売約済

 

 

雨の日曜、昼下がり。

今日も今日とてあっさりと事件を解決した新一は、家の前で車を降り

た。

いつもの習慣で、阿笠邸を見上げる。

その目がぱちくり、とひとつ瞬いた。

・・・なんだ、あれ?

2階の窓。青いカーテンが下がっているのは、哀の部屋。

その部屋の窓枠に、ずらずらと吊るされているのは・・・紛れもなく、て

るてる坊主と呼ばれる物体。

ここ2,3日降り続いている雨に、天気の回復を願う気持ちはわから

ないでもない。しかし、てるてる坊主を吊るすという行為そのものが、

違和感を覚えてしまう。ましてや、あんなに多くの数だ。

哀らしくないなあ、と思いつつ新一は、阿笠邸へと向かった。

 

「おい、なんだこりゃ?」

博士に挨拶し、2階の哀の部屋を訪れた新一は、開口一番そんな声を

上げた。

いつもは殺風景な、哀の部屋。きれいに整頓されているはずのその空

間は、今日はあちこちが小物で埋められている。

ベッドの上には、たたまれたパジャマ。机の上に並ぶ、シャンプーや、

リンスの小瓶。きれいにプレスされた制服に、何冊かの本。

そして、部屋の真ん中に少し大きめのカバン。

そのカバンの中を覗き込んでいた哀は、突然の来訪者に顔を上げた。

「工藤君・・・。もう、仕事終わったの?」

「ああ、まあな。・・・で、この状態はなんなんだ?」

疑問符に疑問符で返してきた新一は、部屋を見回す。そんな彼の態度

に、哀は肩をすくめた。

「何って・・・前にも言ったでしょう?明日から、修学旅行だって」

「・・・忘れてた」

額を叩く新一に、やっぱりねと哀は軽いため息をつく。

今年、哀は中学3年生。もちろん、修学旅行の年なのは間違いない。

そのことは以前、新一から言い出したことだった。

ただ、ここしばらく多忙であった新一に、あらためて哀の方から言わ

なかったのも事実。

なんとなく面白くない新一は、拗ねるような口調で言う。

「で、あのてるてる坊主かよ?・・・ふうん」

ああ、あれねと哀は少し照れくさそうに笑うと、

「歩美ちゃんから、もらったのよ。もう、彼女の家はてるてる坊主だ

らけらしいから」

「・・・なるほど」

歩美ちゃんなら、確かにやりかねない。新一は、中学生になっても相

変わらず無邪気で明るい彼女を思い出す。

哀との仲の良さは、ますますパワーアップしているようで、よく一緒

にいるのを見かける。

11年の年齢差を越えて、2人はすっかり親友同士だった。その歩美

から頼まれて、断れる哀でもないだろう。

「・・・な、ところでさ・・・俺、腹減ってんだけど。なんか無い?」

「ちょっと待って。準備がまだ、終わってないから」

甘えるように言った新一に、哀の容赦ない一言。

ちぇ、と舌打ちして哀のデスクチェアに、逆向きに腰掛けて背もたれ

に頬づえをつく。その姿勢で、哀の準備の様子を眺める新一。

並べていた小物をポーチに入れながら、哀はちらちらと新一を見る。

・・・困ったわね。

「あのねえ、工藤君・・・」

「ん?なんだ、ゆっくりでいいぞ」

「・・・じゃなくて・・・そこにいられると、やりにくいんだけど?」

その言葉を聞いた新一の顔が、見る見るうちにふくれっつらになる。

「なんだよ。哀は、俺が邪魔だって言うのか?」

・・・全く・・・子供みたいなんだから・・・。

予想していた反応に、哀はため息をつく。

「そうじゃないけど・・・。色々、女の子だけの用意するものとか・・・あ

るでしょ?・・・そうね、下着とか」

諭すような哀の言葉に、新一は不承不承うなずき・・・部屋を出て行きか

けて、振り返る。

「ちょっと待てよ、哀!お前、そんな可愛い下着持っていくのか?!」

「・・・はぁ?」

「俺に見られたら、困るような!そんなっ・・・セクシーな奴を・・・」

中学生に、セクシーも何も無いでしょう。

哀は思わず突っ込みかけたものの、新一が真面目に言っているのだと

わかり、その言葉は呆れて口には出せない。

「・・・もう、いいわよ・・・いても・・・」

下着やなんかは、寝る前に入れようと思う哀。

非合理的だが、訳のわからないことを言われるよりかは、よっぽどマ

シだ。

再び椅子に腰掛けた新一は、相変わらずの仏頂面で哀を見守る。

均整の取れた身体つき、細くて長く白い手足。

APTX4869の後遺症も無く、彼女は年々大人へと成長している。

それは嬉しい反面・・・新一にとっては、心配この上ない。

・・・いまどきの中学生は、進んでやがるからなぁ・・・。

ふと、新一は思いついたかのように聞く。

「な、お前、歩美ちゃんと同じクラスだったっけ?」

「違うわ。隣りのクラスだから、大体一緒だけど・・・」

最近は歩美以外の友人もいるようで、それなりに中学生活も楽しいら

しい。

が、新一が心配しているのは、そのことではなく・・・。

「・・・光彦、は?」

「円谷君?同じクラスよ」

・・・やっぱり。そんな気が、してたんだ。

今から2ヶ月ほど前。クラス替えの話を聞いた時に、そんなことを話

していた。

・・・ひとつ屋根の下に、寝泊りかよ・・・。

別に修学旅行だから、何もないだろうと考えるのは甘い。

多感な中学生。青い春、真っ只中。

新一は、中学の時の修学旅行を思い出す。

観光地で、盗み撮りした女の子。女湯がのぞけないかと、走り回って

しかられた大浴場。朝、洗面所で会った女子が急に色っぽく見えて、

ドキドキしたっけ。

「・・・気、つけろよ。男は、狼だからな・・・」

何言ってるんだか、と哀は苦笑する。

そんな無防備な彼女の表情に、新一はまた内心じたばたする。

だから!お前は、きれいなんだから!危ねえんだよ!

・・・って、そんなこと恥ずかしくて言えねーけど。

「・・・修学旅行ってのは、かなり開放的になるんだからな・・・光彦でも、

信用するなよ?」

新一の言葉に、哀はようやく振り向く。彼の真剣な顔つきに感化され

たか、真面目な顔で少し考え込む。

「・・・そうね。彼が、雰囲気に流されないように心がけるわ」

返ってきた哀の言葉に、新一は気づかされる。

すでに、光彦の気持ちは哀に届いている。ただ、それはあくまでも気

の迷いであると彼にわからせようというのだ。

・・・あの頃じゃ、あるまいし・・・。

小学生だったあの頃。好きなあの子は、仲の良いあの子の延長線上で

あり、男も女も無かった。その頃、光彦が哀に対して抱いていた想い

と、今の彼の想いは違うはず。

それを、わかってねーんだからなあ、こいつは。

それでも、と新一は顔を引き締める。

おそらくこの分では、光彦だけではない。他にも、哀の事を想ってい

る男子生徒がいるに違いない。

明日からの2泊3日。本当なら、カバンの中に入ってでもついて行き

たいが、そういうわけにもいかない。

新一は、哀の机からメモ用紙とペンを出すと、何かをさらさらと書い

た。

その紙を、セロテープでポンと哀の背中に貼り付ける。

「ちょっと・・・何?」

「いいや。剥がすなよお?じゃ、俺帰るわ」

そう言って苦笑いすると、新一はさっさと哀の部屋を出て行った。

・・・焼きもちやきすぎるのも・・・みっともねーからな。

1人残された哀は、隣りの部屋の3面鏡の前に立った。

くるっと背中を向けて、文字を読み取ろうとする。さっと視線を走ら

せたその顔が、すうっと赤くなる。

紙には一言、大きく書いてあった。

『売約済』、と。

 

そして、翌日。きれいに晴れた、青空の下。

「哀ちゃんおはよ〜。よく晴れて、良かったねv」

「そうね」

「あ、哀ちゃん今の何?」

哀は眺めていた紙切れを小さく折りたたんで、そっと胸ポケットに忍

ばせた。

「ふふ・・・お守り、よ」

待っててくれる人の元へ帰るための、お守り。

 

お土産買ってくるわね、探偵さん。

 

END


 

6666HITキリ番をお踏みになられた、未咲さまのリクエストで

書きました。「新一と、中学生ぐらいの哀。ほのぼの系で」ってことで。

ほのぼのっていうより、またまたバカップル物のような気が・・・(苦笑)

最近、よく修学旅行生を見ます。一応、観光地の近所に住んでいるも

のですから。

もう、何年も前のことですが・・・今も、鮮やかに思い出すことが出来る、

大事な思い出です。でもそれって、当時の好きな人に全部関わってた

りして、ね・・・可愛かったなあ、あの頃は。(しみじみ)

 

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