ここは私の家です。
まだ制作中です。絵も描きます。デジタル写真にも凝ってます。
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ちょっと一休み 人生は苦くて甘いコーヒーのようならいいですね | ||
酒飲み女のアン アンは太った、色の白い、男勝りのする、酒とパチンコの好きな女だった。品も慎みもない、勢いと色気とを全面にアピールして世の中を泳いできた、いなせな女。彼女も覚悟をしていた。若く、とはいっても五十代も後半の女性で、背は低かった。退院して、退院祝いをして、一月後、テレビを見ながら倒れた。手術もできない手遅れの状態で退院していったのだった。いいじゃないか、お兄さん。あたしゃ一生を酒とパチンコとたばこで生きてしまったんだ。そうさアン、あんたは幸せだよ。黄疸で意識のない彼女は、女親分の面影を少し残して、昏睡を続けるのだった。昏睡は、痛くも苦しくもなく、魂は若かりし頃の思い出の世界に遊んでいる状態をいうのだと思う。わたしは花を花瓶に挿して、見舞った。女親分、元気だせよ。アンは昏睡の中で、うなずいた。 肺病病みのスーザン スーザンは突然、入院してきた。みんな突然に入院してくるのだけれど、スーザンはいきなりいた。ベッドの上で、背中に布団をおいて上半身を起こしていた。三十代。若い。 大きな目。心配そうに私を見て、でもなにもいわない。どこが悪いといって、どこも悪くなさそうにみえた。スーザンはじっとしていた。半身を起こして、点滴をしながら、なにかをじっと耐えている。夜、彼女は病魔に襲われるのだ。昼の明るいうちは咳は出ない。夜、シンとした病院で、彼女は咳の発作に襲われる。誰にも止められない咳の発作。喘息。いかに無敵の彼女であっても、それは昼間だけで、夜を恐れたいたのだ、あの瞳は。ある夜、悪魔は、必死で抗うスーザンの息を止めた。スーザンは気丈に戦った。その姿は勇気と気品に満ちていた。でも、神様の思し召しで、彼女は楽になった。もう夜を恐れずにいていいんだよ、と、彼女の耳元で神様はささやかれたのだ。 その女、フローリアン フローリアンは四十代。一度、お腹を手術して経過は良好なるも、ここへきてしこりを発見、病院で見てもらった後、入院した。大蔵省にいっている長男と、大病院で医師を生業にしている次男が自慢だ。わたしには自慢するものがない。一介の自営業者だ。それもたいしたことではない。世間で自慢するものはないけれど、べつに差別されることもない。仕事に貴賤はないし、第一、仕事っていったって、金を儲けることだ。だんなに言い訳や飾りをつけたって、金を儲けることに変わりはない。泥棒みたいな奴が、大蔵省にもいたころだったので、「あの大蔵省」といった。ひがみもあったさ。大病院の医師については、なんでその先生に診てもらわないのだろうと質問した。フローリアンは「大病院にお勤めすると、だめなの」と答えた。ああ、世の中は、なんて悲しい仕組みにできているのだろう。いったいわたしたちは何者で、何のために生きているんだろう。なんで自慢の息子に診てもらえないのだろう。フローリアンは役場でボランティア半分の給食活動を生業にしていた。つまり、安い給料の給食のおばさんだ。そうなんだ。少なくとも、彼女には、見栄が必要で、それはこの国に住むかぎり、なくては生きられないものなのだ。 誰も知らないテレサ テレサは感染予防室のベッドに寝ていた。誰も見舞いに来ない。ときにマッサージ師が、やせたテレサの身体をマッサージしにきていた。明日をもしれぬ命のテレサはすでに八十代だ。七十代ということはないと思う。八十代ならいつ死んでもいいさ。そんなことは百も承知のテレサだ。私は彼女に化粧クリームをプレゼントした。母も感染予防室に入ってしまい、そのためテレサの隣にいることになったからだ。私は終始無言で、なにも話さないテレサを不憫に思っていた。テレサはプレゼントを受け取ったのだろうか。恩の押し売りと無視したのだろうか。母がその部屋を出た後も、私は時々、テレサの顔を見に行った。最後の晩、静かにテレサはこの世を去った。誰も彼女のことを意に介さない。誰も彼女を思わない。テレサはこの世を去る前、緑色のものを吐いた。それを看護婦がとっていた。テレサはそうしてこの世を去った。痩せて、動くこともままならず。でも、神様がそんなテレサを苦しみから救うこともなく、見捨ててしまった。そうではなく、人生は苦いもの。彼女が不幸せだと誰がいえようか。誰にも看取られなくてもテレサは不幸であると断言できるものはいない。テレサはいつも、いつでも私のそばにいる。 我が麗しのジェニー ジェニーがそっと合図した。二人きりになろう。 「恋ってなに?」私たちは喫茶店にいた。 恋って、それはつまり、愛さ。愛。LOVE love ラブ。 全然答えになってないじゃない。ジェニーは私を、なにか見慣れぬ珍しい小動物かなにかを見るように、顔を少し斜めにして見る。どこか小さく笑っている。私はその瞳が好きだった。 雪が降っている。窓の外を見るジェニー。 「車が動かなくなるね。どうしたらいいかしら」ジェニーは誰にいうともなくいっている。周りに客はいない。ひとり、喫茶店のマスターがいるだけだ。私には、そのマスターに話しかけているとしか思えない。でも、ジェニーって女はそういう女なんだ。気のないそぶりをしているような時が一番気持ちを現している。楽しんでいる。 「あなたのお友達がいるさ」私は突き放す。ジェニーの彼氏のことをいっている。 「誰」 「ガソリンスタンドのそばの修理工場のいい男」私はにっこりする。 「そうね」ジェニーは突っ込まない。一瞬表情をなくすジェニー。 「雪、積もるわね」 きっと大雪になるだろう。 「雪掻きくらいしてやる」マスターはカウンターの奥でコーヒーカップを磨いている。 ジェニーは腰が悪い。昔、交通事故に遭っている。今でも、寒い日は腰が痛いらしい。 そこの角が滑るよね 気を付けないと 長靴を履いて、ゆっくり歩くわよ。 続きます。 |
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