風峰葵のマネージャー日誌 v
高校に入学してすぐのこと。「クラブ説明会」というものがあった。各クラブの部長さんより、そのクラブの説明があるというもの。
どのクラブも、「部員募集!初心者歓迎!」という中で、なぜかサッカー部だけは初心者不歓迎という、厳しい条件。
マネージャーの仕事も、かなりキツイらしい。というわけで、毎年多数のマネージャー希望者も、今年は2人。私はその内の1人。
「来てくれて、ありがとう♪」という、マネの先輩に、某マンガの影響だとは、死んでも口に出来なかった。
マネージャーの仕事。それは、思っていた以上に厳しいものだった。
6間目が終わると、ダッシュでジャージに着替え、マネ専用の炊事場へ。他のマネさんたちにあいさつ。←肝心。
順番が来たらクーラータンク、コップ、やかん等をごしごしと洗う。お茶は麦茶(冷水用)を、クーラーいっぱいに作る。
ちなみに夏はクーラーが2つになり、わざわざ冷水機まで冷水を汲みに行き、作る。部員の誕生日には、お茶が紅茶になる。
練習が始まると、ボール拾い、タイムキーパー等で働く。後は、練習を立ったままで見学。
終了直前に、お茶を取りに行く。クーラーが重くて、泣きそうになりながら。
部員全員が飲み終わり、グラウンドから姿を消すと、空になったクーラーをさげて炊事場に戻る。使ったものを片付ける。
これで、ようやく終了。たったこれだけでも、結構疲れてしまう。
サッカー部の練習、というのは基本的にテスト前と試合後を除いて、ほぼ毎日のようにあった。
暑い夏や、寒い冬ももちろんである。その、練習中には、いろんなことが起こった。
1番、怖いのはケガ。よく、マンガなどではかいがいしくマネージャーが手当てをするが、そんなことはまず無い。
部員達同士で、ちゃんと手当てし合うのだ。肝心の私たちは、知識がないものだから、結構役立たずである。
救急箱の中身を、きちんと揃えておくのが精一杯。
そして、夏は日射病。部員はともかく、1度相棒のマネージャーが倒れたことがある。
この時も、部員は面白がって騒ぐだけ。間違っても、抱きかかえて保健室へ・・・などは全く無い。
自力で、日陰へと移動するのだ。・・・ま、そんなものだ。
誰かが力いっぱい蹴ったサッカーボールに、当たったことのある人はそんなにいないだろう。痛いのだ、あれは。
練習が始まると、ストレッチとランニングの後に大抵シュート練習となる。その時、私達マネージャーはゴールの後ろに立ち
ゴールネットを外れて飛んでくるボールを、追いかけて拾うのだ。
正面を向いている時はいい。が、ボールを拾おうとかがんだ時にまたボールが飛んでくることがある。
「あぶない!」と、叫ばれても。・・・んなもん、よけられるわけがない。
衝撃でその場に倒れこんだことも、しばしば。部員達が心配して集まってくる・・・訳もなく、よろよろと起き上がると
蹴った当人が謝りに来て、終わり。・・・ま、そんなものだ。
マネージャーの仕事のひとつに、「部費を集める」というものがある。なんてことのない仕事だ・・・普通は。
困ったことに、うちの学年は部費の集まりがすごく悪かったのだ。たかだか月500円なのに、である。
部費が滞ると、お茶が買えない、ポカリが買えない、テーピングが買えない、コールドスプレーが買えない。
しかし、空っぽの救急箱で試合に行けるかといえば・・・行けないのである、当然ながら。
よって、買出し係である私達の持ち出しとなる。クラブのために使った小遣いは、怖くて計算できない。
親に電話してでも、持って来さすべきだったか・・・と、いまだに悔しくなる瞬間がある。
1年間のうち、1番キツイ3日間。それが、夏の合宿。
私の高校はごく普通の公立校で、合宿所などというしゃれたものがあるわけが無く、部員さんたちは学校で寝泊り。
教室に、柔道部から借りたタタミを敷き詰めて・・・。当然、マネージャーは泊まれない。
朝6時に学校へ。眠っている部員さんを、起こさないように各部屋を巡回。一杯になったごみ袋と、空っぽになったクーラータンクを回収。
朝食のパンを食事用の教室に並べ、ぼちぼち起きてきた部員さんに、あとの人を起こしてもらう。朝食。
練習が始まると、各学年2人のマネージャーは、別々に仕事をこなす。
溜まったTシャツの洗濯。昼食の用意に、後片付け。もちろん、普段どうりに練習に参加し、ボール拾いなど。
散らばっているお菓子や、エロ本を片付ける教室そうじ。汚くて死にそうでも、我慢我慢。
昼からの練習が終わる頃には、ようやく私達の仕事も一段落する。
夕飯は、各自で地元の食堂等に食べにいってくれるから気が楽。私達もついて行き、一緒に食べる。
地元商店街の、夜市と重なった時があった。もちろん、繰り出して花火を購入。学校に帰ってから、皆で花火。
花火の後片付けをして、夜用のお茶をクーラータンクに準備して、ごみ袋のセットをする。
暑くて長い1日が、ようやく終わる。
結局、座っていたのは食事中だけ、というハードな3日間。
国民体育大会。つまり、いわゆる「冬の大会」。本気で寒い時期に、行われる。
そして、当日。インフルエンザの襲来にともない、私は熱が39度もあった。
・・・休めないのだ、それでも。公式大会は忙しいので。
試合当日の持ち物は、部員さんたちはスポーツバック1つ程度。私たちはクーラータンクに救急箱に、濃い紅茶の入った
ボトルに、タオルに・・・両手に山ほどの荷物。・・・当然、誰も持ってなどくれない。
ハーフタイムには、ポカリの準備。エンドには紅茶の準備。もちろん、冷たいタオルも準備。
一番大事な仕事は、スコア付け。ルールは、当然1年次でマスターする。
そして、ふらふらしている私に、声がかけられる。
「マネージャー、コールドスプレー切れた」「マネージャー、交通費忘れた」「マネージャー、弁当買ってきて」
・・・頼む・・・気力まで、奪わんとって・・・(泣)
バレンタインデー。この日ほど、部員さんたちがモテるということを実感する日はない。
まず、数日前からリサーチが始まる。「ねえ、○○君は甘いものとか好きかなあ?」
もちろん、だいたいの好みぐらい把握しているが・・・知るかい、そんなこと。
とはいえ、ここで断ったりしたらどんな噂が立つか分かったものじゃないので、懇切丁寧に教えてあげる。
そして、同時になぜか私のまわりもチェックされだす。つまり、誰が情報を聞き出しているのか。
うっとおしい事この上ない、が・・・。まあ、切ない乙女心はわからんでもない。
最悪なのが、当日。数人から頼まれるのだ。
「○○君に、チョコレート渡す人がいないか、見張っといて!」
あたしゃ、奴らのボディガードか?!
数々のライバルを蹴倒し、栄光を手に入れた女生徒。それが、『部員の彼女』である。各学年、3〜4人ぐらいいる。
彼女らの、私達マネージャーに対する態度というのは、だいたい真っ二つに分かれる。
すなわち、友好的か、敵視されるか。・・・はぁ、ばかばかしいとは思うんだけど。
友好的なのはいい。仲良くしようとしてくれるのは嬉しいし、歓迎する。
困るのが敵視される場合。・・・なんでやねん、と突っ込みたくなることもしばしば。私は、虹○沙希ちゃんではない。
向こうもこっちも全く意識しあうことのない、単なる『マネージャー』だ。どうして、牽制する必要がある?!
・・・そういう人に限って、ライバルは意外なところにいるのである。ニヤリ。
高校3年の春。引退はもうすぐだというのに、相棒のマネージャーが退部。
2年生・そして新1年生のマネージャーの面倒を1人で見る羽目になる。
さて。新1年生のマネージャー希望者を募ったところ、何と10人ほどの希望があった。
入部できるのは2人。キャプテンより「決めてくれ」と言われていたのだが・・・。
「はっきりいって、マンガや小説に出てくるみたいな甘いもんじゃあないよ」と言ったのにもかかわらず。
結局最後は、じゃんけんで決めてもらうこととなる。
その話を3年の部員達にすると、「・・・俺達ん時は、何人ぐらい希望者がいたん?で、なんであんたらになったん?」
と、心なしか不満顔。・・・私らしか、希望者がいなかったんやってば。
春のインターハイ予選。それが、最後の試合だった。
正直な話、あまり良く覚えていないのだ。あの時のスコアブックは私が持っているが、いまだに開くことは出来ない。
雨がひどくて、涙か雨か分からないまま、呆然と突っ立っていたことだけを鮮明に覚えている。
確か、1−0で負けたのだ。結果は、ベスト16どまりだった。
1枚だけ残っている、試合終了後の記念写真。散々泣いた後、泥だらけのユニフォームで笑っている彼ら。
その端っこに、私も赤い目で写っている。
卒業式が終わって数日後。引退式・・・いわゆる『追いコン』がやって来る。
3年VS1・2年で試合をし、その後皆で飲み食いするという、いたってシンプルなもの。
これが終わると本当に最後で、特に私は誰とも連絡をとらないに違いない。
最後のあいさつをするつもりで3年の控え室(教室)に行き、ドアを開けると。
タバコのけむりが、もあっと・・・。いや、だから君ら、ここはまだ高校の校内やねんけど・・・。
・・・しんみりしていた気分も、どこへやら。
「3年間ありがとう」と言うと、「お疲れさん」の声が返ってきた。
高校を卒業してから、7年後のある日。友人の結婚式で、偶然部員の1人と再会する。
お互いの近況報告と、皆のウワサ話、思い出話に花が咲く。でも、よくよく考えると、彼とは在学中に
ほとんど話をした記憶がない。・・・きっと、それだけ時間が経ったということだろう。
「だいたい自分ら、めちゃめちゃ私のことないがしろやったやろ」と冗談めかして言うと、彼は大笑い。
「そんなこと無いって!あの頃はまあ、口には出さんかったけど。ホンマはみんな、ちゃんと感謝していたんや」
・・・まあ、信じることにいたします。
あとがきのようなもの
この、長いエッセイもどきを最後まで読んでいただいた方々、どうもありがとうございました。
私にとってはすごく大事な、だけどもどこか苦々しい記憶だったりします。
夢見るお若い方の理想を壊してしまったら・・・ゴメンなさい。