春休みには足を伸ばして

 

 

・・・ここが、東邦学園か。

俺は、『学校法人 東邦学園』と書かれた門の前で、立ち止まった。

文武両立で都内では有名な男子校だが、こんな東京とは思えない田舎

にあるとは思わなかった。

・・・これだったら、南葛のほうがマシじゃないか?

ポケットに入れていた、手紙を引っ張り出してみる。

井沢守様、と書かれた文字は意外に綺麗だ。

『東邦学園 高等部寮内 反町一樹』。

それが、差出人の住所と名前。

俺は思わず、ため息をつく。

やれやれ。何でこんなことになってしまったんだろう。

 

きっかけは、一本の電話だった。

『よう!南葛高校、合格したんだってな!』

いきなり、そんな第一声を電話ごしに聞く。久しぶりの声。

「・・・反町?」

『そうだよ』

明るい、クスクス笑いを含んだ奴の声。

ここしばらく、受験の関係であまり連絡をとってなかったので、俺も

少し弾んだ声になっているのを自分で感じる。

「なんだよ、久しぶりだな」

『な、お前ヒマ?』

・・・なんだよ、唐突に。

「・・・ヒマじゃないに決まってるだろ。高校の練習にも、参加してる

し・・・」

『おっ、じゃあちょうどいいじゃん♪遊びに、来いよ!』

「・・・はぁ?」

『いつでもいいぜ。地図は、手紙で送ってやったから』

「いや、だからヒマじゃないって・・・」

『じゃ、待ってっからな!』

「おい、反町!」

プー・・・プー・・・プー・・・

何だよ一体!

訳のわからない電話に首をかしげていると、翌日には手紙が届いた。

中には、東邦学園までの地図が一枚。

練習試合なんかでは、別の場所にあるサッカー部専用グラウンドを借

りていたから、確かに学校そのものには行ったことないけれど。

本気か、反町?

・・・偶然にも、明後日は入学式準備日とかで南葛高校への立ち入りが出

来ない。

当然、サッカー部の練習も休みらしい。

手紙を手に、少し考える。

・・・仕方ないな。行くだけ、行ってみるか。

 

春休み中だが、結構生徒の姿がある。

門の前に立っている俺に目をやるもの、無視するもの。

・・・勝手に入っていっていいのかなあ。

そう思ったものの、寮があるせいか私服姿の奴もうろうろしているの

で、思いきって入ってみることにした。

門を入ると、すぐに案内板がある。それによると、寮は一番奥らしい。

・・・やれやれ。

本日何回目かのため息をつくと、俺は歩き始めた。

この学校は小等部からあるようで、頭の良さそうなお子様達がちらほ

らといる。レンガ造りの大きな建物。南葛高校のコンクリートが剥れ

かけた校舎とは、大違いだ。

その建物の横を抜けると、小さなグラウンド。一周、100メートル

ぐらいか?

・・・ああ、そうか。一瞬驚いたけど、すぐに合点が行く。

きっと、これは小等部のグラウンドなんだろう。

そしてすぐに、また建物。きっと、これが中等部だ。

中等部の校舎の前で、少し立ち止まってみる。

反町や、日向や、若島津が3年間過ごした場所。

とはいえ、あいつらが勉強している所なんて想像もつかないけれど。

そんなことを思いながらいくつも並んだ窓を見上げていると、ふいに

そのうちの一つが開いた。

「・・・井沢さん!」

え?

窓から覗く、見覚えのある顔。

「・・・ああ、タケシ。久しぶりだなあ」

沢田タケシ。いわずと知れた東邦の主力選手の1人で、もちろん一緒

に全日本に選ばれている。

「何やってんですか・・・?」

「・・・え・・・遊びに来たんだけど。高等部の寮って、この奥だよなあ?」

「そうですけど・・・遊びにって、一体・・・?」

目を丸くしているタケシに手を振り、校舎の向こうへと歩く。

歩いているうちに、なんだかおかしくなってきて、1人で笑う。

タケシ、びっくりしていたな。・・・だろう、な。

偵察とか、試合とか。そんな理由じゃなくって、遊びに来るって変だ

よな。

俺自身、こんなことになるなんて思ってもみなかった。

東邦と南葛は、永遠のライバルで。憎み合ってはいないけど、お互い

対抗心むき出しでやってきた。

それが、アイツと出会って。なんだかすぐに、仲良くなって。

こんな風に、鼻歌なんて歌いながら訊ねてきてしまった。

やがて見えてきた、中等部のものらしき、グラウンド。ここで、あい

つらはずっと練習してきたんだろうな。

そんなことを考えていたら。目の前にあった更衣室らしき場所から、

またもや見慣れた顔が覗いた。

「あ、日向」

「・・・井沢ぁ?」

日向の後ろから、ひょいと覗いたのは若島津の顔。

「あ、本当だ。井沢だ」

「お前、何してんだよこんなところで?ここは東邦だぞ?」

「わかってるよ、そんなこと」

俺は思わず苦笑する。グラウンドを離れると、日向とも普通に話はで

きる。

Tシャツに短パン姿の2人。きっと、これから練習なんだろう。

そういえば、反町は一緒じゃないようだ。

そんな俺の表情を読んだのか、若島津が少し笑みを見せて言う。

「反町なら、まだ寮にいると思うぜ」

「そっか。ありがとな」

俺は、軽く片手を挙げると、再び歩き出した。

日向の、『あいつ、反町に何の用だ?』なんて声を、聞きながら。

 

『高等部 男子寮』・・・間違いない、ここだ。

入り口についたものの、少し躊躇してしまう。

高等部だけあって、ガタイのいい兄さんたちがうろうろしているのが

玄関から見えて、なんだか気が引けてしまった。

・・・どうしようか・・・。

ここまで来たのだから、黙って帰るのもどうかとは思うけれど、だん

だん気恥ずかしくもなってきた。

たった1枚の、あの手紙に踊らされてきてしまった自分が、少し間抜

けなようで。

少し離れたところで困っていると、寮からでてきた生徒が、俺をじっ

と見ていた。

ここにいても怪しまれるだけか。

俺は、思い切ってそいつに向かって歩き出した。

「あの・・・」

呼びかけた俺に、そいつは少し驚いたような、泣いてるような妙な顔

つきをした。

「やっぱり、来たんだな」

「え?」

「・・・井沢、だろ。俺は、島野」

なんだ。サッカー部の奴だ。俺は安心して近寄る。

「反町なら、着替えてるぜ」

「そうか」

その言葉には、あまり驚きはしない。さっき、着替えた日向たちにも

会ったから。

でも、せっかく来たものの、これじゃあろくに話など出来そうにもな

い。

考えていると、なぜか感じるぶしつけな視線。

「・・・なんだよ?」

島野は無言のまま、すいっと顔をそらす。心当たりはないが、どうや

らあまり歓迎されてないらしい。

困ったな。そんな顔をしていたのがわかったのか、再び島野が話しか

けてくる。

「お前、南葛高校なんだってな」

「ああ。・・・よく、知ってるな」

島野は、少し顔をゆがめる。

「・・・反町がよ。いっつも、言うんだ。『井沢が南葛高校合格したらし

い』とか。お前が、どうしたのこうしたの、って」

「・・・・・・」

なんだか、すごく恥ずかしい。

だって、俺も言ってる気がするから。滝や、来生に反町のことを。

「まったく。俺、ほとんど話したことないってのに、お前のことにど

んどん詳しくなっていってるんだぜ?・・・ばかばかしい」

最後は、自嘲めいた呟き。

「・・・悪かったな」

そう言うと、島野はきょとんとした目で俺を見ていたが、思わず苦笑

を浮かべた。

「・・・なんで、謝るんだよ。お前、変な奴だなあ」

「そうかなあ」

俺が首をかしげた時。

「井沢っ!!!」

という、大きな声がしたかと思うと、寮からすごい勢いで飛び出して

きた奴がいた。

もちろん、反町。満面の笑みを浮かべている。

「反町。・・・お前、スパイクちゃんと履けよな」

解けた紐を踏んで、転びそうになっている奴に注意する。

「おうっ!な、すぐわかった?」

「まあな」

寮前のベンチに腰掛けて、スパイクを履きなおしている反町を、しげ

しげと見つめる。少し、背が伸びたみたいだ。

「島野っ、こいつが井沢だよ」

「・・・知ってる」

そっか、知ってるよなと笑う反町。なんだかたいそうご機嫌な様子で、

俺や島野もつられて笑ってしまう。

「じゃ、井沢も行こうぜ。先輩には、話しつけてあっから」

「はあ?」

「練習だよ。参加、していくだろ?」

・・・なんで、俺が東邦の練習に参加するんだ?

そう思ったものの、島野が慣れた様子でスパイクと袋を渡してくる。

「お前と体格似てる奴からの、借り物だから。Tシャツとサッカーパ

ンツも入ってる」

「じゃっ、行こうか」

先に立って歩く反町の後を、島野と並んでついて行く。

「えらく、素直じゃん。観念したわけ?」

聞いてくる島野に、俺は苦笑を返す。

「まあな。偵察兼ねてな。・・・お前も、苦労するな」

俺の言葉に、島野はさっきまでとは少し違う笑顔を見せてくる。どこ

となく吹っ切ったかのような・・・お互い様、なんていう笑み。

「でも、アイツといるのって楽しいし」

「・・・だな」

俺も、やっぱり戸惑いより楽しさが先に来る。

本当はずっと、反町に会いたかったから。

一緒に、プレイしたかったから。

日向と、若島津が何て言うかなあ、などと思いながら。

 

END


うちの高校でも、たまに違う高校の人が一緒に練習してることがあり

ました。もちろん、部員さんの友達な訳ですが。

当然のように、私たちが用意したお茶などを飲んで帰っていく姿に、

なんやねん一体と思ったものです(笑)

男の子同士でも、仲の良い友人と3日も会わないと、なんとなく心配

になって連絡を取り合ってしまうということがあるそうです。

その話を聞いた時は、「気持ち悪い〜」なんて、からかってしまいまし

たが(^^

 

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