心の在り処

 

 

 

小さいころから、気になっている奴がいた。

明るくて、おてんばで。泣き虫で、優しくて。そして、自分をいつも勇

気付けてくれた。

大切な、大切な俺の幼なじみ。そして今も、俺を待っている。

…でも、もし…。

もしも、このまま戻れなかったら?

  

「えー!コナン君、行かないのお?」

歩美が残念そうな声をあげると、元太と光彦も口々にコナンを誘った。

「行こうぜ、コナン」

「そうですよ。きっと、灰原さんも退屈してますよ」

コナンは、少し困ったように苦笑すると、

「悪い…ちょっと、急いでんだ」

とだけ答えた。

不満そうな3人と別れ、1人になると急に寒さを感じる。落ち葉もから

からに乾き、冷たい風に舞う。季節はゆっくりと、そして確実に移り変

わりつつある。

紅葉の美しかった山。あの小屋での、2人のやり取り。哀の涙。不安そ

うな表情。

文化発表会。楽しげな笑顔。息が止まるような事故。そして…夕焼けに

染まった彼女の頬。

季節が変わっただけじゃない。変わったのは…。

「よう、工藤」

ふいに声をかけられ、コナンはハッと顔を上げる。

「…何の用だよ、服部」

ひらひらと手を振りながらコナンの正面に立っていたのは、西の名探

偵・服部平次その人であった。

「なんや、ご挨拶やなあ。せっかく、会いに来てやったっちゅうのに」

「バーロ、それが目的じゃなくて、ついでだろ」

「あかん、やっぱバレてもうたか」

アハハ、と屈託なく笑う服部を、コナンはため息交じりで家に誘った。

と、いっても自分の家やましてや毛利探偵事務所ではなく…。

「お帰り、新一。おや、服部君」

「よー、阿笠のじいさん。元気そうじゃねーか」

「…じいさんと呼ぶな、といっておるだろうが」

阿笠博士の自宅。哀が入院中の間だけ、という約束でコナンは今ここに

住んでいた。

博士は2人を迎えると、作業中であった机の上を適当に片付けて出かけ

る準備をした。

「新一、ワシは哀くんの見舞いに行ってくるからな。留守番頼んだぞ」

ドアがばたんと閉まると、服部はソファに足を投げ出して座った。向か

い側に腰をおろしたコナンに、身を乗り出して聞く。

「なあ、哀ってお前と同類のあのお姉ちゃんやろ。入院してんのか?」

「…まあな」

言葉少なく答えたコナンは、強引に話を変える。

「ところで服部、お前本当に何しに来たんだよ」

「ああ、親父の使いや」

と、服部はいたって簡単に答える。大阪府警の署長である彼の父の命令

で、警視庁まで重要書類を届けさせられたらしい。

「何が重要書類や、って思ったんやけどな。まあ、小遣いもくれるらし

いし、いっちょお前にも会いに行ったろか思てな」

「別にいーよ、会いにこなくたって…」

「まあ、そういうなって。お前もそんな体や、誰にも言えん事もあるや

ろう?それを俺が相談にのったるがな」

そこで服部は、にやりと意味深に笑うとコナンに顔を近づける。

「恋愛相談、とかはどーや」

コナンは、ぎくりとして顔をこわばらせる。それを見て、服部は笑いを

引っ込めた。

「何や…マジでなんか悩んでるみたいやなあ…。冗談抜きで、話してみ

いや」

心配そうな声に、コナンは思う。話したところで、なんの役に立つとも

思えないが、少なくともこうやって自分を案じてくれる友人がいる。少

しは、楽になるかもしれない。

「コーヒーいれてやるよ」

 

取り留めのない、長く続いた話を服部は黙って聞き入っていた。時々、

鋭い視線をコナンに投げかけるほかは、一言も口をきかなかった。

やがて、どうにかこうにか話が終わったとき、初めて服部は聞いた。

「…で、どうなんや?」

「何が」

「お前の気持ちや。今の話は、全部事実あったことなんやろ?それで、

お前の気持ちは彼女に動いたって言うんか?」

「だから、それがわかんねーんだよ」

コナンは、頭をじれったそうに引っかく。

「お前にわからんのに、俺がわかるわけないやん」

「…あー、そーかよ」

服部の答えに、がっくりと肩を落とすコナン。そんな彼を見て、服部は

ちょっと困ったような笑みを浮かべていった。

「まあ、俺がわかるのは…」

コナンは、気のない様子で耳を傾ける。

「もし俺がお前の立場になっても、お前と同じように心が揺れるやろな

あ、ってことだけや」

どこか遠くを見るような視線。

服部にもいる、大事な幼なじみ。彼女のことを考えているのだろうか。

優しい顔つきで、彼は続ける。

「まあ、ゆっくり考えーや。そのうち答えが出るもんやって…そういう、

もんやって」

「…そうかもな」

コナンは、つぶやく。

ここ、数ヶ月…いや、数週間の出来事。目まぐるしく移り変わる状況に、

自分がついていけないのだ。

蘭に向いていると、信じきっていた自分の気持ち。

…なのに。

コナンは、自然と脳裏に浮かぶ面影を振り払うかのように、頭を振った。

多分、気の迷いなのだ。…きっと、この気持ちは同情なのだ。

そう、信じたかった。

 

服部を駅まで見送ると、コナンは一人帰路についた。いつのまにか、日

が暮れかけている。

コナンは、小高い公園にさしかかると、足を止めて町を見下ろした。

…あの時みたいだ。

眩しい、オレンジ色の夕陽。2人だけの病室。哀のかすれた囁き。

思い出すと、今でも顔が紅潮してしまう。

 

…2人いれば、良かったんだ。『工藤新一』と『江戸川コナン』と。

『工藤新一』は、有名な高校生探偵。幼なじみの蘭のことが、気になっ

ている。

『江戸川コナン』は、探偵ごっこが好きな小学生。

そして、クラスメートである哀が気になり始めていて…。

きっと、2人はずっと腐れ縁が続くだろう。新一と、蘭のように。

 

…馬鹿な。

コナンは、自分の考えに思わず苦笑する。これじゃまるで、本末転倒だ。

夕陽。逢う魔が時。

ふいに、そんな言葉が浮かぶ。

魔が、差したんだ。こんな、気持ちは今だけの感傷だ。

…でも。

俺の、心の在り処はどこになんだろうか…。

コナンは、ただただ考えつづけていた。

 

END


 

コナンが悩む話です。

蘭のことが好き、って思っていたからには、なかなか認められないと思

うんです。

で、平次の登場。後押しをさせるつもりが、一緒に悩んでしまった。

彼は大阪弁なので、とても書きやすいのですが。

また、再登場させたいです。

 

 

 

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