2人のライバル 〜後夜祭〜

 

 

最後のセリフが聞こえた。

舞台の緞帳が下りる音がかすかに聞こえるほど、一瞬客席が静まり返る。

そして、その直後。

わぁぁという大きな拍手と歓声が、耳に届いた。

終わった。・・・終わったんだ。

私は大きな息をつき、目を閉じた。

照明の残像が、まぶたの奥でちらつく。煩わしいような、誇らしいような不

思議な感覚。

「皆さん、カーテンコールです!並んで!!」

円谷君の声に、はっと目を開ける。

舞台の上には、登場していた全員が姿を現していた。真ん中へ、と押される

身体。

「灰原。こっちだ」

かけられた声に、そっちを見る。

手招きしている、その姿。

・・・どうして?

どうして、彼は・・・あんなことを。

不意にあの瞬間を思い出し、身体が強張る。

でもそれは一瞬。次の瞬間には彼の横に並び、素直に手を取られる。

再び上がってきた緞帳の向こうから聞こえる、大きな拍手に深々と頭を下げ

た。

 

劇が終了してからの方が、実は忙しい。

次の劇が始まる前に、急いで大道具を体育館の外へと運び出す。

全員でほっと息をついた時、歩美ちゃんが飛びついてきた。

「哀ちゃ〜ん!もう、すっごく良かったよ!!」

「・・・ありがと」

「私ね、すっごく感動して・・・」

泣き出す彼女の背中を抱く。その拍子に、クラスメートの女の子たちがわっ

と周りに集まってきた。

「すごく、すごく綺麗だったわ、灰原さん」

「似合ってたよ」

口々に寄せられる賛美が、面映い。

歩美ちゃんだけじゃなくて、数人がまた泣き出す。

その姿を、どこか照れたような顔つきで眺めている男の子達。お互いの顔を

見ながら、こづいたり笑ったり。

私は・・・泣きは、しないけど。

それでも、彼女たちの感動した気持ちが伝わる。胸が、熱くなる。

皆で一緒に、何かをする事。

ずっと1人きりだった私が知った、新しい喜び。

皆の興奮が収まるのを待って、そっと歩美ちゃんを離した。

「・・・じゃあ、着替えてくるわ」

歩き出そうとしたとき、声がかかった。

「あ、待ってください!記念撮影をしましょう」

円谷君が、カメラを片手に言う。

皆、わっと歓声をあげてごちゃごちゃの大道具の前に整列する。

「哀ちゃん、真ん中よ!」

また真ん中?

やれやれ、と苦笑しながら近づくと、やっぱり押し出されてきた男子生徒。

・・・小南君。

「わーったよ、俺も真ん中行きゃあいいんだろ!」

彼は私を見て・・・そして、若干目を細める。

目を伏せることもせずに、まっすぐにこちらを見つめている。

・・・目をそらしたのは、私の方だった。

撮影係をお願いしようと円谷君がきょろきょろしていると。

聞きなれた声が、した。

「俺が撮ってやろうか?」

そう言って手を差し出したのは、工藤君だった。隣で、ニコニコしているの

は博士だ。

「いやいや哀くん、よく頑張ったの。とっても良かったぞい」

博士は、本当に心から満足したと言いたげな顔つきでこちらを見ている。

自然に笑みが浮かぶ。

「ありがとう、博士」

たった1人の、私の保護者。大事な大事な、家族。

「・・・じゃ、お願いします」

なぜか、少しばかり複雑そうな顔で円谷君は工藤君にカメラを渡す。

他のクラスメートたちは、突然現れた名探偵に興奮気味だった。

「撮るぞー!」

彼の声に、皆が満面の笑顔でカメラに向かう。いや、見えたわけじゃないけ

れど・・・きっと、そうだと思った。

「はい、チーズ」

その瞬間、私も笑顔だったに違いないから。

 

「明るいところで見ても・・・」

記念撮影が終わり皆がバラけだした時、横から小南君がそうつぶやいた。

私に言っているような気がしたので、黙って彼を見る。

彼は、こちらを向いて囁くように言った。

「明るいところで見ても、やっぱり綺麗だよ。お前」

・・・・・・。

一瞬の間の後、光栄だわと小さく答える。

続けて彼が何か言おうとした時。

不意に、ぎゅっと手を引っ張られた。

「痛っ・・・」

誰何する暇もあたえず。ぎゅっと肩を抱かれる。

「工藤君・・・いったい、何なの?」

小声で抗議。こんな大勢の人がいる中で、いったい何を考えているのか。

「ちょっと、こっち来い」

強引に引っ張ってこられた校舎の影。先ほどのように人は多くないが、それ

でも時々生徒が通りかかる。

そこまで来て、ようやく彼は私の腕を離した。

「すまん・・・痛かったよな」

「・・・わかってるなら、やめてほしかったんだけど」

小さい声で、また彼は「すまない」とつぶやく。自分の行動そのものを、後

悔しているような印象を受けた。

ちょっと肩の力を抜いて、再度尋ねる。

「それで?一体、どうしたっていうの?」

「・・・ん」

工藤君は、しばらく口ごもっていたがやがて照れたように笑った。

「お前のハート姫・・・すごく、よかったぞ。綺麗だった」

その言葉に、自分でも眉がひそまるのがわかった。

「・・・それをいうために、こんなところに?」

「悪いかよ」

「・・・別に」

内心、ため息。きっと照れくさかったんだろうとは思うものの、あんな状態

で連れ出さなくてもいいではないか。

「それと・・・」

え?

「お前、さっきあいつと何話してた?」

その時の工藤君の表情に、こっちの質問の方が本題なのだと気づく。

「同じ事を、言われたわ」

「同じ事?」

彼は少し考えるように口元に手をやり・・・みるみるうちに、その表情が険し

くなる。

「生意気なヤローだな」

・・・そう言うと思った。

思ったとおりの反応に、嬉しいやら呆れるやら複雑な気持ち。

「だいたい、アイツが黒の騎士だなんて出来すぎだろ?!絶対、お前に対し

てよからぬ気持ちがあったに違いないぞ?」

「・・・ふうん」

「なんだよ?」

「あなたは、あったわけ?ハート姫に対して、よからぬ気持ちが・・・」

タン、と工藤君から一歩離れる。少しうろたえた表情の彼を見上げる。

「ねえ、初代の黒騎士さん?」

黙ってしまう彼。

・・・言い過ぎた、とは思わない。

むしろ、言い過ぎたのは彼の方だ。

「じゃ、私、行くから」

きびすを返し、早足で遠ざかる。

振り返らなくても、彼の表情は想像がついた。

きっと、また選べない二者択一に傷ついた顔をしているはず。

 

信じている。

信じているけど、信じられない。

 

あの人は、今でもあなたを信じているわ。

私もあなたを・・・信じているわ。

 

NEXT


 

・・・ものすごーく、嫌な話になりつつあると思うのは私の気のせい?(苦笑)

哀ちゃんの一人称って、マジで難しすぎるかも。

でも、私にとっては珍しい書き方なので頑張ってみますね。

 

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