初恋の君へ

 

 

 

全体的に赤とピンクで彩られたその店は、女子高生達であふれかえって

いた。

彼女達が手にするのは、色とりどりの包装紙でラッピングされたチョコ

レート。

そう、今日は2月13日。乙女達の楽しみであるバレンタイン・ディは、

明日へと近づき、店は1年中で1番にぎわっていた。

「うわあ〜これかわいい〜。ね、ね、哀ちゃん。これ、良くない?」

ひときわ目立って歓声を上げているのは、帝丹中学の制服に身を包んだ

少女。

大きな瞳をくるくるさせ、傍らの茶色がかった髪の少女にそう問いかけ

る。

「…そうね。まあまあね」

「哀ちゃんたら。毎年そうなんだからぁ」

「…歩美ちゃんも、毎年はしゃぐくせに」

2人の少女…吉田歩美と灰原哀は、楽しそうに笑いあった。

中学でも同じクラスになった2人は、相変わらず仲が良かった。

「動」の歩美と「静」の哀。正反対なのだが、それが長続きの秘訣かも

しれないと、哀は考えていた。多分、歩美が物おじしない性格だったか

らこそ、自分と仲良しでいてくれたのだろうと。

「ところで…今年は、誰にあげるの?」

「それなんだけどお…野球部の火村さんか、サッカー部の狩野くんか、

それとも…」

楽しそうに指折り数える歩美に、また始まった、と苦笑を返しながら哀

もチョコレートを眺める。

…色々あるのね、本当に。

毎年歩美に付き合って来るものの、哀は実際に買ったことはない。博士

には美味しいケーキを焼き、新一にはそれに何かプラスして渡していた

から。

無論、同級生達に「義理チョコ」を配ることもなかった。

 

…あら、これ…。

哀はふと、ひとつのマグカップに目を留める。

丸いフォルムをしたそのカップは、白と黒で模様が描いてある。そう、

サッカーボールだ。中にはボール型のチョコレートが、いっぱい詰まっ

ている。

…へえ…面白いわね。

思わず哀がそのマグカップを手にとった瞬間、目ざとく歩美が聞いてき

た。

「ああ〜哀ちゃん、今年こそ誰かにあげるんでしょ?!ねえ、誰々?」

「え、あ、これは…」

「ねえ、だあれ?」

歩美の勢いにたじたじとなりながら、哀はマグカップを見つめる。

このカップに似合う少年、それは…。

「…江戸川くん」

一瞬の沈黙の後。

「ええ〜!!コナンくん?!」

歩美の大声に、ハッと我に返る哀。しまった、と息を呑む。

「哀ちゃん、コナンくんと連絡取り合ってるのお?」

少しばかり恨めしそうな歩美のセリフに、哀は慌てて言い訳する。

「ち、違うけど…その、お隣の工藤…さんが…渡してくれるって…そう

言ってたから」

「ええ?じゃ、私も渡す!」

歩美は勝手に決めると、さっそくチョコレート選びを再開する。

「コナンくんか〜かっこ良くなってるかなあ…。私も会いたいなあ…」

うっとりしたようにつぶやく歩美に、哀は心の中で謝る。

ゴメンね、歩美ちゃん…っていうか、どうしよう?

結局、哀は手にとったマグカップをそのまま買うこととなり、歩美も特

別大きなチョコレートをコナン用に買った。

 

帰り道に並んで歩きながらも、自然に話はあの頃の思い出話になる。

「ねえ、哀ちゃん」

「なに?」

「私の初恋はコナンくんだったんだけど…哀ちゃんも、でしょ?」

哀はビックリして歩美を見る。彼女は、いたずらっぽく笑ってみせる。

「だって、そうでもないとこんな風にチョコレート贈ったり、しないよ

ねえ」

「…かもね」

否定するのは、やめておく哀。これ以上歩美に、嘘をつくのはなんとな

くいやだったから。

「コナンくんも、哀ちゃんのことずっと好きだったんじゃないかなあ

…」

「…どうして?」

うまくいえないんだけど、と歩美はつぶやく。

「コナンくん、いつも哀ちゃんのこと気にしていたから。哀ちゃんがさ

びしそうだと、コナンくんも辛そうだった。哀ちゃんが楽しそうだと、

コナンくんも嬉しそうだった」

歩美の言葉に、哀は頬を赤らめる。内緒にしていた2人の想いも、コナ

ンをいつも見つめていた歩美にはお見通しだったらしい。

「だから哀ちゃん、コナンくんを大事にしてよね!譲ってあげるから」

少し感傷的になっていた気持ちを振り切るかのように、明るい声で歩美

は言う。

何だか誤解もあるようだけど…まあ、いいか。

哀は微笑んで、答えた。

「ありがと、歩美ちゃん」

「あ、だけどチョコレートはちゃんと渡してよね?!」

「…はいはい」

 

2月14日。

「…何だか、ずいぶん多くねえ…?」

「そうね。このケーキと手袋は、あなたにね」

新一はふんふんとうなずいて、その2つを受け取る。

「ありがとうな」

どういたしましてと返して、哀は再度2つの包みを新一に差し出す。

「それから、これは…江戸川君に」

「…はぁ?」

目をぱちくりさせ、驚いた表情の新一。

そんな彼に、哀はどこか照れくさそうにこう言った。

「歩美ちゃんと私から…初恋の、君へ」

 

END


 

季節の風物詩に、挑戦してみました。

哀ちゃんと歩美ちゃん、と2人が呼び合っているのは、まあそれだけ時

間が流れたってことなんですけど…私の中では。

サッカーボールのマグカップは、実際私が見つけたものです。

可愛かったけど、ちょっとでかすぎ?とも思いましたが。

 

 

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