あしたのジョー特別編

1.序文

この物語は、名作「あしたのジョー」にインスパイアされ、原作の持つ疾走感、叙情感というものを損なうことなく、さらに新しい世界に足を踏み入れることを意図して作られたものである。
なお、作者多忙につき、何の説明もなく、いきなり対戦シーンから入ることをご了承願いたい。また、本作はあくまでも実験作であり、
笑いを目的としたものでない ことを予めお断りしておく。


2.対戦
 
 矢吹丈と力石徹の対戦の記録。

〜第1ラウンド〜
 カーン。
打ち合うジョー。
ライバル、力石徹にめった打ちにあうジョー。
ゴングが鳴り、コーナーに戻るジョー。
地を這うようなくぐもった低音で丹下段平、
「すわれー、座るんだ、ジョー」
1分間の沈黙。
時計を見ながら、地を這うようなくぐもった低音で丹下段平、
「たてー、立つんだ、ジョー」

〜第2ラウンド〜
 カーン。
打ち合うジョー。
ライバル、力石徹にめった打ちにあうジョー。
ゴングが鳴り、コーナーに戻るジョー。
「すわれー、座るんだ、ジョー」
1分間の沈黙。
時計を見ながら丹下のオヤジは言う。
「たてー、立つんだ、ジョー」

〜第3ラウンド〜
 カーン。
打ち合うジョー。
ライバル、力石徹にめった打ちにあうジョー。
ゴングが鳴り、コーナーに戻るジョー。
「すわれー、座るんだ、ジョー」
「おい、おっつぁん、他になにか言えねぇのかよ。」
少し困った顔で丹下のオヤジは目のやり場に困っている様子で、額に汗を浮かべて目をきょろきょろさせている。
55秒の沈黙。
「たてー、立つんだ、ジョー」
そう言うときの丹下の顔には、自分の役割をまっとうしているという満足感が浮かんでいる。

〜第4ラウンド〜
 カーン。
打ち合うジョー。
ライバル、力石徹にめった打ちにあうジョー。
突然、ガードしている手をだらりと下げ、ぶら手のポーズになるジョー。
「ぬっ」
動揺する力石徹。
「はっ」
息を飲み込む観客。
「ジョ、ジョー」
驚愕の丹下。
ぶら手のジョーに力石はフックを入れる。
ばしっ。
フックは見事にジョーの顔をヒットする。
さらに、左、右、左、右..
全てジョーの顔をヒットする。
いける、さらにたたみかける力石。
ゴングが鳴り、コーナーに戻るジョー。
「すわれー、座るんだ、ジョー」
「.......くそオヤジ、他になにか言えねぇのかよ。」
丹下の顔は汗まみれになっている。
48秒の沈黙。
時計を見ながら少し困った顔で丹下のオヤジは言う。
「たてー、立つんだ、ジョー」

〜第5ラウンド〜
 カーン。
打ち合うジョー。
ライバル、力石徹にめった打ちにあうジョー。
ゴングが鳴り、コーナーに戻るジョー。
「すわれー、座るんだ、ジョー」
「おい、じじい、他になにか言えねぇのかよ。」
無言のまま、もじもじしている丹下の顔に、ジョーの最後の力を振り絞った右フックが炸裂した。
床に沈む丹下。
リングを飛び降り、レフリーはカウントを取る。
1,2,3,4…….
レフリーはリングを駆け上がり、ジョーの右手を取り高々と上げる。
カン、カン、カン、試合終了を告げるゴング。
自分のコーナーの周りをファイティングポーズをとりながら、夢遊病者のように、うろうろ歩き回る力石徹。
右手を上げているジョーの意識は、少しづつ色を失い白くなっていく。
マットに倒れ込む、ジョー、彼の無言の独白を残しながら。
−燃え尽きちまった。真っ白な灰になっちまった。−

控え室で意識を取り戻すジョー。
部屋は報道陣をシャットアウトした状態で、丹下段平や関係者が数名いる。
その数名の固まりの中から、ジョーに近づいた来た女性、白鳥麗子。
彼女はジョーにホテルのキーを手渡す。
  「待ってるわ、ジョー。」
無言でキーを受け取るジョー。
ジョーの中には、ぼんやりとした容姿のかわりに、白鳥の女性らしい匂いが強烈に刻まれていた。

3.終わり

ホテルに現れたジョー、キーを回し、ドアを開ける。
部屋は暗い。
ベッドの上には、全身をシーツで包んだ人影が浮かんでいる。
ごくっ、生唾を飲み込むジョー。
ゆっくりした足取りでベッドに近づく。
一歩、二歩、三歩...
ベッドの前で一呼吸おく。
さっとシーツをはがす。
薄暗がりの中から出てきたのは、ネグリジェを着た丹下段平。
寝たままの姿勢で、顔を赤かめて小声で言う。
「た、たてー、立つんだ、ジョー。」
頬を手で覆い恥じらう丹下の顔に、ジョーの右ストレートが炸裂した。


この作品はフィクションであり、実際の人名、団体名にはいっさい、関わりはありません。