探偵たちの挽歌 #1

 「ここはどの辺なんでしょうね。」
 「さあてね。頼りなのはこの地図だけだ。」
 月明かりに地図をかざして、わずかな光を頼りに地図を読む。会話の後はざくざくと土を踏みしめる音。暗がりの中、月明かりを頼りにして街灯もない石を敷き詰めただけの道ともいえない道を歩いていく。道の両側には木の枝がせり出していて、ともすれば道を歩く人に両側から挟み撃ちにしようとたくらんでいような枝振り。
 ずさっ。誰かが足を取られて尻餅をついたらしい。起きあがって服をはたく音。
 「痛。こややし君、足を取られないように。」
 「はい、先生。ぼくは大丈夫です。」
 間延びした舌足らずの声。
 暗がりの中をそれぞれ特徴を持った4人の人影が影絵みたいにそろそろと、ぞろぞろと移動していく。
 そして、暗がりの中から切り立った屋根を持った二階建ての洋風の館が薄明かりとともに見えてくる。
 「先生、見えてきました。あれですね。」
 「ああ。」
 多少、面倒くさそうな返答。それでもアレデスネ氏は「あれですね、あれですね。」と陽気に繰り返す。
 一行は館のドアを叩く。
 「もしもし。どなたかおらんかの。」
 老人の声。一行の中には老人が混ざっているらしい。
 「じじい、ちゃんと喋れよ。」
 先ほど、「あれですね」を連呼していた少年の声。ばこっと固い物を叩く音。
 続いてドンドンとドアを叩く音。
 「おーーい、開けてくれぇ。誰かぁ。」
 金属を摩擦しているような銅鑼声、鼓膜にびりびり来る。夜中には立てないで欲しいね、こういう声は。
 ぎいいいい。
 この音をきっかけに世界は闇を卒業して明るくなる。
 ドアは開いたがそこには誰も立っていない。つまりドアは自動で開いたらしい。
 家の中は大きな居間になっていて、天井には大きなシャンデリア、居間の中央に大きなソファ、壁には暖炉、暖炉の上に鹿の頭の剥製、要するに金持ちの邸宅に相応しいアイテムがいっぱい詰まっているということを言いたいわけ。
 ソファの向きは入口からは横向きで、既に先客が腰掛けていた。4人組は邸宅の素材一つ一つを頭の中に格納しようとするかのように観察しながら中央のソファへ向かう。4人組みはリーダー格のスーツの七三分けの男を先頭に、学生服を着たいがくり頭の少年、恰幅のいいバーコード風に頭の禿げた中年男、そして豊かな白髪を無造作に垂らした老人と隊列を組んで歩いていく。ソファは向かい合わせに2つ置いてあって、間には背の低いテーブル。
 ソファには3人。1人はどこから取り出しのか白ワインのボトルをラッパ飲みしている髪の毛を短く刈り込んだ中年の男で、黒スーツを着ている。目が大きく睨みつけるような目をしていて、横柄にテーブルに足を載せている。
 もう1人は30代くらいの爆発直後の髪型をした男で、ネズミ色の和服を来た男。戦前の日本からタイムスリップしてきたみたいなファッション。熱心に辞書を読んでいる。何か調べ物をしているのではなくて、読書しているのならば変わった読書感覚だね。こちらはボトル男の真向かいに普通に腰掛けている。和服姿の男の隣に気の弱そうな二十歳そこそこの若者が一人。髪の毛は長く目が女性的で肌が白くてこれも女性的で、だからきっと声も高くて女性的なんだろうな、と想像させてしまうキャラクター。TシャツにGパン、実に若者らしい気取りのないファッションだね。
 ボトル男が喋る。
「ようこそ。お化けの館へ。へへへへへ。」
 卑しい笑い声、目は笑わっていないし遠慮なしに相手の頭の中まで土足で侵入してきそうな目つき。
「かなりご機嫌なご様子で。」
「ん? そうかな。しかし、誰もいない館なのにドアが勝手に開いたりする館ではね、他に適切な表現方法がないのでね。」
 ボトル男、ボトルを掲げて、
「あ、失礼、先にいただいてますよ。」
「貴方が一番、最初にこの館に来たんですね。」
 誰もいないのに云々と喋ったのだから、彼が一番最初に館に来たのは自明の理。
「その通り。そして館の中を見学したのも私。誰もいない無人の館でしてね。そのくせ人のぬくもりはあったりしてね、気味の悪いったらありゃしない。」
 攻撃的なキャラクターが酔っぱらっているわけだから、相手をする人間の警戒心はやっぱり膨張してしまう。ボトル男の中に貯まった飽和状態の愚痴が、理性というダムを決壊させつつあるのか、アルコール混じりの愚痴の渦に飲み込まれてはいけないな、と心の中で身構えておこうかな、なんて思い始めると、あれれ、向きをは変えるよ。20年来の友人に向けるような慇懃に笑いかけて、
「どう、一杯いかが。」
 未開封のボトルを4人組一人一人に掲げて、飲み仲間になってくれることを催促する。リーダー格の男が片手を上げて誘いを丁重に断る。
「いや、仕事中は飲まないようにしていてね。」
「どういう職業かは存じませんが、それは失礼しました。」
「どう、君、飲む?」
 学生服の少年に冗談のつもりでにやにや笑いながら勧める。でもこの少年には大人の冗談は通用しないようだね、少年はじゃあ、と言ってボトル男の隣に腰掛ける。
「おい、こややし君。君はまだ未成年だぞ。」
 しかし、少年はボトル男の注ぐグラスを一気に煽る。げっぷ。すぐ顔が真っ赤になってしまった。
「おうおう、飲みっぷりがいいね。」
「こややし君、やめたまえ。」
 4人組みのリーダーが渋い顔をして少年のグラスを取り上げる。
「さて。」
 雰囲気が気詰まり気味だし、もし感情が切り立ってきたようだったら、平らに均そうと思う努力は無駄ではないようだね。4人組みのリーダーは渋い顔を元の端正な顔に戻して言ったよ。
「とりあえず自己紹介でもしようかな。まずは私から。私の名前は明智源五郎。探偵です。」
「ほう、貴方が。ご高名は存じておりますよ。」
 そして、明智は自分の後ろに立っている3人を紹介。
「こちらは私の助手たち。こちらがこややし少年。」
「よろしくお願いします。調子に乗ってすいません。」
 真っ赤な顔をして挨拶。舌足らずな言葉遣い、丁寧に腰を折ってのお辞儀。なんだか旦那集に混ざった丁稚みたい。
「それから、こっちが助手のこややし中年。」
「助手のこややしです。よろしくお願いします。」
 良く通る声で慇懃に。恰幅が良く浮いた油でてかてか光る顔。探偵の助手というよりは大企業の重役の椅子にすっぽり納まりそうな体格と見かけだよ。
「それから、こっちがこややし老人。」
「あ、あう、あう、あう。」
 懸命に言葉を絞りだそうとしているのに意のままにならないらしい。見かねたこややし少年、
「しっかり喋れよ、じじい。」
 こややし老人の腹部にひじ鉄を一撃。うずくまるこややし老人。うううと唸っていたが、やにわにすくっと立ち上がって、今度は淀みなく自己紹介。
「助手のこややしです。よろしくお願いします。」
「今度はこっちの番だな。私は不渡 哲也。探偵です。こう見えてもハーフでね。アメリカを拠点にしてましてね。ま、向こうじゃちっとは知られた顔ですがね。」
 どっからどう見ても触ってみても輪切りにしても100%の混じりっけなしの日本人で、東北のお百姓さんと静岡の茶摘みさんのハーフといえば皆、納得するかもしれない。明智に対する対抗心かもしれない自己過剰の自己紹介。
 まだ会話の中に一回も参加してこない二人に視線は移る。
「私は金田一 六輔。皆さんと同じく探偵です。」
 金田一探偵、屈託のない笑顔でにこっと笑って会釈をして、すぐ辞書に目を落とす。
「ほう、ここにも名探偵か。金田一耕助のお孫さんでしたっけ。ますますもって肩身が狭い。」
 ボトル男改め不渡探偵は自嘲的に笑って見せる。
 そして、一度も言葉を発していない青年に皆の視線が集中する。皆の視線を浴びて更に若者は縮こまって、そのまま縮まって映画のミクロの決死圏みたいに血小板より小さくなっちゃうんじゃないの。
 視線の集中砲火が彼の心をぼこぼこの凹凸にしてしまったのか、崩壊からの回復時間をタイムウォッチで計ると10秒くらいかかったかもしれない。
「ぼくは........堂本貞治郎.......ど、童貞です。」
 一瞬、空気が薄くなって酸欠っぽくなったようだが、むふふふと皆の吐き出す息によってかえって空気は濃縮されたかもしれない。
「そうかい、そうかい、究極の語呂合わせだな。自分の恥部を犠牲にしてまでね。いやぁ、すごい凄い。」
 不渡は手を叩きながらはやし立てる。
「そうなの、そうなの、君、童貞なの。ぼくはこう見えても、もう済ませてしまっていてね。」
 こややし少年、呂律はかなり怪しい。満面の得意顔で堂本君になれなれしく肩に手を回して話し始める。
「実は明智先生にソープに連れていってもらってね。いやぁ良かったよ。君も早く済ませてしまった方がいいよ。」
 明智は苦虫をかみつぶしたような顔。上下の唇が微かな隙間を作って何事か言ったようだ。読心術の達人なら、きっと唇の動きをこう読んだと思うよ、「図に乗るな、こやし」。
 それまで辞書をぱらぱらめくっていた金田一、「ど....どうていっと。」、ぶつぶつと独り言。言葉を調べているようだ。
 「どうていっと。」、金田一は辞書を読み始めた。
 「道程。道のりのこと。これじゃないな。会話の文脈からして。すると、これか。性交渉のない男性のことを言う。これのことだな。性交渉...か」
 突然、金田一はソファから躍り上がって大声を上げた。
「しまったあ、私は童貞だった。」
 両手で頭をがりがりかき始める。頭からはフケが雨のように降り始めたよ。
「さあて、自己紹介も一通り済んだことだし、本論に入りますかねぇ。」
 不渡はにやにや笑いながら背広の内ポケットから封書を取り出した。

続く
※一応、構想はあるんですけど、続行するかは気分次第