ここは私の家です。

ホームページ公開

 まだ制作中です。絵も描きます。デジタル写真にも凝ってます。



小説 雪の塔

ソフィア
 ソフィアが死んだ。ソフィアが入院したというので、先生が見舞いにいこうといった。ついては見舞いにいくものを募るという。私はソフィアのことを思い出していた。
 彼女は色白で背が高く、長い黒髪、めがねをかけていた。転校生。おとなしくて、あまり話を交わした記憶はない。ときどき休むくらいの印象だった。私は興味半分でお見舞いに参加した…。
 ソフィアはベッドに寝ていた。色白で、寂しそうな顔。私は彼女の足の方にいた。ほかに数人、見舞客はいて、それらはみな私の同級生たちだった。そしてみんなは彼女に気の利いた挨拶をしていた。私はそんなことはできなくて、愛想笑いを、していたように思う。ソフィアはベッドの上で、白い掛け布団を身にかけて、私を見た。目と目があって、曲がりなりにも、私と彼女との心が通じた。すべての存在を感じあう、命を託す見つめ合い。わたし、病気なのよ、死んじゃうかもしれない、あなた、わたしね、…。
 同級生のソフィアはてんかんという病気だった。同級生の女子の数人が、彼女と同じ病気でこの後、数人亡くなった。ソフィア、エミリ、ロザンナ…。エミリはほほの赤い、赤い髪をした、健康そうな女の子だった。エミリ…。なぜかエミリはみんなに嫌われていたんだ。どこが嫌われたのかはそのときはわからなかったさ。でも、今はわかる。病気だ。ロザンナは太っていた。いいじゃないか。ロザンナとぼくは友達だった、というか、同じような地位にいた。ソフィアも同じだったのさ。じっと見つめ合ったのはソフィアだっただけのこと。ソフィアもエミリもロザンナも、そして私も、同じさ。

 ローラ 二人のローラ
 ローラには沢山の思い出がある。まず白いローラ。白いローラはまぶしそうな目をしていた。スタイルのいい、背の高い、口元の形の美しい、美人。ピンクのローラ。彼女は転校生。背の高い、大人の魅力を発散させていた、今でいう恋愛フェロモンを発散させていた女性。やがて彼女は我が校のほとんど全ての男性の心をつかんでしまう。
 白いローラは、そしてベティにマーガレット、オードリー、魅力ナンバーワンを自負する彼女たちだ、ライバル心を燃やしたろうと思う。白いローラを思って、涙が毎晩流れて…。恋だったのに違いない。悲しいけれど熱い涙。恋の涙。激しくはない。けれど決して実現しない恋愛。なんだかわからないけれど、毎晩、彼女のことを思って恋の涙を流していた。ハハハ、笑ってしまうしかないぞ。こんな思いはその後、ジェニーに対して感じただけだけどな。なんだか、その女性のことを思うと涙が激しく出て、それだけで感激で、涙がいっぱいでるようにどこかで演出している自分がいて、それは白いローラとも共通した心の動きだ。
 ピンクのローラはさらにもてて、自ら隣のクラスのある男子を指名し、好きだと告白した。田舎の町の生徒には余りに過激な出来事だった。彼女とはほんの少ししか話してないのに、まるで彼女はオレに気があるのに違いないと思わせる、事実私はそう思っていたのだから。それは思うに、ピンクのローラは全ての男子生徒にそう思わせていたのだ。キス。彼女にはそれがあったのだ。中学を卒業して高校に入って、彼女は有名な女子校に入った。ぼくはその学校に、夏、訳あって写真を撮りに出かけた。夕方、夕焼け。西から赤い夕日が差して、僕の影がアスファルトの上に長く伸びた。その先に、ピンクのローラはいた。一人で、その女子校の制服を着こなして、さみしさとやさしさをミックスしたような、あなたとならいつでもお友達よ、といった雰囲気みたいなものを漂わせて、彼女は歩いていた。そうして、ぼくはペトリの一眼レフを胸に下げて、そんな彼女の後ろを歩いていた…。
心残りのシンシア
 シンシアはこういった。母は大酒飲みなのね。父は甲状腺が悪いの。
 自分自身を彼女はこういう。年末年始は一日もお休みとれなかったの。夜勤が多くてお友達とお買い物に一度だけいけたわ。思えばとても真剣だった。
 ナースって、友達なんて一人もいないのよ そうもいっていた。金髪のマギーと友達ではないのかな。マギーはまた胸も大きいし、男が惹かれるタイプの女だ。シンシアはやせていて胸も小さく、ナイスボディではない。でも、別にどうってことないさ。花はすぐに枯れる。花はすぐに枯れるけれど、シンシアは永遠だよ。その白い、真っ白なユニホームがとても似合っていた。まるで白いバラのようさ。複雑な人生、複雑な家庭、複雑な人間関係の真っ直中にいるのはみんな同じで、シンシアだけがそう複雑な訳ではなかった。
  
メアリー モンゴメリ
 メアリー モンゴメリは寡黙な女性でした。いつでも気をしっかり持っていた。なによりいつでも死を待っていた。夕方、窓の外が暗くなると、ベッドの上に正座して、じっと西の空を見やっていた。覚悟の姿だった。母はそのころ、すでにアルツハイマーが入っていて、どこかのんきなところがあって、気を病むにしても覚悟するとかいう次元ではない。メアリには娘が二人いて、二人とも品格を十分備えた、立派な社会人だった。そこには甘えはないようだった。なんでもないよ すぐ治るよ 一緒に旅行しようね などといった嘘と無責任な言動はない。それらはすべて、わたしたちの姉のことだ。そのどちらがいいかは、わからない。わたしは母に、甘いことはひとことも申し上げなかった。

                               

 ちょっと一休み 人生は苦くて甘いコーヒーのようならいいですね

酒飲み女のアン
 アンは太った、色の白い、男勝りのする、酒とパチンコの好きな女だった。品も慎みもない、勢いと色気とを全面にアピールして世の中を泳いできた、いなせな女。彼女も覚悟をしていた。若く、とはいっても五十代も後半の女性で、背は低かった。退院して、退院祝いをして、一月後、テレビを見ながら倒れた。手術もできない手遅れの状態で退院していったのだった。いいじゃないか、お兄さん。あたしゃ一生を酒とパチンコとたばこで生きてしまったんだ。そうさアン、あんたは幸せだよ。黄疸で意識のない彼女は、女親分の面影を少し残して、昏睡を続けるのだった。昏睡は、痛くも苦しくもなく、魂は若かりし頃の思い出の世界に遊んでいる状態をいうのだと思う。わたしは花を花瓶に挿して、見舞った。女親分、元気だせよ。アンは昏睡の中で、うなずいた。

肺病病みのスーザン
 スーザンは突然、入院してきた。みんな突然に入院してくるのだけれど、スーザンはいきなりいた。ベッドの上で、背中に布団をおいて上半身を起こしていた。三十代。若い。
大きな目。心配そうに私を見て、でもなにもいわない。どこが悪いといって、どこも悪くなさそうにみえた。スーザンはじっとしていた。半身を起こして、点滴をしながら、なにかをじっと耐えている。夜、彼女は病魔に襲われるのだ。昼の明るいうちは咳は出ない。夜、シンとした病院で、彼女は咳の発作に襲われる。誰にも止められない咳の発作。喘息。いかに無敵の彼女であっても、それは昼間だけで、夜を恐れたいたのだ、あの瞳は。ある夜、悪魔は、必死で抗うスーザンの息を止めた。スーザンは気丈に戦った。その姿は勇気と気品に満ちていた。でも、神様の思し召しで、彼女は楽になった。もう夜を恐れずにいていいんだよ、と、彼女の耳元で神様はささやかれたのだ。

その女、フローリアン
 フローリアンは四十代。一度、お腹を手術して経過は良好なるも、ここへきてしこりを発見、病院で見てもらった後、入院した。大蔵省にいっている長男と、大病院で医師を生業にしている次男が自慢だ。わたしには自慢するものがない。一介の自営業者だ。それもたいしたことではない。世間で自慢するものはないけれど、べつに差別されることもない。仕事に貴賤はないし、第一、仕事っていったって、金を儲けることだ。だんなに言い訳や飾りをつけたって、金を儲けることに変わりはない。泥棒みたいな奴が、大蔵省にもいたころだったので、「あの大蔵省」といった。ひがみもあったさ。大病院の医師については、なんでその先生に診てもらわないのだろうと質問した。フローリアンは「大病院にお勤めすると、だめなの」と答えた。ああ、世の中は、なんて悲しい仕組みにできているのだろう。いったいわたしたちは何者で、何のために生きているんだろう。なんで自慢の息子に診てもらえないのだろう。フローリアンは役場でボランティア半分の給食活動を生業にしていた。つまり、安い給料の給食のおばさんだ。そうなんだ。少なくとも、彼女には、見栄が必要で、それはこの国に住むかぎり、なくては生きられないものなのだ。

誰も知らないテレサ
 テレサは感染予防室のベッドに寝ていた。誰も見舞いに来ない。ときにマッサージ師が、やせたテレサの身体をマッサージしにきていた。明日をもしれぬ命のテレサはすでに八十代だ。七十代ということはないと思う。八十代ならいつ死んでもいいさ。そんなことは百も承知のテレサだ。私は彼女に化粧クリームをプレゼントした。母も感染予防室に入ってしまい、そのためテレサの隣にいることになったからだ。私は終始無言で、なにも話さないテレサを不憫に思っていた。テレサはプレゼントを受け取ったのだろうか。恩の押し売りと無視したのだろうか。母がその部屋を出た後も、私は時々、テレサの顔を見に行った。最後の晩、静かにテレサはこの世を去った。誰も彼女のことを意に介さない。誰も彼女を思わない。テレサはこの世を去る前、緑色のものを吐いた。それを看護婦がとっていた。テレサはそうしてこの世を去った。痩せて、動くこともままならず。でも、神様がそんなテレサを苦しみから救うこともなく、見捨ててしまった。そうではなく、人生は苦いもの。彼女が不幸せだと誰がいえようか。誰にも看取られなくてもテレサは不幸であると断言できるものはいない。テレサはいつも、いつでも私のそばにいる。

 我が麗しのジェニー
 ジェニーがそっと合図した。二人きりになろう。
「恋ってなに?」私たちは喫茶店にいた。
恋って、それはつまり、愛さ。愛。LOVE love ラブ。
全然答えになってないじゃない。ジェニーは私を、なにか見慣れぬ珍しい小動物かなにかを見るように、顔を少し斜めにして見る。どこか小さく笑っている。私はその瞳が好きだった。
 雪が降っている。窓の外を見るジェニー。
「車が動かなくなるね。どうしたらいいかしら」ジェニーは誰にいうともなくいっている。周りに客はいない。ひとり、喫茶店のマスターがいるだけだ。私には、そのマスターに話しかけているとしか思えない。でも、ジェニーって女はそういう女なんだ。気のないそぶりをしているような時が一番気持ちを現している。楽しんでいる。
「あなたのお友達がいるさ」私は突き放す。ジェニーの彼氏のことをいっている。
「誰」
「ガソリンスタンドのそばの修理工場のいい男」私はにっこりする。
「そうね」ジェニーは突っ込まない。一瞬表情をなくすジェニー。
「雪、積もるわね」 きっと大雪になるだろう。
「雪掻きくらいしてやる」マスターはカウンターの奥でコーヒーカップを磨いている。
 ジェニーは腰が悪い。昔、交通事故に遭っている。今でも、寒い日は腰が痛いらしい。 そこの角が滑るよね 気を付けないと 長靴を履いて、ゆっくり歩くわよ。

                             続きます。