感謝の祈り

 

 

3月。俺達が通う東邦学園中等部も、無事卒業式を迎えた。

式典が終わり、ホームルームでの担任からのあいさつも終わり、廊下

は人でごった返している。

「若島津先輩!あの、ボタンください!」

「え・・・ああ、ボタンか・・・悪いけど、高等部でも使うから。ごめんね?」

「そんなあ・・・」

とりあえず、後ろから追っかけてくる不満の声は聞かなかったことに

して、その場を立ち去る。

あちこちで、肩を抱き合って泣きあう女子生徒たち。

ほとんどの生徒が高等部へ上がるというのに、何が一体そんなに悲し

いんだろう?

今日は、久しぶりに練習も休み。今から寮に戻り、高等部の寮への引

越し作業をしなければならない。

校舎の裏を通り抜けると、中等部のグラウンドが見えてくる。

その、グラウンドを見渡せるような位置に、あの人は立っていた。

「日向さん。・・・何を、見ているんですか?」

駆け寄って、声をかける。

この人でも、やはり卒業式には感傷に浸るのかと思ったのだが・・・。

「おう、お前か。・・・なあ、あいつ何やってんだと思う?」

日向さんの視線の先にはグラウンド。そして・・・。

「・・・反町?」

グラウンドの真ん中。サッカーゴールとゴールの間、そうちょうどセ

ンターサークルのあたり。

そこに制服姿のまま、大の字に寝そべっている反町の姿があった。

遠いのでよく分からないが、じっとしたまま微動だにしない。

「・・・声、かけてみます?」

奴から目を離さずに俺が聞くと、日向さんも視線はそのままで答える。

「・・・そうだな」

そう言いながらも、なんとなく俺達はその場に突っ立っていた。

うまく表現できないけれど、声をかけていいのかためらってしまう雰

囲気がそこにはあった。

「まあ、でも・・・早く行かないと、寮監にどやされるな」

日向さんがそう言うので、なんとなく笑ってしまう。この人は、相変

わらず皆のことを考えてばかりいる。

「そうですね」

日向さんがグラウンドの中へと歩き出すのにしたがって、俺も後ろを

ついていった。

寝転んでいる反町の表情が、だんだん見えてくると・・・。

再び俺と日向さんは、顔を見合わせてしまった。

軽く、目を閉じているらしい反町の顔。なぜか、口元にはうっすらと

笑みがこぼれている。

俺達が困っていると、その気配を感じたのか奴はゆっくりと目を開い

た。

「・・・日向さん、若島津。やっぱり、来たんだ」

「やっぱりって、何がだよ」

立ったままじゃ話しづらかったのか、日向さんがしゃがみこむ。俺も、

中腰になって2人の会話を聞く。

反町は、心底嬉しそうに笑っている。

「挨拶に、来たんでしょう?俺も、そうです」

挨拶・・・グラウンドへの、さよならの挨拶。

「こうやってるとね、聞こえるんです。俺達の、3年間の音が」

そう言って、再び反町は眼を閉じる。

その姿をしばらく見ていたかと思うと、ふいに日向さんは立ち上がる。

そして反町の横に並ぶと、自分まで寝っころがった。反町と同じよう

に、目までつむって。

・・・仕方ない。俺も、付き合うか。

制服のことを一瞬気にしたが、ままよとばかりに寝てみる。

視線の先には、広がる3月の空。少し霞んだ、柔らかな色。

あの、夏の日の空の色には遠く及ばないが、代わりに春の思い出がよ

みがえる。

『日向と、若島津だろ?俺、反町ってんだ、よろしくな!』

『・・・お前、岬に似てるな』

『日向さん、失礼ですよいきなり・・・でも、似てますね』

あの日から、もう3年も経ってしまった。その、長い月日の中でこの

グラウンドには、毎日のように立っていた。走っていた。

どれくらい、そうしていただろうか。

「・・・このグラウンドには、感謝しなきゃな」

日向さんが、ぽつりと言った。

「俺達の、感謝の祈りが届きますかねえ」

反町が言う。

「届くさ。直接、体全体で祈ってんだから」

俺が答える。

グラウンドの隅には、少しだけ色づいてきた桜のつぼみ。それが満開

になる頃には、3年前の俺達と同じように新入生達がやって来る。

このグラウンドにも、新しい歴史が作られていく・・・。

ありがとう、3年間。俺達を見守ってくれてありがとう。

ありったけの感謝を込めて。俺達は祈りつづける・・・。

 

その後、どこからともなくやってきたサッカー部3年全員が『感謝の

祈り』をやってしまい、探しに来た寮監に、こっぴどく怒られること

となったのは言うまでもない。

 

END


 

卒業シーズンですね。卒業をネタに、1作書こうとして・・・どれにしよ

うかと思いましたが、結局『キャプテン翼』にいたしました。

東邦学園の話なので、井沢くんを出せなかったのが残念。

健ちゃんと小次郎が、こんなに出てくるのは初めて。2人とも、本当

はあまり書かないので。

いや、別に私が書かなくても・・・ねえ?あちこちで出てくる方々ですし。

グラウンドに寝そべっている反町くんの一人称じゃ、さすがに話が進

みませんから(笑)。

 

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