。

 またまた驚き、反動で、おもわずおれはとびのいていた。

 やつは立ち上がり、顔をゆがめ、背を伸ばす。

「いてててててて。なんか、うらみでもあるんか!わざわざおれの上に落ちや
がって。どんくさい」

 やつは強い口調でそう言いながら、ブッチャーの持っていたスケボーのうち一
つをおれの前に荒っぽく置いた。

「乗れ!」

 おれは恐る恐る片足を板の上に乗せた。すると、おれの片足だけを乗せてス
ケボーが突然、動きだしたではないか。

「あっ」と思ったときには、目の前に地面があった。

 顔を上げると、目の前でブッチャーが、すいすいとスケボーを乗り回してい
る。

「スケボーはこういうふうに乗るずら」

「お前、まじでどんくせいのう。おめえ、ほんまにネコか」

とダンゴにからかわれて、むっとなったおれは、絶対に乗りこなしてやろうと決
心し、二十七分と四十六秒、奮闘が続いた。

 そのかいあって、ぎこちなくはあるが、ようやく乗ることに成功した。

「おい、見ろ。おれが、犬やごきぶりに見えるか」

 おれはみかえしてやろうと、ダンゴとブッチャーのいるほうを見た。

 その瞬間、おれの脳裏に殺意が芽生えた。おれの練習がよほどつまらなか
ったらしくて、二匹は、眠りこけているのだ。

 気がつくとおれは、ブッチャーにローリングソバットをかましながらダンゴのし
っぽにかみついていた。

「ギャイーン」

「きっ、きくずらーっ」

 ローリングソバットをまともにくらったブッチャーは、一瞬目を覚まし、奇声を発
したが、また、眠りについた。

 あまりの痛さに、へいの高さほど飛び上がったダンゴは、そんなブッチャーの
上に落ちた。

 やつらは自分たちの身に何が起きたかわからないで、顔を見合わせて、きょ
とんとしていた。

「なっ、なんや?何がおきたんや?」

「重いずら。早うおりるずら」

「何やねん。おまえが勝手におれの下へもぐりこんだんやろう。いんねんつける
気か?」

「何をぬかすずら。おめいがよう、わしのうえにふってきたずら」

 そんなやりとりをしているやつらの目前をおれは、スケボーをすいすいと走ら
せた。

「ああ?」

「ずら?おめい、いつのまに乗れたずら?」

「おれはスケボーにただ動かさんと乗るだけで十日かかってんぞ」

「わしなんか、片足のせるだけで一万二千三百二十七時間十三秒ずら」

 やつらはほんのわずかな間、自己嫌悪におちいった。

ダンゴとブッチャーの憎悪に燃えるまなざしがそれを物語っている。

 おれはスケボーから飛びのくと、ムーンサルトで、さっそうとやつらの目の前
に着陸した。

 と、それまでは良かったのだが、着地した瞬間、柔らかいものを足の裏に感じ
た。

 おそるおそる足を退けると、毛のはえた黒い縄のようなものがあった。

それを目でたどっていくと、黒い大きな物体が、おれの視界にはいりこんでき
た。

 なぜか、その黒い中に、猫の目があった。

視線が合い、一瞬の静けさの後、「ぎゃおぉ〜」と言う叫び声が、沈黙を破る。
その耳をつんざくような声で、ようやく黒い物体が、ダンゴであるということを知
った。

さっき、おれにかまれたしっぽを踏まれたのだから、まったく不運としか言いよう
がない。

あまりの激痛に、高く飛び上がったダンゴは、いったん空中で静止したのだが、
ニュートンさんの法則に今回も逆らえなかったらしく、またまたブッチャーの頭
の上に落ちようとしていた。

「わしは、上からふってくるものに対して避ける体質ずら。うらむんやったら、こ
れを書いている作者を恨むずら」

 ブッチャーはぶつぶつ言いながら腰を上げ、少し脇へ避難した。

 ブッチャーが安心して空を見上げ、

 ここで、ブッチャーをこのまま助けては読者の期待を裏切ることになると、作
者は考えたのだろうとおれは思う

「・・・・・・・?」

「・・・・・・・!!」
 ブッチャーの頭上には、よけたはずのダンゴがいた。
 やつらは、顔を見合わせて、にやっと苦笑いをした。
 その瞬間だった。
 ダンゴの体がブッチャーめがけて落ちていったかと思うと、強烈な振動ととも
に、あたり一面砂ぼこりがたちのぼった。
 おれはさっきのブッチャーがダンゴに押しつぶされて、重たいずら、早く下りる
ずら、といった情景を思い浮かべ、にたにたしていた。
 ところが、しばらくして、土煙がおさまって、今度はまったく逆にこっちが驚いた
のだ。 ブッチャーのけつの下で、
「重てえ〜。死ぬ〜っ!このおたんこなす、あほんだら、のろま。さっさとど
け!!」

とわめくダンゴ。

 なぜそうなったか、説明してやろう。
 ブッチャーは、ダンゴが落ちる瞬間、体をかわしたのだ。
 そして、ダンゴが日本列島に落ちたその振動で、ブッチャーの体は空中に舞
い上がった。 その結果が、おれの目の前の情景だ。
「なんでやねん。なんで、おればっかぁー、こういう目にあわなあかんねん!」
 ダンゴはわめきながら、背中の上のブッチャーを見上げた。
 ブッチャーは、ばかでかいあくびをしながらふんぞりかえって、鼻くそをほじく
りかえしている。
 二匹の視線が合った。
「ああ、どうもずら」
「どうもじゃねえっ!人、いやいや、ネコの上で鼻くそをほじくりかえしやがっ
て!なにをボケーッとしとんねん。はよ、おりんかい!」
「そんなこと言われてもずら、わし、腰が抜けて動けんずら。まあ〜、しばらくま
つずら」
「なにっ?まてぇ?おめえと地球さんの間に、おれがはさまれとんねん。地球さ
んとおまえの体重が、このやわな体にのっとんねん」
 おれは二匹のそんな会話を聞いて、ふきだしながら、思わず、
「やわな体?どこが?」
と、口に出してしまったのだ。
「うるせぇ。ほっとけ!」
 ダンゴは、わめきながら這い出そうともがくのだが、びくともしない。
 その上で、ブッチャーは、指についた鼻くそをじっくり眺め、ニヤッと笑いなが
ら、処理に困り、あたりを見回す。
 そのあげく、ブッチャーの鼻くそはダンゴの背中のリーゼントの一部になった
のだった。



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