ふったのへろへろ書評(短評)
 
山内昌之イスラームと国際政治——歴史から読む——
 1998/岩波新書
 
 
イスラムと国際政治の現状を、中央アジアや中東情勢を軸に見通す本書は、個々の節がコラム調の小文であり、興味のある分野については食い足りなさを残すが、イスラームを巡る国際情勢の全体像を把握するのにはとても役立つと思われる。(「9.11以前」という限界はありつつも)見通し図、或いは総論として読み、各自他著で各論に進んでいけばよい。ただしあくまで通時的に見渡すための本。歴史的に見通す書物ではない。

 さて書評子の関心はやはりアフガン情勢を軸にした「9.11以後」「10.8以後」(空爆開始以後)にある。ここでは、アフガニスタン情勢を軸に少しく整理・論評してみたい。
 98年出版の書物でありながら、本書が指摘する国際政治=経済上の力学は、今回の事態に際しても事態の決定要因として作用していることを一読して気づかされる。いうまでもなくこの問題を巡る基本的な当事者は、タリバーン(アフガニスタン「旧」実行支配勢力)、アメリカ、旧ソ連、イギリス、イラン、そしてパキスタンである。「Ⅱ・6 アフガニスタンの内戦は終わったか」(p.96-101)という小文を読むと、それらの国の中でアメリカとパキスタンの戦略と動きに注目することが必要であることがよくわかる。

 アフガニスタンでは、1992年にナジブラ共産主義政権(注)が崩壊した後に、各勢力間に様々な駆け引きと戦闘(内戦)が行われた。その中で1996年にタリバンが武力により実行支配を確立したのは周知の事実である。
 しかし、本来ならこれに対して反対したはずアメリカが、原理主義的なイスラーム国家を作ろうとするこのタリバン政権に対して(98年時点で)なぜ沈黙していたのか。(いまとなってはその方針の180度転換なのだが、むしろこうした一貫性のないダブル・スタンダード戦略が彼らの利害を映し出している。)もちろんその答えは、陰に日向にアメリカ国際政治と多国籍資本の国際戦略とが作用していた、というものである。では具体的にはどういうことなのか。アメリカはもうひとつの重要な当事国パキスタンとのあいだで共通利害をもっているというのが本書の解答だ。それを3点に分けて簡単に紹介しよう。

 ①「タリバンのアフガニスタン統合によって得られる経済利益」(p.98)
 92年以来の内戦に対して、パキスタンは武器や資金の援助を行っていた。パキスタンは中央アジアとの貿易ルート確保のために(古代文明時代からカイバル峠を要衝としたアフガニスタン地域は民族移動と交易の十字路だ)、その都度自国に都合の良い勢力を支援してきたわけだが、その最後の支援組織がタリバンだった。そして、
 「パキスタン主導のアフガニスタンの秩序回復は、アメリカとも利益が共通する。一例をあげると、中央アジアのトルクメニスタンからアフガニスタン西部を経てパキスタンにいたる天然ガス・パイプライン計画をめぐる両国の利害一致である。」(p.99)
 ロシアの支配力が低下している現在、中央アジア秩序の問題は、アメリカにとってもひさしく政治=経済的関心事であることは間違いない。(これは本書Ⅱ章「中央アジアの動向」全体の一つの主題でもある。)こうした力学からアメリカはタリバン容認の立場をとっていたのだ。彼らはこれにどう答えるのだろうか?

 ②「イランへの警戒心」(p.99)
 アメリカは反米イスラム国家に変貌して以来ひさしくイランとの対立関係にあった。いまとなっては信じられないことだが、湾岸戦争前にはあのフセインを煽動してイラン・イラク戦争を影で操ったほどである。パキスタンにとってもシーア派イランに対立することになろうスンナ派タリバン政権は望むところである。要するに両国は、東側からのアフガンによるイラン封じ込めを画策していたのである。

 ③「タリバンの属するパシュトゥン民族問題」(p.100)
 「これまでパキスタンが一貫してパシュトゥン人勢力を支持してきた最大の理由は、アフガニスタン最大のパシュトゥン民族がパキスタンの北西辺境州にも住んでいるからだ。」(p.100) タリバンが政権を主導できない場合、「パシュトゥニスタン」の建設に向かう可能性があるという。パキスタンはソ連侵攻以来難民を受け入れ続け、善意の隣国として今回の事態に際して対処しているような印象があるが、決してそうではない。そして、アメリカにしてもこうしたアフガンの分裂はイランとの関係で歓迎できないのである。

 旧ソ連の侵攻以来、イスラム世界とアフガニスタンをら守ろうと、義勇兵として中東出身の広範な勢力が駆けつけた。思えば、彼らを援助し軍事的に訓練したの当事者こそ、対ソ連へと対抗していたアメリカであった。
 テロは許せない。しかしアメリカというこの超大国のおごりは私にはもっと許せなくなっている。

注:旧ソ連の傀儡政権を本質としていると同時に、「近代化」の一つの選択肢としてアフガンの支配層及び知識人層に選ばれた政権だという評価が成り立つと思う。 (011128)
 
 
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