欲しかった言葉

 

 

「・・・イギリスへ留学、ですか・・・」

突然の話に戸惑っている俺に、担任の先生は追い討ちをかけるように

言った。

「悪い話じゃないぞ、井沢。毎年、選ばれる人数は決まってるんだ。

ほとんどが2,3年で占められるっていうのに、1年次から行けるんだ

からな」

「はぁ・・・」

まるで自分のことのように、興奮している先生。・・・まあ、そうだろう

な。

ここ、南葛高校には交換留学生制度がある。もちろん、読んで字のご

とく・・・だ。

もちろんサッカーを続けていく上で、いつかは世界を相手に闘ってい

きたいと思っている俺だ。外国語の勉強は、しておくに越したことは

ない。そう思って、いつも英語の授業には力を入れている。

それが功を奏したらしく、今年の交換留学生の1人として、俺が選ば

れたらしい。

らしい、って他人事みたいだけど。あんまり、ピンときていないのも

事実だ。

「とにかく、よく考えろ。これはチャンスだぞ、な?」

一生懸命、その気にさせようとしている先生に、俺は曖昧に笑って見

せた。

 

人気のない廊下を、1人で考えながら歩く。

しばらく公表はされないらしく、誰も俺が交換留学生に選ばれたとは

知らないようだった。

窓からグラウンドを見下ろすと、サッカー部の練習はとうに始まって

いる。

先生に呼ばれているんで、遅れていくと言ってあったが。それでも、

なんとなくこの場所から練習を眺めてしまう。

・・・小さい時からずっと、この南葛に住んでいる。

小学校は私立だったが、それからは地元の学校なので友人も一杯いる。

サッカー部の面々も、ほとんどが小学校のころからの仲間たちだ。

来生、滝、岬、石崎、森崎・・・。

この場所を離れるということは、やつらとも離れるということだ。

不安な思いは、尽きない。

 

翌日の朝、俺は岬の家を訪ねた。

一緒に学校へ行こうという俺に、奴は怪訝な顔をしつつもうなずいた。

高校までの道のりで、俺は岬に留学のことを打ち明けた。

滝でも来生でもなく、岬を選んだのは奴が海外で生活していたからと

いうのが大きい。それに、1番落ち着いている。俺達の中では。

「留学・・・そう、今年は井沢君も選ばれたんだ。凄いね」

案の定、岬は俺の話を聞いてもびっくりする事はなく、ただうなずく

だけだった。

「・・・どう思う?」

「うん・・・そうだね・・・」

岬はあごに片手をあて、少し考え込んでいたが、しばらくして俺を見

つめるとこう言った。

「僕は、行ったほうがいいと思うけど」

「・・・そうか」

岬は、うんとうなずく。

「他の国を見るのって、凄く大事だと思うんだ、僕は。サッカーだけ

じゃない、その国の文化や言語を勉強するには、若ければ若いほどい

いとも言うしね」

岬にとって、フランスでの3年間は大変貴重なものだったらしい。

それは、再会してからの奴の言動によく現われていた。

変化を見たもののうちの1人としては、それはよく理解している。

「イギリスのサッカーは、ジェントルマン気質だからね。井沢君向き

だと思うよ。サッカーも語学も勉強するつもりで、がんばってみたら

いいんじゃないかなあ」

ニコニコとそう言う岬。

その笑顔に、なんとなく俺は寂しくなった。

 

数日たって、どこからともなく留学の話は広がった。

そのころには、俺も行く決心を固めていたので、まあ構わなかったん

だけれども。

口々に交わされる『がんばれよ』の言葉に、俺はいつも微笑んで見せ

た。

 

その日、練習を終えて帰宅すると、門の所に奴が立っていた。

「よっ」

「反町・・・」

やっぱり、来た。来てくれるんじゃないかと、思ってた。でもそれは、

言えなかった。

とりあえず驚いた顔をしてみせた俺は、反町を河川敷に誘った。

2人で並んで座り、黙って川原を眺めた。

日が落ちつつあるこの時間は、水面がオレンジ色に染まり、とても綺

麗だ。

「・・・練習は、今日?」

「あー・・・サボった」

反町はそう言って、照れたように笑う。珍しい、練習の鬼なのに。

「どうしたんだよ、突然・・・」

わかっていたけど。でも一応、聞いてみる。俺の予感が当たっていれ

ばいい。

「ん・・・お前さあ・・・留学するんだって?」

「ああ、まあな」

予想通りの問いに、俺は思わず嬉しげな顔をしてしまう。

そんな俺をチラッと見て、反町も曖昧に笑う。

「そっか。・・・良かったな」

・・・良かった?どうしてだろう。

本当にそう思ってるのか?お前も、なのか・・・?

俺が戸惑っていると、奴はなんだか変な顔をする。

「・・・その・・・いいよな、俺も行きたい・・・し、でもそんなこと無理だし、

な」

いつもの反町らしくなく、奥歯に物の挟まったような言い方。

何が言いたいのか。・・・いや、俺が言って欲しいのか。

反町の顔は、笑ってるのか泣いてるのか怒ってるのか分からない。

俺は、思わず下唇をかみ締める。

言ってしまいたかった。本当の気持ちを。

だけど・・・。

反町は、俺の顔をじっと見た。その顔が、ふいにゆがむ。

表情を隠すかのように、奴は膝を抱えて顔を伏せた。

「ダメだ、俺・・・。お前がいなくなるの、ダメなんだ・・・」

反町のつぶやきに、俺の胸はどくんと一つ打った。

「反町・・・」

「わかってるんだ。お前のためになるってことは。だけど、俺・・・お前

いなくなるの、嫌だ」

そして、奴は・・・。

「寂しいよ。行って欲しくないんだ」

 

やっと聞けた。俺が本当に、望んでいた言葉。

この街に生まれて育ち、一歩も外へは出ていない俺。

初めての外。初めての外国。初めての一人暮らし。そんなことの重さ

に、押しつぶされそうなくらい辛かった。

誰も、行くなとは言ってくれなかった。寂しいな、とは言ってくれた

けど。

どんな奴が俺の場所で笑うのだろうと思うと、耐えられなかった。

子供っぽい感情かもしれないけれど。俺は、俺を必要としてくれてい

る奴を見つけたかった。

でも。反町が言ってくれた。俺は、反町を見つけた。

俺の、大事な親友。

「すぐ帰ってくるよ・・・。俺も、反町がいないのって嫌だし」

俺の言葉に、反町は顔を上げる。

「本当だよ。すぐ、帰ってくるから。お前が待ってるからな」

「・・・おう・・・すぐ、だよな」

反町は、やっと笑った。ものすごく、照れくさそうに。

「そう、すぐだよ」

「おう、すぐだよな」

 

「『3ヶ月』なんて」

「『3年』なんて」

 

・・・・・・・・・・・・。

 

「はあ?何言ってるんだ、お前。3ヶ月だぞ?」

「何って・・・俺は、3年って聞いたぞ?!」

・・・東邦では、そうなってんのか。

「だってさ、『短期』留学だぜ?短期ってったら3ヶ月でも長いぞ」

「短けーよ!3年に比べたら!」

反町、怒ってるし。知らねーじゃん、そんなこと。

奴はごろんと勢いよく、草の上にねっころがる。

「あーあ!心配して損した!3ヶ月かよ!」

・・・まだ言ってるし。悪かったな、3ヶ月で。

「じゃあ、3年にするか?」

「しなくていい!早く帰って来い!」

お、意外な答え。

「・・・3ヶ月で、良かったよ」

小さくつぶやいた反町の顔が、赤かったのは夕陽だけのせいじゃない

だろう。

俺は、とても幸せな気分だった。

 

END


 

・・・ノーマルです。誰が何と言おうと、ノーマルです(笑)

でも、めっちゃラブシーンですね。ノーマルじゃなきゃ、キスシーン

の一つや二つ入りそうな展開。

とはいえ、一応『友情』止まりです。この2人の場合は。

次回は、井沢君を追って反町君が海外に!←嘘です(爆)

 

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