北海道・石北本線徒歩の旅 4日目(5/23)
ー遠軽〜留辺蘂ー

 旅も4日目。半ばを迎えた。この半ばに今回の旅で最長となる37キロを歩かなければならない。朝早く、4時にはホテルを出発した。フロントには誰もいなかったので、鍵だけ置いてそそくさと出て行く。外はすでに明るいが、肌寒い。

まずは、遠軽駅を訪れる。だが、中には5時半にならないと入れないということなので、外で駅名票を撮影し、さっさと遠軽駅を後にする。






まずは、コンビニで朝食としておにぎりとサンドイッチを購入する。次の安国駅で朝食をとることにしよう。



遠軽で見る朝日はすばらしかった。遠方の山々が見渡せる遠軽独特の地形。その稜線が赤く彩られる様は、旅の心地よさを数倍も増幅させる触媒であるかのように思えた。

「よ〜し、がんばらねば」

夕日というやつは悲しさを増幅させるが、朝日というやつは元気を増幅させる。不思議なものである。



安国の集落に6時頃到着。安国駅で朝食をとる。まだ朝早いので誰もいないので、ゆっくり食事がとれるかと思いきや、清掃員のおじさんが掃除にやってきた。朝早いのにご苦労なことである。でも、こういう人がきちんと駅をきれいにしてくれているということは喜ばしいことだ。安国は小さい集落だが、きちんと管理されている駅の存在があるのは頼もしいものだ。

食事をとってまっすぐな田舎道を歩き続ける。周りには何もなく、直線道路の左右には牧場と畑が広がるばかりだ。なんの移り変わりもない平凡な風景。だが、退屈を感じることはなかった。 目の前の景色が少しずつでも近づいてくるというのは不思議な昂揚感をわたしにもたらしてくれていた。



7時半ごろ、次の生野駅に到着した。周囲には何もない、自然に囲まれたすばらしい風景。まさに北海道の田舎という感じだ。
ところで、ごみ箱がないので、ずっと朝食のごみを持ち歩いていたのだが、いつの間にかどこかに置いてきてしまったらしい。どうやら一休みして腰を下ろした際についうっかり忘れてきたようだ。別にポイ捨てするつもりなど毛頭なかった。本当にうっかりというやつだ。疲れというやつは集中力を奪い、注意力を散漫にしてしまう不思議な麻薬だ。前回旅したときもタオルや万歩計をいつの間にか失くしてしまったり、懐中電灯を落として壊してしまったり、通常の精神状態ではなかなかしでかさないことをしでかしてしまっているのだから。
ま、ごみを忘れてくるぐらいは許容範囲だと思ってほしい。



生野駅で休憩してからしばらく歩き、生田原の集落にやってきた。かつては、「生田原町」という自治体を形成していただけになかなかの集落だ。



そしてこれが生田原駅。オホーツク文学館、図書館と一体化した立派な駅で、駅自体は無人駅であるが、人は常にいるようなので心配はなさそうだ。
何が辛いって、筋肉痛よりもマメと靴ずれだ。マメや靴ずれをかばいながら歩いて筋肉痛が悪化するという悪循環。思えば、2年前も終盤はこんな状態だったと思い出した。こんな状態でこれから峠越えを迎えることになる。先行きは不安だ。

これから峠越えでしばらく店はないだろう。と、いうことでコンビニでいろいろと調達する。北海道ローカルのコンビニ「セイコーマート」に入り、アミノサプリとビタミンウォーターを購入。あと、足のマメや靴ずれ対策にばんそうこう。そして軽くつまむ用にグミを購入した。



生田原駅を出発し、ひたすら歩く。ときおり、バス停の待合所で休憩する。休憩時に靴を脱ぎ、靴ずれにバンドエイドを貼る。だが、これは実が大失敗。靴は履きっぱなしで脱がない方がいい。一回靴を脱ぐと、かえって靴ずれが悪化することになるのだ。



だんだん人気がなくなる。携帯も圏外になっていった。



山奥にもかかわらず、牧場がある。目の前を歩くと、寝ていた牛が起き出してモーモーいいながらわたしのほうに近づいてくるではないか。餌をくれるとでも思ったのだろうか。可愛いやつらだ。申し訳ないが、牛さんたちに差し上げられるようなものは持ち合わせていなかったので、挨拶して立ち去った。立ち去った後も背後からモーモー聞こえてくるのが印象的であった。



鬱蒼として暗くなってくる道。交通量はそこそこあるので寂しさはあまり感じない。だが、相変わらず歩道のなさが恐怖感をあおる。トラックとかが通るたび路肩の端あたりに寄らなければならない。大型トラックが通ったときには吹き飛ばされそうになるから怖い。トラックのオッチャンももう少し歩行者のことを考えて運転してくれぃ。ま、こんなところ歩行者なんかほとんど通らないからやむをえまい。

山の中の国道なので、熊などが出ないか不安だったので、周囲をキョロキョロしながら歩く。傍からみたら不審者にしか見えないかもしれない。
すると、道路沿いの林の中に何か動くのを発見した。

「何かいる!」



鹿であった。生で見る野生の鹿。以前北海道旅行したとき車窓から見たことはあるが、歩いていて鹿に遭遇するのは生まれてはじめてだ。うれしかったので思わず写真撮影したのだが、すぐにそのまま逃げ去ってしまった。

本日は歩行距離が長い。筋肉痛も辛くなってきた。そのため、エアーサロンパスは実に重宝した。筋肉痛の特効薬があるということは、徒歩の旅には実に頼りになる存在。だが、難点は靴ずれの特効薬がないということだ。



金華峠を登り、いよいよ北見市に入る。
坂は確かにつらいのだが、初日の北見峠ほどの急坂じゃなかったので助かった。北見峠は初日でまだ元気だったにもかかわらず、かなりきつかったというのに。なんというか、だんだん歩くことに慣れてくるというか、歩き方のコツをつかんできているんじゃないかと思う。

なんとか峠を下り、金華の集落を目指す。上り坂よりも下り坂の方が辛いということをこの金華峠越えで身をもって知った。足にかかる負担は上り坂よりも下り坂の方が大きい。やはり足が痛くなってきているだけあって、ほんの僅かの負担の違いで辛さは段違いである。



金華集落に到着。熊出没の看板に恐怖を覚える。確かに周囲は熊が出没してもおかしくない。今回歩いた道は石北本線からは少し外れた道になっているのだが、このあたりの石北本線は、かなり山奥を通り、途中にある常紋信号場は熊の出る信号場として知られているらしい。恐ろしいことである。





金華集落である。集落のほぼ中央に金華駅があるのだが、集落は廃墟だらけ。だが、住んでいる人はいるらしく、どこからか自転車に乗って出てきた人がいた。犬がいる家もあった。相変わらず吠えまくってくる。しかも、あたかも野犬収容所のごとく大量の犬群。これは怖い。

しかし、どういう気持ちでこの集落に住んでいるのだろうか。廃墟だらけの山奥の集落。留辺蘂の中心部からもかなり離れているのだ。熊も出没したらしいし怖いだろう。正直言ってここはゴーストタウン寸前ではなかろうか。カラスもそこら中でカーカー泣いていて、これも非常に怖い。これまでも北海道の鉄道沿線を旅して、ゴーストタウンになった集落なども見てきたが、この金華集落はゴーストタウンになりかけなだけあって、すでにゴーストタウン化した集落とは違った怖さがある。





金華駅。建物は立派だ。このゴーストタウン寸前集落にもかかわらず、金華始発の列車や金華終点の列車が何本かある。やはりまだ人は住んでいるんだろう。ゴーストタウンなどと言って悪かった。



金華集落からはまたしばらく山道が続くが、やがて留辺蘂の町が見えてきた。

それにしてもこういう一人旅で困るのはなんといってもトイレである。町から町までの間に公衆トイレなどを見つけるのは結構至難の業だ。男ならいざというときにはなんとかなるが、女の人にとっては辛いだろう。ただでさえ、歩くことで肉体的に辛いのに、トイレの苦しみまで味わわされたらたまったもんじゃない。差別発言ではないが、やはりこういう旅は男の特権なんだろうな、って思う。

留辺蘂の町もかつて、留辺蘂町という町を構成していただけあって、そこそこの集落だ。都会化されていない、北海道らしさ溢れる住宅街の中を歩き、学校の北側あたりにある西留辺蘂駅に到着した。長距離歩行でかなり足が悲鳴を上げているのがわかる。





割と新しい感じのホームで、簡易な駅とはいえ、つくりは立派であった。駅のすぐ隣が留辺蘂中学校。生徒たちの利便性のために造られた駅らしい。そのため、通学生の需要はかなりあるようだ。

留辺蘂についたということで、コンビニに寄り、必要な物品を調達。結構暑かったような気がするが、あまり飲み物は飲んでおらず、ペットボトル1本はまるまる余っていた。コンビニでは、バンドエイド(またいつの間にか落としてしまっていた)と傷口を消毒するためのウェットティッシュと電池(デジカメの電池のストックが切れかけだった)を購入。ひと安心する。
ひと安心したところで、事前に調べておいた旅館に電話する。あいているということでほっとする。

旅館には、やたら高校生らしき連中が大勢泊まっていた。合宿なのか、遠征なのかよくわからんが、やかましくて困ったことだけは付け加えておく。
さすがに歩き続けて疲れたので、足の疲労骨折を心配し、カルシウムをとるため近くの店で買ったいわしせんべいをむさぼりながら休むのだった。


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