揺れる想い 4

 

 

 

 

ぶしつけとも言える新一の問いに、少年は黙って彼を見返した。

意志の強そうな真っ直ぐな視線に、新一はかつての自分自身の姿を見る。

・・・そんなはずはない。

わかっているのに、言葉が出てこない。

「あの・・・コナン君、なの?」

聞いたのは、蘭だった。

弾かれたように新一は、彼女を見る。

懐かしそうな笑みを浮かべて、じっと少年を見ている。

彼は新一から視線を外すと、眩しそうに蘭を見て目を細めた。

「・・・残念ながら」

首を振ると、自分を見つめている一同をぐるっと見回す。

「俺は、小南といいます。小南俊介、です」

「こみなみ・・・」

小さくつぶやく蘭。

「あのね、小さい南って書くのよ?だから、コナン君なの」

歩美が口添えする。

「なるほどね。うまく名づけたものだ」

あごに軽く手をやり、感心したように快斗が言った。その彼を、平次がじろ

りと睨む。

「・・・なんだよ」

「感心してどないすんねん。ややこしやろが」

小声で言い合う2人を尻目に、蘭がふうっと肩を下ろす。

「そうなの・・・ごめんなさい。・・・昔、一緒に暮らしていた子によく似ていた

から」

申し訳なさそうな蘭に対し、俊介は小さく笑って見せる。

その笑顔も、どことなくコナンを思い出させると、彼女は思った。

「江戸川コナンの事は、こいつらからさんざん聞かされました。最初、勘違

いされましたし。気になさらなくて、良いですよ」

俊介の言葉に、元太がうんうんとうなずいてみせる。

「だってよ〜、新学期にクラスに入ったらこいつがいたんだぜ?思わずコナ

ンが帰ってきたと思っても、仕方ないよな」

「確かにあの時はね」と光彦も相槌を打つ。

「哀ちゃんだって、すっごくビックリしてたよね!」

歩美の声に、新一は哀を見る。

相変わらずの無表情・・・ではなく、どことなく寂しそうな顔で哀は答える。

「そうね・・・江戸川君が帰ってきたのかと、思ったわね」

 

・・・なぜだ?

新一は、無言で哀に問いかける。

ありえない筈のこと。

とっくの昔にAPTX4869の解毒剤は出来て、コナンは新一に戻ってい

る。

それは、哀自身が1番よく知っていることのはず。

なのに、なぜ、そんなことを?

 

「・・・悪かったね、別人で」

「あら。私は悪いだなんて、一言も言ってないわよ?」

「バーロ。顔が言ってるっつーの」

軽口を叩き合う俊介と哀。

・・・なんや、この2人・・・。

平次は、小学生の姿だったライバルを思い出す。

トゲトゲした空気をまとっていた哀が、コナンの前でだけ見せる無防備な表

情。

それは、平次が望んでも得られなかったもの。

かつて感じた疎外感。うらやましくて仕方が無かった、その関係。

また、それを見ることになるなんて・・・。

あの頃の2人が、そのまま高校生になったかのようだと。

同じ事を、快斗も思っていた。

「ね、とりあえず上がってもらったら?ほら、料理も冷めちゃってるし」

青子の言葉に、ふと我に返る面々。

「あ、そうね。ね、よかったら小南君も・・・」

蘭の誘いには、静かに首を振る俊介。

「いえ、もう失礼します」

「そう?残念ね・・・」

再び傘を握りなおし、外へ出ようとする俊介に、元太と光彦が口々に言った。

「じゃあな、コナン」

「また明日、学校で」

その後ろで、歩美が小さく手を振る。

軽く片手を上げ、返事を返すと俊介はドアを開けて外へと踏み出した。

それを見てまた各自ぞろぞろとリビングへと、戻っていく。

「じゃ、哀ちゃん、どうぞ」

蘭に勧められて、哀は小さくうなずくと何かに気づいたかのように振り返っ

た。

まだ、開けていた玄関のドアの向こう。少し離れた位置で、俊介がこちらを

見ていた。

「・・・じゃな、灰原」

「ええ。ありがとう、今日は」

哀が言葉を返すと、彼は照れたような笑顔になって傘を軽く降った。

そんなやり取りを、微笑ましく見つめる蘭。

自分の高校時代を、今の2人に重ねて。

「蘭ちゃ〜ん、なんか、オーブンが呼んでるわよ?」

リビングからの呼び声に、蘭はいっけない、と舌を出す。

「ケーキを焼いてたんだったわ。じゃ、哀ちゃん、先に行ってるわね」

パタパタとスリッパの音を立てながら、リビングへと向かう蘭。

その姿を見送ると、哀はゆっくりと玄関のドアを閉めた。

そして・・・黙ったまま自分を見つめている新一を、見上げた。

「・・・ごめんなさい。遅くなって・・・」

「いや・・・」

新一は口ごもる。

聞きたいことは山のようにあるのに、とっさには言葉が出てこない。

「ちょっと、図書館に寄ってたから」

何のために?あいつに会うために?

もう少しで口の端に登りそうな言葉を、必死にこらえる。

丁寧に脱いだ靴をそろえると、哀は再び新一を見上げた。

「・・・どうしたの?」

心配そうに問う彼女を見つめ・・・新一は、腕を伸ばした。

その、胸の中にぎゅっと哀を抱え込む。

「ちょっと、新一・・・誰か、来たら・・・」

小声で抗う哀の耳元に口を寄せ、新一は心底辛そうにつぶやいた。

「俺は・・・戻らない方が、よかったのか?」

「え?」

「江戸川コナンのままの方が・・・」

「新一・・・」

哀は、とっさに新一の真意を測りかねた。

しかし、今さっきのやり取りから新一が俊介に対し、異常なまでの警戒心を

抱いた事に気づく。

でも、それは俊介自身に対してではない。

彼の中にある、江戸川コナンの面影。それが、新一を脅かすもの。

年々美しく成長していく哀の姿。

本当なら、1番近くでずっと見つめていたかった。

もし、江戸川コナンのままでいられたら。そうすれば、ずっと近くにいられ

たのに。

彼女の失った学生時代を、今度は自分との思い出で一杯に出来たのに。

新一に戻ってからもずっと、そう思わなかったといえば嘘になる。

だけど1人の大人の男として、哀を守ってやりたかった。

新一は強く、強く哀を抱きしめる。

まるで、今にも江戸川コナンの元へと飛んでいってしまいそうな彼女を。

 

「・・・バカね」

哀は、くすりと笑って少し身体の向きを変える。

正面から新一の顔を見つめ、優しく微笑んだ。

「あなたが江戸川コナンでも、工藤新一でもどっちでもいいのよ」

「・・・え?」

「私の、最愛の人には間違いないんだから」

 

新一は、万感の思いで愛しい恋人を再び抱きしめた。

2度と、心が揺れたりしないように。

 

END


 

ってことで。まあ、一応ラストを迎えました。

本当は、まだまだ色々と考えていたんですが・・・これ以上長くしても、結局

他のメンバーが全く目立たなくなっちゃいそうだったんで(苦笑)

どうしてもコナンは出しようがないので、オリキャラに頼ってしまいました。

「俊介」というのは、好きな推理小説の少年探偵の名前です(^^)

 

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