雨のち魔法の木曜日

 

                 

                  ・・・雨になれば、いいのに。

                  哀は、カレンダーの一点を見つめたまま、深いため息をついた。

                  数日後にせまった、その日。考えるだけで気が滅入る。

                  回避する方法を、いろいろと考えてみる。

                  風邪をひく・・・周りが心配して騒がれるのは嫌いなので、ダメ。

                  女の子の日になってみる・・・いくら何でも、早すぎるからダメ。

                  意外にないわね、いい方法って・・・。

                  何度考えても堂々めぐりなので、やっぱり大きなため息をついてしまう。

                  そんな哀の頬を、ふわっとカーテンがかすめた。

                  少しだけ開いた、ベランダへの窓。そこから入ってきた、一陣の風。

                  そして・・・。

                  カーテン越しに浮かぶ、シルエット。シルクハットにマントといういつもの格好が、

                  月明かりにぼんやり浮かぶ。

                  夜更けに時々現われる、神出鬼没の紳士怪盗。

                  哀は立ち上がり、カーテンと窓を開ける。

                  彼は哀の姿を見て嬉しそうに微笑むと、シルクハットをとってうやうやしくお辞儀

                  をした。

                  「こんばんは、お嬢さん」

                  「・・・こんばんは、怪盗さん」

                  心なしか小さい哀の声に、キッドは少し眉をひそめる。

                  「どうかなさいましたか、お嬢さん?何か、悩み事でも?」

                  その問いには、軽く肩をすくめただけで答える哀。

                  キッドはいたわるように無言でうなずき、あえて聞かないことにする。

                  哀は、するりとベランダへ出てくる。

                  ベランダに置いてある、小さな椅子。阿笠博士が哀のために、慣れない日曜大工を

                  して作ってくれたもの。

                  キッドは指をパチンと鳴らすと、その椅子を色鮮やかな花々で飾り立てる。

                  仕上げは、彼のマントでそっと哀をくるみ、そこへと腰掛けさせる。

                  いつもながらの気障な仕草に、哀はくすぐったくなって思わず苦笑する。

                  「・・・ありがと」

                  どういたしまして、とキッドは胸に手を当てて答える。

                  その笑顔が見たいがため。

                  それがため、少しオーバーなぐらいの愛情表現で、小さな姫をもてなすのだから。

                  「今日は、お願いがあるのですが」

                  椅子のそばに片膝をつき、キッドは哀の表情をうかがった。

                  「なに?」

                  「6月21日は・・・私のために、時間を取ってもらえませんか?」

                  「・・・6月、21日?」

                  哀は、驚いたように目を見開く。

                  さっきまで、にらみつけていたカレンダーの日付。それが、まさしく6月21日。

                  哀の過剰なまでの反応に、キッドは慌てたように言う。

                  「もちろん、平日ですから・・・学校が終わってからでいいのですが」

                  「いいも何も・・・こちらから、お願いしたいぐらい・・・そうね・・・4時間目が終わった

                  あたりから・・・」

                  ボソッと哀はつぶやく。

                  いつもの彼女らしくない言葉に、キッドは首をかしげる。

                  「・・・昼から何か、嫌なことでも?」

                  その問いに対する哀の表情を見て、図星・・・、と彼は心の中だけでつぶやく。

                  「・・・なのよ」

                  うつむいて、小さな声で言う哀。

                  「え?」

                  「・・・プール・・・開きなのよ・・・」

                  ああ、なるほど。

                  確かに今は、その時期である。

                  「いいじゃないですか、プール開き。楽しいでしょうに」

                  どこが・・・と、哀はため息をつく。

                  それから、ぽつぽつと話し出す。

                  要するにプール開きの日は、まず最優先として1年生のみが水へと入れるらしい。

                  プールサイドで見守る全校生徒の目の前で、皆で碁石拾いをしてみせるというのが

                  帝丹小学校の伝統とのこと。

                  苦々しげな顔つきで話す哀に、キッドは笑ってしまいそうになるのを懸命にこらえ
                  
                  る。

                  碁石拾いをする哀は、きっと可愛いだろうと思うが、当人にしてみればそれどころ

                  ではないほど、恥ずかしいようだ。

                  ・・・それは、あの小さな名探偵への照れも入っているのだろう。

                  哀は、気分を変えるように聞く。

                  「ところで、その日は何があるのかしら?」

                  「・・・たいしたことじゃないんですがね。あらためて、生まれてきたことに感謝したい

                  と思ったんですよ。あなたの傍に、いさせてもらって・・・ね」

                  勘のいい彼女は、それだけでピンとくる。

                  「・・・誕生日、ってこと?」

                  黙って微笑むキッドの表情が、その言葉を肯定していた。

                  「別に、いいわ。さっきも言った通り、午前中の授業が終わったら」

                  ふむ、とキッドは考え込む。

                  哀の返事は嬉しいが、いささかやけになっているようにも思われる。

                  学校をサボらせるのは、信条に反する。が、ここまで嫌がっていると可哀想な気も

                  する。

                  それに・・・なんだか、あの名探偵に彼女の水着姿を見られるのも気に食わない。

                  キッドは、そっと哀の手を取って聞いた。

                  「それならば、賭けをしませんか?」

                  「賭け?」

                  「ええ。もしプール開きが中止になったら、その日の放課後、あなたは私のもの」

                  いかが?といたずらっぽく見つめるキッドに、哀は少し考える。

                  「・・・どんなマジックを、使うつもり?」

                  キッドは、指を一本、ぴっと立てる。

                  「それは、秘密です♪」

                  哀はそのしぐさにクスッと笑うと、いいわと小声で言った。

                  「商談成立ですね。・・・では、またあらためて」

 


                  6月21日。天気は晴。気温28度。

                  まさしく、絶好のプール開き日和。

                  ・・・何が、賭けよ・・・勝っちゃったじゃない・・・。

                  給食を食べ終わると、早速着替えようとする級友たちに、哀はこっそりため息を

                  つく。

                  キャーキャーと無邪気に騒ぐ声を尻目に、窓際へと立つ哀。

                  眼下に見えるのは、水を一杯に張ってキラキラと光を反射させているプール。

                  「灰原さん、着替えないの?」

                  歩美の言葉に、どうごまかそうかと哀が思い悩んだ時・・・。

                  「あ!」

                  「ああ!」

                  クラス中に、響き渡る悲鳴。振り向いた哀の目の前、窓の外の風景が一変し

                  ていた。

                  真っ黒な、雨雲。さっきまでぽっかりと白い雲が浮かんでいた空は、見る見るう

                  ちに暗くなる。

                  あっという間に空いちめんを覆った雲は、瞬く間に大粒の雨を降らせ始めた。

                  「え〜やだ〜」

                  「すぐ止むかなあ・・・」

                  生徒達の、願いもむなしく。雨足は、一向に弱まる様子を見せない。

                  やがて、校内放送にて今日のプール開きの中止が言い渡された。

                  「ええ〜!!!」

                  級友達が、文句を言っている中。哀はあっけにとられたまま、窓の外を見つめ

                  続けた。

                  彼は一体、どんな魔法を使ったっていうの・・・?

 

 


                  「魔法じゃ、ないよ」

                  キッド・・・いや、黒羽快斗はそう言って笑った。

                  「だって俺、今キッドじゃねーもん」

                  「だけど・・・」

                  放課後。傘を片手に、約束通り彼は迎えに来ていた。

                  とりあえず、今は喫茶店でお茶。快斗の前だけでなく、哀の前にも大きなケーキ。

                  コーヒーカップを手に、クスクスと笑いつづける快斗。

                  「ま、なんにせよ、賭けは俺の勝ちだから。付き合ってよね、哀ちゃん」

                  いつもなら嫌がるその呼び名にも、反応せず。哀は黙ったまま、考え込んでいる。

                  そんな彼女の姿に少し気が引けたのか、快斗はカップを置いて哀の顔を覗き込

                  んだ。

                  「・・・種明かししようか?」

                  哀は、降参、というように肩をすくめて見せた。

                  「ええ。お願いするわ」

                  快斗は、ニッコリ笑って言った。

                  「あのね。俺って、雨男なんだ」

                  「・・・・・・・・・・・・はぁ?」

                  「だから、雨降るのがわかってただけ」

                  いきなり突拍子もないことを聞かされ、哀はただあっけにとられるばかり。

                  「生まれた日も、雨だったって。それ以来毎年、この日に雨が降らないことは無い。

                  ・・・少なくとも、俺の知ってる限り、ね」

                  快斗はあーあ、とため息をつく。

                  「いくら梅雨の真っ最中だからといって、毎年降る事ねーのにな。だけど・・・」

                  ニッコリと快斗は、とびっきりの笑顔で笑ってみせる。

                  「おかげで、哀ちゃんとデートできるからな。感謝しなきゃ」

                  ・・・そんな、科学的根拠のないことで、本当に雨が降るなんて・・・。

                  哀は、目の前の快斗を不思議な気持ちで見つめる。

                  「・・・仕事のときに、雨は降らないの?」

                  思いがけない哀の可愛らしい問いに、快斗は目を細くする。

                  「それが、降らないんだ。どうやら、キッドは雨男じゃないらしい」

                  快斗としてやって来たのは、そのためもあるんだよと笑う彼。

                  「・・・完全に、私の負けね」

                  迷信すらも味方につけ、彼自身の見事なマジックとして見せてくれた。

                  その強い意志に、脱帽する哀。

                  「これ食べたら、遊園地にでも行く?ナイター入園なんて、どう?」

                  「・・・雨、降ってるわよ?」

                  「平気、平気。キッドになるから」

                  あっけらかんとした物言いに、哀はとうとう吹きだしてしまう。

                  目じりに浮かんだ涙をぬぐって、彼女は楽しそうに言った。

                  「そうね。あなたの誕生日ですものね。楽しみましょう」

                  2人の魔法の時間は、これから。



                  END



                  この作品は、やよいさまのHP「Black Rose Garden」にて、快斗

                  君バースディ企画として公開されたものです。

                  私にキッド&哀を、深く深く浸透してくださったやよいさまに、お礼の

                  意味を込めて書かせてもらい、勝手に送りつけ、挙句の果てには、

                  タイトルまでつけていただきました。すみません(^^;

                  何故、快斗が雨男なのか?

                  それは、彼と同じ誕生日である男友達が、雨男だからです(爆)

                  見事にいつも雨なので、笑ってしまいます。

 

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