夜風が吹いたら

 

 

「じゃあ灰原さん、6時に迎えに行きますから!」

弾んだ声の光彦に、哀はあるかなきかの笑みを口元に浮かべる。

「・・・ええ。楽しみにしているわ」

「はい、楽しみですね♪」

上機嫌な光彦。その後ろで、コナンが心底嫌そうな顔をする。

そんな彼らの対照的な反応を無視して、哀はとんとんと教科書をそろえた。

金曜日の放課後。1年生の教室は、あっという間に人気が無くなる。

哀達のクラスももちろん、例外ではなかった。

今、教室内にいるのは哀と光彦。それから・・・不機嫌そうな、コナン。

「おい、光彦!帰るぞ!」

「コナン君、灰原さん、帰ろうよ〜」

ドアの所で、元太と歩美が口々に呼ぶ。

「あ、待ってくださいよ〜」

2人の元へ駆け寄る光彦をにらみつけて、コナンはチッと軽く舌打ちする。

それから、表情そのままの口調で言う。

「・・・ったく。何で、2人で行くことになってるんだ?

「あら・・・仕方ないじゃない?興味ない、って言ったのは誰だったかしら?」

哀はこともなげにそう言うと、自分もドアに向って歩き始める。コナンは、

慌てて彼女を追いかけた。

「けどよ・・・まさか、おまえが行くなんてさ・・・」

「あら。だって、面白そうじゃない」

2人が先ほどから、行く行かないと言い合っているのは『小学生のための星

空鑑賞会』という名のイベント。

それが、今日の夜に米花山山頂付近で行われるのであった。市内の学校教師

組合が主催らしく、光彦の両親もその担当として参加するらしい。

ただ、保護者同伴という指定もあり、なかなか参加者が集まらなかったらし

く、数日前からコナン達に光彦が声をかけていた。

今回は、光彦の両親が一緒ということもあって、阿笠博士の出番は無し。

興味がないと言う元太、あまり遅くまで起きてられないという歩美、そして

当然哀は行かないものと思ったコナンは、それぞれ断っている。

しかしながら、哀は行くつもりだったらしく、よりによって当日の今日にそ

れを知ったコナンであった。

・・・ちきしょー・・・今から行きたいなんて、言えねーしよ・・・。

始終ニコニコしている光彦を見るにつけ、腹が立ってくる。

とりあえず、コナンは手近なところで恨みを果たすことにした。

むぎゅ。

「いたっ!・・・もう、コナン君、何でいきなり僕の足を踏むんですかっ!」

「ああ、わりいわりい・・・」

「・・・バカ・・・」

 

「・・・それでは次に、木星を見てみよう・・・」

理科の教師らしき男性が、滑らかな口調で説明をはじめる。

数人に1台づつ与えられた、天体望遠鏡。小学生にも使いやすいように、あ

まり大きなものではないものの、それでも性能はなかなかだ。

米花山の、山頂広場の草地。参加者が集まりにくかったとはいえ、保護者も

混ざっているのでそこそこの人数がいる。天気はよく晴れていて、星々がと

ても綺麗に見える。

「じゃあ、僕がとりあえずやってみますね」

「ええ」

嬉々として、望遠鏡をいじる光彦。哀と一緒だから、というのもあるが、根

っからの理科好きでもある。

先ほどまで横にいた光彦の両親も、今はあちこちの家族を回って説明等補佐

をしている為、今この望遠鏡の前には光彦と哀の2人しかいなかった。

「わああ・・・すごいですよ、灰原さん!見てください!」

歓声を上げた光彦に代わり、哀が望遠鏡を覗き込む。

「へぇ・・・結構、ハッキリ見えるのね」

肉眼では、夜空の中で特に輝いている星だと認識される程度だったのが、望

遠鏡を通すとうっすらではあるものの木星の縞がわかる。

「土星だったら、きっと輪っかがちゃんと見えるんでしょうね〜」

「・・・・・・」

「・・・?灰原さん?」

哀は無言のまま望遠鏡から目を離し、少し考え込む。

それからもう一度あらためて覗き込み、「まさか・・・」と小さくつぶやいた。

「あの、灰原さん?どうかしましたか?」

心配そうに聞く光彦にも、哀は答えない。

その時、光彦は自分を呼ぶ両親の声に気がついた。

「あ、は〜い!・・・灰原さん、ちょっと行ってきますね?」

様子のおかしい哀を気にしながらも、両親の元へと光彦は走っていった。

哀が覗いている望遠鏡に映し出された、縞模様の美しい木星。

・・・見間違い、かしら。

彼女は顔を望遠鏡からはずすと、真剣に見つめすぎてうっすらと涙が滲んで

きた目を閉じる。

まぶたの上を軽く押さえてから目を開くと・・・目の前には、真っ白なハンカ

チ。

「どうぞお使いくださいな、姫」

反射的にそれを受け取って視線を上げると、立っていたのは想像どおりの人

物。白いシルクハットを片手に持ち、うやうやしくお辞儀をしてみせるタキ

シード姿の怪盗紳士・キッド。

「・・・やっぱり」

ため息とともにつぶやく哀。

先ほど望遠鏡を覗いた時に、横切った白い影。まさか、とは思ったものの・・・。

「姫には、私の登場が予想されていたようですね・・・やはり、愛の力でしょ

うか」

微笑んでみせるキッドに、哀はまた軽いため息をつく。

「さあ?・・・それにしても、ここには怪盗さんに狙われるようなものはなさ

そうだけど?」

「いいえ。私にとっては、一番の宝石・・・何物にも代えがたい存在があるの

ですよ」

不意にキッドはシルクハットをくるりと回し、中から蒼いバラの花束を取り

出す。

「お迎えに、あがりましたよ・・・今宵は星が美しい。私と一晩、星空の散歩

はいかがです?」

柔らかな口調で誘うキッドに、哀が何か答えようとした時。

「あ、あ、あ〜!!怪盗キッド!」

突然響いた叫び声。

2人がそちらを見ると、缶ジュースを両手に持った光彦が慌てたように走っ

てきていた。

「・・・今日は、あの少年ですか・・・小さな名探偵ではないのですね」

心もち残念そうなキッド。

しかし、目の前まで来た光彦に対して、あらためてマントを翻してお辞儀を

してみせる。

「こんばんは、少年君。ごきげんいかがかな?」

光彦は赤い顔で興奮したように口をパクパクさせていたが、ごくりとつばを

飲み込むと

「キ、キッド・・・さん、ですね?」

と確かめるように聞いた。

「いかにも。私は、キッドですが・・・どうしますか?捕まえますか?」

少しからかうような口調のキッドに対し、光彦はぶんぶんと首を振る。

「え、ま、まさか!!・・・あ、灰原さん、これ持っててください」

いつもの彼らしくもなく、哀に両手の缶ジュースを強引に持たせ、光彦は再

びキッドに向き合う。

「あの、僕は円谷光彦って言います!お会いできて、その、光栄です!!」

キッドは目の前に差し出された片手を、面食らったように見つめる。

「ああ、どうも・・・」

勢いに押された形で、とりあえず握手をしてみせるキッドであったが、光彦

はぎゅっと両手で彼の手を覆ってしまった。

「わあ!まさか本当にあのキッドさんに、お会いできるなんて・・・僕、ファ

ンなんですよ!!」

「それはそれは、どうも・・・」

「今日は、何の仕事ですか?それとも、もう終わったんですか?」

「あ、いや、その・・・」

「もし良かったら、今日の成果を見せてもらえませんか?あ、大丈夫ですよ、

今日のことはコナン君には内緒にしますから!」

好奇心のまま、矢継ぎ早に問い掛ける光彦に、たじたじとなるキッド。

助けを求めるように哀の方を見ると、彼女は仕方ないわね、とばかりに肩を

すくめてみせた。

「円谷君・・・これ、頂いていいのかしら?」

片手の缶ジュースを少し挙げて聞く哀に、光彦は我に返ったように言う。

「あ、すみません!どうぞ、飲んでください」

もう片方の缶ジュースを光彦に渡し、哀はプルトップを開けようとした。

その時、ようやく光彦の手から逃れられたキッドが、その手を哀に差し出し

た。

「お貸しなさい、姫。私が、開けてあげますから」

「・・・姫?」

いぶかしげな声で訪ね、哀とキッドを見比べる光彦。

今がチャンス、とばかりにキッドは光彦に向かって、片手を胸にあてて言う。

「ええ。今日の仕事は、姫を迎えにきたのですよ」

改めて哀を見つめ、微笑んでみせるキッド。

光彦も哀を見てから、再び視線をキッドに戻す。

「・・・姫って、灰原さんですか?」

「そうです。私の、最愛の姫です」

「・・・灰原さんを、盗みにきたってことですか?」

「ええ」

ニッコリ笑うキッドは、気づかない。いつの間にか光彦の声と表情が、変わ

っていっていることに。

いきなり光彦は、哀に向かって手を差し出す。

「灰原さん、ジュース貸して下さい」

突然の光彦の行動にきょとんとしつつ、哀はその勢いに押されて自分の分の

ジュースを渡す。

光彦はプルトップをくいっと開けると、再び哀に返した。

そしてそれから、キッドを強い視線で見返す。

「灰原さんは、今、僕と星を見てるんです。盗んでもらったら、困ります」

おやおや、とキッドは苦笑する。この少年、威勢のよさは一人前だ。

「そうですか。しかし、貴君が言ったのですよ?今夜の成果を見せてくださ

いって」

からかうように言うキッドに、光彦はすいっと彼の前に立ちはだかる。ちょ

うど、後ろに哀を隠す位置に。

「灰原さんは、行かせません。帰ってください」

さっきまでのミーハー振りとは、豹変した光彦の態度。

キッドはフッと笑うと、パチンと指を鳴らした。とたんにシルクハットから

ハトがばさばさと飛び立つ。

あっけにとられてそれを見つめる光彦に、再びキッドは微笑みかける。

「貴君は、私のファンだとおっしゃってましたね?どうか、姫を私にお預け

くださいませんか?」

目の前で繰り広げられたマジックに、魅入られたかのように光彦がうなづ

く・・・と思ったのはキッドの大きな間違いだった。

「渡しません!絶対に!」

一瞬目を奪われたものの、変わらない強い視線でもって、キッドをにらんで

いる光彦。

「なかなか頑固ですね、君も・・・」

キッドは呆れたようにつぶやく。しかし、負けてはいられない。

・・・実力行使といきますか。

不意にキッドはマントを翻す。白いマントがたなびいた後には、キッドの姿

は消えていた。その直後、背後に気配を感じて光彦は振り返る。

案の定、そこにはマントで哀を包もうとしているキッドの姿があった。

「では、今宵はこれにて・・・」

そう言い残して、立ち去ろうとするキッドに光彦は思わず叫んだ。

「待ちなさい、このロリコン怪盗!」

ばさっ!!!

「なっ・・・!」

キッドは思わず、マントを振り上げて光彦に向かい合う。

「だ、誰がロリコンですかっ!意味わかって・・・」

「わかってますよ!!『小さな女の子しか愛せない人』のことですっ!」

「いちいち意味を解説せんでいい!」

思わず、素の快斗口調になるキッド。光彦は、そんな彼に向かって鼻で笑っ

てみせる。

「ふっ。怪盗キッドが変態だったとは・・・」

「変態って言うなぁ〜!!」

興奮するキッドと、逆にだんだん落ち着いてきた光彦。

「変態じゃないですか。その、白のタキシード。そんな妙な格好が似合うの

は、この世の中でタ○シード仮面とあなたぐらいのものです」

「伏字でせめるなっ!」

「全く・・・こんな変態、相手にするだけ無駄です。そうですよね、灰原さん?」

「そんなことないよな、哀ちゃん??俺って、変態でもロリコンでもないよ

な?」

2人から迫られ、哀は黙ってジュースを一口飲む。

それから、おもむろに口を開いた。

「・・・さあ?」

「そんな、殺生な〜。だって、ロリコンったって本当は哀ちゃんは・・・」

言いかけて、哀の厳しい視線に気づくキッド。そのままシュン、とうなだれ

る。

そんな彼とは対照的に、満足そうに胸を張る光彦。

哀はやれやれ、とばかりにため息をつくと2人に言う。

「ねえ・・・取り込み中、悪いんだけど」

「・・・ハイ?なんですか、姫」

気を取り直して、問いかけるキッド。

「恥ずかしいから・・・やめてくれない?」

その言葉にキッドと光彦があたりを見回すと・・・いつのまにか、周りにはギ

ャラリーが集まっていた。

「・・・今宵は、分が悪すぎる・・・」

キッドは苦笑すると、すっとマントで体を覆って一歩下がった。

「では、ごきげんよう、姫。・・・それから、円谷君」

光彦は、余裕の笑みで答える。

「どうぞ、お気をつけてお帰りください」

・・・チクショー・・・。

心の中で毒づくと、笑みだけそのままにキッドはひらりと消えていなくなっ

た。

キッド対光彦。初戦は、どうやら光彦の勝ちのようであった。

 

後日、この話を聞いたコナンは死ぬほど笑ったとか笑わないとか。

 

END


 

16000HITキリ番をお踏みになられた、とある方のリクエストで書き

ました。

「基本的にキッドと哀の小説で、コナンも出てくるものの、主にキッドの相

手をするのが光彦で、キッドもいつもの調子が出なくて苦労する」話を、と

のことでしたが・・・難しかったです、ハイ(爆)

小学生の娘さんがお考えになった設定だそうですが・・・いやはや、なんて複

雑なことを考えられたのかと・・・ちょっと、感心(^^;

コナンはちょっとしか出てこないし、おまけにキッドじゃなくて光彦が勝っ

ちゃってるし、なんかリクとは微妙に違うものが出来てしまいましたが・・・。

娘さんたちはギャグシーンがお好きだそうで、一応コメディっぽくしました

が・・・いやはや、笑えるのかどうかは謎(泣)

ぜひまた、感想をお聞かせくださいませ・・・。

 

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