希望(みらい)のひかり







…夏のある日…

垢星釉依(あかぼし ゆい)はいつものように午前5時に目を覚ました。
高校2年の女の子が起きるのには早い時間だ。
もちろん学校までの距離があるなら納得できる時間だが、
釉依の家から学校までは徒歩15分という短い距離だ。
だから早すぎる。
なぜこんなに早く起きるのか。それにはいろいろと事情があるのだ。
釉依は布団から出てお風呂場へ向かった。

今日もまた一日が始まった。
生きていても、そうでなくても、同じような一日。
だけど、私は生きている。
この現実の中でよく生きていると自分で自分をほめるくらい…。
そんな1日が、また始まった。

衣服を脱ぎ捨ててお風呂に入る。いつもシャワーだけだが、浴びないよりはましだ。
釉依はシャワーを浴びる。
「痛っ」
釉依は腕をさする。
「あ〜あ、こんな体じゃ、誰もお嫁にもらってくれないな…。」
釉依はつぶやいた。
これはプロポーションが悪いとか太っているとか、そんなことではまったくない。
さらに言えば顔が悪いというわけでもない。
釉依はかなりの美人だからだ。
ではなぜそんなことを言うのか…。
外見に自身があるという人は滅多にいないと思う。
他の人がどんなにきれいだとか言ったとしても、
それは気休めに過ぎないとか、そう言うことを思ってしまう。
確かに釉依もいろいろと気になる部分はあるが、
外見をそれほど気にしないのだ。
そんな釉依がなぜあんなことを言うのか、
それにはきちっとした理由があった…

釉依は髪と体を洗って、部屋から持ってきたタオルで体を拭く。
そして部屋に戻り、制服を着た。


釉依は制服に着替えると台所に入った。
あの人たちは朝は起きてこないから、安心して冷蔵庫を開ける。
釉依はご飯を取り出して温めた。
「いただきます。」
釉依は一人でご飯を食べて牛乳を飲み、
あの人たちに見つからないように家を出た。
今日は夏日だが、長袖で我慢。
これは、しょうがないことだった。
学校までの道のりを一人でてくてくと歩く。
その途中で声をかけられた。
「よぉ!」
「え・康哉くん!」

目の前にいた人。相坂康哉君(あいざか こうや)くん《18才》は
私の1コ上の、男の子。
幼馴染でもある康哉くんは、とってももてる。
だけど康哉くんはすべての告白を断っている。
好きな人がいるらしいが…。
そして、すべての告白を断っている康哉くんと私がいれば、
断られた子達や、康哉くんを好きな子達が
私に対してよくない感情を抱く。
康哉くんはそのことを知らないから、
こうして私に話しかけてくる。
「おはよう。釉依。」
「おはようございます。相坂先輩。」
「なんだよっ!急に仰々しくなってさ〜。」
「先輩…。」
私は少し距離をおきたかった。
そうでないと…いつもよりひどくなる。
「先輩と敬語は駄目だ。康哉くんにしろ。
 いつも康哉くんで慣れているんだから、急に帰られても困る。」
「…わかったわよ。」
「それでいい。」
「で、康哉君は私に何のよう?」
「一緒に学校に行こうぜ!」
「は!」
康哉君とはたまに通学途中で会うが、
いつも「おはよう」とだけ言って学校へ走っていった。
(その理由は、前に書いたけど。)
だけど、一緒にいこうと言われたのは初めてだった。
やばい。学校まではあまり道のりは長くないけれども…
見つかったら…ごまかせなくなる。
「わっ私、急ぐの!じゃ〜ね!」
「おっおい!」
呼び止められて振り向かないことに良心が痛んだが、
これはこれでしょうがない。
私はなんとか康哉くんを振り切ることに成功した。
だが…見られても見られなくても…あれはやってくる。

釉依は肩を落として下駄箱に向かう。
下駄箱で靴を履き替える。
「おはよう。垢星さん?」
釉依は話しかけられた。そして振り向くと案の定、
いつもと同じ人がいた。
相野麻耶(あいの まや)さんと、佐方衿(さかた えり)さんと、
宮川 望さんだった。
「相野さん、佐方さん、宮川さん…」
「ちょっといいかしら?いいわよね?」
「…はい。」
釉依はいつも通り、屋上へ連れて行かれる。
そう、いつもどおり。


「つ!」
「ったくさぁ、うざったいよ!」
「ほんとだよ!あんたもう学校来なくてもいいよ!」
「でもウサ晴らしになるから丁度いいけどねぇ。」
「っ」
釉依は3人のクラスメイトから、毎日暴行を受けている。
“いじめ”というやつだ。
先生や同じクラスの子には一切ばれないように、
早朝、釉依が学校に到着してからすぐに暴行される。
蹴る、殴る、たたく。がいつものパターン。
釉依が動かなくなると、やめる。このときの時間が大抵8時15分。
「今日はこれで勘弁してあげる。さっ。教室に行きましょ。」
「そうねぇ。」
3人は、釉依を屋上に残して、教室へ行った。
釉依は目を開けて、息をする。
「いったいなぁ…。本当に…。今日は15分か…。きっと間に合う。大丈夫ね。」
釉依は独り言をつぶやいた。

8:27分
釉依はやっと体を動かせるようになった。
釉依は起き上がって、フェンスに手をかけて、ため息をつく。
「つっ…27分。毎日…本当に……よく生きてるわ。私。」
釉依は痛みを訴える体に鞭をうって、教室へと急いだ。
キーんコーンカーンコーン
「やば。」
教室に向かう最中、鐘の音を聞いた。走ろうかと思うが無理で、あきらめる。

ガラッ
「すいません!遅刻しました!」
ドアを開けた早々、釉依は謝罪の言葉を述べる。
「ん〜?垢星?またか?今日も屋上で昼寝かぁ?」
「あ、まぁ…。」
「しかも今日は制服が汚いぞ〜?」
『やばい。』
釉依はいいわけを即座に考えて、答える。
「屋上から帰ってくるときに、ちょっと転びまして…。」
「しっかりしろよ〜?」
教師がそう言うと、教室中に笑いが起きた。
「はいっ。」
釉依は気にすることなく、席に着いた。

釉依は4時限までの授業を終えるとすぐ、コンビニの袋を持って、屋上へ向かった。
屋上に行っても誰もいない。それが好都合だからだ。
釉依は一人でもくもくと弁当を食べていた。
お弁当はしっかり食べないと…あとでつらいから…。
「よぉ。釉依さん。」
急に呼ばれ、釉依が振り向くと見たことのある顔だった。
「え!ぁ…結城先輩、辰野先輩、種洲先輩じゃないですか。どうしたんですか?」
結城信(ゆうき まこと)、辰野裕二(たつの ゆうじ)、
種洲秀(たねしま しゅう)は、
3人とも康哉の同級生で、クラスメイトで、友達だ。
ちなみに、結城と辰野は相野と、佐方の彼氏だ。
「ん〜。たまには屋上に行こうかと思ってさ、」
「そうですか。あの…私と屋上で会ったこと、
誰にも言わないでもらえませんか?」
「え…?」
「お願いします!」
そう。誰かに言われたら困る。
とくに。相野と佐方に知られることは…あってはならない。
もし知られたら、昼休みもいじめられる。
そんなことになったらご飯が食べられない。
ご飯を食べられないと…本当にあとでつらい…。
「?なんかよく分からないけど、分かった。」
「ありがとうございます!」
「ぁ。あとさ、康哉をさ、励ましてやってくれないか?」
「え!?」
「今日、康哉の一緒に行こうって申し出、断って先に行っただろう?」
「まぁ…。それ…康哉くんが言ったんですか。」
「ん?ああ。そいでさ、朝きたらえらく落ち込んでて…。」
「……。」
釉依はジレンマにおそわれた。
確かに康哉に申し訳ないことをした。
だが、それを了承したら…いじめがひどくなる…。
なぜなら釉依をいじめる3人の女の子の一人、宮川は、
康哉を好きなのだ。
きちんとした好き。もあるが、ミーハー心のほうが近い。
だからこそ、ばれると大変なのだ。
釉依はため息をついてしまった。

「そう言えばさ、今朝ココでなにやってたの?」
「え!?」
いじめの現場を目撃されたらまずい。非常にまずい。
だが、そのことではないようだった。
「今朝…8:30近くなのにさ、ここにいただろう?」
「え?あ。はい。」
時間が15分までの間でなくて、起き上がった時間帯だったことにほっとした。
「どうしてここにあんな時間にいたんだ?」
「えっと…。ここでお昼寝をしてて…、起きて外を眺めてたんです。」
ちょっとつらいいわけだった。
「変な人だな〜。康哉の話では…」
「え?康哉くんがなにか?」
「いやっ…その…なんでもない!」
その言動に疑問を持ちつつ、話がそれたことに釉依は安堵する。
キーんコーンカーンコーン
「あ、予鈴。じゃあ私、いきますね?」
「ああ…あとさ、康哉が帰りに迎えに行くと思うよ・」
「ええっ?」
やばい。やばすぎる。だって見つかったら…
「あの!康哉くんに、学校出て少しいったところの、
 木の下で待っててくれって言ってくださ い。」
「え?あ。うん。」
「じゃあ、失礼します。」
「えっ!ちょっと!釉依さん!」
「・はい?」
これ以上追求されても、困る。釉依は、変なことを聞かれませんように。
と思って振り向く。
「木なんていっぱいあるだろ?あいつわかるのか?」
釉依はほっとした。康哉がわからないはずない木だからだ。
「わかります。大丈夫です。詳しくは康哉君に聞いてください。
康哉君にはここにいたこと言ってもいいですけど、
他の人に言わないで下さいね!」
最後に念を押すことも忘れなかった。
「ああ。じゃあ。」
「失礼します。」
釉依は階段を駆け下りた。


「なぁ、釉依さん、なんかおかしくないか?」
「え?」
「だって…制服は汚いし…それに今日は真夏日だぞ?
 それなのに、長袖を着てる。」
「確かに…そういえばあの子年がら年中長袖だよな?」
「康哉にでも聞いてみようぜ?伝言もあるし…。」
「だな〜。俺らも教室行かないと。」
こうして3人は教室に戻った。

「康哉〜?」
「…。なんだよ。」
親友に呼ばれても康哉は相変わらずむくれていた。
せっかく一緒に登校しようと、
釉依と同じ時刻に頑張って早起きしたのに、
釉依は先に言ってしまったからだ。
ああいうことを言うのに慣れてないから、結構勇気もいったのに…。
「さっき、釉依さんと会ったぜ?」
「マジ!?」

俺は釉依の名を聞いて少し元気になる。
こいつらにいろいろ追及させてもらおう。
「どこで?」
「屋上。だけど、おまえ以外にあそこであったこと、言わないでくれって。」
「なんでだ?」
「さぁ?あとさ、俺ら、聞きたいことがあったんだけど?」
「ん?2コあるんだ。」
「なんだ?」
俺は最近こいつらに質問されるようなことが思いつかない。
だからなにを聞かれるのかと思った。
「まず1つめ。なんで、釉依さんはいつも長袖なんだ?」
「え…」
「…まさかおまえも知らないのか?」
俺は押し黙る。
そう…知らない。
釉依とはちっちゃいころから一緒にいる。
物心ついたとき、釉依はきちんと半そでを着ていた。
だが…釉依のお父さんが…いなくなってからは…ずっと長袖だった…。
釉依の本当のお父さんは…釉依が小さいころに亡くなった。
今の釉依のお父さんは、うちの親父の友達。
まぁ、釉依の本当のお父さんもうちの親父の親友だけど。
釉依の母さんは、釉依の本当のお父さんがなくなって…
2ヶ月もたたないうちに再婚した。
「釉依の……家庭事情が変わった頃からはずっと長袖なんだ。
 だけどなんでかは知らない。なんでだろう?」
ずっと疑問に思ってきた。だけど釉依は答えてくれなかった。
「ふ〜ん?」
「それで、2コめは?」
「ああ。あのさ。」
「ん?」
3人は、「おまえ言えよ」とかいっていたが、
ついに3人で言うことにしたらしい。
「「「あのさ…」」」
キーんコーンカーンコーン
「あ。鳴っちまった。授業中にメモくれ。」
俺は3人にそう頼む。
授業中にメモが渡された。
1枚目のメモには…
『いいか?
 今からすっごいおまえが叫びそうなことを書いた紙を渡すけど、
 絶対に声に出すな!』
『?なんだろ。』
疑問を持ちつつ二枚目が来た。
2枚目には…
『ぜってぇ驚くな?いいか?叫び声あげるな?ついでに、返事はきちっと返せよ!』
『??なんだぁ?でも、驚くなって言われているんだから、おどろかねぇだろ。』
そして運命の?3枚目…
『おまえ、垢星釉依のこと、好きなんだろ?』
「なっ!」
「ん〜?相坂、どうかしたか?」
『げっ』
「いいえ。あの、その公式をもう少し詳しく教えてください…。」
「ああいいぞ〜。」
『セーフ。』
俺は授業に集中しているふりをしつつ、どきどきしていた。
たしかに、奴らが言うように俺は釉依のことが好きだ。
釉依のことが好きだから、ずっと断ってきた。
年齢を重ねるごとに釉依の美しさ、優しさは増していった。
『なんでばれたんだろ?』
俺は早く授業が終わることを願った。

キーンコーンカーンコーン
俺のところに来た3人は、俺を見ると口をそろえて言った。
「あれだけ忠告したのによぉ。」
「でもそんな大きな声じゃなかったからな〜。」
「忠告してもむだかぁ…あ、返事返ってきてないよな?答えは?」
釉依のことが好きだ。とは言えないので、
遠まわしに肯定の返事をした。
「…………。なんでばれた?」
「認めるんだ。やっぱり…」
「で、なんで・・・」
「ずっとおまえの側にいたらわかるって…」
「そばにいなきゃわかんねぇよな?」
「あ?ああ。大丈夫。」
「ああ!忘れるところだった。伝言。」
「伝言?」
「ああ、釉依さんから…」
「釉依から?なんて?」
「おまえがきっと迎えに行くよって言ったんだ。
 そしたら、—学校出て少しいったところの、
 木の下で待っててくれ—だって。」
「おまえわかるのか?こんな言い方で。」
「ああ、わかる。サンキュー。」
「ここで何かあったのか?」
「ん?ああ。ちっちゃいころ、釉依と一緒に夏祭りに言ったんだ。
 そのときに、釉依がいなくなって探し回ったんだ。
 そしたらその、木の下にいたんだ。」
「へぇ…二人ともよく覚えてるな。」
「その夏は…釉依の……」
釉依の父さんが…死んだ夏だったんだ…。

釉依は葬式の日に邪魔になるからと言われて、康哉の家に預けられた。
康哉は夏祭りに行きたいといった釉依と一緒に夏祭りに出かけた。
花火が始まる少し前、釉依は康哉の前から姿を消した。
康哉は町中探し回った。
花火が始まってしばらくたった後に木の下にいたのをみつけた。
「釉依」
康哉は釉依に話しかけた。すると釉依は泣きながら、
康哉に抱きついたのだ。
『お父さん……』
そう泣きながら言っていた。

「じゃ、そう言うことだから…」
康哉はいつもどおりに6時限を終えて、木の下に走っていった。
「あ、康哉くん。」
木の下にはすでに釉依がいた。
康哉はうれしくて少し走った。
「ねぇ、もっと家のほうに行こう。ねっ」
そういうと、釉依は康哉を引っ張っていった。
康哉は釉依が走ったので、走った。
やっと釉依がとまると、康哉は釉依に聞く。
「どうして…」
「今朝は本当にごめんなさい。どうしても……。」
「なんで…」
「わけはいえないけど…」
「なんでだよっ!」
康哉はといつめた。いつもより真剣な瞳で。
こうなった康哉はもう一歩もひかない。なにがあっても…。
「……………深く聞かないでよ?」
「ああ。」
「康哉くん、自分で人気あるって…自覚ある?」
釉依は寂しそうにそう言った。
「え?……ない。」
「やっぱりね…。そうするとね、私が困るの。」
「え?」
「康哉くんは人気があるの。女の子達に。
だから康哉くんは私のものじゃないの。女の子全員のものなの。」
「…」
「私が隣で歩いて登校するわけには行かないの!」
「どうして…」
「深く聞かないで…。お願いだから。」
釉依は寂しそうにそう言った。だからうなずくしかなかった。
「……わかった。」
「ごめんなさい。」
「俺こそ、ごめん。」
「ううん…で、私のところに来てどうするつもりだったの?」
「ああ、明日、休みだろう?飯食いいこうぜ!おごってやるから。」
康哉は勇気ををだしてデートに誘った。
「え゛」
「決めたから、行くぞ!明日、11時に、俺の家に来てくれ。」
「え゛」
「じゃ〜な〜」
「ちょ!」
康哉は立ち去った。

どうしよう…。明日か…。
家になるべく遅く帰りたかったので、図書館に寄った。
釉依が図書館に入ったのは、3:45それから7:00までいた。
7:00の閉館とともに、家に戻る。

家の前でかなりためらってから、扉を開けた。
「きゃあ!」
扉のすぐ前にいたのは、義父。そのまま引っ張られる。
「いやだっ離して!痛っ」
抵抗する釉依の頬をたたき、引きずっていく。
「お母さん!助けて!」
無駄であることがわかっていながら、助けを求めてしまった。
すると母親はこっちに向かって歩いてきた。
助けてくれる?と思ったのは大間違い。
釉依の口にタオルを押し込んで、釉依の制服を脱がした。
「制服が汚れちゃうわ。あなた?外に声を漏らしちゃ駄目ですよ。」
その言葉を聞いた瞬間、絶望感に襲われた。
「んん!」
いつもどおりの日常…。
頬をたたかれ、顔を殴られ、腹を殴られ、体中を棒でたたかれた…。
「…」
痛くて痛くて、声も発せない…。
これ以上やられたら…死んでしまう…。
いつもそこでとまる…。今日もそうだった。
義父は釉依を釉依の部屋に連れて行った。
そして、釉依をその部屋に向かって後ろから思いっきり押す。
「!」
硬い地面に体が当たり、声にならない声が出た。
そして、義父は扉を閉めて家に戻っていった。
釉依の部屋…。それは、家の外にある物置だった。
物置の中に入っていたものはすべて本当の父のものだったが、
父が死んだあと母は何の未練もなく捨てたから、
中には何も入っていない。
釉依の制服と、釉依の学校で使う道具。
そして体育着が入っているプラスチックのケース。
釉依は、身動きができず、そのまま気を失うように、眠りについた。

「ん……」
釉依は目を覚ました。今日も新しい1日の始まり。
時刻はいつも通り5時をさしていた。
朝はいつもいないから、幸せな時間だ。
「ぁ」
釉依は康哉との約束を思い出して、
薄くて短いTシャツとスカーをはいて、お風呂場へ向かった。
ちなみにこのTシャツとスカートは、
今から3年くらい前に、義父が出張に行ったときに、
母が珍しく私に服を買ってくれた。
もちろん、制服を汚さないため。
寂しい理由ではあるが、しょうがない。

衣服を脱ぎ捨てて、お風呂に入る。
いつもシャワーだけだが、浴びないよりはましだ。
釉依はシャワーを浴びる。
「痛っ」
釉依はいつものように、腕をさする。
「あ〜あ、こんな体じゃ、誰もお嫁にもらってくれないな…。」
釉依はつぶやいた。
そう、このセリフは首から上、手首から指の先、
ひざから下以外の場所にはすべてある傷を見て言ったのだ。
体中傷ついている釉依を見て、もらってくれる人はいないはずだ。
釉依は髪と体を洗って、部屋から持ってきたタオルで体を拭く。
そして部屋に戻る。
そして、体育着の中に隠しておいたきれいな服の中から選ぶ。
服は全部で5着ぐらいある。
それを隠しておくのは、義父たちにばれると、捨てられてしまうから。
一度捨てられたから、釉依は隠すことを覚えた。
康哉に誘われたときは、この服の中からチョイスしていくのだ。
6:00には家を出て、公園へ向かった。
いつものように母親にだけがわかるように、郵便箱にメモを残した。
康哉に誘われたときはいつも公園のブランコで時間をつぶす。
そして、9:30まではここですごして、
そのあと、図書館へ向かい、約束の時間まで時間をつぶしている。
約束した時間は11時。いまから…5時間後だ。
持ってきたハンカチで涙をずっとぬぐっていた。
声を押し殺して…泣いていた。


康哉は朝7時には起きた。いつもはこんなに早く起きることがないが、
今日は特別。
なんていったって今日は釉依と遊ぶ日なのだ。
小さい頃はなんと言うこともなく一緒に遊んだが、
年齢が上がるにつれて都合が会わなくなって、
一緒にいる機会はグンと減った。
今では、会おうと思わなければ会えない。
だから、こういう日は朝から目が冴える。
そんな俺はめずらしいから、姉に声をかけられた。
康哉には2個上の姉、志津香(しずか)がいる。
「康哉〜?」
「なんだよ?」
「今日、釉依ちゃんと会うでしょ。」
「なっなっなっなっ」
誰と遊ぶというところまでばれていないと思っていたが、
すっかりばれていたため、康哉は動揺した。
「おっもしろ〜。」
「うっさいな!」
「そんな口を私に聞いていいと思ってるの〜?」
「な…なんだよ・」
「康哉の好きな子が釉依ちゃ」
「わーーーーーーーー」
「ず〜ぼしっ」
「う゛」
「あははっ」
「……なんで、ばれたんだ?」
「家族だからかな〜?あんた見てるとわかるよ?
 でも学校では滅多に話さないでしょ?」
「まぁ…。」
「ならばれないわよ?」
「よかったぁ、って俺、釉依と話す時って違うのか?」
「ええ。すんごい嬉しそうな顔して話すもの。釉依ちゃんと。」
「へぇ…。」
「何時に約束したの?」
「11時に、ここ。」
「そっかぁ、じゃあ帰るときも寄ってもらいなさいよ。」
「なんで?」
「私のお古、あげようかと思って。」
「そっか〜。とりあえず、いってみる。」
「うん。ところであんた、釉依ちゃんに海外留学の件話した?」
「・・・まだ。」
俺は一ヵ月後に海外留学をする。半年、海外で過ごすのだ。
ダチにはもう言ったが、釉依にはまだ話していなかった。
「どうでもいいけど、釉依ちゃんに話したほうがいいと思うわよ。
じゃあね〜。」
志津香はそれだけ言うと、部屋を出て行った。
そして康哉は姉に隠し事はできないと、思ったのだった。


11時
ピンポーン
「は〜い☆」
志津香が玄関を開けに行った。
「ちょ!」
康哉はそこにいるのが釉依だと思ったので、
あわてて止めようとしたが、姉はそれも承知で向かった。
「はあ…」
「康哉〜」
「なんだよ!」
志津香に呼ばれて多少うざったげに返事をする。
「釉依ちゃんよ〜。」
「今行くっ」
やっぱり・・・そう思い、康哉は出かける準備を整えて、玄関へ向かう。
「姉ちゃん!何してんだよ?」
志津香は釉依を抱きしめていたのだった。
「釉依?」
「なんか、志津香さんに急に抱きしめられちゃって…。志津香さん?」
釉依は困惑気味だった。
「ごめんねぇ、かわいくてさ〜。」
志津香は離れた。
「じゃあ楽しんでいらっしゃいねぇ〜。」
「いってきます。」
康哉はそれだけ言うと、志津香の横を通り過ぎようとした。
「がんばんなさいよ?」
「えっ?」
志津香に不意に言われたその言葉に反応できず、聞き返してしまった。
「いってらっしゃい。釉依ちゃん、うちのバカを宜しくね?」
「姉ちゃん!…ったく、釉依、いくぞ?」
「あ、うん。」
康哉は釉依とともに外に出た。
「ごめんな?またせて。」
「平気だよ?」
「そっか?じゃーいこうぜ!」
「わっ」
康哉は釉依の手をとり、走り出した。

とりあえず二人はお昼ご飯を食べるために、レストランへ入った。
「俺、おごってやるから、適当なもん頼めよ?」
「ええ?いいよ。ちゃんと払うってば。」
「いいのいいの。親に今日釉依と一緒に遊びにいくって行ったら、
 釉依におごってやれって金くれたから。」
「ならなおさら〜、」
「いいから、いいから。早く頼もうぜ?」
「もー。」
二人は注文して、食べる。
その間に試験のことや進路のこと、友達関係のことなどいろいろと話した。
結局的にお金は康哉が払った。
その後二人は近場のゲーセンに行ったり、
ウインドウショッピングをしたりした。
そのとき釉依はきつい視線を受けたように思った。

「ねぇ、あれって…」
「…あっなんであんな子と?」
「許せないわ!」
「月曜日に…ね?」
「そうね。」


釉依たちは康哉の家に戻った。
「あ、そうだ、釉依?」
「なに?」
「ねぇちゃんが釉依に古着をくれるって言ってたけど、いるか?」
「え?いいの?」
「ああ。」
「じゃあもらおうかな?」
「そっか?じゃあ、姉ちゃん、中にいると思うから、呼んでくる。」
「うん。」
ガチャ
「ねぇちゃ〜ん?」
「なに〜?」
「釉依が、いるってさ。」
「ほんと〜?」
「ああ。」
志津香は、紙袋を持って一回に降りてきた。
「はい。これ。」
「あ、待って。釉依を呼んでくる。」
「うん。」
ガチャ
「釉依。」
「あ、うん。」
釉依は中に入った。
「きゃ〜。釉依ちゃんっ」
「ふぇ?」
「あ、これ。」
「あ、志津香さん。ありがとうございます。」
「いいのよ。いいのよ〜。気にしないで?」
「あ。はい。ありがとうございます。」
「じゃあ、康哉、送っていってあげなさいよ?」
「ああ。」
「あ、別にいいです。一人で帰ります。」
釉依はドキッとした。ここで送られて、
この服とかを見られたら、どうなるか、想像はつく。
「え〜。」
志津香は残念そうにそう言った。
「康哉君。今日はありがとう。またね?」
釉依は笑顔でそう言い、家へ向かった。
「あ。ああ・」
康哉はぼーっとして釉依を見送った。
「見とれちゃって…まったくも〜。」
「なっ姉ちゃん!」
「あらあら、ムキになって…。」
「姉ちゃん!」
「さ、ご飯食べましょう?」
「…はい。」
康哉と志津香は家の中に入った。


「っ…」
釉依は帰り道の途中にある公園で涙を流していた。
本当のお父さんがいた頃の当たり前の日常…
それがすごく恋しくなった。
康哉といると、本当のお父さんのことを…思い出す。
家に帰れば地獄絵のような日々が待っている…。
だが、帰らないわけにはいかないのだ。

釉依は門を開けて、自分の部屋に入る。
服を脱ぎ捨て、ずっと前に母親が買ったうすい長袖を着る。
そして、志津香からもらった服と今日着ていった服を、隠した。
深呼吸をする。
ガラ
扉を開けると、やはりいた。義父が…。
「きゃあっ」
釉依は家に引っ張り込まれる。
そしていつもの部屋に連れて行かれる。
「痛っ!」
釉依は頬をたたかれた。体をたたかれた。けられた…殴られた…。
そんな横で母親はご飯を一人でもくもくと食べている。
いつものように限界が来た。だけど、いつもの限界を超えても、
今日はやめない。
痛すぎて声も出せない。
そんな釉依にはお構いなく、義父は釉依を殴り続けた。蹴り続けた。
釉依はとうとう気を失った。

「っ」
釉依は体に鋭い痛みを感じて意識を取り戻した。
釉依自身の部屋に、叩きつけられた痛みだった。
釉依は、一ミリも動くことができずに、眠りに着いた。


「ん…」
朝、目を開ける。
そしていつもよりも動きにくくなっている体を引きずり
風呂に向かう。
服を脱ぎ捨て、風呂に入る。
「何・・これ・」
釉依は自分の体を見て愕然とした。
傷が…異常に増えている。
昨日、釉依が気を失った後も、やめなかったらしい…。
釉依は体を洗い、バスタオルで体を拭き、制服に着替えて、
粗末な朝食を食べて、学校へ行った。
釉依はまだ知らなかった…。
学校で彼女達が抱くものを…。


「垢星さん!屋上に来てもらうわよ?」
いつもと違うわ…。なんで?いつもより…ひどい気が…。
「…はい。」
私は屋上に着くなり、突き飛ばされた。
「きゃあ!」
「ったく…いいかげんにしなよね!
 相坂先輩を無理やり誘うなんて、何考えているのよ!」
そして私は殴られる。
康哉君を…無理やり誘う?まさか…昨日の見てたの?
「昨日…見てたの?」
「当たり前でしょ!ったく…いつもより、ひどい目見てもらうからね!」
そう…ひどかった。
3人に蹴られて、いつもは使わないモップを引っ張り出してきて、私を叩いた。
昨日の義父の虐待がいつもよりひどかったから、学校でのいじめも、本当に痛かった。
「ったく、これに懲りて、もう二度と相坂先輩に近寄らないでよね!」
「…」
3人は屋上から出て行った。時刻は8時25分。
完璧に間に合わないわ…。
一時間目終わった頃…には、起き上がれるかしら…。
とりあえず、誰かが来ても、
言い訳できるように…端によってないと…。
私は体を引きずって、壁に背をつけて…目を閉じた。
すると、昨日の虐待とついさっきのいじめで
限界を迎えていたらしい私の体は、眠りに落ちた。


「ん…」
私は目を覚ました。時計を見ると、時刻は12時45分。
「やば…。お昼休みまであと5分しかない…。」
私は体を立ち上がらせて、職員室へ向かった。
ガラ
「あ…都村先生?」
「あ〜、垢星、おまえ連絡もよこさないで何してるんだよ・」
「すいません。」
「ん〜、まぁ、とりあえず、お前、もう帰れ。」
「え…」
「忘れたのか?今日の5,6時間目は、
成績の悪いものだけが残って、居残り勉強だ。おまえは違うだろう?」
「そうでしたっけ?…そうですか。じゃあ、帰ります。」
「ああ、とりあえず、遅刻扱いにしとくからな?」
先生のその心遣いがわかり、顔が自然とほころんだ。
「あ、はい。ありがとうございます。」
「いいや。じゃあ気をつけて帰れよ?」
「はいっ」
私は半ばほっとしつつ、校舎から出た。
すると…まったく最悪のパターン。
宮川さん、相野さん、佐方さん、
結城先輩、辰野先輩、種洲先輩、そして、康哉君がいた。
もう二度と、康哉には近寄るな、そう言われたのは今朝のこと。
私はそれを思い出して、校舎に戻った。
「はぁ…。」
私はため息をついてしまった。つかずにはいられない。
…。康哉君は、私のことをすごく心配してくれる。
だから、3人がやっているいじめを知ったら、
何をするかわからない…。
だけど、あの3人は…ずっと前は仲のよい友達だった。
ふとした瞬間に、私をいじめるようになった。
なぜかはわからない。わかりたくも無い…。
だけど、前は仲のよい友達だったから…
絶対にしゃべるわけにはいかないのだ。
屋上に上り、下を眺めた。康哉君たちは、やっと学校を出た。
私は念のためを考えて、ゆっくりと階段を下りて、校舎を出た。

いつものように図書館で時間をつぶして、家に帰る。
いつもと同じ。大丈夫。
そう思っても思っても、これは現実じゃないって言う自分がいる。
昔に戻りたいって思ってる自分がいる。
—違う—
大丈夫なんかじゃない。現実だって認めたくない。昔に戻りたい。
今の生活から逃げ出したい…。
実はずっと前に自殺を考えたことがある。
でもそれはできない。
父の敵をとるまでは。

家の扉を開ける。
「ぇきゃあ!」
釉依は扉を開けて閉めた瞬間に義父から殴られ、地面に叩きつけられた。
「今日はなぁ!いつも以上にむしゃくしゃしてるんだよ!」
「いやだっやぁ!」
嫌がる釉依をつれて虐待室に向かう義父。
虐待室で、殴られ蹴られた。
限界はここですでに来た。
だが義父は釉依の腹を思いっきり蹴り、顔を殴る。
そんなときだった。
「あなた、やめてよ。」
一瞬母の言葉に耳を疑う。今まで義父のいいなりで、
助けてくれなかった母親が、止めてくれたのだ。
すごくうれしかった。だけど、期待はすぐに裏切られた。
「…顔を殴ったら、ばれるわよ。」
「あ、そっか、やべぇ。ま、口の隣にあざがあるだけだから、
 まぁいいか。」
「もうやめてよ?」
「わかっている。」
そして義父は呆然としている釉依をけり、殴った。
ついにはカッターを取り出して、釉依の腕に字を書いていた。
もちろん、そのときの釉依の意識はない。
ただ、釉依はそのとき、
もう、あなたは、私のお母さんじゃない。
と強く思ったのだった。

「った!」
釉依の目が覚めたのは、やはり自分の部屋に戻されたときだった。
「なんでぇ、まだ起きてんじゃねぇか。」
「ぇ」
突然義父は釉依の口を手でふさぎ、腹を何度も殴った。
いつの間にか、視界は真っ暗だった。

「…ん」
釉依は目を覚ました。傷の数はまた増えた。
父が亡くなってからずっとだから、かなりの年数になる。
よく耐えた。自分でそう思う。
釉依の心身ともに、限界に近づいていた。

釉依は学校に着いた。もちろんもう体はずたぼろだった。
「垢星さん?ちょっといいかしら、いいわよね?」
「……今日はちょっと。」
あ。
言ってから自分のした失態に気づく。
恐る恐る見ると怒りと言う言葉しか当てはまらない顔をしていた。
「来るのよ!」
「…」
途中足をもつらせながら、釉依は屋上へ行かされた。
屋上に着くと、相野と佐方と宮川は、釉依を押した。
昨日の虐待がひどく、釉依は倒れた。そのまま動かない。
しかし相野と佐方、宮川は釉依を囲んで、蹴っていた。

朝、俺が学校に着くと、裕二、信、秀が俺のところに来た。
そのときに、信がとんでもないことを言い出したのだ。
「裕二、秀、康哉のために、一緒に屋上に行こうぜ?」
「いい案だな、じゃ、行くぞ?康哉。」
「な、なんでだよ?」
俺はわけがわからないでいた。
すると秀がにっこりと笑いながら話しかけてきた。
「釉依ちゃんがいるぜ?きっと。」
「え、」
「屋上にいたのを見たことあるんだ。結構。
 だからきっと、いるんだ。屋上に。」
「朝もか?」
「ああ。じゃ、いくぞ。」
俺は苦笑しながら(内心喜びながら)屋上へ向かった。
結果的に、とてもよいことだった。

屋上に行くための階段を一番最初に上り終えた信が、ふと止まった。
「どうした?」
「…」
信は目を見開いている。
「?」
「ぅそ…だろ…」
「え?」
わけがわからず、俺は目を点にするしかなかった。
そして二番目に歩いていた裕二が同様に足を止めた。
「ぅそ……だ。」
「でも…止めないと………ぁ!行くぞ!裕二!」
「ああ、」
二人は扉を開け放った。俺と秀は、目を点にするしかない。
「ぇ、信?」
「裕二…?」
「説明しろ。麻耶。」
「おまえもだ。衿。」
「なにしてんだ?信、裕二。」
俺は身を乗り出して聞く。するとそこには二人の彼女と、宮川望がいた。
「?」
「先輩…。」
望が俺を見て絶望したような表情を浮かべている。
「ん?」
よく目を凝らすと、三人の間には何かがいる。
制服を着たもの…人?
一歩踏み出すと、その人の顔が認識できた。
「ぅそだろ…………釉依?」
俺はその釉依らしき人に向かって走った。
そして釉依の側に座り込む。
「釉依?おいっ釉依!」
頬をぺちぺちと叩いても、釉依はおきなかった。
「どういうことだ、おいっ!」
「ご…ごめんなさい。」
「ごめんですむわけないだろ?まさか毎日釉依さんにひどいことしてたのか?」
「…」
信と裕二はそれぞれの彼女を攻めていた。
秀は好きな子(望)がこういうことをやっていたと知って呆然としている。
望も呆然と立っている。
俺の中の怒りは最高潮だった。
「いいかげんにしろよなっ!釉依が何をしたって言うんだ!何もしてないじゃないか!
釉依に何の恨みがあるんだ!言ってみろ!おまえら!」
声を限りに叫ぶ。
そしてほぼ無意識に、望を叩こうとした。
「やめてっ!」
「ぇ…ぁ、釉依っ!」
俺は望を叩こうとしていたことを知った。
呆然としつつも、目を覚ました釉依の元へ向かう。
釉依は隣に座った俺に体を預けて、信と裕二にも言った。
「やめてください、何も悪くないんです。二人は…。
 もちろん宮川さんだって悪くない。」
「…釉依さん。」
「…釉依さん…」
「な…んでよ…なんでっ?なんでそう言うこと、言えるの?」
「…最初はちゃんと…友達…だったから。
 …私が…きっと悪かったから…。」
「垢星さん……私っ……ごめんなさ…。」
「いいよ……悪いのは…きっと私だから。」
釉依の言葉に3人は泣き始めた。
釉依自身はそれをにっこりと見つめていた。
信と裕二は、彼女を抱きしめ、
今度したら、どうなるかわかってるな?といっていた。
「秀、言えば?」
俺は秀に言ってみた。
秀が望を好きなのは、ずっと前に教えてもらっていたから。
「…そだな…。」
秀は望みを抱きしめ、耳元で静かに「好きだ」といったらしい。
それに驚きつつも、望は耳打ちして〜だけど、〜けどいい?
といっていた。それに秀は笑顔でうなづいていた。
俺はほっとした。
とりあえず釉依がいじめられていたという事実を知ることができた。
そして、このぶんでは再発することはない。
俺は俺だけがほっとしたと思っていたが、
もっとほっとしたのは、釉依だった。
釉依は気を失ってしまった。
「この分じゃ、保健室で寝かせないとな。」
「そだな。ごめんな、康哉。俺らの彼女が…」
「んにゃ。いいよ。釉依はもう許してる。俺が怒る理由はないさ。」
「…ぁっ」
急に麻耶はそう言うと、口を手で押さえた。
「どうした?麻耶。」
「垢星さんの…足…。」
「ぇ?」
その場にいた全員が、釉依の足に注目した。
スカートがめくれて、ひざ上15cmくらいのところに、傷が見えた。
見るも無残な傷だった。
康哉は、悪いと思いながら、釉依の腕のところの服をめくった。
釉依はずっと長袖だった。丁度、本当の父親が死んだ後から。
だから、スカートがめくれて見えた傷を見て、
腕をめくれば、秘密がわかると思ったのだ。
麻耶、衿、望は口を手で覆って、彼氏の胸に顔を当てた。
見ていられなかったのだろう。
「なぁ、望、これは、おまえらが?」
「違う…私達じゃない…。」
「…なんだよ。これ。」
「ずっとこんな傷、抱えて生きてきたのか?文句も言わず、弱音も吐かず…」
俺はそうつぶやかずにはいられなかった。
俺達が見たもの、それは無数の傷。
痕が残ったもの。治りかけのもの。新しくできたもの。
3種類の無数の傷だった。
きっと釉依の体中に…この傷があるのだろう。
—どんなつらい思いを抱えながら…君は生きてきたんだ…—
俺は心のなかで、そうつぶやいた。

「じゃあ俺、釉依を保健室に連れて行くから
 ・・・で、先生に言っておいてくれないか?」
「ああ、まかしとけ。」
「頼むな。」
俺はそれだけ言うと釉依を抱き上げ、保健室へ向かった。
途中あった女たちが、呆然とした様子で俺を眺めていた。
—康哉くんは私のものじゃないの。女の子全員のものなの—
釉依の言葉を思い出す。
—俺は…みんなのものなんかじゃない。俺は、俺のものだ—
釉依を保健室に連れて行き、寝かさせてもらった。
隣に座り、手を握る。
—ごめん。ごめん。ごめん…。
 気づかなくて…………ごめん…釉依…—




—すごく不安だったのに…なんでだろう?あったかい…—

目を開けると、心配そうな康哉君の顔があった。
「釉依…大丈夫か?」
「…?」
何があったのかよくわからなくて、記憶を戻してみる。
最後の記憶は屋上で…
—康哉君に…ばれちゃったんだ。
 でも皆、もうやめてくれるみたいだから…よかったかな—
「ん。大丈夫。今…何限目?」
「6限終わったところ。」
「あ、もう放課後なんだ…。ごめんね。もしかして、休ませちゃった?」
「ん〜。そうだけど、大丈夫だから…。気にするな?」
康哉君の優しさが嬉しくて、笑顔でうなづいた。
すると康哉君もにっこりと笑ってくれた。
平和で幸せな日々が毎日続くはずだったのに…。
どうしてつらかったんだろう?
どこで、道を間違えたんだろう?
どうして、左手に感じる暖かいぬくもりみたいに、
幸せでいられなかったんだろう?
「左手があったかい…。」
「ぇ゛…あっごめん。」
ふと左手から、暖かい感触が消えた。
「康哉君が…手を握っててくれたの?」
「ん…その…ごめん。」
康哉君は本当に申し訳なさそうに言った。
でも手を握ってくれたことは、すごく嬉しいことだった。
「いいよ。あったかかった。安心…できたし。」
「でも、ごめん。」
—怖かった。本当は今までずっと怖かった—
「そんなに誤るなら…何しても…怒らないよね?」
—死んじゃったほうが…楽だったのかもしれない—
「怒んないと、思う。」
—怖かったの…だけど、頑張らなきゃいけないの—
「手を出して。」
—父さんのために—
康哉君は右手を差し出してくれた。
私は布団の中から、両手を出す。
—だから、力を分けて?—
そして、康哉の手をぎゅっと握った。
「ゆ、釉依?」
「力を…ちょうだい…」
康哉くんは最初は戸惑ってたけど、
私の手に左手を添えて、ぎゅっと握ってくれた。
ずっと側にいたから?
ずっと助けてくれたから?
よく分からないけど、康哉君は力をくれた。
勇気もくれた。
たくさんたくさん、いろんなものをくれた。
この気持ちはまだ曖昧でまだ言えないけど、ひとつだけ、言える。

「康哉くん、ありがと…。」
そして私は手を離した。
「帰ろうか?」
「そだな。」
私はベッドから起き上がり、帰路に着いた。

そして康哉の家の前に来た。
ちなみに釉依の家はもっと奥。
「じゃあまたね?」
「…。」
「康哉君?」
康哉は何も言わないで、思いつめたような顔をしていたが、
やっと口を開いた。
「釉依」
「何?」
「つらいときは、俺を呼べ?そしたら、すぐに、助けに行くから。」
「ぇ」
「じゃあな。」
康哉は家へ入っていった。
「…!もしかして…知ってるの…?」
もし自分が気絶している間に腕をまくられたとしても
気絶しているから、気づかない。

見られたとしたら…もうおしまい。
こんな傷、持ってる私なんて…きっと…誰も愛してくれない。
「父さん…もう私、駄目かもしれない…。」
釉依は目に涙を浮かべながら、家に向かった。


制服を脱ぎ捨て、うすい長袖に着替えて、家に入る。
家の中に引っ張り込まれ、口にガムテープをつけられた。
引っ張り込まれることはあった。これは納得いかないけど、納得いく。

だけど、口にガムテープをつけられたことは初めてだ。
「んん!」
いくら抵抗しても無駄なことぐらいわかっている。
だけど、抵抗したい。
「んんん!」
ガムテープをつけられたときからある程度予測していたが、
今日の虐待は、半端ではない。
叩く、殴る、ける、踏むはいつもと同じ。
今日はそれだけじゃなかった。
そして思い出す事実。
昨日、薄れ行く意識の中で聞いた。
今日は母が同窓会でいないのだ。
髪をつかまれ、床に叩きつけられる。
痛さで動けずにいると上半身の服の前をカッターで切られた。
—まさか—
釉依はある程度かわいらしい子だ。
そして高校にもなれば、女の子。という体をしている。
—犯される…—
—やだ…嫌だ。…いやっ!—
—康哉君!康哉君!康哉君!助けて!!—

釉依の体の傷が頭の中から消えることがない…。
「釉依…」
—康哉君—
「ぇ?」
空耳だろうか?釉依の声が、聞こえた気がした。
「釉依っ!」
康哉は階段を駆け下り、玄関の扉を開けた。
「ちょっ康哉!どこ行くんだ?」
父親の声が聞こえたが、それは、聞かなかったことにした。
今一番に考えるべきは、釉依のことだ。

釉依の家までは、走っていけば30秒くらいで行ける。
もちろん今までにないもうダッシュで釉依の家に向かった。


上半身の服の前を切られ、シャツも切られ、下着も切られた。
釉依は必死に抵抗した。
抵抗すると、釉依の頬を殴った。
—もういや…このまま、犯されるぐらいならいっそ…。—
そう思ったときだった。
「ノックもなしに失礼します!」
—うそ…—
義父は驚き釉依の上からどいた。
釉依は服を合わせ、胸を隠した。
今までにないくらい、釉依はおびえていた。
「釉依っ!」
声とともに入ってきたのは、康哉だった。
幻かと思うくらい驚いた。
それと同時に安心して、涙がこぼれた。
「なんだね、君は。勝手に人の家に…」
「ここはあんたの家じゃない。釉依の本当の父親の家だ!釉依っ。」
康哉は義父を押しのけ、釉依のところへ来た。
「釉依、大丈夫か?」
釉依は涙を流しつつ、うなづいた。
「よし。逃げるぞ。」
「ぇ。」
康哉は釉依を抱き上げて、義父から逃げ、家の外に出た。
「とりあえず、うちに行く。そしたら、話してくれないか?」
康哉は知っている。そう確信した。
「もう…いいのかな・」
「え?」
釉依は一度下を見て、康哉の目を見つめた。
「もう……頑張んなくて…いいのかな。」
「…当たり前だ。」
そういってほしかった。んだと思う。
康哉の首に腕を回して、声を震わせながら、言った。
「うん。話す。全部、話す…。」
もう、限界だった。一人で抱え込むのは、限界だった。


「ただいまっ。親父っ開けてくれ。」
康哉君は私を抱えながら扉を開けてくれるようにおじさんに頼んだ。
ガチャ
「ど〜した、康哉…って釉依さん?」
「お久しぶりです。」
おじさんは目が点だった。私を抱きかかえてる康哉君を見て。
「話は後。ねーちゃん?」
「な〜に〜?」
「長袖、釉依に貸してやって。」
「釉依ちゃん?」
志津香さんは顔を出して私がいることに気づく。
そして私を見て、志津香さんの部屋に案内してくれた。
志津香さんに着替える風景を見られたくなかったので、
その旨を伝えると着替えだけ用意して、出て行ってくれた。
そして志津香さんが用意してくれた長袖とジーパンに着替えた。
「お待たせしました。」
「釉依。父さんと母さんも聞きたいって。いい?」
康哉君のその言葉に私はうなづいた。
もう一人で抱えるのは、限界。

私は康哉君の隣に座り、康哉君の手をぎゅっと握った。
康哉君も握り返してくれた。
少し安心して、深呼吸を一度してから話し始める。
「私が本当の父をなくしたことは、ご存知のはずですが、
 その父の死因は、事故ではありません。」
「?でも事故死って…」
「母がそうしました。本当は殺人です。」
その場にいた全員が息を呑んだのがわかった。
私の体は悲しさ、つらさ、怖さで震えていた。
「父は本当に優しい人でした。ですが母は違いました。
父が仕事に出ると、今の義父を連れ込んでいました。
ある日義父は酒に酔ったまま、まだ家にいて、
帰ってきた父を殺しました…。」
私は康哉君の手をぎゅっと握った。
そのときの光景を思い出したから…。
康哉君は握り返してくれた。
私は勇気を出して、続きを話す。
「父は事故死ということで火葬され、
 義父は父がお墓に入ってすぐ家に入りました。
 そして、数ヵ月後、再婚しました。私は……。」

私は毎日虐待されましたと言うことが、どうしてもできなかった。
いうことができないということは、見てもらうしかない。
「志津香さん、お願いがあります。
 ミニスカートと、ノースリーブ、貸してください。」
「?ええ。じゃあ、行きましょうか。」
志津香さんに服を借りて、
志津香さんにさっきの部屋で待っててくださいと告げた。
私は久しぶりにノースリーブとミニスカートをはいた。
そして、康哉君たちのいる部屋の扉を開けた。


扉が開く音がした。
ふと顔を上げる。
だが、俺は目を疑わずにはいられなかった。
釉依の体…それは虐待を表していた。
姉ちゃんは口を手で覆って目を潤ませていた。
釉依はそこに立ったまま、動かなかった。
さっきみたいに隣に座ろうとしなかった。
「釉依、どうしたんだ?」
「ぇ?」
「ここ、座れよ。」
俺の隣を指して、俺は釉依にそう言った。
すると釉依は目を見開く。
「いいの…?」
「何が?」
俺はわけがわからないので聞き返す。
「だって、私、手とか、足とかだけじゃないよ?
 首から上と、手首から指先と、膝下意外に全部傷があるんだよ?」
「それが?」
「それがって…。」
俺はもしかして、釉依を傷つけたかと思った。
「ごめん。傷つけたか?」
「私…のこと知っても…前みたいに…接してくれるの?」
「?お前の義父には前みたいに接することは一切できないけどな。
 釉依は釉依だろ?」
すると釉依は俺の隣に来て、俺の手を握って、俺に寄りかかった。
「ゆ、釉依?」
俺はドキドキしていた。ものすごく。
「ありがと…。」
釉依はうっすらと目に涙を浮かべていた。
俺は何かよくわからないけど、礼を言ってもらえて、
なぜだかうれしかった。

「釉依さん、すいません。」
親父はそれだけ言うと、席を立った。
あまりに突然のことで、俺はただ見ていることしかできなかった。
「え?」
俺は家の扉が開く音を聞いた。
「?親父どこに・・・?」
「いけないっ。」
釉依は姉ちゃんの部屋に行って、さっき借りた長袖に着替えてきた。
「康哉君、私、行ってくる!」
俺に質問する暇を与えず、釉依は飛び出していった。
もちろん俺は後を追う。

釉依は家に向かっていた。

「やめて!」
俺が釉依の言えに入ると、釉依の声が聞こえた。
「釉依!」
「やめてください!」
「親父?」
親父は釉依の義父の服をつかんで殴ろうとしていた。
「でも釉依さん!」
「やめてください!」
釉依は親父を止めていた。
親父は釉依をじっと見ていたが、
やがて釉依の義父の服を離し、部屋から出て行こうとした。
そして俺も、部屋から出ようとしたときだった。
「ぇ・きゃあ!」
ゴン!
「釉依?」
振り返ると釉依は義父の手によって押され、
テーブルの角に頭をぶつけ、気を失っていた。
「釉依!」
駆け寄り、釉依を抱き起こす。
急いで病院に連れて行ったほうがいいと思った。
「貴様!」
俺はハッとして親父のほうを見ると、殴りかかろうとしていた。
「親父!そんなやつより釉依だ!釉依!」
「だが・・・」
「釉依だっての!何かあったらどうすんだ!」
「・・・わかった。行くぞ。」
俺は釉依を抱き上げ、親父とともに部屋を出た。

俺たちは一度家に戻り、車で病院まで行った。
釉依は集中治療室に入り、数時間後出てきて、問題なし。
と診断された。
そして、その日に警察に連絡が行き、
釉依の母と義父は、虐待で逮捕された。
二日後、釉依が目覚めた時、警察が事情聴取に来ていて、
釉依の父親殺害容疑で再逮捕された。
釉依は体の傷etcで、入院することが決まっていた。
毎日釉依の病室に通い、いれるだけいた。
釉依は笑顔だったけれど、本当の笑顔でないことを俺は知っていた。

今日、俺は海外留学の件を釉依に話すため、病室へ向かった。
こんな状態の釉依を残していくのは嫌だけど、しょうがない。

「あ、こんにちは。」
ふと声をかけられあせったが、釉依の病室でよくあう看護士だった。
「え?あ、こんにちは。」
「垢星さんは屋上ですよ。」
「え、屋上なんですか?」
「ええ。あ、毛布持っていってもらっていいかしら?」
「はい。」

というわけで毛布を持ちながら、屋上へと向かった。

屋上
釉依を見つけて声をかける。
「あ、釉依!」
「ぁ、康哉くん!」
「ほれ。毛布。下で看護士さんからもらった。」
毛布を手渡す。
「ありがとう。」
「よかったな。これでお前の親父さん、浮かばれる。」
「・・・うん。そうだといいな。」
釉依は微笑した。
「・・・あのな、釉依?俺・・・・・・・・
・・・・・・・・海外行ってくる。」
「ぇ・」
今まで笑顔だった釉依の顔が曇った。
「なんで?」
「結構前から決まってた。だけど、いえなかったんだ。」
「…いつから?」
「明後日。」
「どれくらい?…」
「半年。」
その言葉を言うと、俺たちの間に会話がなくなった。
「戻ってきたら、真っ先に会いに来る。
そしたら、言いたい事、あるんだ。」
ちなみに言いたいことは、もちろん告白のこと。
「言いたいこと?」
「ああ、返答しだいで、プレゼントもやる。」
「返答しだい?」
「ああ、」
「・・・絶対もどってくる?」
「戻ってくるよ。」
「じゃあ、待ってる。」
「そうしてくれ。元気になったら、
 俺の家にでも来い。あの家に一人は、つらいだろ?」
「うん。」


最後に釉依は笑ってくれた。
釉依にまたな、と声をかけ、俺は留学した。
留学先で、釉依に言った言葉を思い起こすと、
プロポーズみたいで、思い出すたびに少し顔を赤らめていた。


そして半年後・・・

「ん〜。やっぱ日本語があふれかえってるな。ま、あたりまえか。」
俺は帰国した。
というわけで、一番に会いたいのは釉依で、
その釉依は俺の家にいるはず・・・だった。

「いない?」
俺に「お帰り」といってくれた姉ちゃんいわく、いないらしい。
「うん。入院当初の頭の傷はいいし、体中の傷も結構癒えた。
だけど、だけどやっぱり、あの子無理してた。
疲れが出ちゃったみたいで、ほとんど笑わなくなったの。
だから入院したまま。病室も変わってないから、行ってあげて。」
「ああ。行ってくる!」
俺は走りながらやっぱり残していくべきじゃなかった、そう思った。
そして途中にあった花屋で花束を買った。

病院
「釉依!」
俺が病室の扉を開けると、そこには誰もいない。
「釉依?」
「あら〜?」
「え?」
そこにいたのは、最後に釉依にあったとき、
屋上にいると教えてくれた看護士さんだった。
「お久しぶりです。あの、釉依は?」
「おんなじところ。屋上よ。」
「あ、ありがとうございます。」
俺は花束を抱えて、屋上へ行った。
見回すと一人だけ髪の長い少女がいた。
その少女は端っこに立って、外を見ていた。

「釉依—!」
釉依しかいないから叫んでもいっか、
という俺の心情が、俺を叫ばせた。
すると一瞬びくっとした少女が俺のほうを見た。
間違いなく釉依だった。俺は嬉しくて駆け寄った。
「釉依っ!」
「きゃっ!」
「釉依〜〜。」
俺は大人気なく、釉依を抱きしめてしまった。
「あ゛!ごめん!」
俺は釉依をあわてて離した。
「びっくりしたー。康哉くん、お帰りなさい!」
釉依はにっこりと笑ってくれた。
無理してたのかもしれない。
俺に心配かけまいと思ったのかもしれない。
とりあえず釉依は、笑ってくれた。
「ただいまっ。これ、やる。」
俺は花束を釉依に渡した。
「うわあ。おっきい。ありがとう!」
釉依はまた笑ってくれた。
「お前、泣いた?」
「え?」
「俺がいなくなってから、泣いた?」
「え?」
「泣いてないな?」
「うん、」
「ばーか。だから、退院できねぇんだよ。」
俺は再度釉依を抱きしめた。
「え?え?え?」
「泣きなさい。」
「え・」
「泣かないから、笑えなくなるんだよ。」

そう、泣かないから笑えなくなる。
小さいころからずっと虐待を受けてきた。
だから、悲しくないなんてありえないんだ。
だけど釉依は我慢をしすぎた。
だから、泣けないんだ。
泣けないから、笑えないんだ。心から。

俺は君に笑ってほしい。
無理して笑ってほしくない。
心から幸せだと感じ、笑ってほしいんだ。
君が好きなんだ。
本当の笑顔の君が好きなんだ。

「好きだ。」
「・・・?」
タイミングが悪すぎたかな、と思いつつ、きちんと言い直す。
「釉依が、好きだ。誰よりも、釉依がずっと好きだった。」
「こ・・うやくん?」
「本当の笑顔で笑ってほしい。俺は、釉依の笑顔が一番好きだから。
返事なんてどうでもいい。俺は釉依に心から微笑んでほしい。
それだけなんだ。」


「!」
自然と涙がこぼれた。

あなた・・・だったのね

「あなた・だったのね」
「ぇ?」
泣きながら言葉を続け、説明した。
話し終わった後、更に力強く抱きしめてくれた。


あの時、お父さんは手術室に入った。
だけど、もう助からないことがわかって、
その場にお母さんはいなくて、私だけがいた。
お父さんは最期に一生懸命言葉を綴ってくれた。

いつか、泣ける日が、来る。
すべてが、終わって、泣ける日が来るんだ。
その時は、光が差した日なんだ。
釉依にとって、父さんより、大切な人が、現れた日なんだ。


もう、我慢しなくていいんだよね?
もう、大丈夫だよね?
もう、幸せになれるよね?

大丈夫
大丈夫
大丈夫

私にも希望の光がさしたから
未来が少しだけ、見えるから
その未来は、明るいと思う

お父さん、見つかったよ
私にも大切な人が

あのね、お父さん
康哉君から、指輪もらっちゃった
結婚しようって言ってくれた
だから
これからは康哉くんと一生懸命歩いていくよ

康哉君には
たくさん迷惑をかけちゃうと思う
だけど
たくさん幸せも得られると思う

がんばるよ

だから
見守っててね
お父さん