いちめんのなのはな

 

 

「なあ、灰原。明日の日曜、お前何するんだ?」

いつもの帰り道。いつものように、阿笠邸まで哀を送ってきたコナン

は、そう言った。

肩をすくめて、哀は答える。

「何って・・・例によって、例のごとく・・・よ」

解毒剤の作成。それが、哀の日課。

コナンも、それはよく分かっているはず。

「ん・・・じゃあ、明日10時な」

「・・・はぁ?」

「迎えに行ってやっから。待ってろよ!」

そう言い捨てるなり、ダッと走り出すコナン。途中で一度だけ振り向

くと、大きく哀に手を振ってみせる。

・・・また、何か探偵団でやるって言い出すのかしら?

哀は、首をかしげながら門を開けた。

最近、コナンはよく歩美達を誘って遊びに行こうとする。

無論、哀も一緒だ。

いつもの、探偵ゴッコ。そんな子供じみた遊びには、彼は興味がない

はず。

以前のように小五郎について歩いた方が、ずっと彼の為になるという

のに・・・。

哀は、少し表情を曇らせる。

それが、自分のせいだと分かっていたから。

彼なりのやり方で、自分と一緒にいる時間を、大切にしてくれている

のだと知っていたから。

だから、余計に苦しい。彼の、重荷になっているみたいで・・・。

「おや、哀くん。おかえり」

「え・・・ああ、ただいま」

かけられた声に哀が顔を上げると、阿笠博士が車のキーを手に立って

いた。

「どこか行くの?」

「おお、買い物じゃ。ちょうどよかった、哀くんも行くぞい」

ニコニコしている博士に、哀も少し笑って見せた。

 

翌日。

「おーっす。阿笠博士、例のやつ出来たか?」

そんなことを言いながらやってきたコナンを、満足そうな博士が迎え

た。

「おお、新一。出来とるぞ〜最高の出来じゃ!ほら!」

博士が、意気込んで差し出したのは、今はやりのキックボード。

無論、ただのキックボードであるわけがなく・・・加速装置付きの、スケ

ボーの変形版であった。

「ハンドルがついとるからの。これなら加速しても、確かな方向転換

が出来るわい」

「・・・すげーな。ありがと、博士」

嬉しそうにキックボードを触っていたコナンは、ふと階段を下りてく

る音に顔を上げた。

そして、そのまま息を飲む。

柔らかに揺れる、スカート。すそから伸びた、すんなりした足。

・・・見間違いじゃ、ないよな。

淡い若草色の、春らしいワンピースに身を包んだ哀が、ゆっくり階段

を下りてくる。

絶句しているコナンの前まで来ると、目を合わせないまま言う。

「・・・行きましょ」

「お、おう・・・」

「気をつけてな」

博士の声に送られ、コナンは、呆然としつつもキックボードを片手に

表に出る。その後を、哀がついて歩く。

「みんなは?」

「いや、いないけど」

・・・じゃ、2人で出かけるんだ。

そのことに気づき、急に自分の格好が気になりだす哀。

「あ、えーっと・・・」

コナンはチラッと哀の方を見て、すぐにそっぽを向く。

「・・・似合わないって言いたいの?」

「いや、別に・・・」

哀の、少し皮肉な口調には、言葉を濁すコナン。

「・・・昨日、博士が買ってくれたから」

少し、言い訳めいた哀の言葉に、コナンは黙ったままうなずく。

「・・・その・・・乗れるか?」

作ってもらったばかりのキックボード。スケボーとは違い、多少は安

定感が増すので、誰かを後ろに乗せるのもまだ安全だ。

今日のために、作ってもらったといっても過言ではない。

片足をキックボードに乗せたコナンが聞くと、哀は問題ないとばかり

に後ろに乗り、そっと彼の腰に手を廻した。

「・・・行くぞっ・・・」

こころもち赤い顔をした2人を乗せ、キックボードは走り出した。

いくつもの街角を抜け、どれくらい過ぎただろうか。

やがて、2人の目の前には黄色い花畑が広がりだした。

「綺麗・・・」

哀が、思わずつぶやくのを背中で聞き、コナンはしてやったりとニッ

コリする。

コナンは、咲き乱れる菜の花のそばにキックボードを止めると、2人

は降りた。

見渡す限り広がる、一面の菜の花。黙ったまま、それを見つめる2人。

「いちめんのなのはな、いちめんのなのはな・・・」

呪文のように唱えるコナンに、哀は少し顔を向ける。じっと見られて、

照れたように笑うコナン。

「山村暮鳥の詩だよ」

「・・・そう。相変わらずキザね、探偵さん」

少しからかうような哀の口調だったが、その表情は穏やかで優しい。

「いちめんのなのはな・・・」

同じように、つぶやいてみる哀。

この景色を見せたくて。そんな、コナンの言葉にしない想いが伝わっ

てくる。

いつまで、こうしていられるんだろう。

幸せの真っ只中、哀は不安な気持ちをもてあます。

事件への関与を二の次にして、自分に関わってくれている彼。

 

イツマデモ、コノママジャイラレナイ・・・イテハ、イケナイ。

 

「・・・かっ・・・可愛いぞっ!」

急にかけられたコナンの声に、哀はびっくりして彼を見る。

真っ赤な顔でこっちを見ているコナン。

今日、初めて哀の姿を見たときから、ずっと言いたくて言えなかった

言葉。

「その、服が・・・いや、服だけじゃないけど・・・えーっと・・・」

一生懸命に言うコナンに、哀はふいに泣きそうになる。

あふれ出る彼への想いを、止められなくなりそうでぎゅっと自分の身

体を抱きしめる。

「・・・なんだよ?」

「なんでもないわ・・・」

切なそうに笑う哀。その表情に、少し戸惑いながらも、コナンは哀に

手を差し出した。

「・・・行くぞ」

2人は、菜の花の間を歩き出す。

つないだ手が永遠じゃなくてもいい。もうしばらくの間、こうしてい

たい・・・。

哀は、心からそう願っていた。

 

END


 

仕事中、ものすごく綺麗な菜の花畑を見つけました。そこから生まれ

た、話です。

どうやら、そろそろまた話が動きそうです。こうやって、ほのぼの2

人を書きつづけていたいんだけどなあ。

でも、予定は未定。←こればっかり(笑)

実は私、キックボードって好きではありません。だって、車を運転し

ていたら、怖いんですよ〜。特に、子供は。飛び出さないで欲しいで

す、頼むから。

 

 

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