誓 約

 

 

・・・すっかり遅くなっちまった。

練習後の監督との話が以外に長引き、時間はもう7時を回っていた。

俺は、急ぎ足で食堂へと向かう。無論、夕食を食べるためだ。

・・・畜生、残ってっかなあ・・・。

育ち盛りの俺たち。東邦学園での寮生活で学んだことだが、「食いた

かったら急げ」が鉄則だ。

ましてや、毎日練習で腹ペコのこの合宿においては、言うまでもな

い。

食堂まで急ぎ足で来た時、いきなり目の前のドアがバン、と開いた。

「日向さん!」

「日向!」

飛び出してきたのはキャプテン・・・日向さん。

驚いて立ち止まった俺をじろっと見ると、そのまますたすたと行っ

てしまった。

開きっぱなしのドアから、今度は若島津が小走りで出てくる。

「あ、反町。日向さんは?」

「あっちに行ったけど・・・何があったんだ?」

「ン・・・まあな」

若島津は微妙な顔で言葉を濁すと、日向さんの後を追って行く。

・・・なんなんだ、一体。

とはいえ、あの人はいつも何かと揉め事の中心にいる人だからなあ。

若島津にまかしておくか、と俺はとりあえず生理欲求を満たすこと

にした。

 

食堂に入ると、どことなくいつもとは様子が違った。

全日本ジュニアとしての強化合宿は、まだ始まったばかり。無論チ

ームワークも何もないが、それでもずっとサッカーを通じて、顔を

合わせてきた奴らだ。

だからいつもならそれなりに賑やかなのに、今日は妙な静けさが漂

っている。

真ん中に、南葛の奴ら。そして、それを遠目に囲む者たち。

「・・・俺は、日向の言い分はもっともだと思うぜ」

ふいに、そんな声がした。松山だ。

「・・・」

黙って顔を見合す、面々。

・・・一体、何があったんだ?

首をひねっているうちに、皆はバラバラと各自食堂を出て行く。

最後に残った南葛の奴らも、目線で合図しあうと俺の横をすり抜け

ていく。

それを目で追っているうちに、いつのまにか、食堂には俺一人にな

ってしまった。

「反町」

急に名前を呼ばれて、びっくりして振り返る。

「あ。井沢・・・」

厨房の入り口のところから、井沢が俺を手招きしていた。

そこに近づくと、味噌汁のいい匂いがしてきた。

厨房のカウンターには、食堂のオバさんはいなかったものの、大き

なおにぎりが3つと漬物、そして湯気の立っている味噌汁が置いて

あった。

「・・・俺の分?」

一応聞いてみたら、井沢は少し笑った。

「当たり前だろ」

 

う〜うまい!

どうにかこうにか食料にありつけて、心底ほっとする。

「ほら」

井沢がドン、と目の前にペットボトルとコップを置く。

そして、俺の分と自分の分をいれて飲み出す。

「・・・ありがとな」

礼は言ったものの・・・何なんだろう、こいつ・・・。

井沢守。南葛中学3年。MF。

そして、この合宿ではなぜか俺のルームメイト。

が、正直言って、あまり話したことがない。

だってそうだろう?今まで敵だった奴と、そんなに簡単に仲良くな

れるか?普通・・・。

「なあ」

呼びかけたものの、いきなり何か魂胆でもあるのかと聞くわけにも

いかない。

困っていると、向こうから聞いてくれた。

「日向のことか?」

「えっ・・・あ、ああ。何があったんだよ、一体?」

本当は違うのだが、そのことはもちろん気になっていたので聞いて

みる。

「・・・うーん・・・つまりな・・・」

つまり。井沢の説明によると、きっかけは些細なことだったらしい。

いつもの、食後の雑談。その時に、南葛の奴らから受験勉強の話が

出たとのこと。

どこの高校を受けるのか。もう、受験勉強を始めている奴もいると

かいないとか。

この合宿に参加することで、勉強が遅れるという言葉を誰かが言い

出し・・・そこで、日向さんが怒ったそうだ。

「そんないいかげんな奴は、合宿に参加する資格はない・・・か。あの

人の、言いそうなことだな」

俺は、話を聞いて苦笑する。日向さん、らしい。

井沢も、同意するように少し笑ってコップを口に運んだ。

しばらくの沈黙の後、井沢が言った。

「お前、東邦高校にそのまま進むのか?」

「ああ、そのつもりだ。・・・受験ってのは、1度で十分だよ」

中学受験のときの、悪夢を考えたら今でも寒気が走る。

大好きなサッカーを続けるために、大好きなサッカーをあきらめて

いた時期。

あんな思いは、もうたくさんだ。

そう、俺がポツリポツリ話すのを、井沢は黙って聞いていた。

「・・・受験して、後悔したのか?」

「いや」

井沢の問いに、俺は笑って見せた。

「後悔なんて、してねーよ。高校受験はしなくてもいいし、それに・・・

日向さんに会えたしな」

「・・・ああ、そうだな」

笑われるかな、と思いながら口にした本心を、井沢にあっさり肯定

されて少し戸惑う。

何かを思い出しているような・・・奴の表情。

その顔を見ていると、急にこいつの考えが知りたくなる。

「・・・お前、どうすんの?」

「俺は・・・そうだなあ・・・どうするかな」

井沢は、少し考えていたが、

「・・・まあ、南葛高校に行くだろうな、結局は」

とあっさりと言った。

「ふうん・・・じゃ、この合宿が終わったら、また敵同士だな」

「はあ?」

俺は、きょとんとしている井沢に、ニヤリと笑ってみせる。

「どこへ行くにしろ、お前はサッカー止めねえだろ?」

俺の挑戦に答えて、井沢も不敵に笑う。

「ああ、もちろん。・・・若林さんと、約束したからな」

若林・・・ああ、そうか。

「一生、追いつづける。俺は、あの人を」

きっぱりと言い切る井沢。

そうか。こいつは、俺と一緒なんだ。

日向さんと出会い、あの人の穴を埋めるのは俺しかないと、がむし

ゃらになっていた日々。

トップになんか、ならなくても良かった。

俺にとって唯一認めた男から、認めてもらえればそれで良かった。

俺も、一生追いかけるのだ。あの、誰よりも強い男を。

「・・・お互い、がんばるか。見果てぬ、夢に向かって」

井沢は、コップを軽く持ち上げて俺に言った。

「ああ。負けねえよ、お前には」

「望むところだ」

かちん、と2つのコップをぶつける。

ささやかだけど、それは俺たちの決意表明だった。

 

俺は、この日2つのものを手に入れたと思った。

未来へ続く道と、得がたい友を。

END


 

いや・・・だから、中学生ってことは忘れてください・・・(泣)

この2人の共通点って、ここにあるんじゃないかと私は思うんです

よね。

絶対、仲が良かったはず。そう、信じてます(笑)

とりあえず、これも季節もの・・・なのか?

受験生の方、応援いたします。←今の若い方は、C翼は知らないで

しょうが(-_-;)

 

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