体が弱っていると心も弱ってしまう。
そんな時は、思い出すのは嫌な記憶をばかり…
見たくない夢を見る。
悪夢を見ない方法
その異常は朝から始まっていた。
霞む視界に重い体…喉や体に溜まる熱の感覚。
「38.6度……見事な発熱だな、」
人体には、高温を記録する電子体温計を片手に呆れたような顔。
いつまでも起きてこないぼくに起こしに来た怜ちゃんはその様子を見て慌てて部屋を飛び出して行った。
そして、戻って来た時には手にしっかりと体温計とアイスノンが握られていたのだった。
「まったく、なんで音夢はそうやっていきなり熱出すかな。」
「……わから…ないです…」
熱を出したからには体調管理に問題があった訳で理由がある。
昨日、少し濡れて帰ってきたのが駄目だった?それとも遅くまで本を読んでたこと??
……なんだか、両方のような気がする。
「大方、昨日の帰りに通り雨にでもあって濡れたあげく夜中まで本でも読んでたんだろうけどさ。」
…正解です。怜ちゃん。
そこまで正確に当てれるとぐぅの音も出そうにありません。
「とりあえず学校は休むとして…俺も休もうか?」
「…ぇ?…だめ…です…」
「でも、俺が学校行ったらお前辛いだろ?」
「大丈夫……留守番…出来ます。」
確かに傍に誰かがいるとそうじゃないのは全然違う。
熱で辛いのは本当だし、怜ちゃんが傍にいてくれたらとても助かるけど…迷惑はかけたくない。
そんなぼくの様子に怜ちゃんは何か悟ったのか諦めたように溜息を付いた。
「本当に…妙な所だけ頑固なんだかさ。」
「…ごめん…なさい……でも…平気…」
「はいはい、わかったから無理してしゃべるな。」
ちょっとでも具合が悪かったら枕元の携帯で連絡する事。
それを条件に怜ちゃんは、同じく枕元にポカリと簡単に食べれるものをおいて学校へ行った。
そして、この家にはぼく一人とになった。
いつもと同じ部屋。同じ家。
なのにたった一人がいないだけで…一人になるだけで全然違う。
なんだか、妙に不安な気分になる。
(…寝よう…)
こういうときに眠ると夢見が悪いとは知っているけど…
それでも起きたままでは、きっと嫌な事ばかり考えてしまうから…
薬のせいか襲ってきた眠気に体を預けた。
夢を見る…それは、遠い日の記憶。
その日、家族で散歩していたぼくたちは帰り道で居眠り運転をした車に突っ込まれた。
『音夢!』
『危ない!!!』
…本当に突然の事で動けなかった自分。
そんなぼくをお父さんとお母さんは文字通り身を挺して庇ってくれた。
車体の下に巻き込まれるようにぼくの意識は消えた。
「あ……う?…』
気が付けば真っ暗…何一つ見えない暗闇。
身動きも取れないような狭い空間の中にむせ返るような鉄の香りにべたべたとした液体の感触。
なんだかよくわからない形の柔らかく暖かいモノがぼくを包んでいて…
それは、お父さんとお母さんの体だった。
『ふぇっ…お父さん…えっぐっ…お母さん…』
泣きじゃくりながら抱きしめたのはお父さんとお母さんの体。
何度も何度も二人を呼ぶけどいつものように優しい声も自分を撫ぜててくれる手も抱きしめる温もりもない。
ただ少しずつ無くなって温もりが消えたりしないように抱きしめる手に力を入れるしかなった。
「…っ!?」
ここまでが限界だった。
ベットから飛び起きるように目を覚ますと、そこは見知った天井。
そのまま肩で息をしながら額の汗を拭う。
「最近…見て…なかったのに…」
思い出したくない記憶のリアルな感触。
最近は…少なくとも東京に来てからは見なくなりつつあった悪夢。
…きっと熱で体弱ったからだ。
「……お父さん…お母さん……」
それからしばらくしてぼくは救助された。
お父さんとお母さんは、即死で…遺体はぐちゃぐちゃで見せてはもらえなかった。
なのに二人に包まれていたぼくは軽症で奇跡だといわれた。
とても哀しい奇跡だった…
お父さんとお母さんのお葬式。
沢山の合った事のない親戚がやって来てぼくのことをどうするかを話していた。
やっぱり子供を引き取るのは難しい事で話し合いは難航。
「あの時…佐藤さんと…忍足さん…声かけて…くれなかったら…ぼくは……」
お父さんたちの友達だったという佐藤さんと忍足さん。
煮え切らない親戚を押しのけて二人はぼくを養子にしたいと言ってくれて養子に入った。
それは、いろんな理由でだめになったけどこの二家族は今も優しい。
「成樹にぃやん…侑士にぃやんは…過保護…だけど…」
血は繋がっていないけど大切な人たち。
今のぼくがこうしていられるのもそんな人たちのおかげだと思う。
「……でも………」
でも、そんな人ばかりではなかった。
親戚の人にはあからさまに拒絶する人もいたし、あの事故の件で悪く言う人もいた。
可哀想という人は多くて腫れ物を扱うように扱われた。
「仕方ない…ことですけど…」
ぼくは今思えばとても扱いにくい子供だったと思う。
事故の件もそうだけど病弱で手もかかったし、他にも色々あってぼくは普通の子供とは違うと判断された。
大人にとっては手のかかる子、子供にとっては遊びづらい変な奴。
「だめ…ですね。」
せめて自分の感情をちゃんと言えばよかったのかもしれない。
でも、話すのが苦手だからなにを言っていいかわからなくなって…気が付けば、あまりしゃべらなくなっていた。
そして、余計に人との間に溝が出来ていく。
「……」
だめだ…思考が嫌な事へとばかり流れていく。
そんな事ばっかりじゃなくて友達もいるし、いい人たちとも沢山出会えたから決して悪い事ばかりじゃないのに…
本当は、体を治すためにも早く眠らないとだめなのに…このままじゃまた嫌な夢を見る。
〜♪
眠りたいけど眠れないな中、急に響いた着信音。
驚いて液晶を見るとそこに怜の文字…ぼくは携帯を耳にあて通信ボタン押した。
『もしもし、音夢?大丈夫?…あ、ひょっとして寝てた?』
「…ううん…今…起きました。怜ちゃん…学校は…」
携帯から聞こえる怜ちゃんの声。
教室出かけているのか電波越しに人のざわめく音も聞こえた。
『昼休み!音夢は、もうご飯食べた?』
「ううん…まだ…」
『やっぱり…音夢は、放っておくとすぐ食べないんだよ。』
ぼくの不精に怒ったように言う。
ずっと何かと助けられてばかりなような気がする。
「うん…今から…食べます………ありがとう…」
『別にこういうのはお互い様。あんたは何も気にせず静養してな。』
互いの傷を知っても引け目に感じない友達。
とても…とても貴重だと思うから…自分が出会えた事が不思議だと思う反面。
会えて良かったとも…心から思う…
『後…ちゃんと寝ろ。今度変な夢見たら起してやるから…』
「……」
どうして怜ちゃんにはわかってしまうのだろう?
ぼくは何も言っていないし、怜ちゃんにはぼくの声しか届かないはずなのに…
『だから、寝てさっさと治しちゃえ。』
どうして…欲しい言葉をくれるのだろう?
『じゃ、そう言う訳だから…お昼ちゃんと食べなよ?』
「…うん…」
返事を確認して切れる携帯。
たった数分会話しただけなのにさっきとは打って変わって妙に気分がいい気がする。
そんな現金な自分に笑った。
さぁ、言いつけ通りさっそくご飯を食べましょう。
まだ体は辛いけどベットから起きて、食事を取ったら薬を飲まなければなりません。
ついでにぬるくなった枕元のポカリとアイスノンを新しい冷たいものに変えてしまいましょうか?
どうせなら汗でべたべたになったパジャマも変えたの方がいいのかもしれません。
そして、それらが終わったならそのまま眠ってしまいましょう。
きっと、今度は悪夢なんて見ないから…
それから数時間後。
目を覚ますと怜ちゃん雪兎ちゃんたちからもお見舞いのメールが入っていた。
それを見てぼくはまた笑うのだった。
ちなみにその日は、それ以降悪夢を見ることはありませんでした。
End.
Back.
*アトガキ*
ものすごい突発的に書きました。(汗)
なんとなく、例の過去を書いたので今度は音夢をと思ったのですが…暗い。
設定で決めてはいたんですけど、文章にするとここまで暗くなるとは…
…どうも気分が暗くなるものを書いてしまい申し訳ありませんでした。
2004/07/11